英国のEU離脱が企業に与える税務上の影響

英国のEU離脱が企業に与える税務上の影響を概説します。

英国のEU離脱が企業に与える税務上の影響を概説します。

2016年6月、英国において、EU(European Union(欧州連合)、以下「EU」という)残留是非を問う国民投票が実施され、幾度にわたる離脱協定交渉や離脱延長の末、2019年12月の総選挙の結果、保守党が単独過半数の議席を獲得し、2020年1月末の議会承認を得て、2020年2月1日からEU離脱への「移行期間」が始まりました。
英国は念願のEU離脱に向けて第一歩を踏み出しましたが、未だ数多くの課題が残されています。そこで本稿では、英国のEU離脱が企業に与える税務上の影響を概説します。
なお、本稿は2020年2月1日時点の公表情報に基づいて、国際税務研究会 月刊「国際税務」2020年3月号に掲載された記事を基にしています。本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 2020年2月1日からEU離脱への「移行期間」が開始された。当該移行期間は、2020年7月1日までに申請すれば2022年末まで延期することが可能だが、延期しない場合には2020年12月末で移行期間は終了し、2021年1月1日からEU離脱が発効する。
  • 移行期間において、英国はEU加盟国から離脱し、第三国となるが、引き続きEUのルールに従うこととなる。
  • 移行期間終了までに貿易協定等の取り決めがなされない場合、移行期間終了後は、これまで享受していた各種恩典(貿易協定やEU指令等)の適用はなくなり、WTOルールに従った関税の賦課、追加的なVAT登録、源泉税の発生等、さまざまな税務上の影響が予想されるため、貿易協定交渉状況等、今後の動向に注視する必要がある。

I. 移行期間について

EU離脱協定では、激変緩和措置として11ヵ月間の移行期間を設けています。この移行期間は、2020年7月1日までに申請すれば2022年末まで延期することが可能ですが、ボリス・ジョンソン英首相は延期しないことを明言しています。延期しない場合には2020年12月末で移行期間は終了し、2021年1月1日からEU離脱が発効します。もしこの移行期間が延長されない場合、貿易協定交渉期間は極めて限定的となるため、広範な貿易協定の締結ではなく、モノに焦点をあてた貿易協定、すなわち関税に重点を置いた貿易協定交渉がなされると予想されています。
移行期間において、英国はEU加盟国から離脱し、第三国となりますが、引き続きEUのルールに従うこととなります。すなわち、EU関税同盟および単一市場に留まり、EUのValue Added Tax(付加価値税、以下「VAT」という)ルールやEU指令にも従うこととなります。これは、移行期間においては、ビジネスの混乱を最小限にするため、モノやサービスの移動を関税や検閲、各種規制による制限なしで往来できることを意味します。
この移行期間内に貿易協定が締結されない場合には、移行期間終了後より、英国は世界貿易機構(World Trade Organisation、以下「WTO」という)ルールに従うこととなります。すなわち、EUは英国からの輸入品に対し関税を賦課し、英国はモノやサービスの単一市場へアクセスすることはできなくなります。
英国とEUの貿易協定の内容によって、企業の税務に与える影響度は異なります。この移行期間内においては、企業に対し重大な税務上の影響を与えることは予想されていませんが、今後の貿易協定の交渉状況に応じ、そして移行期間終了時に貿易協定が締結されなかった場合に備え、企業は自社の税務ポジションに対する影響を検討する必要があります。

II. 関税およびVAT

関税とVATは、英国のEU離脱後、英国と取引のあるすべての多国籍企業に影響を与える可能性があります。中でも重要なポイントを以下に記載します。

1. 英国とEUとの貿易に係る関税

現在、英国はEU関税同盟の一員であるため、関税を賦課されずにEU加盟国と輸出入を行うことができます。上述したとおり、移行期間終了までにEUとの貿易協定が締結されない場合、EUとの輸出入についてはWTOルールに従った関税が賦課されることとなります。
関税率はその輸出入が行われるモノにより異なり、食料、衣料、車などが高い関税の影響を受けやすく、中には関税率が17%を超える可能性もあります。関税は、資産項目ではなく費用項目であるため、企業にとって直接的なコストとなります。また、関税率は商品コードに従って適用されるため、誤った納税をしないために、正確な商品コードに分類する必要があります。

2. EU自由貿易協定(Free Trade Agreements(FTAs))へのアクセス

移行期間終了後、英国はEUによる貿易協定の恩典を受けることはできなくなります。当該EU貿易協定はおよそ40を数え、70ヵ国以上の対象国をカバーしています。英国はこれまで、EUが締結している貿易協定と同内容を継続することを、20の貿易協定において妥結してきましたが、日本との貿易協定については現在も交渉中です。2019年2月1日に発効した日本EU経済連携協定(EU-Japan Economic Partnership Agreement、以下「日欧EPA」という)へのアクセスを失うことは、日本と英国の輸出入に高い関税が賦課される可能性があるため、貿易障壁となりかねません。日本との貿易協定交渉については、日欧EPAをベースとして優先的に交渉がなされることが予想されていますが、他国との貿易協定交渉と併せ、交渉状況に注視する必要があります。

3. VAT

移行期間終了後、英国はEU加盟国共通のVAT指令や欧州連合司法裁判所(Court of Justice of the European Union)の決定に従う必要がなくなり、独自のVATルールを規定できることとなります。EU VAT指令に準拠する必要がなくなるとはいえ、短期的には、現在のVATシステムを大きく変更することは予想されていません。
英国VAT登録企業は、EU共通のVAT簡素化ルール(コールオフストックの簡素化ルール、三者間貿易、EU VAT還付ルール等)へのアクセスを失うこととなり、EU加盟国との取引がある英国VAT登録企業は重大な影響を受ける可能性があります。
移行期間が終了する前に、英国VAT登録企業は、英国およびEUのVATプロフィールを確認し、EU離脱による追加的なコストやリスクを低減するため、VAT登録、システム、プロセスおよび契約の変更の必要性を確認する必要があります。
英国VAT登録企業だけでなく、英国においてモノのサプライチェーンが存在する多国籍企業についても、新たな輸出入手続きや潜在的なコストが発生する可能性があります。VATの新規登録や承認も要求される可能性があり、追加的なコストを回避するための軽減措置の適用を検討しなければならない可能性もあります。

III. 法人税

英国の法人税の観点からは、移行期間の間は、英国のEU離脱が企業に大きな影響を与える可能性は低いとされています。しかし、移行期間終了後に事態が急変する可能性もあります。英国の法人税法は移行期間終了後も引き続き適用されますが、英国は直接的にEUの干渉を受けないため、移行期間終了後は、EUの共通ルールとされてきた、EU親子会社指令や利子・ロイヤルティ指令、合併指令、租税回避防止指令等の各種EU指令が適用されなくなります。この中で、影響を受ける可能性があるいくつかの例を以下に述べることにします。

1. 源泉税

(1) 親子会社間の配当に関する共通課税指令(通称、親子会社指令(EU Parent-Subsidiary Directive))

親子会社指令とは、子会社から親会社に対する利益の分配に関して、二重課税を課さないこと、および源泉税を課さないこととするルールですが、当該指令が適用されなくなることによる英国国内法への影響は限定的です。というのも、既に英国では、当該親子会社指令に沿った国内法の整備がなされており、英国では英国企業から海外企業へ支払われる配当に関して源泉税は課されず、英国企業が海外子会社から受けとる通常の配当は、法人税法上免税措置が規定されているためです。
しかし、EU加盟国企業から英国企業への配当に係る源泉税については、当該親子会社指令の適用はなくなり、EU加盟国の国内法および英国との租税条約により源泉課税されることとなります。ただし租税条約によっては、親子会社指令と同様の恩典を享受できるものもあります。
移行期間終了後、当該源泉税はEU加盟国の国内法および英国との租税条約のいずれか低い税率が適用されることとなります(租税条約の恩典を受けるための一定の要件を満たさない場合には、EU加盟国の国内法が適用されます)。英国は120を超える広範な租税条約ネットワークを有しており、ほとんどの租税条約では、配当に係る源泉税を課さないこととしています。しかしながら、いくつかのEU加盟国との間では源泉税が課される可能性もあります。その一例として、影響のある国々の国内法、英国との租税条約、親子会社指令の適用税率を併記し、その影響額を示したものが図表1です。

図表1 配当に係る源泉税率

国名 国内法 英国との租税条約 親子会社指令 影響額
クロアチア 12% 5% 0% -5%
チェコ共和国 15% 5% 0% -5%
ドイツ 25% 5% 0% -5%
ギリシャ  15% 10% 0% -10%
イタリア 26% 5% 0% -5%
ルクセンブルク 15% 5% 0% -5%
ポルトガル 25%  10% 0% -10%
ルーマニア 5% 10% 0% -5%


※ 通常の親子会社間の利益の配当に係る源泉税率を記載しており、保有割合等の状況によって当該税率は異なることがあります。

この表からもわかるとおり、租税条約の恩典享受のための一定の要件を充足したとしても、ギリシャ・ポルトガルからの配当については10%、チェコ・ドイツなどからの配当については5%の源泉税が課されることとなります。
移行期間終了後のEU加盟国からの配当に係る源泉税の取扱いは、各加盟国の国内法、英国との租税条約、そして今後のEU離脱交渉にも左右されることになります。各国の国内法の税率や手続きについても変更される可能性があるため、EU加盟国から英国への配当支払いを検討する場合には、最新の情報に留意する必要があります。

(2)異なる加盟国の法人間において支払われた利子およびロイヤルティに対する共通課税システムに関する理事会指令(通称、利子・ロイヤルティ指令(EU Interest and Royalties Directive))

この利子・ロイヤルティ指令は、異なる加盟国間で、一定の要件を充足する関係会社間で支払われた利子およびロイヤルティについて、源泉税を排除することを目的としています。しかし、上述した親子会社指令と同様、移行期間終了後は、当該利子・ロイヤルティ指令の適用はなくなり、当該源泉税はEU加盟国の国内法および英国との租税条約のいずれか低い税率が適用されることとなります(租税条約の恩典を受けるための一定の要件を満たさない場合には、EU加盟国の国内法が適用されます)。
配当の際と同様、ほとんどの租税条約では、利子・ロイヤルティに係る源泉税を課さないこととしていますが、いくつかのEU加盟国との間では源泉税が課される可能性があります。その一例として、加盟国企業から英国に支払われる通常の貸付金利子に係る源泉税、およびロイヤルティに係る源泉税について、影響のある国々の国内法、英国との租税条約、利子・ロイヤルティ指令の適用税率を併記し、その影響額を示したものが図表2です。

図表2 貸付金利子およびロイヤルティに係る源泉税率


貸付金利子に係る源泉税率

国名 国内法 英国との租税条約 利子・ロイヤルティ指令 影響額
クロアチア 15% 5% 0%  -5% 
イタリア  26%  10%  0%  -10% 
ポーランド  20%  5%  0%  -5% 
ポルトガル  25%  10%  0%  -10% 
ルーマニア  16%  10%  0%  -10% 


ロイヤルティに係る源泉税率

国名 国内法 英国との租税条約 利子・ロイヤルティ指令 影響額
クロアチア 15% 5% 0% -5%
チェコ共和国 15% 10% 0% -10%
イタリア  30% 8% 0% -8%
ポーランド  20% 5% 0% -5%
ポルトガル  25% 5% 0% -5%
ルーマニア  16% 15% 0% -15%


※ 通常の貸付金に係る利子およびロイヤルティに係る源泉税率を記載しており、貸付金の内容やロイヤルティの対象内容等の状況によって当該税率は異なることがあります。

これらの表からもわかるとおり、租税条約の一定の要件を充足したとしても、イタリア・ポルトガル・ルーマニアからの貸付金に係る利子については10%、クロアチア・ポーランドからの貸付金に係る利子については5%の源泉税が課されることとなり、ルーマニアからのロイヤルティについては15%、チェコからのロイヤルティについては10%、イタリアからのロイヤルティについては8%、クロアチア・ポーランド・ポルトガルからのロイヤルティについては、5%の源泉税が課されることとなります。
配当の際と同様、移行期間終了後のEU加盟国からの利子・ロイヤルティに係る源泉税の取扱いは、各加盟国の国内法、英国との租税条約、そして今後のEU離脱交渉にも左右され、各国の国内法の税率や手続きについても変更される可能性があるため、EU加盟国から利子・ロイヤルティの支払いを検討する場合には、最新の情報に留意する必要があります。

2. 異なる加盟国間での合併・分割・一部分割・資産の移転および株式交換に関する共通課税システムに関する指令(通称、合併指令(EU Merger Directive))

移行期間終了後、これまで合併指令により、EU加盟国間での組織再編行為に対し、キャピタルゲイン課税の繰延や欠損金の引き継ぎなどの恩典を享受することができなくなり、クロスボーダー合併や資産譲渡等の組織再編等を活発に行うことができなくなる可能性があります。合併指令は移行期間内、すなわち2020年12月末までは適用されますが、英国当局のガイダンスにおいて、当該合併指令が適用されるのは、2020年12月末までに、組織再編行為が完了し、登録してある場合のみとされています。
移行期間終了後の不確実性を勘案する必要がありますが、英国は、自国の国内法において比較的自由度の高い組織再編行為を維持し、一定の業種について税制優遇措置を与える可能性もあると予想されているため、今後の動向に注視する必要があります。

IV. おわりに

上述したように、現在までに英国は、EUが締結している貿易協定と同内容を継続することを20の貿易協定において妥結し、これは50の国と地域をカバーしています。2020年1月31日以降、英国はこの協定でカバーしきれていない国や地域についても順次交渉を進め、その大部分は既存のEUとの貿易協定内容をベースにすると予想されています。そのため、英国企業および英国と取引がある多国籍企業に対し、重大な影響が生じないように貿易協定交渉が進められることが予想されます。
英国は、EU離脱による税務上の懸念が予想されつつも、ヨーロッパの中で最低レベルの法人税率、および税務だけでない側面(言語や生活環境)からも、依然として、日本企業にとってヨーロッパにおける重要な拠点であり続けると考えられます。
英国のEU離脱が企業に与える税務上の影響を概説してきましたが、依然として不透明な側面が多々存在するのが現状です。したがって、英国に拠点を有する、または英国との取引がある日本企業は、常に最新の情報に留意する必要があります。

執筆者

KPMG英国
ディレクター Bharadwa Sunil
ディレクター Weedon Neil
マネジャー 大井 翔平

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