ニューノーマルへの対応~ESGレンズから存在意義(Purpose)の再定義~

COVID-19の影響により、これまでの事業の前提条件を見直すことが必須となりました。これは、自らが目指す姿を関係者と共有し、バックキャスト思考で、中長期的、かつ持続的な価値向上のための施策や行動を再考する機会ともいえます。

COVID-19の影響により、これまでの事業の前提条件を見直すことが必須となりました。

COVID-19の衝撃は100年に一度

今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響の大きさは「100年に一度」といわれています。日本、そして、グローバルでみても、「最大級の」とか「激甚な」といった形容詞で表現される自然災害や、リーマンショックなどの出来事は、ここ10年の間でも多く発生していますが、今回の新型コロナウイルス感染症は、範囲がグローバルで、エコシステムのあらゆるところに影響が及んでいることが大きく違います。VUCAといわれる環境変化の中でも不確実性の拡大は、指摘されてきたところですが、「パンデミック」の発生については、世界経済フォーラム(WEF)が毎年発行しているグローバルリスク報告書においても、ここ10年の間、発生可能性や影響の大きさについて上位に認識されてはいませんでした。

予想もしない中で、あまりにも大きな変化が短期間に生じてしまったために、「わからない」の一言で、思考停止に陥ってしまうことは、企業が有する社会的責任の大きさを考えると、誠実な行動とはいえません。これは、2020年5月20日付の日本経済新聞の報道にもあるように、決算発表会において今期の業績予想を示した企業とそうでない企業では、その後の株価の推移に違いがあることからもわかります。

大きな社会的な出来事に遭遇した際の非常事態への迅速、かつ適切な判断は経営者にとって最大の責務の1つではあります。しかしながら、同時に、短期的な影響と、意思決定や経営戦略の前提となる見通しを考察し、長期的な時間軸から「変わること」「変わらないこと」を判断したメッセージを発信するためには、平時において、自社の存在意義やその源泉、ステークホルダーとの関係性について検討し、分析し、著し、幅広いエンゲージメントを通じて見なおすという一連の活動の質に依拠しているのだ、ということも、また、今回のパンデミックで明らかになった事実の1つだといえましょう。

なぜESGなのか - 持続的な企業価値の向上のために

長期的な視点を有する投資家の集りであるICGN(International Corporate Governance Network)は、新型コロナウイルス感染症のグローバル経済への打撃が顕著になりはじめた3月初め、いち早く声明文(Point of Views)を公表しました。企業と投資家が共通に対峙する見えない脅威、コロナウイルスに打ち勝つために、対話をし、相互理解を進めなければならない事項について指摘しています。今回のパンデミックのような大きな衝撃に対しては、局所的な対応に終始すること以上に、「その後の世界」と自社の在り方について統合的に思考が求められ、それが企業経営者に期待されていることが、この12項目からも伺いしることができます(詳しくは日経ESG誌2020年5月号の拙稿「危機で問われる説明力」をご参照ください)。

日本企業の多くが、中期経営計画を策定しています。そして、その時間軸の多くが3年から5年となっています。今回のパンデミックは、いま、企業が有している計画の前提を根底から揺るがしています。コロナ禍の後に実現する社会を表する標語にBBB(Build Back Better:再建はよりよいものに)があります。この言葉が象徴するように、いま、私たちは直面しているさまざまな困難を通じて、「これまで」とは異なる視点に重きを置いた行動や意思決定を行うことが求められています。つまり、「これまで」の価値観や行動様式に基づく仮説をベースに策定された戦略や計画の中で、何が適合しているのか、していないのかの吟味をしたうえで、計画の見直しを進めなければならないのです。

では、長期的な視点から企業価値向上を実現するための行動を、どのように考え、実現していけばよいのでしょうか?

それを考えるヒントの1つがSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)といえます。SDGsで掲げられている17の目標は、2030年までに、社会がその解決を目標にしなければならない項目であり、この実現のためには、企業の役割が期待されています。つまり、これらの目標実現のためには、多くの商品やサービスを提供でき、結果として、財務的な成果を上げることにもつながってくるのです。日本規格協会が2017年に公表した調査によれば、SDGsの項目ごとに、70兆から800兆のビジネスチャンスが見込まれるとの試算も公表されています。

SDGsは、企業が「本業を通じて行う社会貢献の目標」なのではなく、本業そのものに直結し、自社のビジネスの発展を実現することと、社会的な課題の解決の両立を目指してこそ、なしえる壮大な目標です。2030年を超えて、企業が社会的な存在としてあり続けるためには、SDGsに包含されている環境や社会(ES)の課題を解決し事業の成果に繋げる施策の遂行、そして、それを実行していくためのコーポレートガバナンス(G)の実践が必須のものとなっていくのです。

確かに、日本は世界で最も長寿企業が多い国であり、多くの企業の社是や社訓が「社会や顧客との共存共栄」「人財重視」などを掲げています。それゆえに、日本企業の強さの秘訣として、CSRの取組みと連携させて語られることが、これまでは多くありました。

しかし、今、COVID-19の影響により、これまでの在り方を見直し、長期にわたる企業価値をささえる存在意義、そのための施策や行動を再考しなければならなくなっています。これまでの延長線上にはない、「ニューノーマル」で成果を実現し続けるためにも、ESGの要素を事業の検討の中にダイナミックに統合させ、創出する価値との関係や、社会へのインパクト、中長期的なビジネスモデルとの関連性を、再考しなければなりません。

COVID-19の影響を受けなかった企業は1つもないはずです。「これまでも、ESGは重視してきたし、CSR活動にも積極的だった」かもしれません。しかし、COVID-19の超えた先にある新たな日常では、ESGを重視するのではなく、検討の中心において考慮していかなければ、持続的な存在であることは不可能です。企業の意思決定の場面で、そして形成するプロセスのあらゆるところで、環境や社会に対する視点が要求されてくることになります。そして、それはますます深く、加速していくのです。

存在意義を見直す - Purposeはなにか

2019年8月に米NPOで経営者の集まりであるBusiness Round Tableが、181社のCEOの署名とともに公表した「Statement on the Purpose of a Corporation」は大きな話題になりました。Purposeという言葉は数年前から、いわゆる「流行ことば」の1つになっていたとみていますが、このStatementをきっかけにより一層煩雑に使われるようになってきたようです。

実は、米国経営者は2016年に「COMMONSENSE PRINCIPLES OF CORPORATE GOVERNANCE」を改定しています。短期的思考から脱却し、長期的な視点からshareholdersとのエンゲージメントを行うこと等を含めた取締役の責務について定義しています。また、米国では、経営者と投資家で構成されるNPOなどもあり、複数の経営者が自社の長期戦略についてプレゼンテーションを行い、そこに集まった投資家や市場関係者、アカデミアなどが自由に質問するというフォーラムなどもあります。

この文脈から理解すれば、「米国が株主市場主義から脱却し、ステークホルダーを重視するようになった」とか、「従業員を大切にする日本的経営が見直された」といった類のものではないことは明らかです。企業にとっても、投資家にとっても、いまや持続可能な社会の実現はSDGsで象徴されるように共通の、かつ長期的な課題であり、その課題解決のためには、双方が短期的な財務的な成果の追求では達成しえず、事業を形成するあらゆる資本と関係者との関係に目配せをしなければならない、という事実が、さまざまな出来事を通じてはっきりとしてきた、ということなのです。そして、まさにCOVID-19は、その気づきを決定的なものにしたといえるのです。

さらに言えば、投資家(といってもさまざまですが)が、より一層ESG課題への対応と、長期的な財務的成果の関係性を重視し、企業との対話を行うことを自らの責任としての認識が浸透してきているということです。今回のコロナウイルス感染症拡大の真っただ中に、複数の投資家団体が発出したメッセージからも実感できるでしょう。

今後、全ての企業がニューノーマルを見据えた経営戦略の立て直しに直面します。その際に意思決定のよりどころとなるPurposeを取締役会全員の総意をstatementとして著し、公表し、すべての行動のベースしていくことが急務となります。つまり、理想論として掲げるだけでなく、財務的社会的な価値につなげていくのかが概観できるとともに、「誰が責任者」なのかも明確にし、そのコミットメントも明示すべきでしょう。この結果、コーポレートガバナンスも、より企業価値の向上につながるものとして機能していくこととなります。グローバル企業で高く評価され、このコロナ禍のさなか、存在意義の輝きを放っている企業の多くに、経営の佇まいの中に将来の自社と社会の関係性を見据えていることは、経営者のメッセージや報告書等からも伺いしれます。

「ガラパゴス」からの脱却

ESGを重視する動きは、極めて多様です。その結果、多くのイニシアティブが乱立し、混乱が生じていることも事実であり、現在、その打開にむけた議論も進みつつあります。これらは、制度やルールという形式をとらない場合も多く、罰則等などが設けられることは少ないでしょう。しかし、市場が評価を下し、結果として、企業活動に実質的なインパクトを与えることになっていきます。そして、その市場がいまやグローバルであることは、今回の新型コロナウイルス感染症の影響からもはっきりと示されました。

日本企業の強みを、存在意義を示すためには、フレームワークやインデックスの項目を超えて、これらのツールを自らの意思で使う必要があります。個性が見えないひな型的な対応では、期待する成果には繋がっていきません。

コロナ禍を超えた後、より強く柔軟な属性に基づく競争力のある企業であるために、ESGというレンズを用いつつ、どれだけ長期的な展望から今の施策を決定できるか、多様なリソースや関係者を統合的に考えていけるか、が根本となります。そして、Purposeでそのつながりを明確にすることで、実務上の取組みや対応の実効性の向上にも効果が期待できます。

「今変わらなくて、いつ変わる」。ピンチをチャンスに変えることのできる、存在意義の価値が試されているのです。

執筆者

KPMGジャパン
コーポレートガバナンス センター・オブ・エクセレンス
パートナー 芝坂 佳子

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