自分だけの技術資産とは何か 不透明な時代こそ「スペシャリテ」が武器になる

自分だけの技術資産とは何か 不透明な時代こそ「スペシャリテ」が武器になる

コロナ禍によって、企業では、これまで以上にデジタルトランスフォーメーションの必要性が叫ばれています。

茶谷 公之

KPMG Ignition Tokyo代表取締役社長兼CEO/KPMG Japan CDO

KPMG Ignition Tokyo

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デジタルトランスフォーメーションの推進には、技術分野におけるコモディティ化(一般化)した「技術負債」を、次に必要となる「技術資産」とするためにポートフォリオの組み替えが必要です。これができなければ、デジタルトランスフォーメーションは進まず、企業は変革や成長を実現することができません。

こういった考え方は、企業という単位のみならず、個々の技術者においても当てはまることだと思います。つまり、技術者が持っている技術資産についてもポートフォリオ的な観点で再考し、常に棚卸しをして、新たな資産を蓄えていく必要があるということです。

このような、技術者にとっての技術資産の組み替え方、蓄え方という思考は、デジタルトランスフォーメーションの進展が予想されるコロナ以後の世界において、さらに注視されるべきものであると思います。

さらに、これは技術者のみに必要な思考ではなく、あらゆる企業人が意識すべきものだと言えると思います。企業を支える皆さんには、「知識や専門性を組み替える、蓄える」という思考を意識的に持つことによって、現在の不透明な時代においても、企業の変革や成長に貢献していただきたいと願っています。

専門性のメニューをつくって可視化する

人気を博しているレストランには例外なく得意料理があります。「〇〇を食べるなら、まちがいなくあのレストラン」といった、多くの顧客の記憶に刻まれている得意料理、それは「スペシャリテ」というそうです。

世界中のレストランには、地域の素材を活かしつつ、ジャンルの異なる料理などからインスピレーションを得た、創造性豊かな唯一無二のスペシャリテがあります。人々はそのスペシャリテを求めて、時には長い列に並び、時には数カ月前から予約を入れてレストランを訪れ、喜びを味わいます。

私は、料理人がスペシャリテを創造していくプロセスと、技術者が基本技術を素材として、新しい応用技術を考案し、製品開発を実現していくプロセスとには、多くの類似点があると考えています。そして、そのプロセスには、技術者あるいは企業人としての多くの学びが含まれています。

例えば、ソフトウェアのエンジニアであれば、開発できる言語や対象システムやオペレーティングシステムなどは、技術者としての専門性です。データサイエンティストであれば、統計学、数学、情報科学といった高度な知識を活用して統計解析をする専門性です。そういった専門性を列記した「メニュー」をつくり、可視化することが、自身の「スペシャリテ」を創造していくためには不可欠です。

レストランのメニューは、その店の専門性のメニューであると言えます。料理のカテゴリーで分類方法は異なるものの、前菜やメイン、デザートといった区分けがされ、その日やその週に調達した食材で実現できる料理がリスト化されています。そして、その専門性のメニューをもとにして、店のスペシャリテが生み出され、それによって得られる体験価値が認められた店が人気を博すのだと思います。

技術者にとっても、「〇〇という技術分野ならあの人だ」というスペシャリテを含む専門性のメニューを持つことが重要です。そして、それが特異な領域であったり、高い難易度を要するものであったりすると、自然と仕事は集まってきます。昔から、「仕事は一番忙しい人に頼め」と言われるのですが、これは、おいしい料理にありつくには、行列のできる人気店に行くことが近道であるのと同じことです。

スペシャリテは狭く深く、先を見据えて

技術者の「スペシャリテ」は広くある必要はありません。他の人がやらない、できない分野を選ぶことが肝要で、さらには今後成長が見込まれる技術領域や技術テーマを選ぶことも良い選択であると思います。アナログ技術の全盛期に、技術を極めたベテランには敵わないと悟った若手技術者が、端緒についたばかりのデジタル技術を猛勉強して、その後のデジタルの隆盛を捉えて、トップクラスの技術者になったという話もあります。

私の例で言えば、30数年前、新卒入社した頃に、手書き文字認識アルゴリズムの開発チームに加えてもらいました。いまでいう第2世代人工知能と言われるルールベースを基礎にして、曖昧処理を行えるとして注目されていたファジィ理論を加えることで、より認識性能の高い文字認識を実現し、当時としては世界初となるペンコンピュータの文字認識エンジンとして搭載してもらいました。

幸いにも、先を見据えた、狭く深い分野の知識を得て、その後の私の「スペシャリテ」創造の礎とすることができました。30年以上も前にやっていた仕事が、現在、第3世代人工知能と言われるディープラーニングなどを中心とした人工知能技術領域を正しく理解し、その利点や弱点を理解するのにたいへん役立っています。

文字認識エンジンをリリースした後、1990年頃に米国の大学に企業留学して、1年間、訪問研究生として外国に滞在させてもらいました。当時は軍用としての応用が中心で、1993年の映画「ジュラシック・パーク」で導入されるまでは、民間での認知も進んでいなかったコンピュータグラフィックスを学ぶ機会も得ました。

また、1980年代にマッキントッシュで導入されたものの、1992年のWindows 3.1の登場まではグラフィックス・ユーザ・インタフェースという言葉が一般的でなかった時期に、ユーザインタフェースの研究もさせてもらいました。このような学びが、帰国後、プレイステーション事業にかかわった私の「スペシャリテ」となりました。

当時、コンピュータグラフィックスは、技術分野としては主流ではなく、私の周囲には研究テーマに懐疑的な目があったことも事実です。しかし、主流の技術分野に比べて幸運にも競争が穏やかで、そして何より、自分の関心分野について学び「楽しむこと」ができたのは、何にも代えがたい魅力でした。周囲に惑わされず「楽しむこと」を追求するのはとても重要です。

また、私には当時から、成功と失敗に対する信条がありました。最良なのは、「自分が決めて成功する」。次は、「自分が決めて失敗する」。3番目は「他人が決めて成功する」。最悪なのが「他人が決めて失敗する」。この留学は、私にとって最良の決断となりました。

著名なシェフの方々の経歴を拝見しますと、海外のレストランで修行時代を過ごされていることが多い。私にとっても海外での日々は掛け替えのない貴重な経験でした。

しかし、修行はどのような場所でもできるのだと思います。自分が「楽しむこと」を「自分で決める」。これを追求すれば、環境にかかわらず、どこでも修行の場になるのではないでしょうか。

昨今、コロナ禍でにわかに普及が加速したWeb会議システムなど、通信技術の発達で、瞬時に世界中の人々とつながれる時代になってきたことを考えれば、それらを最大限に活かし、海外に出かけずとも世界レベルの仕事に挑戦して欲しいと考えています。そして、今回の社会的、経済的な危機を通じて、より力強く、よりしなやかな、世界に1つだけのスペシャリテを創り出してくれることを強く願っています。


※この記事は、「2020年7月3日掲載 Forbes JAPAN Online」に掲載されたものです。この記事の掲載については、Forbes Japanの許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMG Ignition Tokyo
代表取締役社長兼CEO 茶谷 公之

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