グローバル企業の経理財務部門の課題と“Future of Finance”の実現に向けて

グローバル企業の経理財務部門の将来を見据えた最優先課題を打破するための未来像を定義し、具体的なアクションに繋げていく内容について解説します。

グローバル企業の経理財務部門の将来を見据えた最優先課題を打破するための未来像を定義し、具体的なアクションに繋げていく内容について解説します。

KPMGが世界各国の経理財務部門の上級職員および経営幹部を対象に実施した意識調査「Future Ready Finance Survey 2019:経理財務部門における未来への準備度調査」では、事業に関するより良い意思決定の実現によって経理財務部門の提供する価値を向上するような取組みにおいて、多くの企業は依然としてデータの質や人材育成などの将来を見据えた最優先課題の実行に苦戦をしていることが明らかになりました。
こうした状況を打破するためには、早い段階で経理財務部門の未来像を定義し、具体的なアクションに繋げていくことが重要であり、KPMGが提唱する「Future of Finance」のフレームワークに則った検討が必要です。
本稿では、その具体的な内容について解説します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 経理財務部門が従来の役割を強化し、信頼されるビジネスパートナーとしての地位を確立するうえで最も重要となる能力は、正確かつタイムリーで質の高いデータ分析を提供することにより、社内全体の意思決定の改善を実現することである
  • 今後の経理財務部門には、デジタル化されたプロセスを管理するための能力、例外管理、そして社内外のデータを分析して事業部門に重要なインサイトを提供する経理財務業務を熟知したデジタル専門家やデータサイエンティストが必要
  • KPMGが提唱する「Future of Finance」のフレームワークを活用することで、経理財務部門では今後どのようなテーマに取り組んでいくべきかを明らかにすることができる

I. 調査の概要

世界が急激に変化している中でCEO(最高経営責任者)の抱える課題は多様化しており、CEOのビジネスパートナーとしての存在であるCFO(最高財務責任者)が取り扱うべき課題も多岐にわたります。CFOおよび経理財務部門は幅広い領域で真に経営に貢献する役割を期待されており、その期待に応えるためには従来の考え方や仕組みから脱却し、先進的なデジタル技術を最大限に活用していくことが求められています。
こうした背景を踏まえ、KPMGは2019年にグローバルで業種も地域もさまざまな経理財務部門の上級職員および経営幹部850人超を対象に、意識調査「Future Ready Finance Survey 2019:経理財務部門における未来への準備度調査」(以下本調査という)を実施しました。
本調査で得られたデータでは、急速に変化する現在の事業環境に経理財務部門がどう対処しているかだけでなく、アジャイルな業務モデルやクラウドベースの新テクノロジー、データ&アナリティクス、そしてオートメーションの導入がどこまで進んでいるかについても浮き彫りになりました。
また、3分の2近くの組織が、将来を見据えた最優先課題の実行に苦戦をしていることも明らかとなりました。本稿ではその中でも特に課題認識が強かったデータの質と人材育成に関して詳細を解説します。

1. データの質の向上を目指して

経理財務部門が管理担当としての従来の役割を強化し、信頼されるビジネスパートナーとしての地位を確立するためには、旧来実施されてきた予算計画立案だけでなく将来予測分析をはじめとするアナリティクス分野への強化拡充が不可欠です。正確かつタイムリーで質の高いアナリティクスを実現するためには、その基盤となるデータの質が極めて重要であることは言うまでもありません。この事実は本調査の結果に強く反映されており、あらゆる業種、地域、企業規模の調査回答者が、データ&アナリティクス能力への投資を優先課題の上位に挙げています。
しかしながら、経理財務部門によって生み出されるインサイトの質を改善する過程には、多くの課題が立ち塞がります。その最たるものがデータの質に関する問題です。各部門から提出されるデータソースが統一されていないために矛盾を起こしていたり、フォーマットが不揃いなケースは決して少なくありません。データに関する明確な基準が存在せず、なおかつ分析プロセスを手作業で行う場合、導き出された分析や報告は全面的に信頼できるものとはなりません。私たちがEPM(企業業績管理)の体系整理やツール導入を支援する中でも、こうしたデータに関する問題は非常に大きな障壁になることが多いのが実態です。
本調査においても、高パフォーマンス組織(売上と収益成長率の複合指標において上位16%に含まれる組織)とそれ以外の組織で項目によって濃淡はあるものの、データ管理のための堅固なガバナンス構造を設けることの重要性を過小評価している可能性があり、ガバナンス構造の重要性が、データ&アナリティクスを成熟させるうえでの課題の中で最下位となっています(図表1参照)。

図表1 データ&アナリティクス改善の障壁

図表1 データ&アナリティクス改善の障壁

データの質の改善には「真実は1つである」という原則のもと、取引の諸元からデータ構造を見直す取組みを企業全体で実施する必要があることから、その実現には相応の投資や労力を要することになり、より差し迫った戦術的課題が最優先となるかもしれませんが、継続的に成功を収めるためには、責任の所在を明らかにし、データの保存場所や分析方法についての専門知識を持ち、データ基盤を確立することが極めて重要です。

2. 人材育成の難しさ

次に、人材育成に関する調査結果について解説します。
昨今、RPA(ロボティックプロセスオートメーション)やIA(インテリジェントオートメーション)という言葉が普通に語られるほど、業務プロセスを極限まで自動化していく流れが加速しています。これは定型業務が多い経理財務部門においては特に強く、日本においても大半の企業が何らかのかたちでRPAやIAを検討しているのではないでしょうか。
本調査でも、実に4分の3以上の組織がオートメーションによる自社の人材への影響を概ねプラスの印象として捉えており、人材は手作業に費やしていた時間から解放され、より付加価値の高い活動に重点を置けるようになるだろうとの見方を示しました。一方で、技術環境の急速な変化を理由に、将来必要になるであろうスキルを正確に予測することは困難であるとも指摘しています。事実、AI(人口知能)が経理財務部門の雇用を創出するのか、削減するのかについては、回答者の間でも意見が分かれました。
オートメーション化によるメリットを全面的に享受するためには、経理財務部門の人材に、新しい役割を担うためのスキルを習得させる必要があります。経理財務部門の人材は今後、従来の限定的な領域に特化したスキルよりもむしろ、絶えず変化する事業環境に適応し得る、幅広い「実用」スキルを重視するようになるでしょう。そうしたスキルには、以下が含まれます。

  •  データの活用とテクノロジー - データのモデル化と視覚化、戦略的トレンド分析、デザイン思考、プログラミングを含む
  •  行動 - 戦略的思考、サービスマネジメント、リレーションシップマネジメント、コミュニケーションを含む
  • ファイナンス技術 - ビジネスモデルの作成、プロセスの設計、財務要因の分析を含む

今後の経理財務部門には、デジタル化されたプロセスを管理するための能力、例外管理、そして社内外のデータを分析して事業部門に重要なインサイトを提供する経理財務業務を熟知したデジタル専門家やデータサイエンティストが必要となってくることは間違いなく、オートメーションによって定型業務から解放された人材の再教育や外部調達などを通じて、これまでとはまったく異なる経理財務部門の要員配置を考えていく必要があります。しかし、その実現は容易ではなく、ロボットとの共存、データサイエンティストの育成ないしは採用、事業を深く理解したビジネスパートナー・ストラテジストとCFOとの連携、組織横断型のチーム編成など、中長期の視点で取り組むべき課題です(図表2参照)。

図表2 経理財務部門の要員配置イメージ

図表2 経理財務部門の要員配置イメージ

II. “Future of Finance”の実現に向けて

こうした大きな変化に備え、他社に出遅れないことはもちろんのこと、社内においても経理財務部門が真に経営に貢献するためには1日も早い変革プログラムを作成して実行に繋げていくことが重要ですが、どこから着手をすればよいか、どういった項目が必要であるか、網羅的に把握をしたうえで実施しなければ断片的かつ部分最適な取組みになる恐れが強いと思われます。
このような課題に対して、KPMGが提唱する「Future of Finance」の実現のフレームワークが有益であると筆者は考えます(図表3参照)。

図表3 Future of Finance実現に向けたフレームワーク

図表3 Future of Finance実現に向けたフレームワーク

詳細について、よりご興味がある際は、東洋経済新報社「デジタル・ファイナンス革命」に目を通していただければと思いますが、本稿ではそのエッセンスを紹介します。
このフレームワークは、デジタル化時代のCFOをはじめとした経理財務部門に検討していただくべきアジェンダを示したもので、「1.経理財務戦略とイノベーション」「2.インテリジェントオートメーション」「3.インサイト&アナリティクス」「4.組織の簡素化」「5.スキル&タレント」「6.データマネジメント&品質ガバナンス」「7.企業統治・コンプライアンス&コントロール」の7つの要素から構成されています。本稿で取り上げたデータの質はインサイト&アナリティクスとデータマネジメント&品質ガバナンスにおいて、人材育成はスキル&タレントのフレームワークと密接に関係があります。
インサイト&アナリティクスにおける今後のトレンドとしては、これまでの年度固定型の経営管理や予算管理のような「何が起きたか?」「なぜ起きたか?」を代表とする「静的」分析から、社内外のデータやAIの助けも得ながら状況を多次元分析し、考え得るシナリオを立案して打ち手を導き出す「何が起きるか?」「何をすべきか?」といった「動的」分析にシフトしていくものと考えます。
こうした概念は従来から存在していましたが、既存の未成熟なシステム環境やデータの取扱い範囲など数多くの制約もあり、実施できたとしても人海戦術で多大な労力とコストを費やす必要がありました。しかし、昨今のデジタル技術の進展に伴い、従来では考えられないスピードとコストで実現できる環境が整い始めています。
人材育成に関しては、今後の取組みを考えていくこと自体が非常に難しい時代に突入しつつあります。前述の調査結果でも、大半の組織はオートメーション化によって今後2年以内に経理財務部門の人材の11~20%の職務内容が書き換えられるか、人員が削減されると予想しており、影響を受ける人材の半数強が維持あるいはスキルの再教育対象とされ、その他の人材が余剰人員となることを想定しています。
一方で、上記のような人材に再研修を施すことができるという見立ては楽観的すぎるかもしれません。多くの場合、次世代のスキルを持つ人材は不足しており、既存の人材の多くは現在取引処理(オートメーション化の最有力候補であるプロセス)を担当している人材なのです。
こうした状況に対処するためには、(1)柔軟な要員配置モデルを目指した人材の再構成・採用・外部調達を考える、(2)再教育を施して維持すべき既存の人材の範囲を現実的に見積もる、(3)希少なスキルを持つ人材調達は将来を見据えて計画する、といった従来とは異なる視点で人材育成プランを立案していく必要があると考えます。

III. おわりに

昨今の地球規模での新型コロナウイルス対策・サイバー攻撃・地政学リスクなど、不確実性の高い激動の時代において、デジタル技術を駆使して企業のバックオフィス業務はどう変わるべきか、経理財務部門が真に経営に貢献するため備えるべきものは何か、答えは一様ではありませんが、本稿の内容が、短期・中長期的双方の視点で取組みを加速してく一助となれば幸いです。
今後もKPMGでは、グローバル企業をはじめ数多くの支援を通じて最新の取組み事例などを随時紹介する予定です。

執筆者

KPMGコンサルティング株式会社
パートナー 後藤 友彰

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