ニューノーマル下におけるリスクマネジメントのあり方 再考

本稿では、改めてリスクマネジメントの重要性について考えるとともに、ニューノーマル下に適合したリスクマネジメントの在り方について改めて考えていきます。

本稿では、改めてリスクマネジメントの重要性について考えるとともに、ニューノーマル下に適合したリスクマネジメントの在り方について改めて考えていきます。

COVID-19の蔓延は、我々の生活・社会常識を一気に変容させました。
ソーシャルディスタンス確保、在宅ワーク促進、移動の制限、自動化・無人化の志向等、「いつか変革しなければ」と考えられていたことをあっという間に変えなければならない状況となりました。
このような状況にいち早く対応し、順応できている会社があります。そのような会社は、経営陣が自社事業のリスクを十分に理解し、更にはリスクをチャンスに変えるためのリーダーシップを発揮しています。また、不測の事態への対応力を高めるため、日頃から全従業員のリスク感度の醸成を重視し、自社のリスクの内容やその対応方針についてオープンに議論をし、一丸となって取り組む文化が根付いています。
本稿では、改めてリスクマネジメントの重要性について考えるとともに、ニューノーマル下に適合したリスクマネジメントの在り方について改めて考えていきます。

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1.トップダウンのリスクマネジメントの重要性

日本のリスクマネジメントは、「ボトムアップ型」が主流となっています。
「ボトムアップ型」のリスクマネジメントとは、業務遂行上の阻害要因を現場が洗出し、リスク発現を抑制するための対応方針を検討し、日々の業務の中で対応策を実行し、問題点や新たなリスクが認識されればまた新たな対応方針を検討するというPDCAサイクルを回していきます。
認識されるリスクの多くは、「品質の不具合」や「法令違反」等、オペレーショナルなものが中心となっており、経営陣は、現場からあがってくるリスク情報や対応方針の検討結果を踏まえ、追認或いは指示を行います。
「トップダウン型」のリスクマネジメントとは、経営意思決定に資するため、外部環境変化に起因するリスクや会社のミッション遂行・戦略目標に対する不確定要素を認識し、経営としての「次の一手」を打ち出すことが目的となります。
トップダウン型のリスクマネジメントにおいては、オペレーショナルなリスクのみならず、「アライアンスの失敗」や「展開国での政変」等、ビジネスそのものに対するリスクも含まれます。
各事業がどのようなリスクをどの程度内包しているかを明確化し、会社全体としてどの事業であとどれくらいリスクを取れるか、取った場合に必要となる対応策はどのようなものかを経営陣で議論し、投資やリソースの決定を含む経営方針を決定することに主眼をおきます。
さらに、これらの議論を取締役会にて実施し、リスク対応に関する大方針を決定していくことが最大のポイントとなります。不確実な事象の増加、事業の複雑化によるリスク影響の波及影響の判断の困難等、近時リスクマネジメントの難易度はあがっており、経営陣自らがリスクに対する考え・姿勢の認識を合わせた上で経営戦略の一環としてリスク対応方針を打ち出す必要があります。時にはリスクをチャンスとして捉え、あえてリスクをとることでより大きな果実を得ることを選択する決断もありえます。
トップダウン型のリスクマネジメントを行うポイントは以下の通りとなります。

(1)リスクの認識範囲を広げる

リスクの認識範囲について、現状の業務遂行に内包するリスクのみならず、外部環境変化や、将来的なリスク等、領域・時間軸の範囲を拡張することで、経営判断に資するリスク情報を把握します。
外部環境変化は、いわゆる「P(政治)E(経済)S(社会)T(技術)」を意識し、幅広く自社に影響する事象を見極めます。なお、「社会」は概念が広いため、「業界」「消費者」「環境」等、細分化をし、それぞれで起こりうる環境変化を整理し、自社にとって影響の大きな事象について認識をします。

(2)リスクを「事業」ベースで考える

従来のリスクマネジメントでは、「経理リスク」「法令リスク」等「リスク」を起点に整理し、今年度の重要リスクは「法令リスクの××リスク」といった分析をしていることが多いです。このような整理では事業毎のリスク特性が捉えづらく、その事業に深刻な影響を及ぼすリスクが不明瞭となってしまいます。
経営判断のために提供すべきリスク情報は、「どの事業に」「どのようなリスクがあり」「その事業のノックアウトファクターとなるリスクはどれか」を整理し、経営陣は、その情報に基づき、事業リスクのポートフォリオ分析を行い、各事業におけるリスク許容度を明確にし、更なるリスクテイクの可否等に係る意思決定を行います。

(3)経営陣(取締役会メンバー)でリスクに対する徹底的な議論を行う

先の(1)、(2)のような情報整理・リスク分析を行ったうえで、次年度(並びに中長期)のリスク対応方針について、社外取締役も含めて議論することが重要です。
特に、ニューノーマルとなった状況下において、ビジネスも大きな変容がもたらされるため、新たなビジネスモデルや社内業務・働き方の中で新たに想定するリスクを洗出し、自社事業や会社全体にどのような影響を及ぼすかについて、このタイミングで議論をすることが必要です。

トップダウンアプローチ

リスク管理の目的 経営陣の意思決定や判断時のリスク側面からのサポート
リスクを俯瞰し、グループ全体での最適化を志向
→コンサルテーション的
洗い出されている
リスクの傾向
予測的なリスクの把握
事業に即したリスクの導出・事業ベースのリスクポートフォリオ分析
→トップダウンアプローチ
経営陣へのレポートの傾向 経営陣を主語にした内容(投資やリソースの決定を促す内容等)
事業/機能単位での報告(事業におけるストーリーを意識)
→経営主導のリスク管理体制


ボトムアップアプローチ

リスク管理の目的 リスク管理をしっかりと遂行していることのモニタリング
各部門のリスク対応実施に対する宣言
→アシュアランス的
洗い出されている
リスクの傾向
各部門が対応すべきリスクの洗出しが中心
オペレーショナルリスクが中心となる
ボトムアップアプローチ
経営陣へのレポートの傾向 経営陣が主語になりづらい(各部対応状況をレポート)
リスク単位での報告(事業や部門との紐づきは分かりづらい)
→執行主導のリスク管理体制

2.リスクの将来予測の重要性

第1章の中でも触れた通り、リスクの認識範囲の拡大においては、時間軸の幅の拡大も重要となってきます。メガトレンドの動きや、3年後~5年後に起こりうるような外部環境変化の動きを把握し、自社への影響を見極めることで、将来を見据えたリスクに対し自社が現時点で何を行うべきか、の目線合わせを行うことが可能となります。
環境変化が自社にどのような影響をもたらすか、シナリオを検討したうえで、特に長期的な予測に対しては、そのシナリオが自社にとって、脅威の方向となるか、機会の方向となるかを決定づけるようなトリガーを見極め、そのトリガーの動き方により、シナリオがどのようなベクトルで動いているかをモニタリングしながら、対応方向性の見極めを行います。
リスクの将来予測を実施するにあたってのポイントは以下の通りとなります。

(1)中長期的な不確実な事象を意識的に取り扱う

ここでは、中長期的な変化事象に関するリスク見極めを主眼とし、既にある程度見えているリスクや、対応方向性が明らかなリスクを取り扱わないようにします。
極力将来的なリスクを捉え、あらゆる可能性を検討しておくことで、不測の事態となる領域を減らし、早めに打ち手を打つことを可能とします。

(2)自社全体或いは個々の事業への影響を分析する

将来に向けた環境変化に対するシナリオ検討は、自社全体或いは個々の事業のシェア・売上、コスト・負荷等につながるかを分析します。
どのシナリオが機会やリスクにつながるかを予測し、シナリオ発動のトリガーを見極めながら、戦略や計画に反映していくことが重要となります。

 

今回のCOVID-19の発生は、どの会社にとっても想定よりはるかに深刻な影響を及ぼした事象といえます。上述のような将来予測を常に実施している会社は、想定していたシナリオとの違い等から、いち早く今回の事態がより深刻であることに気付き、早めの対応を行っています。
また、常に不確実な事象に対するあらゆるシナリオを検討することにより、既に検討
しているシナリオを参考に、対応方針を考えていくことができるため、変化に合わせた的確な対応方針を打ち出すことが可能となります。
不測の事態は「ゼロ」にはなりません。常に将来の不確実性の予測を行うことを習慣化することで、常に最悪な状況を意識しながら刻一刻と変わる状況に柔軟に対応することで、レジリエントな経営を実現できます。

図表1

3.自社のリスク感度醸成の重要性

「リスク」とは「不確実性」であり、「起こるかもしれない」という事象を認識するものです。リスクの認識を充実化させるためには、全社員の「想像力」の強化が必要となります。
「この事業にはこういうリスクがあるかもしれない」「これを行うと××となるかもしれない」・・・等、「かもしれない」を極力集め、それが起きた場合に「どのような影響があるか」までを想像することが必要となります。
この想像力のことを「リスク感度」といい、リスク感度を全社員に醸成させることで、質の良いリスク情報を集め、より適切にリスクへ対応することが可能となります。
また、多様なリスクを認識していくためには、複数名でリスクについて議論することで、相互にリスクに関する気づきが生まれ、リスク感度を更に向上させることができます。
日本の企業では、リスクは不祥事などの「起きてはいけないこと」を中心に想起し、都合が悪いこととしてなるべく隠すといった文化が根付いていることも少なくありません。
一方で、リスクについてオープンに議論し、認識したリスクを敢えてとることで、競合他社ではなしえない価値を創出し、勝ち続ける会社があります。このような会社は、経営陣がリスクについて十分に議論し、その克服にチャレンジするか否かを意思決定し、現場に対してもしっかりと方針を浸透させ、事業執行に落とし込んでいます。
前向きに、オープンにリスクを議論する文化を醸成することで、リスクに強い会社となります。

今回のCOVID-19 の蔓延のような深刻な問題の発生に対して、日頃から幅広いリスクを認識し、リスク予測等を行っておくことで、リスクとして考えるべきポイントやリスク対応のアイデアがわきやすくなります。
この未曽有の事態を契機に、経営レベルでのリスクマネジメントの重要性を改めて認識し、リスクマネジメントの強化を行い、この状況に打ち勝っていくことがより強靭な会社となるカギだと思います。

執筆者

KPMGコンサルティング
KPMGジャパン コーポレートガバナンス センター・オブ・エクセレンス(CoE)
ディレクター 木村 みさ