デザインシンキングが小売業にもたらす2つの価値とは

「小売りの明日」第21回 - デザインシンキングが小売業にもたらす価値について着目し、そこに隠された創造的な組織づくりへのヒントについて解説する。

デザインシンキングが小売業にもたらす価値について着目し、そこに隠された創造的な組織づくりへのヒントについて解説する。

米シリコンバレーで1991年に設立されたIDEOという企業をご存じだろうか。IDEOはプロダクトデザインをはじめ教育、ヘルスケア、サービスなど幅広い領域でデザイン・コンサルティングを提供する世界最高峰のデザイン会社だ。「世界で最もイノベーティブな企業」にも選出、米アップルの初代マウスのデザインを手がけたことでも脚光を浴びた。IDEOが提唱した「デザインシンキング」はアップル、GE、SAP、オラクル、IBMなど世界を代表する企業が取り入れた。

デザインシンキングのプロセスは、共感(Empathize)、定義(Define)、アイデア(Ideate)、プロトタイプ(Prototype)、テスト(Test)で思考する。このプロセス自体にも大変深い示唆があるが、今回はデザインシンキングが小売業にもたらす2つの価値について着目したい。それは「スピード」と「組織風土改革」だ。
デザインシンキングを取り入れた海外の企業では、この5つのプロセスを1週間で実践している。課題の定義から解決策の選定、プロトタイプ、つまり試作品を作り、それを実際にユーザーに提供しテストし反応を得る。そこで得た改善点をすぐ次の試作品に取り入れていく。これを1週間で行うスピード感がどれだけの企業にあるだろうか。

そして5つのプロセスの中でも特に「共感」のステップには、小売業にとって大きなヒントが隠されている。デザインシンキングで定義する共感とは、顧客と同じ体験をするということにある。例えば、あるスーパーマーケットが物流の最適化を図る際、午前4時に配送センターに本社担当者が実際に赴き、自分で商品をトラックに積み、店舗で店主に引き渡し、顧客が購買するまで1日中張り付いて自社の現状を体験する。身をもって体験をすることで、自社が抱える課題やユーザーの本質的ニーズを把握するのである。

アンケートデータの分析や、デスクの上で業務フローを整理することももちろん必要だ。しかし役員から現場社員まで顧客と同じ体験をするプロセスを定着させるのは難しい。そのためには経営層の意識と行動の変革が必要とされるからだ。失敗を恐れず、自由な発想を生み出していく組織風土を作り、顧客との共感をその中枢に据える。そして圧倒的なスピードでアクションを繰り返していく仕組みを作る。これらが自社に備わっているか、再度見つめ直すタイミングを迎えている。企業規模や組織の複雑さを理由に目を背けては成長が鈍化してしまう。
テクノロジーの発展で、様々なツールが存在し業務の効率化に寄与している。しかし、本質的に大切なのは企業の仕組みや風土がそれを有効活用できる状態にあるかどうかだ。創造的な組織づくりの大きなヒントがデザインシンキングの活用に隠されている。

 

日経MJ 2019年8月26日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

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