リスク視点に基づく企業における「人権」対応

リスク視点に基づく企業における「人権」対応

本稿では、人権がビジネスの文脈で取り扱われるようになった背景を今一度整理したうえで、人権をリスクマネジメントの一環としてマネジメントすることの重要性や、その具体的手法を解説します。

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これまでESG投資においては、「E(環境)」の気候変動リスクに大きくウェイトが置かれてきましたが、昨今は「働き方」や「従業員の健康と安全」、そして「人権」といった「S(社会)」のイシューについても、注視すべきリスクとしての認識が高まっています。特に「人権」は、企業のグローバル・サプライチェーンを安定的かつ継続的に維持していくための重要なイシューとして、ESG投資家からの注目を集めています。ESG投資家は、企業が「人権」を事業活動上の重要なリスク・ファクターと捉え、その低減に努めているか否かを確認しているのです。
本稿では、人権がビジネスの文脈で取り扱われるようになった背景を今一度整理したうえで、人権をリスクマネジメントの一環としてマネジメントすることの重要性や、その具体的手法を解説します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 投資先の中長期的な企業価値向上とリスク回避による持続安定性の観点から、ESG投資の中でも投資家が注目を寄せる重要度の高いイシューの1つが「人権」である。
  • 投資家からの要請に適切に応えていくためには、「人権」をリスクとして捉え、「オペレーショナルリスク」「法務リスク」「レピュテーションリスク」「財務リスク」という視点に基づき、マネジメント・サイクルの中で適切に「人権リスク」を管理することが肝要である。
  • 投資家に、人権に対する取組みが十分ではなく、説明責任も果たされていないと捉えられてしまう場合、企業評価が割り引かれることも想定される。

I. リスクマネジメントの観点から「人権」を管理すべき重要性

1. はじめに

企業の人権尊重に対する姿勢や対応状況に注目が集まっている背景には、機関投資家による資産運用においてESG投資が大きな関心を集めていることが挙げられます。ESGとは環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)の頭文字をとった呼び方で、企業の持続的成長を予測し判断するための指標の1つであると認識されています。ESG投資においては、投資判断に投資先の中長期的な企業価値向上とリスク回避による持続安定性という観点を取り入れます。そのためESG投資家は、投資先企業の財務パフォーマンスはもとより、非財務情報(将来財務情報)であるESGにかかる評価を行い、投資意思決定に反映させるのです。
「人権」は、ESGの「S(社会)」に区分されており、ビジネスの持続性の観点において投資家が注目する、重要度の高いイシューの1つとなっています。人権を尊重した事業活動を行うことが、企業として当然の対応という考え方が浸透しはじめている一方、ESG投資家は、業種/業態ごとに異なる「人権」に対するエクスポージャー(リスクとしての重要度合い)を考慮しつつ、企業の人権への対応状況を確認しています。たとえば、金融セクターの「人権」にかかるリスク・エクスポージャーはMediumであるのに対して、資源採掘などを行う鉱業に分類される企業のそれはHighとされています※1。つまり、よりリスク度合いが高い業種においては、業種特性を踏まえたより高度な対応が求められているのです。
 

※1 FTSE ESG Ratingsの区分に基づく。

2. 企業に対する人権対応要請の高まり

経済が大きく成長し、特に1970~1990年代にかけては、グローバル・サプライチェーンを擁しつつビジネスを展開する企業の影響力がひときわ顕著になりました。その結果、サプライチェーンの末端における児童労働、安い労働力による搾取など、さまざまな形態の人権侵害が、特に消費者やNGOからクローズアップされ、加害者である企業は世界的な非難の的となりました。また、特にアフリカ諸国の紛争地域などから産出される鉱物の採掘や取引における人権侵害の深刻さにも注目が集まり、企業として責任ある対応を求める声が世界中で高まりました。
このような背景を経て、2000年代の国際社会では、人権尊重にかかる指針策定の動きが活発になり、その結果2011年には、「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、本原則という)が国連の人権理事会で全会一致で採択されました。米ハーバード大学教授のジョン・ラギー氏が提唱したことに因んで、本原則を「ラギー・フレームワーク」と通称することもあります。3つの柱から構成される本原則は、企業がビジネスを行ううえで留意すべき人権尊重にかかるポイントを体系的にまとめた初の指針であり、グローバルで共通する有効なフレームワークとして広く浸透しています。本原則の企業における運用については、後述の「III. 「人権マネジメント」のあるべき姿」において解説します。

企業に人権尊重の責任が求められはじめた背景

従来、人権の尊重は、国家に求められる「義務」として理解されていました。基本的人権が国際規範の中で公式に認められたのは1948年の国連総会にて採択された「世界人権宣言」ですが、国の都合により個人の人権が制限される事態を防ぐべく、「国家」対「個人」の図式が前提となっていました。「世界人権宣言」の採択以降は、基本的人権の内容を規定する条約や規範が次々と策定され、人権概念は時代や社会の変化に応じて発展していきます。企業活動のグローバル化により引き起こされた人権侵害に対しては、「国」という単位だけではなく、当事者である「企業」が責任主体となって問題に対処することが求められるようになったのです。すなわち、社会の変化に伴って人権尊重の構図が「国家」対「個人」から「企業」対「個人」に変化したと整理することができます。

II. 人権に絡む4つのリスク

企業が「人権」に十分配慮した事業を行うことは、事業戦略の方向性にかかわらず必要不可欠です。ESG投資では、企業の責任範囲を広く捉えています。ビジネスを持続的に成長させ、中長期的に企業価値を向上させるためには、自社のみならず、関係企業や取引先を含めたサプライチェーン全体を適切に管理・監督する必要があるからです。たとえば、自社のサプライヤーが、15歳未満の子どもを労働力として利用する、あるいは従業員に不当に安い賃金しか支払っていない事実があるとします。当然ながらこれは国際規範に違反する人権侵害として糾弾される行為であり、かつ、結果として調達の継続困難によりビジネスの持続性に支障をきたす「リスク」にも繋がります。安価な調達という短期的なメリットと引き換えに、中長期的には、不買運動、ストライキ、訴訟、サプライチェーンの監督不行き届きによるレピュテーションの毀損、ダイベストメントといった多様な事象に対処する必要に迫られることになり、中長期的デメリットが短期的メリットを大きく凌駕します。
ビジネスの持続可能性を担保する観点から、投資家が企業に求める人権尊重の対応レベルは年々高度になっています。投資家からの要請に適切に応えていくためには、「人権」をリスクとして捉え、マネジメント・サイクルの中で適切に管理することが肝要です。具体的には、「オペレーショナルリスク」「法務リスク」「レピュテーションリスク」「財務リスク」という4区分から、「人権」が与える事業へのインパクト(影響)を把握することが重要です(図表1参照)。

図表1 企業にとっての人権リスク
企業にとっての人権リスク
「人権」に絡む4つのリスク 
オペレーショナルリスク
取引停止 自社やサプライチェーンにて発見された人権侵害により、顧客から取引を謝絶されるリスク。
調達不能 サプライチェーンにおいて人権侵害が発見され、主要原料などの調達が困難となるリスク。
ストライキ
劣悪な労働環境や不当な待遇などを理由に、自社やサプライチェーンにてストライキが発生するリスク。
人材流出 劣悪な労働環境や不当な待遇などを理由に、自社やサプライチェーンにて人材が離職するリスク。
規制当局の監視強化 自社やサプライチェーンにて発見された人権侵害により、規制当局から厳しいモニタリング対象となるリスク。
法務リスク 訴訟/賠償金の支払い 人権侵害による訴訟から賠償金の支払いなどが発生するリスク。
レピュテーションリスク 企業イメージの低下 「人権を尊重していない企業」というイメージが付くリスク。
不買運動 製品購入による人権侵害への加担が懸念され、製品の買い控えが起きるリスク。
採用困難 「人権を尊重していない企業」というイメージから、人材の確保が困難になるリスク。
財務リスク ダイベストメント
自社やサプライチェーンにて発見された人権侵害により、投資家から資金を引き上げられるリスク。
株価低下 自社やサプライチェーンにて発見された人権侵害により、株価が低下するリスク。

参考:OECD (2018), OECD Due Diligence Guidance for Responsible Business Conduct

先進国を拠点にグローバルにビジネス展開するA社が、新興国に工場を構えるB社に製品製造の一部を委託していたとします。B社において、従業員の労務管理が適切になされず、劣悪な環境下で労働に従事している状況があれば、B社のずさんなマネジメントが人権侵害に当たるとしてメディアに取り沙汰されるに留まらず、A社も糾弾される事態となり得ます。その結果、B社の労働環境を改善するという一次的な対応で事態は収拾できず、投資家、消費者へのA社からの説明責任が問われることとなり、さらにはA社製品に対する不買運動がグローバル規模で広がることになりかねません。
このような事例は、業種を問わず実際に発生しており、珍しい話ではありません。A社の状況を、前述の人権リスクの4区分になぞらえると、サプライチェーンの管理・監督不足を要因として、「レピュテーションリスク」を増幅させてしまったということになります。騒動が長引けば、「レピュテーションリスク」だけでなく、「オペレーショナルリスク」や「財務リスク」に影響が波及することも想定されます。グローバル・サプライチェーンを擁しつつビジネスを展開する企業にとって、サプライチェーンの持続性を保つことは不可欠です。リスクの低減を図るためには、自社グループと同様の高い管理水準をサプライチェーン上の企業にも適用し、実効性を担保することが肝要です。

III. 「人権マネジメント」のあるべき姿

1. 有効なフレームワーク

「人権」をリスクの観点から管理するに当たって有効なフレームワークとして機能するのが、国連の人権理事会にて全会一致で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」です。本原則は3つの柱から構成されており、本稿では「人権を尊重する企業の責任」(第2の柱)および「救済へのアクセス」(第3の柱)の中から、企業にとって重要なポイントを3つ解説します。

(1) 人権尊重に向けたコミットメントの表明
企業には、事業規模や自社を取り巻く事業環境等を踏まえて策定した人権を尊重するための方針(コミットメント)を対外的に示すことが求められています。「ビジネスと人権に関する指導原則」の原則16には、企業の人権方針に期待する諸条件が明示されていますが、とりわけ重要なのは、人権方針が企業における高位の意思決定機関(経営戦略会議や取締役会レベルなど)にて承認されることです。すなわち、自社のガバナンスの対象として「人権」を重要な要素だと認識していることを、対外的に示すことが必要になります。

(2) リスク・アセスメントの実施、およびその結果特定した負の影響の軽減や是正を図るデューデリジェンス実施
企業には、「人権」に関するイシューが自社事業およびサプライチェーンにとって与える影響について、リスクの観点から評価することが求められています。リスク・アセスメントにあたっては、国際規範が定める各種人権への対応状況を評価する調査表を策定し、状況分析する手法が一般的です。具体的な項目としては、たとえば公的書類により最低就労年数に満たない労働者がいないことを確認しているか(児童労働の禁止、社会権規約第10条3項)、労働者の労働時間や休暇に関する方針を社内規程にて明文化しているか(休息および余暇をもつ権利、世界人権宣言24条)、雇用従業員の信教の自由を阻害していないか(思想、良心および宗教の自由、世界人権宣言第18条)などが挙げられます。リスク評価を通じて人権にかかる負の影響を特定した後は、是正措置を講じるとともに、将来的な負の影響の削減に向けた予防措置の整備も行います。バリューチェーンが多岐にわたる企業であれば、リスクが大きいと懸念される事業やサービス/製品などを特定し、そこから優先的に対応することが望ましいです。

(3) 人権侵害などが発生した場合の救済措置制度の整備
企業には、人権侵害により影響を受けた人々が救済措置を受けられるよう、制度を整備することが求められています。救済制度は利用者からのアクセスが可能であり、かつ、実効性が保証されるものであることが不可欠です。実務的観点において企業が取り組むべき最初のステップとしては、内部通報制度の整備が挙げられます。通報制度にあたっては、社内のみならず社外ステークホルダーに対しても公平に開かれたシステムであり、通報したことで利用者が不利益を被らない体制になっていることが重要です。

2. 「人権」マネジメントのあるべき姿

実効性のあるリスクマネジメントを推進するためには、3つのポイントを踏まえつつ、人権に対するコミットメントの表明から救済措置制度の整備までを包括した対応を取ることが肝要です(図表2参照)。一方で、人権リスクにおいて留意すべきイシューやエクスポージャーは業種・業態により異なるため、業界特性や自社の実情に鑑みつつ、対応の網羅性や深度を調整する必要があります。

図表2 「人権」マネジメントのあるべき姿
「人権」マネジメントのあるべき姿
人権方針 人権を尊重するコミットメントを対外的に示しており、その内容は事業方針に浸透し、社内外のステークホルダーにも伝達されている。
フレームワークと基準
人権に関連するすべての法令に従い、人権を尊重している。
ステークホルダー・エンゲージメント 外部のステークホルダーとの協働機会を活用し、人権にかかる基準の遵守を強化している。
人権リスク・アセスメント 自社のサプライチェーンに対して、人権にかかる正式なリスク評価を実施しており、必要なリソース(財源、経営資源、時間)を割り当てている。
説明責任 人権にかかるイシューの説明責任が、適切なレベルおよび役職に割り当てられている。
能力の開発 人権リスクの特定や人権マネジメントに携わる従業員は、その職務を果たすために必要な知識やスキルを備えている。
機能の一貫性 人権方針や人権にかかるプロセスは各事業で一貫しており、内部システムと人権関連の基準は整合している。
サプライヤー・エンゲージメント 人権に関する基準にしたがって、サプライヤーと有意義なエンゲージメントを実施している。
モニタリング 人権に対する負の影響を低減するために実施した対応策の効果をモニタリングしている。
レポーティング 人権に関するインパクトにどのように対応しているかについて、外部とコミュニケーションを行っている。
苦情処理メカニズム 人権侵害等に対する通報(苦情)に早期に、かつ直接的に対応できる、オペレーショナル・レベルで効果的なメカニズムを整備している。
救済措置 仮に人権に対して負の影響を及ぼした場合、適切な対応を行っている。

3. 人権対応の高度化

欧米企業と比較して、「ビジネスにおける人権」に対する日本企業の意識は、依然として低い状況にあります。仮に実態として人権リスクが低い状況であっても、制度を整え、マネジメントし、投資家や他のステークホルダーに対して人権リスクとそのマネジメントにかかる一連の説明をすることが必要です。特にESG投資の考え方が広く浸透している欧米では、「人権」をリスク・ファクターと捉えたマネジメントが常識としてビジネスの一部に組み入れられています。一方、日本企業において、そのレベルに到達している企業はごく一部です。したがって、欧米企業との比較においては、人権に対する取組みが十分ではなく、また説明責任も果たされていないと捉えられてしまうことで、企業評価が割り引かれることも想定されます。
今後、「人権」にかかる企業への要求事項はますます高度化し、かつ、対応状況にかかる適切な説明(情報開示)への圧力も強化されていくことが想定されます。ビジネスの持続性を保ちつつ中長期的な企業価値向上を実現するためには、人権リスクにかかる包括的対応に着手することが不可欠だと言えます。

執筆者

KPMGあずさサステナビリティ株式会社
パートナー 猿田 晃也
ディレクター 今井 由美子
シニアコンサルタント 岩井 美緒

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