インド:コロナ禍における経済活動の再開から見えた新たなリスク課題と、ニューノーマルへのシフト

本稿では「インドにおけるリスク」に焦点を当て、差し迫った「危機」にどのように対応すべきか、インドでの事業活動における危機管理と将来に向けたリスク管理の変容について解説します。

本稿では「インドにおけるリスク」に焦点を当て、差し迫った「危機」にどのように対応すべきか、インドでの事業活動における危機管理と将来に向けたリスク管理の変容について解説します。

新型コロナウイルス感染症という、200年に一度と言われる未曾有の危機のなか、「ニューノーマルへの対応」というフレーズはニュース等で何度となく繰り返されており、「コロナ禍対応」というテーマで繰り返される情報に、少々食傷気味の方も多いかもしれません。
とはいえ、通常時にも「混沌としている」と表現される、インドという国における新たな事業運営スタイルへの変容は、当地で事業活動を行う日系企業にとって成長に向けた重要なファクターとなると思われます。
本稿では「インドにおけるリスク」に焦点を当て、差し迫った「危機」にどのように対応すべきか、インドでの事業活動における危機管理と将来に向けたリスク管理の変容について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、インドでは2020年3月25日からロックダウンが開始されたが、6月1日以降段階的に解除され、経済活動も再開された。
  • 経済活動の再開に伴い、インドで活動を続ける日系企業では、コンプライアンスやガバナンスに関する問題が顕在化している。
  • 新型コロナウイルスの影響が今後長引くことを想定して、今ある危機への対応のみならず、長期的視点に立った事業機能の再構築が求められる。
  • リスク管理の変容と、重要なガバナンス上の実施事項について紹介するとともに、長期的課題にいかに取り組むべきかを解説する。

I.インドにおけるコロナ禍対策と、経済活動再開に向けた取組み

3月25日から発令されたインド全土でのロックダウンは数回の延長を経て、6月1日以降段階的に解除されており、その解除方針やガイドラインが公表されています。企業にとって大きな課題となっていた州を越える人の移動も、第4期ガイドラインをもって、(一部地域を除き)双方の州政府の合意により許可されることとなりました。日系企業を含む多くの現地企業は、第2期・第3期のガイドラインでの部分緩和により事業活動再開に向け動き出す方針を打ち出したものの、人の州間移動が禁止されていたため、労働者が州外から通勤することができず、労働力の確保が大きな課題となっていましたが、第4期ガイドラインにて前進した形となります。
とはいえ、インドでの感染拡大は今やアメリカ・ブラジルに次いで世界3位1という規模で広がりを見せており、未だ終息の目途は立っていません。日本をはじめとした各国と同様、インドにおいても先行きの見えないなか、手探りの状態で経済活動がスタートしています。日系企業を含む多くの企業が、政府が公表したガイドライン「事業再開の基準(Standard Operating Procedure)」に則り経済活動を再開している一方で、経済活動の再開に伴う新たなリスクが浮き彫りになっています。

1 世界保健機関レポート“Coronavirus disease (COVID-19) situation reports

II. 経済活動再開で見えた新たな「危機」

KPMGインドによるコロナ禍でのリスクに関するサーベイ結果2によると、人的資源に依存した組織はデジタル化が遅れている背景もあり、工員などの労働力が生産能力に直接インパクトを与えており、それは生産活動のみならず遠隔でのバックオフィス業務の推進・維持にも影響を及ぼしています。またそれらの影響を軽減すべく、多くの組織が生産戦略とサプライチェーンの再評価に加え、新たな事業運営体制構築の必要性があるとしています。このサーベイにおけるリスク項目は、いずれもインドに限らず全世界で見られる傾向・項目であると思われますが、インドで事業を営む企業は、事業運営上のインパクトを注視し、事業運営形態の再構築を目指していることがわかります。その一方で、今回のクライシスに乗じた不正やサイバーインシデントの発生数が増加傾向にあることも見逃すことはできません3。以下、コロナ禍のインドで発生した問題事例を紹介します(図表1参照)。

2 KPMGインド “COVID-19: Surviving and thriving through a pandemic COVID-19 Risk assessment survey” June 2020

3 KPMG英国 "The rise of ransomware during COVID-19"

図表1 コロナ禍のインドにおける問題発生事例

図表1 コロナ禍のインドにおける問題発生事例

インドの事業リスクは平時においても高いと言われており、ガバナンスやリスクを意識しながら事業活動を行う必要性がありました。それに加え今回のコロナ禍における混乱と、それに伴う日本人駐在員の国外退避が重なり、事業活動の再開を契機に多くの問題が顕著化・可視化されてきています。
問題を引き起こす原因としては、意思決定権者(駐在員などのマネジメントも含む)の不在による臨時対応と監視機能の低下、そして不正に手を染める原因となる売上目標達成へのプレッシャーや職業・収入不安等があります。これらの問題発生要因は「制度上の不備」、「運用上の要因(プロセス不徹底もしくは不備)」、「人的要因」、「ITシステムの不備」の4つに大きく分類できます(図表2参照)。

図表2 問題を引き起こす4つの要因

図表2 問題を引き起こす4つの要因

過去のさまざまな事案を見る限り、これらの要因が単独で問題の発生に至るケースはほとんどなく、いくつかの要因が重なり合った場合に問題が発生しています。
過去のさまざまな事案を見る限り、コロナ禍以前であれば、駐在員などの意思決定権者(人)が監視機能の一端を担っていたり、けん制を利かせることができていたかもしれません。またオフィスで業務をしていれば、オフィスエリアのセキュリティ機能内での活動が可能で、不明瞭な活動はできなかったかもしれません。しかし現在の事業環境下では今まで以上に問題発生要因が重複しやすく、また監視機能の低下により事態の発見までに要する時間も長くなっていることから、今までであればハンドルできていたものも「問題」に発展してしまうケースが多くなっているのが現状です。
ここで重要になるのが、コロナの影響が長引くことが想定される中で「今後」どのようにしてリスク回避をするか、という点です。今まで管理監督者としてコンプライアンス遵守や不正リスク回避に当たってきた日本人が現場にいない今、「どのようにしてその問題を回避するか」という観点からオペレーションを再構築する必要があります。内部要因もしくは外部要因のいずれに起因しようとも、危機が及ぼす混乱は日々の業務に影響を与えるという事実があり、そしてコロナ禍のようなクライシス下においても重要なガバナンス上の実施事項を円滑に遂行する必要があります(図表3参照)。発生要因が複合しないよう、事業機能や構造を新しく構築し、現在、また未来の「危機」への対応が早急に求められていると言えます。

図表3 重要なガバナンス上の事項

図表3 重要なガバナンス上の事項

III. 将来に向けたリスク管理の在り方

企業内の各機能はコロナ禍において種々の問題・課題を抱えており、それらについて緊急に解決すべき課題と、長期的視点で見たリスク対応課題を、図表4にまとめました。それぞれ代表例のみを列挙していますが、「これらにすべて対応しなくてはいけないのか」と、辟易してしまう方も多いのではないでしょうか。

図表4 各機能における緊急課題と長期的リスク対応

図表4 各機能における緊急課題と長期的リスク対応

前述のサーベイ結果でも、緊急事態下においては、差し迫った緊急課題への対応が優先される一方、長期視点に立ったリスクへの対応については、つい先送りされる傾向が顕著に見られました。しかし長期的な視点に立ったリスク対応は、単に将来にむけた事前準備ではなく、新たな事業運営様式、いわゆる「ニューノーマル」への対応施策となる重要課題であると言えます。さらに、長期化や慢性化が予想されるこの事態においては、緊急課題のみにフォーカスすることは、将来的な事業運営に大きな影を落とす可能性すらあるのです。
ただし、前述したとおり、問題の発生にはいくつかの要因があり、それらが複合することで問題が深刻化したり、事業にインパクトを与えてしまう事態につながります。つまり種々ある課題の中で、どのエリア・要因を強化することが最も効率が良いのか、また要因が複合しないようにそれぞれの機能が担う役割や責任は何なのかを整理する、まずはそこからスタートすることが取組みの第一歩だと考えます。現在の各企業における人員体制によっては、早急にITシステムの再構築が求められるケースもありますし、監視機能を持つ人材を配置できない状況であれば内部監査機能を委託するなどして監視機能を高める等、それぞれの企業の状況に合わせた対応策を検討することが重要です。

長期的課題を単にコロナ禍における課題として片づけるのではなく、「今まさに直面している、企業の存続に向けた危機対応課題」であると捉え、グローバルな企業競争力を向上させるべく、従前の考えに囚われることのない新しい事業運営体制構築を目指すことが望ましいと考えられます。

執筆者

KPMGインド
アソシエイトディレクター 井上 ゆかり

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