ニューノーマル時代におけるカスタマー戦略の再構築-アフター・コロナでの消費者心理を捉えて-

KPMGインターナショナルで2020年5月から6月に実施した“Consumers and the new reality”調査から明らかになった消費者の価値観や購買行動の変化を紹介します。

KPMGインターナショナルで2020年5月から6月に実施した“Consumers and the new reality”調査から消費者の価値観や購買行動の変化を紹介します。

新型コロナウイルスの影響で世界が大きくうごめくなか、顧客の価値観、行動が大きく変わっています。また、それに対する企業活動も大きな変革を求められています。
本稿ではKPMGインターナショナルで2020年5月から6月に実施した“Consumers and the new reality”調査から明らかになった消費者の価値観や購買行動の変化を紹介します。
そして、消費者の変化をおさえたうえで、さらにはこれまで日本企業が抱えてきたカスタマー戦略上での課題を踏まえて、日本企業がカスタマー戦略を再構築していくための4つのステップを解説します。

Point1 新型コロナで景色が一変

現状の延長線上のままではカスタマー戦略は早晩頭打ちになることは明白である。どの企業でも企業活動を行っていくうえでは、ニューノーマルを想定して動くことが求められる。

Point2 消費者心理の変化

2020年の5月に実施したKPMGインターナショナルの主要11ヵ国の調査から、「“Value for Money(価格に見合った価値)”の強まり」、「顧客体験が一気にデジタルに移行」、「ブランド戦略で“信頼”がより重要に」が明らかになった。

Point3 カスタマー戦略の再構築

「プライシング政策やマーケティング費用配分の見直し」、「カスタマージャーニーの最大限のデジタルシフト」、「 “Value for Money(価格に見合った価値)”の要素を強めたビジネスモデルへの移行」、「“信頼、信用、安心”を強化したブランド戦略への転換」の4ステップが重要である。

Point4 直面する難局は企業変革の絶好のチャンス

現況を難局と捉える向きも多いが、ニューノーマル時代への変曲点は企業変革の絶好のチャンスである。これまでのしがらみをすべて排除し、抜本的な企業変革を実現すべきだ。戦略策定、組織運営、人材マネジメント等、包括的な視点から企業経営を見つめ直すことが次の時代に繋げる大きなステップとなる。

I.2020年:新型コロナで景色が一変

多くの人が東京オリンピックを楽しみにしていた今年、急速に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界に波及し、我々の置かれた環境や日々の行動は大きく変わりました。

  • ワークスタイル:職場に出勤して仕事をしていましたが、現在(2020年7月上旬 執筆時点)はテレワークが普及・定着してい
    ます。
  • 車の所有:車を所有する世帯は減少傾向でしたが、現在は公共機関に頼らない移動手段として、車の所有を考え直す世帯も増えてきているようです。
  • 食生活:外食の需要が大きく減り、家での消費に移行してきています。
  • 物の購入:以前からネット上での物品購入比率が高くなることが予測されていましたが、現在はさらに加速しています。

新型コロナが収束した後の世界、いわゆるニューノーマルと言われる時代はどのようになるでしょう。企業でもニューノーマル時代を想定して動くことが求められており、現状の延長線上での事業運営では早晩頭打ちになることは明白です。

II.新型コロナが引き起こした消費者心理の変化

新型コロナウイルス感染症拡大は世界に多大な影響を及ぼし、大きな節目となりました。この一件は消費者マインドにどのような影響を与えたのでしょうか。そして、それらに対して企業はどのような対応が求められるのでしょうか。

KPMGでは世界主要国11ヵ国の一般消費者を対象に、“Consumers and the new reality”調査と題して、生活の価値観、購買行動の変化などを調べるため、オンラインでのアンケート調査を実施しました。調査期間は2020年5月末から6月中旬で、有効回答を各国1,000名以上、11ヵ国、合計では12,334名より得ました。

今回の調査から3つの大きな変化が読み取れました(図表1参照)。 

  1. 贅沢消費の買い控えと“Value for Money(価格に見合った価値)”の強まり
  2. 顧客体験がデジタルに移行
  3. ブランドに求める要素で“信頼”がより重要に

それでは、その意味するところを紐解いていきましょう。

図表1  “Consumers and the new reality”調査結果

新型コロナ後の主要購買要因トップ5

出典 KPMG “Consumers and the new reality”調査 2020

1.贅沢消費の買い控えと“Value for Money”の強まり

すべての対象国で約40%の回答者が「贅沢消費(割高なブランド品購入や贅沢なエンターテインメントや体験型サービス)は控える」と答えています。実質所得の減少と新型コロナが及ぼす心理的なインパクトの両面が消費者マインドへ影響しているとKPMGでは分析しています。

特に日本は、ブラジル、イタリア、スペインと並び、財務的な圧迫を深刻に感じており、日常の必需品以外の大きな購買はなるべく控える人が非常に多い状態になっています。

最終的に何を買うかを決める消費者の購買決定要因も変化しています(図表1上図参照)。“Value for Money”や“価格そのもの”の重要度は当然のことながら大きく上がっています。

この結果が示唆するのは、各企業は現状の商品・サービス、ビジネスモデルやオペレーションを見直す節目にあり、より“Value for Money”に適合する戦略見直しが必要だということです。消費者の“Value for Money”志向の強まりは、短期的な緊急避難ではなく、中長期的に続く嗜好の変化と捉えるべきです。

2.顧客体験がデジタルに移行

「ステイホーム」により、より安全で簡単に商品やサービス、関連情報にアクセスしたいというニーズがどの業界でも強まっています。それに伴い、急速に顧客体験(認知、情報探索、比較、購買からアフターサポート)の多くがデジタルに移行しています。簡単にアクセスできることがデジタル・シフトの肝になり、幅広い層で強く望む要素になっているようです。
そのような全体傾向の中でも、いくつか面白い兆しも見え始めています。消費者においては、家族や友人とのコミュニケーションはこれまで以上にメッセージアプリやSNSに移行している傾向があり、同様に、企業内でもテレワークの導入により、eメールなどから移行している傾向が顕著になっています。
コミュニケーションのデジタルシフトに伴い、支払方法、決済方法も“現金離れ”が進むことも明白です。電子マネーやクレジットカードの利用はこれまで以上に加速的に増加し、キャッシュレス先進国の中国やブラジルだけでなく、日本においても大きく進展していくことは間違いありません。
この結果が示唆するところは、これまで以上にカスタマージャーニーのデジタルシフトを加速する必要があること、デジタルでの情報交換や決済増加に伴い、セキュリティの確保が重要になっていることです。攻めの“デジタルを最大限活用したカスタマージャーニー変革”を、守りの“デジタルにおけるリスクのミニマイズ、セキュリティの担保”とバランスをとりつつ、実行していくことが求められます。

3.ブランドに求める要素で“信頼”がより重要に

アフターコロナの消費者心理の変化を考えれば、ブランディングの考え方も改めなければなりません。顧客がブランドに対して、より“信頼、信用、安心”を求めるようになっているからです。これまでのブランディングのセオリーでは、各々のブランドが定義している「ブランドの在るべき姿(ブランド・プロミス)」が実現できているかどうかで、ブランド力が決定されると考えられてきました。しかし、ニューノーマル時代では、それだけでは消費者は納得せず、どのようなブランドにおいても“信頼、信用、安心”が重要となります。

消費者は常に“信頼、信用、安心”を求めています(図表1下図参照)。「この企業は利益よりも私への価値提供を優先してくれるか」、「私の顧客情報は安全な状態であるか」、「この企業は社会に対する使命をどう定義して果たしているのか」等です。消費者と“信頼、信用、安心”を巡る企業のかかわりはこれまで以上に複層的で、文脈にも大きく依存するものになっています。

また、“信頼、信用、安心”を語る切り口としては、「顧客の安全」だけでなく、「地域社会、経済とのかかわり」、「環境への配慮」、「人権に対するポリシー」など、幅広く、奥も深くなっています。

企業はいま一度、“ブランド・プロミス”や“提供価値”を見直し、ニューノーマル時代に、どのような社会貢献をしていくのか、再定義する必要があります。企業としてどのような場面、側面で“信頼、信用、安心”の意識を顧客のなかに育むのか、その具体的な企業活動を明らかにして徹頭徹尾実行していくことが重要となるでしょう。

III.カスタマー戦略の再構築

それでは、カスタマー戦略をどのように変革していくべきでしょうか。前述した消費者心理の変化とこれまで日本企業が克服できなかった課題も踏まえて、カスタマー戦略を再構築する4つのステップを説明します(図表2参照)。 

図表2 カスタマー戦略再構築のアプローチ

プライシング政策やマーケティング費用配分の見直し

出典 KPMG分析

それでは、一つひとつのステップが具体的にどのようなことかを説明していきます。

Step1:プライシング政策やマーケティング費用配分の見直し

今回の新型コロナの影響で、売上、収益共に落ち込んでいる企業が少なくありません。大きな変革のための投資はなかなか厳しい状況となっています。カスタマー戦略を再構築していく場合、まず考えなければならないのは無駄なキャッシュアウトやコストを削減することです。運転資金や利益をなるべく積み上げることが、大きな変革、方向転換を実現するために必要となります。
一般にコスト削減と言えば、購買費や人件費がまず頭に浮かびますが、カスタマー戦略にまつわるプライシング政策やマーケティング費用配分の見直しは、無駄なキャッシュアウトやコストの削減には非常に有効な施策です。多くの日本企業においては、日々のプライシングやマーケティング費用配分が見える化されていないことが多く、結果としてファクトに基づいた分析的かつ戦略的なプライシング政策やマーケティング費用配分が実現できていません。
しかし、最近ではアナリティクス機能の進化、デジタル化が加速し、以前よりも簡単に利用できるようになりました。コストは大きくなく、実行にも時間はかからず、効果はそれなりに期待ができます。営業利益の10~20%程度の改善が実現されるケースも珍しくありません。したがって、カスタマー戦略を再構築する第一歩としては、現状の活動の見直しをファクトベースで科学的に行い、財務的な体力を温存していく一挙両得の施策と言えます。

Step2:カスタマージャーニーの最大限のデジタルシフト

昨今、日本企業においてもカスタマージャーニーやタッチポイントマネジメントの重要性は認知されており、変革に取り組んでいた企業も多数ありました。しかし世界的に見て先端的なカスタマージャーニーを実現できている日本企業は多くはありません。
この原因は日本企業の典型的な考え方や思考のクセが影響しているのではないかと筆者は考えます。多くの日本企業ではカスタマージャーニーのデジタル化へ臨む時に、“まずどの部分がデジタル化できるか”を考え、デジタル化ができそうもない部分は、そのまま残していることが多くあります。なぜなら「ショールームでの面談はお客様にとって最も重要」、「TV広告は認知拡大に効果が高いし、代理店も期待している」等の理由から既存部門には本格的にメスを入れない、入れられないことが多いからです。
デジタル化できるところだけをデジタル化していくという、引き算のカスタマージャーニーによって、企業側から現状のカスタマージャーニーを見れば、社内の様々な部門をまたぐ継ぎ接ぎのカスタマージャーニーになっており、コストは高く、かつ一貫したマネジメントが難しいものになっています。その結果、顧客が感じるストレスは多く、満足度も高くありません。
本来であれば、社内の部門や組織建てはさて置き、顧客の望むカスタマージャーニーを明らかにし、ゼロベースでデジタルと非デジタルのタッチポイントを設計すべきです。その結果として顧客の満足度が高いカスタマージャーニーが実現できるのです。
今回の新型コロナの一件は、日本企業にとっては一気にデジタル化を進めるための大きなチャンスとして捉えられます。過去のしがらみを忘れ、虚心坦懐に顧客視点からカスタマージャーニーを設計していけば、自ずとデジタル化は最大限進んでいくのです。なぜなら、カスタマージャーニーのデジタル化を削いでいる要因は既得権益に守られた既存部門の硬直的な考え方が大きな要因となっているからです。

Step3:“Value for Money”の要素を強めたビジネスモデルへの移行

本調査による最も象徴的な判明結果は、どの国の消費者も“Value for Money”をより意識しながら、商品選択をするようになったということであり、これは短期の緊急措置的な変化というよりも、中長期的なトレンドと考えるべきです。
それはなぜでしょうか。緊急時には財務的な不安感から消費者は否が応でも“Value for Money”を意識しながら、商品選択をするようになります。以前はまったく選択肢になかった商品を購買・使用する経験も自ずと多くなり、「初めて使用したが、意外によい。これで満足」という商品にも出会い、消費者は“Value for Money”の勉強をして、より賢くなっていくのです。
賢くなった消費者は、今後もどのようなパンデミックが来るか分からないという警戒心も持つため、ニューノーマル時代に以前よりも“Value for Money”で判断する消費者が増えるのは当然の流れになります。
それでは、これに企業としてどのように対応すべきでしょうか。やはり“Value for Money”を切り口に、既存の商品・サービス、ビジネスモデルを見直していくべきです。言い換えれば、“Value for Money(価格に見合った価値)”を実現するビジネスモデルに向かい、絶え間ない革新を継続することです。
一方で残念ながら、この点では出遅れている日本の経営者が多いようです。KPMGが毎年世界各国のCEOにアンケートを実施している「グローバルCEO調査」(11カ国、有効回答:約1,300名のCEO(日本の100名を含む))から垣間見ることができたのは、日本の経営者のビジネスモデルを変革していこうとする考え方は欧米の経営者に比べて残念ながら弱いということです。日本のCEOはイノベーションを技術開発・製品開発という狭義に捉える傾向が強く、ビジネスモデル全体を変革し、競争力の高いものにしていくという視点が未だ弱いようです。
ビジネスモデルのイノベーションを幅広く検討していくツールとして、世界有数のビジネススクール、スイスのIMDは、イノベーション・ピアノキー(イノベーションの鍵盤)という枠組みを提唱しています。その枠組みは、イノベーションを「ビジネスモデル」、「プロダクト」、「ネットワーク」、「チャネル」、「コミュニケーション」の5つの要素に分けて考えるというものです。
日本企業においても、このような枠組みを利用しながら、ビジネスモデルの革新を日々絶え間なく続けていき、顧客に対して満足度の高いサービスを提供し続ける一方、オペレーションのコスト構造はできる限り最小化して、利益を最大化する努力を常に行うことが極めて重要です。環境変動の激しい現代においては、時間をかけて利益を取れる体質にするよりも、利益を取れる時はそれを常に最大化する努力を怠らないことが重要です。

Step4: “信頼、信用、安心”を強化したブランド戦略への転換

最後はブランド戦略の在り方についてです。前述したとおり、ニューノーマル時代においては、どのようなブランドも“信頼、信用、安心”がより重要な要素になります。
しかし、それに着手する前に、日本企業のブランディングの課題を解決しなければなりません。日本企業は欧米企業に比べ、大きく遅れているのが一般的な現状です。ブランディングが十分に理解されておらず、商品・サービスの認知向上、販売促進が活動の中心になっており、ブランド力を事業の差別化要因として活かせるまでにはなっていません。
一方、先進的な欧米企業では“商品・サービスレベル”ではなく、“コーポレート・事業レベル”でのブランディングになっており、アピールポイントも“商品・サービスの差別性”ではなく、“提供価値やブランド・プロミス”を中心としています。こうすることで、ブランディング活動の成果が消費者の中に一貫して蓄積されやすく、結果として中長期的に強いブランド資産が構築できるからです。強いブランド資産が溜まれば、既存事業での伸長や新規事業への拡張がし易く、ブランド力をレバレッジできる段階になるのです。
今後は、日本企業のブランディングを“場当たり的で、刹那的な商品・サービスの認知向上、販売促進”という活動から、“中長期を睨んでのコーポレート・事業レベルでの提供価値を訴求するブランディング”に移行していき、それをベースにしたうえで、今回の調査から明らかになった“信頼、信用、安心”等を提供価値に盛り込んでいくことが重要です。さらには、いわゆるマーケティングやブランディングという商業的な事業活動だけでなく、最近脚光を浴びているESGやSDGsを含め、CSRや地域貢献活動などの要素も組み込んだ大きい枠組みでブランディング活動を再定義する必要があります。

IV.結び:ニューノーマル時代到来は企業変革の絶好のチャンス

肝に銘じなければならないのは、ニューノーマル時代が定常状態として長く続くことを前提にしてはいけないということです。
新型コロナ以外の要素でもいわゆる“ブラックスワン”が起こる可能性を常に意識しなければなりません。コロナ収束後には、安定したニューノーマルの時代が到来するということはなく、その時代も激動期であることには変わりないのです。
日本企業はこの激動の時代を乗り越えていく備えができているでしょうか。筆者の経験から見る限り、まだまだ課題は多いと感じます。なぜなら、1960年代後半や70年代前半から脈々と培われた従来型の戦略立案アプローチや経営マネジメントの仕組みで、未だ多くの日本企業が運営されているからです。
それは、5年から10年のレンジで事業環境を俯瞰し、企業ビジョンや経営目標を定めたうえで、「中長期戦略」を策定・決定し、それを単年度の経営計画に落とし込んでいくものです。しかし、昨今企業を取り巻く環境変動や競争関係の変化があまりにも激しく、戦略の前提がすぐに崩れてしまうことが継続的に発生しています。従来の戦略計画の方法論はすっかり効力を失いつつあり、見直しが必要な状況になっています。
2010年代に入り、リタ・マグレイスがその著書「競争優位の終焉」(日本経済新聞出版)で看破したとおり、「一時的競争優位の獲得」の積み重ねが、強い企業を作っているという指摘もあります。欧米企業の多くは、いち早く「一時的競争優位の獲得」の積み重ねを推進する戦略マネジメントに移行しています。いま世界的に、オープンイノベーションが活発化していますが、世界をリードするベンチャー企業と付き合うには、このマネジメントは必須要件であり、日本企業も早く激動期でのマネジメントへ移行していかなければなりません。
今回、新型コロナが引き金になりましたが、ニューノーマル時代の到来は企業変革の絶好のチャンスです。しがらみをすべて排除し、抜本的な企業変革を実現できる機会として、戦略策定、組織運営、人材マネジメント等を包括的な視点から見つめ直すべきです。、そして、抜本的な企業変革を実現することが次の時代に繋ぐための大きなステップになります。ニューノーマル時代に臨み、根本的な企業変革に取り組まれる日本企業が増えていくことを願ってやみません。

執筆者

KPMGコンサルティング株式会社
KPMG Global Strategy Group
パートナー 古谷 公

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