包括的な企業報告の実現へ - IIRC, SASB, GRIなど5団体が共同声明

IIRC、SASB、CDP、CDSB、GRIが、非財務報告フレームワークの乱立による混乱の解消を目指し、共同ガイダンス策定へ

IIRC、SASB、CDP、CDSB、GRIが、非財務報告フレームワークの乱立による混乱の解消を目指し、共同ガイダンス策定へ

2020年9月11日、サステナビリティ報告(注:本稿におけるサステナビリティとは社会環境等に限らず事業の持続可能性、及び、そのアウトカム、インパクトを通じた社会の持続可能性に関わる事象を含む概念と事象等を広義に捉える)に関する主要な基準設定団体であるCDP※1 、CDSB※2、GRI※3、IIRC※4とSASB※5(以下、「5つの基準設定団体」)は、投資家だけでなく他のステークホルダーも有する企業情報ニーズを満たし、財務情報と非財務情報が関連している企業報告(以下、「包括的な企業報告」)を目指した協調を進めていくことに対する表明書(以下、「当表明書」)を公表しました。


※1 CDP - 企業や政府による温室効果ガスの排出量削減、水資源の保護、森林保護を促進するためのグローバルな非営利組織

※2 Climate Disclosure Standards Board(CDSB)- 企業の気候変動情報開示の標準化を目指し、自然資本と財務資本を同等に扱うグローバルな企業報告モデルを推進するビジネスおよび環境NGOの国際コンソーシアム

※3 Global Reporting Initiative(GRI)- 企業、政府などの組織がその影響を理解し、報告することを支援する組織であり、サステナビリティ報告のスタンダードを策定している

※4 International Integrated Reporting Council(IIRC)- 企業報告の進化における次のステップとして、価値創造についてのコミュニケーションを促進する規制当局、投資家、企業、基準設定主体、会計専門家、学界、NGOが世界的に連携する団体であり、国際統合報告フレームワークを策定している

※5 Sustainability Accounting Standards Board(SASB)- 企業が財務的にマテリアルなサステナビリティ情報を特定・管理し、投資家に伝えるための業種別スタンダードを開発している

背景:有用なサステナビリティ報告の必要性の高まりと混乱

5つの基準設定団体が当表明書を発出するに至った背景として、サステナビリティ報告が財務報告より複雑にならざるを得ない点、そして、サステナビリティ報告に関する多くの基準やフレームワークが策定され、報告の作成者、利用者の双方に混乱を招いている点を挙げています。経済の成長、グローバル化、化石燃料の利用や供給の増加等により、企業を取り巻く環境が、経済的、社会的、そして環境の観点から大きく変化し、気候変動、生物多様性、雇用、技術等に、企業が与える影響が年々高まる中、サステナビリティ課題に関する透明性の高い測定や開示は、企業がビジネスを継続・管理していくための根幹を担うようになってきています。しかし一方では、サステナビリティ課題は、情報の利用者の目的、企業業績に影響するまでのタイミング、サプライチェーンの範囲や事業展開の広がり等が様々であるために、国際的に利用可能な基準が設定されている財務報告より複雑とならざるを得ない部分があります。併せて、サステナビリティ情報に関する多くの基準やフレームワークの存在が、報告書の作成者と利用者の双方に多くの混乱をもたらしている状況を解消して、包括的な企業報告を促進させるためにも、5つの基準設定団体は当表明書の発出に至ったとしています。

表明書の概要:目的と5つの論点

5つの団体による協働の目的は、以下のように述べられています。

  • それぞれのフレームワークや基準の相互補完的かつ付加的な適用にむけた共同ガイダンス
  • 包括的で、首尾一貫した企業報告の実現のために、既有のサステナビリティ基準やフレームワークが、一般的に公正妥当と認められた会計基準(以下、「Financial GAAP」)をどのように補完できるかについての共同ビジョン
  • 共通のゴール達成のために、相互に、さらには他の関係者も交えた深度ある協調を進めるための共同コミットメント

また、5つの論点の概略は以下のように述べられています。

1)マテリアリティはダイナミックな性質を帯びていること - 2つのマテリアリティコンセプト

企業が用いるサステナビリティ開示には、2つのマテリアリティコンセプトがあります。ひとつは経済、環境、社会へのインパクトを基とするマテリアリティで、幅広い利用者の目的に対応するものです。もうひとつは、経済的な判断を目的にする利用者の必要に資するマテリアリティで、企業の価値創造に焦点をあて、同時に先述のマテリアリティを構成する一部です。

マテリアリティは時の経過とともに変遷するようなダイナミックな性質を帯びています。例えば、ある時点では「マテリアルではない」と考えられていたサステナビリティ課題が、経済・環境・社会への企業のインパクトに関わるエビデンスを再検討した結果、「マテリアル」となる可能性があります。同様に、これまでマテリアルとはならなかったサステナビリティ課題が、時間の経過とともに、または急な状況の変化により、企業の価値創造にとってマテリアルとなることも考えられます。COVID-19によるパンデミックや人種問題などはその一例です。

ダイナミックマテリアリティ

ダイナミックマテリアリティ

出典:CDP, CDSB, GRI, IIRC and SASB ”Statement of Intent to Work Together Towards Comprehensive Corporate Reporting” (出典元の許諾を得てKPMGが日本語訳作成)

2)包括的な企業報告を加速させる好機であること

サステナブルな企業への資本集中を実現し、市場の持続性とグローバルな課題(気候変動、人権問題等)の解決の双方を図るべきとの要請は、直近の一年間だけでも数多くみられました。これは、包括的な企業報告体系の実現を目指す時宜が到来した証ともいえます。

(i)ブラックロック※6やステート・ストリート※7などの大手機関投資家による声明にみられるように、サステナビリティ課題と財務的なリスクと機会の関連性や、ビジネスのSDGsへの貢献についての一層深い理解獲得への希求の高まり

(ii)有用かつ信頼性を備えた比較可能な企業開示に対する規制当局、政策立案者や会計専門家からのグローバルレベルでの要請(国際会計士連盟、IFRS財団のトラスティ、国際通貨基金等)

(iii)包括的な企業報告の実現に向け、各サステナビリティ基準設定団体が、IIRCとともに、それぞれの基準やフレームワークを活用したよりよい報告をめざした協調を開始

※6 BlackRock, “A Fundamental Reshaping of Finance” 

※7 State Street Global Advisors “CEO’s Letter on our 2020 Proxy Voting Agenda” 

各スタンダードのマテリアリティのコンセプトの違い

各スタンダードのマテリアリティのコンセプトの違い

出典:CDP, CDSB, GRI, IIRC and SASB ”Statement of Intent to Work Together Towards Comprehensive Corporate Reporting” (出典元の許諾を得てKPMGが日本語訳作成)

3)信頼性のあるサステナビリティ報告が求められていること

報告書に開示される情報は、継続性や比較可能性を備えるとともに、信頼性を備えてこそ有用なものとなります。そして、報告基準やフレームワークは、情報の質と信頼性を高め、市場の正常化に貢献し、利用者の的確な意思決定を支援するものです。

5つの基準設定団体は、その基準やフレームワークの信頼性を、IFRS基準や米国会計基準と同等の水準にまで高めることを目指しています。そのためには、規制当局や政策立案者による認知等も得た、一般に公正妥当と認められる基準やフレームワークの構築が、サステナビリティ報告についても必須となります。また、独立性のある基準設定プロセス、有効なガバナンス体制とデュープロセスを備え、継続的に基準やフレームワークを維持、改良していく必要があります。さらに、報告書作成者と利用者双方の混乱とコストを軽減するために、一般的なサステナビリティ課題の情報は、ひとつの報告媒体で、多様な利用者の情報ニーズや目的を充足させるような仕組みづくりも解決すべき課題となっていきます。

具体的には、以下の2つの目的達成にむけたデュープロセスを実施し、共通の基準やフレームワークの構築を目指しています。

  1. 幅広いステークホルダーからの要求に基づいたサステナビリティ課題の一式とそれらに関する開示要求を確立するための、マルチステークホルダー・コンサルテーションを実施。この成果として、企業は様々なステークホルダーの異なる情報ニーズに応えることが可能となります。
  2. 1. で明らかとなったサステナビリティ課題とそれらに関する開示要求から、企業の財務情報に影響する課題を抽出し、経済的な意思決定を主目的とする情報利用者のニーズに対応します。この追加的なデュープロセスは、IFRS基準や米国会計基準に用いられるマテリアリティの定義と、企業と投資家によるコンサルテーションに基づき実施されます。この結果、企業がサステナビリティ課題を開示するときにあたり、企業の価値創造にとってマテリアルな事項の開示が可能となります。

上記のデュープロセスを経て確立されたサステナビリティ基準やフレームワークにおいては、企業は一定のサステナビリティ課題について、一度の情報収集で、様々な手段(サステナビリティ報告書、統合報告書、ウェブ等)による多様な利用者への報告ができるようになります。

4)包括的な企業報告へのアプローチが必然であること

グローバルな企業報告システムの実現にむけて、Building Blockと呼ばれるアプローチを採用します。企業の価値創造に関連する基準や報告システムを一つ目のブロックと捉え、ここにはIFRS、米国会計基準、CDSB、SASBとIIRCを含みます。このブロックに該当する基準等で作成される企業報告は、主に投資家や市場、および規制当局が利用対象となり、一般的には年次統合報告書の形で公表されます。二つ目のブロックは、開示の領域に捉われずに、企業の価値創造に関連している内容等を対象とします。政府、消費者、NGO、従業員や投資家も含む、より幅広い利用者や目的に応える基準やフレームワークにより構成され、GRI、CDSBとSASBなどが含まれます。

企業報告が、まず共通のサステナビリティ課題や開示要件から遂行されていくには、この2つのブロックの継続的な相互に利用しあえる状況が不可欠となります。この結果、ある一般的なサステナビリティ課題が企業の価値創造に関わると特定されたマテリアルとなった場合にも、年次統合報告書での開示へとシームレスに移行することができます。

上述のBuilding Blockアプローチの他にも、5つの基準設定団体は、よりテクニカルかつ詳細な内容に関して、個別に検討を進めています。例えば、SASBとCDSBが共同で発行したTCFD Implementation GuideおよびGood Practice Handbook 、直近であれば、GRIとSASBの共同ワークプラン がこれにあたります。

この他にも、サステナビリティ報告の発展・促進を目指した多数のイニシアティブがあります。基準設定団体と同等のデュープロセスは導入していないものの、直近のサステナビリティ課題や市場のニーズの適時な把握や協議等を通じた貢献を行っています。

Building Blockアプローチを基本にしつつ、より細かな検討や適時な協議に際し、個別のアプローチやイニシアティブも併せて活用しながら、グローバルで包括的な企業報告へ向けた活動が進められる予定です。

財務会計基準を補完するサステナビリティ開示基準

財務会計基準を補完するサステナビリティ開示基準

出典:CDP, CDSB, GRI, IIRC and SASB ”Statement of Intent to Work Together Towards Comprehensive Corporate Reporting” (出典元の許諾を得てKPMGが日本語訳作成)

5)テクノロジーを活かすこと

サステナビリティ情報は、入手しやすく、かつ幅広い利用者のニーズを満たす必要があります。構造化された情報は、利用者の容易な検索、フィルタリングや集計を可能とします。また、合意されたタクソノミーを用いた構造化データとして、デジタルで入手できなければなりません。

財務情報は、特定のプラットフォーム(例:米国におけるEDGAR)にファイリングされる必要があります。サステナビリティ報告に関しては、現在CDPが世界で最大の環境関連情報のプラットフォームを提供しています。CDPではさらに多くのサステナビリティ情報が受け入れ可能となるように、このプラットフォームの拡張・改良を行っています。今後、CDPのプラットフォームは様々なサステナビリティ関連の情報を提供するプラットフォームになりえるでしょう。CDPは、プラットフォームが保有するデータを加工し、その正確性と網羅性を確認できる機能を有しています。さらに、どのデータがどの基準や、(主要各国の規制当局により合意された)どのタクソノミーと整合しているのかも確認可能となっています。

おわりに:関係者による協力への期待

気候変動、COVID-19のパンデミックなどにより、サステナビリティ課題と財務的なリスクや機会の関連性について、幅広いステークホルダーの更なる認知が浸透しつつある今こそ、マーケットが主導して、グローバル、かつ首尾一貫したサステナビリティ報告基準を構築すべき時期が到来したといえます。そして、5つの基準設定団体による協調の動きは、包括的な企業報告を加速させていくことになると考えられます。企業の価値創造にマテリアルなサステナビリティ課題が、年次財務報告と共に開示されることは「あるべき姿」といえます。だからこそ、財務報告基準設定団体と、サステナビリティ関連基準設定団体の一丸となった協調が必要となります。また、サステナビリティ課題の一式とそれらに関する開示要件は、財務報告と同等のレベルで確立され、公的機関による適切な監督・運用がなされることで情報の正当性へと繋がり、開示の義務化にむけても寄与していくことになります。

5つの基準設定団体は、企業の価値創造に関連するサステナビリティ課題とFinancial GAAPとを関連づけるために、IOSCOやIFRS財団などとも協議を進め、関心を共有する他のステークホルダー(企業、投資家、政府など)とも対話をしながら、グローバルに合意された包括的な企業報告システムの構築にむけたコミットメントを表明しています。

最後に、当表明書では、関係者に対して、以下のような期待を表明しています。

  • 5つの基準設定団体が報告全体の「エコシステム」の主要な役割を担っており、相互補完的に利用可能であることへの認知
  • 当表明書に対するフィードバックの提供
  • 包括的な企業報告の必要性への理解と行動を促すための、5つの基準設定団体等との協議
  • 当表明書において記載したビジョンを達成および発展させるためのサポート

当表明書が、サステナビリティ課題の開示に対する報告書作成者と利用者の混乱の解消の契機となり、グローバルに統一化され、信頼性のある包括的な企業報告に繋がっていくことが期待されています。

執筆者

KPMGジャパン
コーポレートガバナンス センター・オブ・エクセレンス(CoE)

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