「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議」報告書の公表について

2020年6月26日、金融庁は「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議」においてこれまで検討された結果を踏まえ、「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議」報告書を公表しました。本稿では当該報告書の要点を紹介します。

金融庁が2020年6月26日に公表した「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議」報告書の概要です。

背景

「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議」報告書(以下報告書)の「1.はじめに」において、経済価値ベースのソルベンシー規制の検討における背景が述べられています。概要は以下のとおりです。

我が国では、保険会社の財務の健全性確保の観点から、標準責任準備金制度やソルベンシー・マージン比率(SMR)規制等の枠組みが設けられている。このうち、SMRは1996年施行の改正保険業法において導入され、1999年4月以降は早期是正措置の発動基準としても用いられている。
一方で、2006年11月から2007年3月にかけて開催された「ソルベンシー・マージン比率の算出基準等に関する検討チーム」による報告書においては、SMRに関する課題・限界も指摘され、その信頼性を高める短期的な見直しを行ったうえで、経済価値ベースのソルベンシー規制への移行を検討していくことが提言された。
これを踏まえ、金融庁においては、2010年以降、経済価値ベースの評価・監督手法に関するフィールドテスト(国内FT)を数回にわたって実施し、各社の対応状況、実務上の問題点や定量的な影響度等の把握・分析を進めてきた。この間、保険会社の内部管理において経済価値ベースの考え方を取り入れる動きが進む一方、保険監督者国際機構(IAIS)における国際資本基準(ICS)をはじめとする国際的な動向の進展もみられた。
また、人口減少、低金利環境の継続、長寿化による医療・介護負担やライフスタイルの変化、サイバーリスクの出現等、保険会社を取り巻くリスクは変化しており、我が国の長い保険産業の歴史を振り返ってみても、大きなレジームの転換期を迎えていると考えられる。そうした中、将来にわたって保険会社が保険契約者の様々な期待に応えつつその経営管理を高度化していくことが必要であり、それに相応しい監督の枠組みを整備していくことは一層重要になっていると言える。当会議においては、こうした環境認識を踏まえ、日本における経済価値ベースのソルベンシー規制の導入やそれに基づく新たな監督の枠組みの構築に向けた具体的な方向性に関して検討を行ったものである。

国内における経済価値ベース規制の基本的な考え方

(1)経済価値ベース規制の意義・目的

中長期的な健全性の確保を通じて契約者保護を図りつつ、保険会社が持続可能な形で各種の保険ニーズに応えていくための規制・競争環境を整えるためには、経済価値ベースのソルベンシー比率(ESR)に基づくソルベンシー規制に出来る限り早期に移行することが必要であるとされ、その意義は主に以下の3つの観点で整理されました。

  1. 契約者保護の観点:保険会社の中長期的な健全性をフォワードルッキングに反映できるESRを規制として導入することで、金融庁が保険会社に対して早期に支払能力の確保を促すことが可能となる。
  2. 保険会社のリスク管理(ERM)高度化の観点:内部管理においてESRを活用している保険会社に対しては、内部管理上の指標と規制上の指標の整合性が向上する。未だ内部管理においてESRを活用していない会社については、ESRの規制としての導入を契機として、ESRに基づくリスク管理の導入が促進される効果が期待できる。
  3. 消費者・市場関係者等への情報提供の観点:ESRの規制としての導入を通じて、統一的な基準に基づく情報開示が行われることとなった場合には、一定の比較可能性を持った形で財務の健全性に関する情報が充実することとなり、保険会社と外部のステークホルダーとの間の対話・情報提供を通じて、保険会社の経営へのガバナンス・規律付けが向上することが期待できる。


(2)制度の導入に当たり留意すべき点

制度の導入に当たり、以下の観点に留意する必要があるとの意見がありました。

  1. 保険会社の経営行動への影響
  2. 消費者ニーズに沿った商品提供への影響
  3. 保険会社の主体的なリスク管理高度化等への影響


(3)経済価値ベースの考え方を取り入れた健全性政策の方向性

保険会社に関する健全性政策の全体像について、ソルベンシーII等も参考に、「3つの柱」の考え方に即して整理され、その上で、それぞれの「柱」に含まれる制度上の要素や、運用面も含めた多面的な健全性政策のあり方について検討が行われました。

  • 第1の柱:ソルベンシー規制
  • 第2の柱:内部管理と監督上の検証
  • 第3の柱:情報開示

第1の柱に関する基本的な方向性

(1)標準モデル

標準モデルには、経済価値ベースの資産・負債評価という基本的なコンセプトを維持し、少なくとも定量化可能なリスクは可能な限り適切な形で反映していることが求められ、一方で規模・特性の異なる保険会社に一律に適用されるものであることを踏まえた基準とする必要があるとされました。
具体的には、上記の観点から概ねバランスの取れた基準と考えられるICSと基本的な構造を共通にしつつ、今後の国内FT等を通じて検討を進めていくことが適当であるとされました。一方で、ICSは国際的に活動する保険グループ(IAIG)を対象とする連結ベースの基準として設計されたものであることには留意が必要であり、合理性が認められる場合には必要な範囲で修正を検討すべきであるとされました。


(2)内部モデル

第1の柱において内部モデルを用いたESRの計算を認める基本的な意義は、標準モデルでは捕捉しきれない会社のリスク特性が反映されることに加え、規制上の要件と保険会社の内部管理におけるESRの計算を一体化させ、各社がリスク管理を高度化していくインセンティブを設けることであるとされました。
一方で、審査に伴う金融庁・保険会社双方の負担や外部から見た比較可能性に留意すべきとの意見もあり、標準モデルの内容との関係やIAISにて行われる予定のICSにおける内部モデルに関する検討状況も踏まえつつ、保険会社との対話を通じて検討を深めていくべきであるとされました。具体的には、金融庁が保険会社との対話を通じて実態把握や論点抽出を行い、例えば2022年頃を目途に仮の審査基準案を策定した後に、段階的に予備審査を行うといった提言がされました。


(3)保険負債等に関する妥当性検証の枠組み

各社のリスク実態を適切に反映し、自主的なリスク管理の高度化を促進する観点からは、経済価値ベースの保険負債の評価方法は原則ベースで定め、一定程度保険会社による実績・実態を踏まえた判断を許容することが適当であるとされました。
一方で、ESRを規制として導入し、金融庁による監督や外部向けの説明・開示に使用するに当たっては、数値の妥当性や一定の比較可能性を担保するため、何らかの規律付けを行うことも必要であり、その具体的な方向性として以下の2点が示されました。

  • 特に保険負債の計算・検証方法等に関して、規制と整合的な一定のガイダンス等を設けること
  • 数値の妥当性を担保する観点から、保険会社の内部における検証態勢、若しくは外部からの独立した検証態勢につき、求められる水準を整理し、実効的な検証態勢の構築を促すこと


(4)ESRに基づく監督措置

ICPにおいては、資本水準に基づき監督介入を開始する点であるPCR(Prescribed Capital Requirement)及び業務停止等の最も強い監督行動を発動し得る点であるMCR(Minimum Capital Requirement)の2つが定義されています。
ESRがリスク量(所要資本)と適格資本の比として定義されていることに鑑みれば、ESR=100%をPCRとし、ESRの水準が低下するに従ってより対応のレベルを上げていく仕組みとすることが合理的であるとされました。
また、MCRについては、仮にPCRとMCRを同一の計算手法に基づいて決定した場合の有効性・妥当性や、PCRからの修正の要否等につき、今後実務的な検討を行っていく必要があるとされました。

第2の柱・第3の柱に関する基本的な方向性

(1)第2の柱に関する基本的な方向性

保険会社においては、経済価値ベースの考え方を取り入れた統合的リスク管理(ERM)態勢の構築・高度化への取組みが進んできており、第2の柱においては、経済価値ベースの考え方は既に一定程度取り込まれているとも言える一方で、金融庁・保険会社の双方において、現行制度に依拠する部分も多いが故の限界も存在するとされています。
経済価値ベースの制度への円滑な移行を促す観点からは、第2の柱に関する取組みは、第1の柱の導入を待たずに早期に開始することが適当であるとされました。第2の柱に関する取組みを進めていく中では、実際にデータ作成等を行う保険会社の意見も踏まえて双方向で対話を進めていくことが必要であるとされました。

また、保険会社における内部管理のあり方として、報告書ではORSAやERMに言及しています。
ORSA上の健全性評価については、第1の柱の標準モデルに過度に引きずられるのではなく、自社のリスク特性を踏まえた内部モデルの構築も含め、積極的な高度化を図っていくことが重要であり、第1の柱で捉えきれないリスクや定量化が難しいリスク(気候変動リスク、サイバーリスク等)についても、当面はORSA等を通じて捕捉していくことが重要であるとされています。
ERMにおいては、リスク・リターン・資本のバランスが鍵となる概念であるとされ、第2の柱において、保険会社がどのような形でリターンを獲得するかを経済価値ベースで把握・分析することも重要であるとの意見がありました。


(2)第3の柱に関する基本的な方向性

新たな制度への移行時には、現行のSMR等に関する情報開示について、第1、第2の柱を踏まえた経済価値ベースの内容に置換・拡充することが考えられるとされました。
第3の柱の詳細な内容については第1の柱の検討を待たなければ確定できない部分が多くあると考えられるとされ、一方で、第3の柱への対応についても、保険会社におけるシステム投資等の態勢整備が必要となるため、導入までに一定の時間的猶予が必要であるとの意見を受け、2022年頃までに基本的な考え方や枠組みを整理したうえで、第1の柱がある程度固まった2022年以降により詳細な開示項目に係る検討を進めていくことが現実的との方向性が示されています。
経済価値ベースの情報開示については、以下の観点から議論されています。

  1. 市場関係者向けの開示のあり方
    投資家や取引相手方の金融機関等を含む市場関係者にとっては、情報の粒度や一貫性・比較可能性といった観点が重要になると考えられる。法定開示により全保険会社に対する最低基準として求めていくべき部分と、自主的な開示の中で各社独自のや実務の収斂を促していく部分のすみ分けを念頭に置きつつ、検討を進めていくべきである。
  2. 消費者向けの開示のあり方
    消費者向けには、情報の粒度よりも「説明の仕方・見せ方」「分かりやすさ」といった観点をより重視しつつ、例えば、開示項目のうち特に重要なものについて、必要に応じて単純化も行いつつ開示することが考えられる。その前提として、経済価値ベース規制への移行時には、ESRの意味合いや現行SMRとの差異に関する十分な理解・周知がなされることが重要であり、金融庁・業界の双方において留意すべきである。

新たな制度への円滑な移行に向けた対応

新たな制度が有効に機能するためには、金融庁、保険会社、外部のステークホルダーの間で制度の趣旨・内容が十分に理解された上で、それぞれの間での情報伝達や対話が相互のレベルアップにつながるという好循環が生まれることが理想的であるとし、新たな制度を見据えたリソースの確保や態勢整備をフォワードルッキングに進めていくことが重要であるとされました。具体的な進め方として、金融庁が制度検討の状況や方向性について十分な情報提供を行うことが望ましいことや、金融庁が国内FTやORSAレポート等を通じて各保険会社の準備状況の把握や円滑な移行を実現するため態勢整備に向けた対話を行っていくことも必要とされています。

新たな制度の導入に向けた検討タイムライン

報告書では新たな制度の導入に向けた検討タイムラインのイメージが示されています。2025年より新たな制度を試行、2026年3月期より新基準に基づく計算を開始することを想定し、以下のマイルストーンが提示されています。

  • 2022年:FT(影響度評価含む)や国際的な動向も踏まえ、仕様を暫定的に決定
  • 2024年:基準の最終化

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