マネロン対策とレグテック - 新型コロナ禍で脚光を浴びる金融テクノロジー

新型コロナ禍の中、今後さらに注目を浴びることになるであろう「レグテック」について、マネロン対策から始めてその意味と意義を解説します。

新型コロナ禍の中、今後さらに注目を浴びることになるであろう「レグテック」について、マネロン対策から始めてその意味と意義を解説します。

犯罪者が犯罪で得た収益を隠匿する「マネロン」については、銀行等に対して「マネロンの疑いがある取引」を検知し、当局に報告することを求める厳しい規制が課されている。銀行等が、これら「マネロン関連規制」などの規制への対応に要するコスト(時間・人件費)を節減し、同時に規制を効果的に遵守するようにする技術が「レグテック」である。優れた技術を導入すれば、顧客に対する関係でも必要なチェックなどを最短の時間で済ませることができることになるため、顧客の満足度も向上させるというメリットも生じる。
1990年代のインターネットの普及後、2000年代末にビットコインが登場し、その10年後の2019年にはリブラ構想が登場した。大きな流れとしては、紙幣を用いた対面の取引からデジタルな決済手段を用いた非対面の取引へ移行し、そうした取引に要する時間や費用は小さくなる方向にある。但し、ビットコインやリブラ等の新しい決済手段については、マネロンやテロ資金供与に使われるリスクが指摘されており、そのリスクに対してレグテックを用いて適切な低減・防止措置をとることが求められている。
新型コロナ禍も、上記の「デジタルな決済手段を用いた非対面の取引への移行」を後押しした。こうした変化がグローバルに進展するなかで、わが国が国際競争力を維持・向上していくために、レグテックを含めたデジタル・トランスフォーメーションの推進が重要である。

はじめに - 本稿の目的

インターネットに接続したスマホやパソコンを使うと、離れていても多くのことが可能な時代である。新型コロナ禍の下でも、「テレワーク」や「オンライン授業」などは対面による感染を防止する対応の基本として、その重要性が強調されてきた。
金融取引においては、ずっと以前からネットバンキングによる送金依頼など、非対面で行う取引は普通に存在している。それだけではなく、より多くの人々により便利・低コストで使われるようにするための技術革新も相次いでいる。
本稿は、こうした中で、今後さらに注目を浴びることになるであろう「レグテック」について、マネロン対策から始めてその意味と意義を解説する。

1.マネロン・マネロン対策・レグテックとは何か

(1)マネロンとは何か

犯罪者は、犯罪により利益を得た後に、その利益を使おうとする。そして、その利益が犯罪由来であることを警察等に知られないようにするために、さまざまな工夫をする。例えば、自分が警察に「怪しまれている」場合、既に銀行口座を持っている人からその銀行口座を「買い取って」その人に「なりすまして」しまおうとしたりする。このように、犯罪者が、犯罪由来の利益について「犯罪由来であることをわからなくすること」を「マネロン」(Money Laundering=資金洗浄)という。
米国では違法な麻薬取引で得た利益についてマネロンを行うことが多い。また、日本では暴力団などが違法な活動で得た利益についてマネロンを行うことが多かったとされる。さらに、金融取引のグローバル化が進むなかで、マネロンの舞台もどんどんグローバルになってきている。

(2)マネロン対策とは何か

犯罪者によるマネロンの活動の成功は、犯罪者により多くの活動資金を提供し、犯罪活動を拡大再生産させる結果につながる。このため、各国政府は歩調を合わせて世界中で行われるマネロンと疑われる金融取引をみつけることにより、犯罪者の摘発・逮捕、ひいては犯罪の抑止につなげようとしている。
この「各国政府」が「歩調を合わせて」作ったのがFATF(Financial Action Task Force:マネロン防止に関する金融活動作業部会)という組織を中心とする枠組みである。FATFが創設されたのは、今から31年前の1989年である。
FATFは、[1]この枠組みに加盟する多くの国々(世界で200を超える)の政府に対して、マネロンを防止するための考え方や行動様式の「勧告」(Recommendations)を文書で公表している。その「勧告」の中で中心になっているのが銀行などの金融機関に対する「マネロン防止策」(Anti-Money Laundering requirements)の法制化と履行である。また、FATFは、[2]FATF加盟国それぞれについて、10年程度の周期の下で、「当該国においては、上記「勧告」に従った法制度・規制が実現し、かつそれらが有効に機能しているか?という観点で「相互審査」(mutual evaluations)を行っている。わが国に対しても、約10年ぶりに「FATF審査」が昨年から実施されている。その結果については、新型コロナ禍の影響で公表が遅れる見込みであるが、今のところでは今年の12月頃に公表される見通しである。
日本においては、「マネロン防止策の法制化」の産物が、「犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯罪収益移転防止法)」(英訳名称はAct on Prevention of Transfer of Criminal Proceeds)を頂点とする法制度である。こうしたマネロンへの防止策を総称して「マネロン対策」と呼んでいる(注)。

(注)FATFを中心とする世界の枠組みは、日本の「犯罪収益移転防止法」による法制度も含めて、マネロン防止に加えて、テロ資金供与阻止、大量破壊兵器拡散関係の金融取引の阻止などをその目的に包含するようになってきている。

Box1:企業に及ぶ「マネロン対策」の影響

企業のうち、非上場企業で、海外との取引が多かったり、海外に支社や支店を有したりする先は、おそらくここ数年の銀行による「マネロン対策」の影響を強く受けていることと思う。
ひとつの例を挙げると、マネロンをしようとする者や、テロリストに資金供与をしようとする者は、「個人の名義」ではなく「企業の名義」でビジネスに偽装して資金の移動を図ることが少なくない。日本語でいうと「隠れ蓑」に使われる企業は、英語では「Shell Company」と言われる。
FATFの勧告は、各国に対し、各国内の銀行が対企業取引をするときに、その企業が不正な資金移動の隠れ蓑(Shell Company)として使われるのではないかを十分警戒することを求めている。具体的には、非上場企業の株式の大半を握っている自然人や、非上場企業で意思決定や利益配分の権限を持っている自然人を突き止め、疑わしい取引があると考えるときには遅滞なく当局に報告する規制を設けるように求めている。
非上場企業が、銀行取引を開始しようとしたときなどに、あれこれと聞かれる項目の中には、この「実質的支配者」(Ultimate Beneficial Owner)についての質問があるはずである。
「犯罪防止」を究極的な目的とするマネロン対策は、FATF→各国政府→各国内の銀行等→企業という経路で将棋倒し的に負担が及んでいる。
次の項で述べるとおり、銀行が優れた「レグテック」を有している際には、多少なりとも「企業が感じる負担」が軽減される場合が多い。

(3)レグテックとは何か

銀行等は、どのように「マネロン対策」をするのだろうか。極端に単純化して言うと、[1]まず、顧客の本人確認をしっかり行い(犯罪者が通常のお客さんになりすますことを防ぐ)、取引の目的やその顧客の特徴などをつかむこと(KYC=Know Your Customerと言われることがある)。[2]次に、その銀行自身との間で当該顧客が行った金融取引ひとつひとつについて「疑わしい取引」があれば、それを見つけ出し、当局に報告することが義務付けられている。
これら[1][2]の対応を「手作業」のみで行うことは、まるで不可能な時代である。例えば、[1]について、危険な顧客との取引を避けるためには、「この名前でこの生年月日の人は、反社勢力であるので取引開始を拒絶/要注意」という対応を決めるための「ブラック/グレーリスト」と、ひとりひとりの「顧客候補者」との突合せが必要である。これを「フィルタリング」(filtering)という。このフィルタリングを「手作業」のみでやっていては、手間ばかりがかかり、きりがない。
また、[2]について、ある程度「犯罪者が使いがちな手口」が分かっているときに、そうした手口をシナリオ化し、一定金額以上の金融取引の記録がそのシナリオに合致しているときには、その取引は「怪しいもの」として警戒し、精査しなければならない。これを「取引モニタリング」(transaction monitoring)という。この取引モニタリングも「手作業」のみでやっていては、手間ばかりがかかり、きりがない。
フィルタリングや取引モニタリングでは、だいぶ前から専用のシステムが導入されているが、システムが検知した取引を真に「怪しい」かどうかを確認するために、(1)インターネットを使って外部の情報データベースにアクセスして関連する多くの情報を集める作業や、(2)専門家の知見によって過去の取引ぶりから判断する作業等は、いまだ多くの人手によって対応されている。このような領域に対してAIを含めた情報処理技術を適用しようとするのがレグテックの最新動向である。
マネロン対策は、銀行等にとっては、遵守しなければならない「規制」=レギュレーションである。このレギュレーションへの対応に、「手作業」ではなく「技術」=テクノロジーを使った対応が必要なのである。こうした対応が「レグテック」(RegTech; Regulatory Technologyを短縮したもの)である。(注)。テクノロジーを使うことにより、
[1]規制に効果的・効率的に対応する、
[2]銀行自身にとってのコストを下げる、
[3]銀行の顧客の満足度を高める、といったことを目的としている。

(注)ここではマネロン対策という規制について考えたが、マネロン対策以外の規制についても、「技術」を使った対応は、いずれも「レグテック」のカテゴリーに入る。金融庁の平成30事務年度金融行政方針の20頁は、「民間金融機関がIT技術を活用して金融規制に対し効率的に対応する意味」と説明している。

Box2 :「スプテック」とは?

AIなどの技術革新が進むなかで「フィンテック」(FinTech、金融に関する新技術の利用一般を指す)以外にも、「〇〇テック」という呼び方が増えている。上記の「レグテック」もそのひとつである。
比較的よく目にする「〇〇テック」の例としては、次のようなものがある。
(1) アグリテック(農業に関する新技術活用)
(2) メディテック(医療    〃    )
(3) トランステック(運送   〃    )
(4) リーガルテック(法務   〃    )
もうひとつ、「〇〇テック」の中で「レグテック」と対をなすもの、それは「スプテック」である。Supervisory Technologyを短縮したもので、「規制当局・法執行機関がIT 技術を活用して効率的な検査・監督等を行う意味」である。金融庁の平成30事務年度金融行政方針にも登場する。
「スプテック」について、例を挙げてみよう。わが国においては「カジノ」が、遠くない将来に限られた事業者に対して認められる見込みとなっている。このカジノについては、その開業の結果として、ギャンブル依存症の人が増えてしまったり、反社会的勢力の活動の場になってしまったりすることを、政府は徹底的に規制しようとしている。そのために作られた法律が「IR整備法」(特定複合観光施設区域整備法。英訳名称はAct on Promotion of Development of Specified Integrated Resort Districts)である。この法律の中に新技術の活用がみられる。
すなわち、IR整備法第70条は、カジノ事業者に対して顧客の入退場時の本人確認について、当該顧客が持参するマイナンバーカードを用いることを要求している。マイナンバーカードが内蔵しているICチップには、本人を特定する情報(顔写真を含む)が搭載されている。このため、カジノ事業者は顧客の氏名等を間違いなく確認できる。また、カジノ事業者は、この情報を即座にカジノ管理委員会に送信し、同委員会との交信で当該「顧客」が最近一定期間内に制限回数を超える回数、カジノに来場していないことを確認する(ギャンブル依存症防止のため)。カジノは日本全国に複数登場するはずだが、カジノ管理委員会はすべてのカジノ事業者にこの規制を課すことによって、「ある人」が「最近一定期間内に」来場する回数を正確かつ効率的に確認できることになる。これは、「規制当局・法執行機関がIT 技術を活用して効率的な検査・監督等を行う」ひとつのわかりやすい例である。

2.ビットコイン、リブラ、中銀デジタル通貨

(1)インターネット普及以来の「通貨革新の30年」を振り返る

インターネットの利用は、1990年代以降に劇的に拡大した。2000年代の末には、ビットコイン(Bitcoin)が現れて、インターネット上を自由に飛び交う資金決済が可能になったかに思われた(「仮想通貨」と呼ばれた)。ビットコインの技術の革新性は抜群で、2009年初の運用開始以来、今日に至るまでの11年余、ゼロダウンタイムでの稼働を続けている。ただ、価格の乱高下が「決済目的での利用」にとってのネックだった。この点は、その後も次々と登場した同種の仮想通貨も同様であった。
この間、各国の中央銀行は地道に「現金に代わるデジタル通貨」の研究を進めていた。
そうした中で、2019年6月に「リブラ構想」(Libra project)が登場し、「価格の乱高下」問題に対策を示したものとして注目された。しかし、特に主要国の当局からは、強く警戒的な姿勢が示された。
リブラ構想の発表後、「中国がデジタル人民元の発行に向けた研究・準備を精力的に進めている」との情報も頻繁に流れるようになった。
その後、本年1月下旬には、日本銀行を含む6中銀とBISが「主要中央銀行による中央銀行デジタル通貨(Central Bank Digital Currencies, CBDC)の活用可能性を評価するためのグループの設立」と題する文書を公表し、CBDCの検討を積極的に進める姿勢を示した(注)。

(注)リブラやCBDCについては、KPMGジャパンウェブサイトに掲載済の拙稿「Libra(リブラ)の降臨」(2019年8月)、「Libraに関するG7作業部会報告書等について」(同10月)、「中銀デジタル通貨が銀行等民間事業者に与える影響・機会」(2020年2月)をご参照ください。

(2)メリットの裏側にありがちなリスク、レグテックの必要性

昨年夏から秋にかけては、リブラ構想をめぐって非常に活発な議論が行われた。リブラは、それ以前の仮想通貨が抱えていた「価格の乱高下問題」を克服するものになると多くの人々から期待されたほか、推計27億人ともいわれる膨大なフェイスブックの顧客基盤に広がる可能性があることから、いよいよ「インターネット上を自由に飛び交う資金決済」が可能になるとの期待がみられた。銀行界における既存の国際送金には、「送金に時間とコストがかかる」という問題が指摘されているが、リブラはそれを容易に乗り越えようとしていた。また、世界には「アンバンクト(unbanked)」と言われる人々(銀行サービスを受けることが難しい人々)が17億人程度存在するなかで、そうした人々にも資金決済や送金サービスを拡げることができるメリットがあるといわれていた(この点は「金融包摂の拡大」といわれている)。
しかし、リブラ構想をめぐっては、こうしたメリットの裏側に非常に多くのリスクがありがちだとの指摘がなされた。その指摘の代表選手が、「リブラに関するG7作業部会報告書」である。同報告書が指摘したリスクは、[1]プライバシー保護の問題、[2]仕組み全体のガバナンスの問題、[3]サイバー攻撃への耐性、運用の頑健性(resilience)、[4]金融全体の安定性への悪影響など多岐にわたるが、そのなかに「マネロン・テロ資金供与等不正な資金取引に使われるリスク」が明示されている。
いうまでもなくリブラ等の新しい金融商品は、新しい技術を駆使している。そうした金融商品向けの規制を受ける組織は、そうした金融商品の取引にあたって、顧客の本人確認や、送金先の確認等を求められ、そうした処理のために、技術的な規制遵守対応(=レグテック)の態勢を備える必要がある。

3.新型コロナ禍が我々に教えること - アフター・コロナに向けて

(1)オンラインによる非対面取引の重要性

新型コロナ禍対応は、テレワーク、オンライン動画配信、オンライン教育、オンライン診療等々、インターネットを活用した非対面の経済活動の意義を鮮明にした。
支払決済の手段としては、「現金」や「クレジットカード」のリスクに注目が集まった。現金手渡しでの支払いは、紙幣や硬貨の表面にウイルスが付着することから、伝染リスクがあるのではないか? クレジットカード決済の場合も、クレジットカードを店員に渡す場合や、暗証番号を入力するために番号入力端末に触る際に、伝染リスクがあるのではないか? それらを考えると、「非接触型」の決済手段の優位性がわかる。ネットバンキングを使った「振込」もそのひとつだが、前章に述べたリブラやCBDCも「非接触型」ないし「送金型」の支払決済手段である。

(2)アフター・コロナ

明けぬ夜は無い。どの程度先かは現時点ではわからないが、いずれ新型コロナも「一段落した」と言える日(アフター・コロナ(AC))が来ると考えられる。しかし、そのときには、経済活動や金融取引はビフォー・コロナ(BC)とは違っているのではないだろうか。
例えば、銀行顧客は、ロックダウンが解除されて経済活動が再開したときに、銀行支店に戻ってくるだろうか? それともインターネットバンキングやキャッシュレス決済の活用への流れが加速するだろうか? キャッシュレス決済のさらに先にあるCBDCが、日本や海外で、実際に使われ始めるような時代になるのだろうか? そのために、銀行をはじめとする民間事業者はどのように対応すればよいのだろうか?(注)
いずれにしても、今回のコロナ禍は、「デジタル・トランスフォーメーション」(Digital Transformation)の流れを加速した。こうした変化がグローバルに進展するなかで、わが国が国際競争力を維持・向上していくために、レグテックを含めたデジタル・トランスフォーメーションの推進が重要である。規制対応であるレグテックについても、より広く金融取引一般についてのフィンテックについても、そうした文脈の中で対応していくべきだと考えられる。

(注)新型コロナ禍対応の中で、多くの国々で「現金支給」が企画されている。世界銀行が指摘したところによれば、中国の武漢市のちょうど地球の反対側にあるチリでは、日本のマイナンバーカードに相当する国民個人の本人確認手段が広く浸透している結果、支給対象である200万人のチリ国民に対する支払いが迅速に行われ、4月30日に完了した。
また、米国における民主党が検討した法案の中の幾つかには「デジタルドル」(Digital Dollar、未だ実現はしていない米国のCBDCを想定したもの)で支払う案まで書き込まれていた。


この記事は、『世界経済評論』2020年8月刊に掲載したものです。
発行元である国際貿易投資研究所の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
金融アドバイザリー部
ディレクター 水口 毅

金融機関に関する最新情報

お問合せ