自動車業界におけるCOVID-19の影響

本稿では、KPMGが2月にグローバルで実施した「KPMGグローバル自動車業界調査」の結果などを紐解きながら、自動車業界において、中長期的にどのような変化が起こりうるかを考察します。

本稿では、KPMGが2月にグローバルで実施した「KPMGグローバル自動車業界調査」の結果などを紐解きながら、自動車業界において、中長期的にどのような変化が起こりうるかを考察します。

7月に公表された最新の通商白書によると、今回のコロナ禍による世界経済への影響は「戦後最悪の経済危機」であるとされています※1。2020年6月の世界全体のライトビークル販売台数は前年同月比で18.1%減少にとどまり※2、底を打った4月から回復の傾向がうかがえますが、白書でいわれるような影響が今後も継続すると予想されます。自動車業界においてそれは単に自動車販売台数の減少にとどまらず、自動車を含むモビリティそのものの在り方に大きな変化をもたらすと考えられます。本稿では、このような状況を踏まえつつ、KPMGが2月にグローバルで実施した年次アンケートの結果などを紐解きながら、中長期的にどのような変化が起こりうるかを考察します。

なお、本稿は2020年7月29日時点の情報に基づき執筆しました。また、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

※1 経済産業省、通商白書2020
※2 自動車産業ポータルMARKLINES、LMC Automotive 2020年6月自動車市場月報(グローバル)

ポイント

  • COVID-19の影響により自動車による移動が減少した。一方でネットショッピングの増加による配送ニーズは増加した。
  • 米国KPMGの予測では、今後米国では自動車の年間の総移動距離が約9.2%減少する可能性がある。
  • KPMGが2020年2月時点で行ったアンケート調査によると、消費者のコストに対する意識が高いことがわかり、この傾向はその後もCOVID-19の影響を受けてさらに高まっていると考えられる。
  • 消費者のコストへの意識の高まりは、サブスクリプションモデルのような、より柔軟な自動車保有/利用の契約形態を求めることに繋がる。
  • そのようなニーズは、アダプティブクルーズコントロールやエンジン出力のような、車体に固有だった機能に対しても拡大する可能性がある。
  • 自動車業界の時価総額はウェブ/デジタル企業とモバイル/テック業界の合計と比べて5分の1程度であり、生き残りを考えるうえでは、モビリティエコシステムにおける自社の役割を検討する必要がある。

I.COVID-19がもたらした影響

1. 日本国内における影響

日本自動車工業会によると日本における四輪車普及率は2017年末時点で612台(人口1,000人当たり台数)であり、米国、オーストラリア、イタリア、カナダに次いで5番目の普及率となっています※3。自動車メーカーやそのグローバル販売台数も多く、自動車大国の1つであることは疑いがありません。その日本では、COVID-19の影響により、他国における都市封鎖とまではいかないものの「不要不急の外出は控える」という号令の下、自動車の移動は大幅に減少しました(例:5月の首都高速道路通過台数データによると、前年同月と比べると31.0万台/日の減少※4。また、パーク24が運営するタイムズパーキングの5月の売上高は前年同月比33.5%減※5、パーク24のレンタカーを含むモビリティ事業の売上高は同45%減※6。5月の国内ガソリン販売量は同22.4%減の3.1百万㎘※7)。

一方で、4月7日から5月25日までの緊急事態宣言の下ではテレワークやリモート会議が基本的な働き方となり、外出機会が激減したことによって、オンラインショッピングの利用者が増加しました(総務省の「家計消費状況調査(2020年5月分)」によると、5月度のネットショッピング利用世帯(2人以上の世帯が対象)は50.5%で、前年同月比で8.2ポイントの増加。ネットショッピングの支出額は16.5%の増加。支出額の名目増減率に寄与した主な項目として食料が11.49%とトップ8)。それに合わせて宅配便の取り扱い実績も増加しました(例:ヤマト運輸の5月の小口貨物取扱実績は、宅急便で前年同月比19.5%増の約1億65百万個9)。

※3 一般社団法人日本自動車工業会
※4 首都高速道路株式会社、首都高速道路通行台数等データ
※5 パーク24株式会社、2020年10月期パーク24グループ月次速報数値
※6 Bloomberg、急成長のカーシェアが新型コロナで失速、接触忌避か-CASEの一角
※7 石油連盟、石油製品バランス5月速報値
※8 総務省統計局、家計消費状況調査 ネットショッピングの状況について(二人以上の世帯)
※9 ヤマト運輸株式会社、2020年5月小口貨物取扱実績

2. 米国での自動車移動距離減少予測

COVID-19の影響による今後の消費者の行動変化を予測することは困難であり、さらにそれが今後の自動車業界にどのような影響を与えるかを予測するためには、短期的な要因と長期的な要因の両方があることもあり、複数のシナリオを検討せざるをえません。短期的な可能性に目を向けると、たとえば最近米国でKPMGが実施した簡易的なアンケートによると、一定数の通勤者が公共交通機関から自家用車に乗り換える可能性が示唆されています※10。郊外への引っ越しや、自動運転車モビリティサービスの普及により、VMT(VMT: Vehicle miles travel)の増加に繋がる可能性があります。一方で、長期的には私たちが注目している在宅ワークの増加と電子商取引の増加(それによる商用車需要の増加)という傾向は永続的なものであることも示唆されています。米国のVMTは約3兆マイルですが、通勤や買い物のための移動がその40%を占めていることもあり、今後米国では約2,700億マイル(約9.2%)もVMTが減少する可能性があります。これによって自動車を所有する必要性が減り、米国における自動車保有台数が1,400万台減るとKPMGでは予測しています。これは日本の自動車業界にとっても無視できないものであり、程度の差はあっても同様の傾向が米国以外の国でも想定されることから、これまで継続的な販売台数の増加を見込んでいたグローバルの自動車業界にとって新たな課題となる可能性が高いと考えています。

※10 米国KPMG、Automotive's new reality

II. 自動車業界で予測される変化

1. 消費者の関心はコストへ

ここからは、COVID-19の影響がグローバルに拡大する直前の2月にKPMGが実施した年次アンケートの結果から、今後の自動車業界で予想される変化について検討します。
消費者に対して自動車購入やモビリティサービスを利用する際に重視するポイントを聞いたところ、日本では38%(1位)、グローバルでは46%(2位)の消費者が「トータルコストの透明性」を重視すると答えました(図表1参照)。これは2月時点に実施されたアンケートですので、その後のCOVID-19による世界経済の減速を考えると、消費者のコストへの関心はさらに高まっていると考えられます。そしてこの傾向は、自動車の保有や利用における契約形態にも影響すると考えられます。グローバルの自動車業界の経営者の74%が「サブスクリプションモデルが未来のオンデマンドモビリティの形である」ということに同意しています。消費者は必要な時だけ、その分のお金を払って自動車を利用するようになるとみられています。このような契約形態の柔軟性は、自動車の機能やサービスにも波及するとKPMGでは考えています。自動車に対してオンデマンドでの機能追加(必要な時だけ使用料を支払う形態)のニーズを消費者に聞いたところ、グローバルの回答結果1位はカーナビゲーションシステム(30%)、同2位はアダプティブクルーズコントロール(19%)、同3位がエンジン出力(17%)という結果になりました(図表2参照)。カーナビについては既にスマートフォンでの無償・有償のアプリケーションの利用が進んでいますが、今後は自動車を構成する主要機能そのものについても「必要な時だけお金を払って使う」という形態が出てくる可能性があります。既にテスラでは、ソフトウェアを追加購入することで車体を買い替えることなくオンデマンドかつオンラインでAutopilot機能を追加したり、低価格モデルのバッテリー容量を増やしたりできるサービス提供の実績があります。

また、サステナビリティ(持続可能性)に関する調査では、「自動車業界においてサステナビリティが重要な差別化要因になるか?」という問いに対して経営者・消費者の42%が肯定し、「製品固有の機能(CO2やNOxの排出低減等)としてのサステナビリティの実現」が重要と回答しています。コスト意識が高まる中で、今後もサステナビリティへの高い関心が続くかどうか注視する必要がありますが、気候変動や環境破壊といったリスクがなくなったわけではありませんので、継続的な取組みが求められることになると思われます。

図表1 自動車購入やモビリティサービスを利用する際に重視するポイント(消費者回答)

図表1 自動車購入やモビリティサービスを利用する際に重視するポイント(消費者回答)

図表2 オンデマンドでの機能追加で使いたい機能(消費者回答)

図表2 オンデマンドでの機能追加で使いたい機能(消費者回答)

2. 自動車業界を取り巻く勢力

テスラの時価総額の急増が6月後半から話題になっていますが、テスラを含む自動車業界とそのライバル業界との比較で見ると、その総額の差は大きく広がっています。2020年5月11日の時点 では、モバイル/テック業界(Appleなど)の時価総額は自動車メーカーの2.3倍、ウェブ/デジタル業界(Google、マイクロソフトなど)は4倍にまで膨らんでいます(図表3参照)。サプライヤーを含めた自動車業界全体で見ても、その時価総額はウェブ/デジタル企業とモバイル/テック業界の合計と比べて5分の1程度にとどまります。COVID-19後は自動車業界各社の収益性は低下することが確実であることを考えると、自動車業界各社は個社での生き残りよりも、モビリティを取り巻くエコシステムにおいて自社を必要としてくれるプレーヤーといかに連携を深め、企業価値や存在意義を高められるかが重要になると考えられます。

図表3 時価総額の比較

図表3 時価総額の比較

III. まとめ

COVID-19は2020年を決定づけるイベントであり、今後何年にもわたって社会、政治、ビジネスに影響し続けるのは間違いありませんし、既に人々の働き方や買い物の仕方に広範な変化をもたらしています。生活様式の変化は、自動車の走行距離だけにとどまらず、自動車業界の広範囲に影響を及ぼす可能性があります。本稿では、COVID-19がどの程度自動車の移動に変化をもたらしたか、また、これが自動車業界に長期的な変化をもたらす可能性があるかを、アンケート結果等を交えて考察しました。自動車業界の協争(co-ompetition:競争しながらも協力し合う)は今後ますます加速すると考えられます。将来のシナリオの変化を予測し、現在の製品やサービスへの影響を分析したうえで、その投資を含めたポートフォリオの見直しが必要になるでしょう。

執筆者

KPMGコンサルティング株式会社
自動車セクター
パートナー 奥村 優

KPMGジャパン KPMGモビリティ研究所
マネジャー 髙橋 智也

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