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COVID-19とM&Aに関する喫緊の課題と売買契約への影響

COVID-19とM&Aに関する喫緊の課題と売買契約への影響

本稿は、KPMG で発行された「COVID-19: Immediate deal issues and a catalyst for change in M&A agreements」の日本語版です。

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買手側と売手側の企業は、COVID-19に関する新しい緊急のディール上の課題(取引スケジュールへの影響、クロージングの可否、クロージング可能な場合のクロージングと価格調整への影響等)を検討せざるを得ない状況にあり、双方にとって不確実な時代が到来している。
既に締結済みの契約の当時者間で紛争が起こるリスクが高まっていることから、締結済みの契約及び今後の取引で作成する契約は、一層厳密に検討されることが予想される。さらに、契約当事者は現在の(そして将来の)パンデミックに対する防御策を模索しており、COVID-19は今後のM&A契約を変化させる契機となる。

現在クローズ段階にある取引のリスク管理

クロージングの可否

2019年後半と2020年初頭に締結された多くのM&A契約において、買主のなかには、新事業のコントロール掌握と統合による混乱に加えて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるビジネスの混迷に既に対応している企業もあれば、近い将来迎えるクロージングについて不安を抱きながら熟考している企業もある。
こうした状況下では、速やかに検討すべきいくつかの重要なポイントがある。主にロックダウン(都市封鎖)から重大な影響を受けた買収対象の事業では、そのキャッシュフローは現在非常に厳しい状態にある。キャッシュがクロージング直後にすぐに必要となる場合は、合意済みのディールの資金調達を圧迫あるいは困難にさせ、結果として、特にレバレッジを利かせた取引においては、買収対象の事業が支払い不能に陥る可能性もある。そのため、買主のなかには取引のクロージング時期の延期又は取引自体の中止さえも検討している企業がある。

MAC条項
MAC(Material Adverse Change)条項とは、買収対象の事業が重大な悪影響を受けた場合に、買主が契約から離脱する権利を定めた一般的な契約要素である。ただし、このようなMAC条項では通常、買収対象の企業のみでなく同じ市場又は業界の他社にも影響を与える事由は除外されるため、COVID-19による取引の中止はあまり期待できない。しかし、MAC条項が現在の状況に適用されるかどうか、買主は慎重に見極めようとするであろうと予想される。

クロージングの条件
クロージングを延期する作戦を検討している買主もいる。クロージングの延期は、買収の時期をロックダウンによる直接の影響や混乱を受ける時期よりも後に先送りし、より「ノーマルな」環境で対象事業を買収できるというメリットをもたらす。
買主がクロージングの条件をコントロールできる場合、この戦術を用いてクロージングをさらに先の将来へ延期することも可能となる。
クロージングまでに一定の期限(Long-stop date)がある場合、取引が完全に中止されることもある。これにより発生する違約金は買主が判断に加えるべき要素である。取引の中止は売主にとって明らかに理想的ではないものの、クロージング前のディールにおいては、買主と売主の双方が売買契約における関連箇所を注意深く確認することになろう。
取引の延期はLocked Box方式の契約である場合、あまり効果的ではない。当該算定メカニズムでは、売手側への支払価額が実質上固定されるため、買手側は価値算定基準日(ほとんどの場合、対象会社の直近の会計年度末)以降の事業におけるリスクと便益を引き受けることになる。買手側は、現在の情勢の結果として、価値算定基準日から法的なクロージングまでの期間における業績の悪化がもたらすリスクにさらされる。つまり、買主がクロージング時に引継ぐ事業の純資産とネットキャッシュは想定より低いものとなる。
重要なこととして、買主はこの期間に買収対象の事業に対する支配権を持たないため、COVID-19の混乱への対応に関する影響力は限定される。
売主は通常、契約締結日からクロージングまでの期間に一定の形式で事業を運営することを契約で確約する。こうした確約は「通常の事業運営(Ordinary course of business)」と称されることが多い。(COVID-19のパンデミックで)通常とは程遠い時世において、現在の状況への対応措置がこうした確約と合致するか否かについて紛争が発生する可能性が高いと予想される。工場の閉鎖や余剰人員の解雇は特にこれに関係する。
短期的な資金繰りのみを目的とした売手側の対応措置は、買収対象の事業の機能を維持し、ロックダウン解除後に可能な限り迅速に成長フェーズに戻すという買手側の願望と相反する可能性が高い。将来紛争が起こる可能性を低減するため、クロージング前に買主と売主が主要な経営判断について合理的な議論を行うことが不可欠である。合意内容を注意深く検討し、一定の取引については売主が買主の同意を得るという条件を設定しておくことは、こうした議論の助けとなるであろう。

クロージングと価格調整への対応

買収対象の事業は、数ヵ月前には予想もしなかった財政的な圧迫や事業立て直しの状態で買収される可能性があるため、支配権の引継ぎを計画する期間は通常以上に重要となる。COVID-19と支配権の異動という二重の混乱時には、事業を速やかに掌握し、危機的状況における資金繰りをコントロールすることが不可欠である。
取引価格の観点では、クロージング日における価格調整の手続も一層重要となる。クロージングBSによる価格調整メカニズムを含む取引では、特に買主がクロージングBSを最初に作成する責任を負う場合、買主はクロージング前の混乱の影響を最終買収価格に反映させる機会を得られる可能性がある。
クロージングBSによる価格調整を行う場合、在宅勤務による制約や対象会社の注力が日々の業務とキャッシュフローの維持に移行していることから、締結済みのSPA(売買契約書)で設定された準備期間・レビュー期間が十分でなくなる問題が浮上する可能性があることは明白である。これにより、当事者の一方又は双方が、変更契約書によりスケジュールの変更を希望する場合がある。これによる影響は、特に「カットオフ日」(新しい情報がクロージングBSの作成に考慮されなくなる日付)に関連する場合、慎重に検討する必要がある。
経済の低迷期には、価格調整におけるキャッシュへの影響が当事者にとってより重要となるため、クロージング時の価格調整に関する紛争の数や規模が増大することは歴史的に見ても明らかである。この点において、現在の(パンデミックの)状況は何ら違いがないといえる。
売主と買主間での紛争リスクが増大していると考えられる分野は以下の通りである。

  • 資産や負債の価値に対するCOVID-19の影響が後発事象として調整の対象になるかどうか。この判断はクロージングのタイミングに左右される部分があり、買手側と売手側は、資産の回収可能性に影響を与える状況がクロージング時点に存在していたかどうかを確認する必要がある。クロージング日付が経済がロックダウンに入った後である場合は、調整対象外であると主張することは難しいであろう。ロックダウン前(例えば1月や2月)にクローズされた取引ではかなり不明確となる。
  • 長期契約に係る残高といった将来の情報に依拠する会計上の判断を伴う要素については、買手側と売手側の将来の見通しが大きく異なる場合があるため、問題が浮上する可能性がある。
  • 通常であれば問題のなかった契約が、現在の状況では「不利な契約(Onerous contract)」となる可能性がある。買手側が、事業価値に対するCOVID-19のより広範囲の影響を低減する方法として、「不利な契約」に対する引当を求める可能性がある。
  • 在庫の正味実現可能価額がより主観的で紛争の元となる場合があるほか、ソーシャルディスタンスの要件によりクロージング時の在庫調査の実施が難しくなる可能性がある。

現在交渉中の取引におけるCOVID-19に起因する課題への対応

M&A活動のレベルはこの数カ月間で明らかに低下したものの、取引の交渉はいまもなお継続されている。ディール・ストラクチャリングとプライシングに関連する実務上の課題が数多く浮上している。

価値算定方法の見直し

EBITDA(支払利息・税金・減価償却費控除前利益)の分析と取引事例比較法(CoTrans)におけるEBITDAマルチプルの利用は、この10年間のディールの交渉において一般的なものであった。今般の状況を受けて、従来のEBITDAとマルチプルに基づいたバリュエーションは、買収対象事業の将来の割引キャッシュフローの代替的な見積にすぎないことを再認識すべきである。これは比較的安定した市場における安定した事業には役立つが、将来が過去と大幅に異なると予想される場合には不備となる。
現在の市場環境において、最新(例えば直近12カ月)のEBITDAはもはや将来の業績と企業価値の合理的な指標になり得ない。現在と過去の業績を用いて「正常化」しようとしても、目下の状況を説明するには、せいぜい「風向きを読む」程度にしかならない。プライシングの判断を誤らないためには、買主と売主の双方が根本的なバリュエーション方法に注意を向ける必要がある。

運転資本のターゲットを定める

買収価格がキャッシュフリー・デットフリーの企業価値である場合、適切な運転資本水準の設定など、株主価値をどのように算出するかが課題になると予想される。典型的なアプローチは、季節性を排除するために直近12カ月の月次貸借対照表を分析することである。ただし、今のところこのような分析で得られる事業のキャッシュ需要の姿は、「正常」とは程遠いものとなる。
運転資本需要を分析し合理的に「正常」なビジネスにおける需要を算出するためには、価値算定方法の見直しと同様、買主と売主は考え方の基本に立ち戻り、取引条件や支払いサイクルを確認しなければならない可能性が高い。
今後起こるディールの多くは、財政的に圧迫された、あるいは財政的に必要に迫られた売主により、短縮スケジュールで実行されることが予想されるため、これらの分野を早期の段階で慎重に検討することが重要である。このような状況下では、十分なデューデリジェンスを実施できず、表明保証や補償条項による防御が現実的でない場合があるため、価格調整の基準設定が一層重要となる。

将来の取引ではプライシングへのアプローチはどのように変化するか

現在の危機的状況下で、多くの企業は生き残りをかけて最善の経営を続けており、将来の計画よりも現在の困難に耐えることに注力している。しかし、M&A活動が再興した際には、契約におけるプライシング方法に数多くの変化が起こること予想される。

Locked Box方式の人気は低下か

この不確実性が高い時期においては、特にCOVID-19の影響が明らかになる前の時点で基準となる貸借対照表が作成されている場合、買主はLocked Box方式の取引を避けたいであろう。買主は買収時点における対象事業の実際の財政状態を反映した貸借対照表に基づいて価格を調整する機会を持つことを望む。この調整はクロージングBSによる価格調整メカニズムを利用する場合にのみ可能となる。
さらに、「エクイティ・ティッカー(Equity ticker)」(経済的な所有権が買手側に事実上譲渡された後に、引き続き保有する法律上の所有権について売手を補償するために、Locked Box基準日からクロージングまでの期間において買収対価に日次で追加される金額)の合意は、以前よりも難しくなる可能性がある。エクイティ・ティッカーは予想利益に基づく場合が多く、予算と予測に主観性が高まることから、買主と売主の間でより時間をかけて交渉する必要がある。
そのうえ、COVID-19の影響の不確実性が継続するなかで、契約締結からクロージングまでの期間が長くなるほど、合意されたエクイティ・ティッカーと対象事業の実際の業績が乖離するリスクも増大する。

クロージングBSの修正

クロージングBSは通常、当事者間で特別な取扱いを合意のうえ契約書で「特定の方針」として設定される分野を除き、直近の法定貸借対照表の作成に用いられたのと同様の方針や慣行を用いて作成される。
直近の法定貸借対照表がCOVID-19の感染拡大前の状況下で作成されている場合、同一の原則に基づいたクロージングBSの作成は望ましくない場合があり、作成が不可能なことすらある。現在の状況が継続する限り、資産の評価や引当金の認識といった紛争のリスクが高い項目に関して詳細な方法を設定した特定の会計方針がより広く使用されるようになると考えられる。作成した特定の方針の曖昧さはそれ自体が紛争の原因となるため、このような方針の作成には細心の注意が必要となる点に留意されたい。
また、買収対象の事業が資本的支出の多いセクターである場合、キャッシュの保護策としてクロージング前の期間に資本的支出の繰り延べが行われた際に買手側を補償するため、資本的支出に関して価格調整を行う取引が増えることが予想される。

アーンアウトは増加するか

COVID-19によりマーケットは「ニューノーマル」に移行していることから、主要な関心事は、当然ながら、対象事業のビジネスモデルや持続可能な業績レベルに根本的かつ長期的変化が起こるかどうかということである。
当事者が取引を望んでいるものの、買収対象の事業価値について合意に至らない場合、アーンアウト(条件付き買収対価の支払い)が取引を成立させる方法となる可能性がある。このメカニズムでは、買収対価の一部が繰り延べられ、将来の業績に応じて支払われる。売主は事業が目標通りの業績を達成した場合は100%の金額の支払いを受け、業績が目標に届かなかった場合は買主が守られるのがこの方式の目的である。
COVID-19や世界経済危機(2008年~2009年)のような極めて重大な事象は通常突如訪れ、バリュエーションに深刻な悪影響を与える。このような事象が発生した場合、売手側よりも買手側の方が早く対象事業のバリュエーションに影響を反映させようとすることは当然であろうが、これによりバリュエーションギャップは増加する傾向がある。ディールを行う背景理由は変化しておらず、当事者はCOVID-19に関わらず取引を進めたいと考えているような場合、アーンアウト方式によってバリュエーションギャップが埋まる可能性がある。しかしながら、これは実際には対象事業の価値に係る紛争を解決するというより、単に先延ばししたに過ぎない結果になることもある。
現在の状況においては、売手側はパンデミックの影響を除外するか、パンデミックが収束し、取引が通常に戻るまでアーンアウト期間の開始を待つかのいずれかを望む可能性が高い。いずれのアプローチもビジネス上・契約上の課題があり、その複雑性は対象事業の規模、性質及び/又はセクター、そしてCOVID-19が与えた影響の大きさによって異なる。
「公正な」アーンアウト方式を実現する方法については、慎重に検討する必要がある。これには、アーンアウト期間の2021年以降への延長(売主がそれまで待てる場合)、あるいはコストにおける不確実要素の排除のため、例えばEBITDAから売上総利益又は売上高への変更といった算定基準の変更が考えられる。
アーンアウトは長きにわたり行われてきたが、将来の事象の不確実性を一因として、難点も多い。COVID-19の中長期的影響に係る不確実性によって課題は通常時よりもさらに困難なものとなる。取引をクローズさせるのにアーンアウト方式が有効かどうかは、対象事業の個別の状況に大きく左右される可能性が高いと思われる。

買手側の支配権獲得前の期間におけるリスク

競争法のクリアランスと従業員との協議義務は、多くの取引において契約締結からクロージングまでの期間が長引くことを意味する。
現在の状況下でも当事者が取引を行いたいと望む場合、 SPAの締結からクロージングまでの期間における事業の運営に係る確約についてより詳細な事項を同意しておくことで、買手側と売手側にメリットがもたらされることがある。
これらの事項をより詳細にするには、買手側の同意が必要な取引(企業買収、事業の売却、主要な経営陣の雇用/解雇、資本的支出等)の範囲を拡大する、及び/又は、買手側の同意が必要な取引の重要性基準を下げるという方法がある。また、重大な経済事象(COVID-19等)に対する対応措置のどこまでが「通常の事業運営」に該当するのかを明確にするため、「通常の事業運営」をより詳細に定義することも考えられる。
将来の世界的な破壊的事象の結果として取引を延期又は中止する権利を含めるよう、MAC条項の原則を変更するに至る可能性すらある。
こうしたアプローチは、売手側が確約違反に対して請求を受けるリスクを低減し、同時に、買手側は対象事業の価値に重要な影響を与える売手側の判断に対してより影響力を持つことができる。
総括として、現在と将来の取引において、ディールの価値を守りたい買手側と売手側にとって、M&A契約はますます重要になると思われる。より詳細なアドバイスについては、バリュー関連の課題の解決やより堅固な契約の締結を支援できるKPMGのSPAチームにお問い合わせください。

執筆者

KPMG FAS
パートナー 谷 千昌

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