通信業界 - COVID-19の財務報告への影響

通信会社が法規制の枠組みの中で、COVID-19の影響に関係する事業リスクの開示の検討事項に関して解説します。

通信会社が法規制の枠組みの中で、COVID-19の影響に関係する事業リスクの開示の検討事項に関して解説します。

背景

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響は大きく、さまざまな産業に及んでいます。この中には、人と企業をつなぐという点でこれまで以上に社会で重要な役割を果たしている、通信業界が含まれています。

世界の多くの場所でリモートワークが行われ、互いに仮想空間でつながるということが、現在の困難な時代の日常になっているため、通信会社はユーザからの需要増加に対応できるよう、ネットワークのレジリエンス(回復力)やキャパシティ管理に重点的に取り組んでいます。また、設備投資計画を見直すとともに、各種店舗や販売店が閉鎖を進める中、オンライン販売チャネルへのシフトを行っています。

COVID-19の影響が明らかになるにつれ、さまざまな国で通信会社がサポート役を果たしていることがわかりました。通信会社の中には、データ通信料の一部無償化や無償コンテンツ、割引の提供を実施しているところや、ウイルスの拡大の追跡を支援する新しいサービスを提供しているところがあります。顧客が一時的な流動性の問題に対応できるよう、解約や料金回収の方針を緩和することを検討している企業もあります(法令で強制されている場合もあります)。

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通信会社が検討すべき事項

定期的な開示

通信会社は、法規制の枠組みの中で、COVID-19の影響に関係する事業リスクについての開示義務を検討することが求められます。開示の内容は、解釈に幅のある表現や一般的な表現を避けて、個々の状況に応じたものでなくてはなりません。

こうした現在の事象、さらには変化している事象への対応は、有価証券報告書上、「事業等のリスク」や「経営者による財政状態、経営成績およびキャッシュ・フローの状況の分析」(MD&A)として開示することが適切かも知れません。

欧州証券市場監督局(ESMA)は、証券発行体はCOVID-19の実際の影響および潜在的な影響に関してできる限り透明性のある情報開示を行うべきであると強調しています。その際、2019年度の財務報告の中で事業活動、財政状態および経営成績について、定性的かつ定量的に評価することを検討しなければなりません。これらの評価がまだ最終確定していない場合には、期中(四半期)財務報告の中で開示することになります。

多くの通信会社は、ネットワークの利用の増加と解約率の低下により収益が急増しています。COVID-19は長期的に、より多くの顧客がコストのかかる小売チャネルからデジタルチャネルへとシフトすることで、通信会社の成長を加速し、さらなるコスト削減機会を創出するかも知れません。

それでも、今後数ヵ月以内に財務報告として注目すべき項目が存在します。新しい事業リスクが生じており、新しい会計や財務報告への影響を検討しなければなりません。

また、四半期報告書上も関連するセクションに同様の開示を、さらに該当がある場合には財政状態の重大な変化についても開示を行うことを検討する必要があります。こうした情報の開示にあたっては、企業の通常の開示に関する内部統制や手続を適用しなければなりません。

次ページ以降では、すべてを網羅しているわけではありませんが、事業リスクに関連した開示の検討事項を示しています。通信会社にとってそれらのリスクとは、例えば事業の継続性や顧客サービスを提供する能力、特定の財務エクスポージャーなどです。

事業リスク

事業リスク 開示の検討事項
事業運営
  • 需要ピーク時にも信頼性の高い安全なサービスの提供を継続し、ネットワークが停止してしまう事態を最小限にする能力
  • 同様にCOVID-19の影響を受けている第三者および(または)他国に委託したサービスを継続する能力(例えば、従業員が自宅からカスタマーサービスを提供するコールセンター)
  • ネットワークの保守やネットワーク物品、通信端末機器を継続的に提供するためのサプライチェーンとサプライヤーの能力
  • プライバシーに係る法規制への遵守継続の必要性(特に新型コロナウイルス感染症追跡アプリの新規導入に関連する場合)
  • 多くのデジタルチャネルの活用が進むことに伴う、サイバーセキュリティリスクの増大
  • 特定の設備投資プロジェクトの遅延とそれに伴う短期的・中期的な事業運営および(または)新しいサービス導入能力へのマイナス影響
  • 事業継続のための手段や品質の回復についての再検討
顧客
  • オンライン販売チャネルの拡大に伴い、異なる販売チャネルを通じて顧客に新たなサービスやデバイスの提供を継続、拡大する能力
財務
  • 消費者マインドの落ち込みによるB2C向け機器販売の鈍化、新型スマートフォンの投入延期と在庫引当の再評価
  • (海外への)渡航が制限されたことによるローミング収入の鈍化
  • 最低購入コミットメントに基づく請求(スマートフォンサプライヤーなど)
  • コンテンツの配信延期や無配信に伴う広告主からの損害賠償
  • 不良債権および予想信用損失増加のリスク。特にCOVID-19により最も大きな打撃を受ける航空業界や観光業などB2Bセグメントの顧客に関連するもの
  • 上記理由による、無形資産や将来キャッシュ・フローの見通しに関する評価の仮定に対する影響

会計および財務報告に関する影響

COVID-19による影響 関連する勘定科目/開示項目 会計処理に関するガイダンス 財務報告上の検討事項
全般的事項
  • 継続企業
  • 後発事象
  • リスクと不確実性
  • 開示
  • ISA 570
  • IS Alert 2020/03
  • IAS 10
  • FASB ASC Topic 205-40
  • FASB ASC Topic 855
  • FASB ASC Topic 275
  • リスクの再評価と関連する監査上の主要な検討事項(KAM)の更新
  • 継続企業としての事業継続能力の評価
  • 継続企業としての事業継続能力の評価にあたり、COVID-19を要因とする現在の経済の不確実性および市場のボラティリティ、特に流動性とともにサプライチェーンへの影響についての検討が必要になる
無償サービスおよび新サービスの導入、顧客ライフサイクルの変化 収益
  • IFRS 15
  • ASC 606
  • 無償のサービスや新規サービス、サービスの変更に関する会計処理は、適切な収益認識基準に基づいて実施しなければならない
  • 顧客ライフサイクルが変化する可能性がある場合、資産化された費用(例えば、ポートフォリオベースで資産化された顧客獲得費用)の償却期間を再検討する必要がある
料金回収、回線停止方針の見直し 売掛債権/不良債権
  • IFRS 15
  • IFRS 9
  • ASC 606
  • ASC 326
  • 料金回収および(または)回線停止の方針の変更、一般的に想定される回収状況の悪化に関し、収益認識への影響を評価する必要がある。特にCOVID-19により最も大きな打撃を受ける航空業界や観光業などB2Bセグメントの顧客について注意が必要である
  • 予想信用損失モデルへの影響の検討も必要となる
特定の事業セグメントにおける収益の減少およびボラティリティの上昇 のれん
  • IAS 36
  • ASC 350
  • COVID-19拡大の結果、データ通信/音声通話の利用が増加し、全体として収益が増加することが見込まれる一方で、端末機器の販売やB2Bのインストールによる収益、ローミング等、一部の収益とキャッシュ・フローは悪化することが予想される。予算や将来キャッシュ・フローの予測にあたり、COVID-19の影響を考慮する必要がある
  • COVID-19の影響は減損の兆候となり得るため、適切な減損処理のガイダンスに基づいて評価する必要がある
  • 通信会社は減損の検討にあたり、ボラティリティの上昇と不確実性を検討し、反映しなければならない
顧客への端末機器販売の鈍化 棚卸資産/在庫引当/偶発事象
  • IAS 2
  • IAS 37
  • ASC 330
  • ASC 450
  • 景況感の落ち込みを受け、消費者が新しいスマートフォンの購入を遅らせる可能性がある。これにより棚卸資産の保有期間が長期化し、在庫回転率が低下する恐れがある
  • 旧型携帯電話の在庫の増加を考慮して、在庫引当の検討が必要である
  • 最低購入契約に対して販売が減少していることの影響を評価する必要がある
コンテンツ/広告配信のキャンセルまたは遅延 偶発事象
  • IAS 37
  • ASC 450
  • 顧客と締結した広告契約の影響を評価すべきである
  • コンテンツ提供業者に支払った(ライセンス)手数料への影響を評価すべきである
B2Bセグメントで不利な契約が発生する可能性 引当金および偶発事象
 
  • IAS 37
  • ASC 450
  • ネットワークが停止したり、シャットダウンにより設備や通信端末機器の入手が遅延したりすることにより、特定の収益契約が不利な契約になる場合、すべての契約について引当金が必要とならないか評価しなければならない
  • ICTなどのB2B通信インフラのターンキー契約の場合、不可抗力条項によって訴訟リスクが生じる可能性がある
進行中および/または計画していた設備投資の延期 前払金/仕掛品/偶発事象
  • IAS 28
  • IAS 36
  • IAS 37
  • ASC 323
  • ASC 360
  • ASC450
  • 減損の兆候を検討する必要がある
  • サプライヤーとの契約に対する財務上の影響を評価する必要がある
借入コスト資産化の停止 借入コスト
  • IAS 23
  • ASC 835
  • 適格資産のための原材料調達に大幅な遅れが生じている場合、通信会社は借入コストの資産化の停止を検討すべきである
従業員給与、有給休暇の方針の変更 引当金/年次有給休暇および従業員給付
  • IAS 37
  • IAS 19
  • ASC 450
  • ASC 715
  • 企業は、新たな有給休暇方針の導入、有給休暇制度や賞与プログラム、繰越の方針の変更について再検討する必要がある。このような変化は、デュレーションの仮定や従業員に関連する債務に大きな影響を及ぼす可能性がある
政府補助金、助成金の受領 政府補助金の会計処理および政府援助の開示
  • IAS 20
  • 新たな景気刺激策に関連した補助金(もしある場合)について、通信会社は補助金の条件を検討し、適切な会計処理を決定する必要がある
  • 期末や四半期の財務報告における適切な開示を検討する必要がある
統制環境への影響    
  • 通信会社の場合、事業活動においてかなり多くの自動化されたキーコントロールを有しているが、それらは必ずしもCOVID-19の影響を受けるわけではない
  • しかしながら一部のマニュアルコントロールは、ロックダウン(都市封鎖)の間、従業員がリモートワークしている中で、有効性に影響がある可能性がある。これは、COVID-19の影響を受ける場所にあるシェアードサービスセンターにおけるマニュアルコントロールも同様である

さらなる情報

COVID-19が世界各国の経済に与える潜在的な影響は、急速に変化しています。状況の変化によっては、今後、財務報告の開示内容に追加や修正が必要となることも考えられるため、通信会社は情勢を注視しなければなりません。開示には、定期的な財務報告の各時点において、投資家にとって重要かつ適切な情報を盛り込む必要があります。

状況が変動する中で、企業には取締役会、外部監査人、弁護士、その他サービス提供者との間で緊密なコミュニケーションを維持することが推奨されています。

英語コンテンツ(原文)