基準発効日を2023年まで追加延期(2020年3月IASB会議の解説)

週刊経営財務2020年6月1日号に、IFRS第17号の最終化に向けた2020年3月のIASB会議に係る解説記事が掲載されました。

週刊経営財務2020年6月1日号に、IFRS第17号の最終化に向けた2020年3月のIASB会議に係る解説記事が掲載されました。

はじめに

国際会計基準審議会(IASB)は、2019年6月26日、IFRS第17号「保険契約」(以下、IFRS第17号)を部分的に修正する公開草案「IFRS第17号の修正」(以下、本公開草案)を公表した。本公開草案は、2017年5月に公表されたIFRS第17号に対する修正を提案し、当該修正案について利害関係者からのコメントを求める目的で公表されたものである。
本公開草案は、公表されてから90日のコメント募集期間(2019年9月25日まで)に付されていたが、2019年12月、2020年1月、2020年2月の各IASB会議において、寄せられたコメントを踏まえた再審議が行われ、いくつかの修正事項が暫定的に合意された。2020年3月のIASB会議では、最終回として以下の3つのトピックの議論が行われた。文中の意見に亘る部分は私見であり、特に断りのない限り、項番号および付録はIFRS第17号のものを指す。

3月のIASB会議で議論された論点

3月のIASB会議で議論された論点は以下のとおりである。

1.IFRS第17号の発効日

背景
当初2017年5月に公表されたIFRS第17号では2021年1月1日以降に開始する事業年度に適用することが要請されていた。一方、2019年6月に公表された本公開草案では、修正事項に関する不確実性などを考慮して、2022年1月1日以降に開始する事業年度から適用するとして、発効日を1年延期することが提案された。
これに対して、発効日を1年以上延期すべきというコメントが一部寄せられたため、2020年3月のIASB会議では、発効日を2022年1月1日以降に開始する事業年度までの1年延期とするか、さらなる延期をするかの検討がなされた。


IASBスタッフの分析
IASBスタッフは、寄せられたコメントを以下(1)から(3)の主要なテーマに分けて分析した。

(1)発効日のさらなる延期について表明された懸念
a.大幅に改善される保険会計に基づく財務情報の提供がさらに遅れる。
b.導入プロジェクトの延期コスト、既存システムを維持するコスト等を増加させる。
これに対し、IASBスタッフは分析の結果、上述の見解と同様の認識を持った。

(2)導入にさらに多くの時間が必要であるという見解
a.システム開発の課題として、特に小規模な保険会社において、外部リソース確保・ベンダーによるソフトウェア提供の遅延が見込まれている。
b.多種多様な保険契約へのIFRS第17号の適用における技術的な課題を解決するために時間がさらに必要である。
c.規制上のレポーティング及び課税要件をIFRS第17号と整合させるために時間がさらに必要である。
d.IFRS第17号で導入された重要な変更に備えて財務諸表利用者が準備するために時間がさらに必要である。
e.暫定的に合意したIFRS第17号の修正事項が実施中の導入プロジェクトに影響を与える。
これに対し、IASBスタッフは、上述の見解は発効日を2022年に1年延期することを提案した2018年11月のIASB会議において検討した内容と同様であり、その際、IASBとしては延期を正当化するものとはならないと結論付けたため、今回も同様の結論になるとした。また、IFRS17号の修正事項のうち、追加の導入作業を必要とする項目は、当初認識において元受契約が不利な場合の再保険契約の取扱いと、投資活動に関連する一部のコストを保険契約の境界内のキャッシュ・フローに含める要求事項のみに限定されるだろうと述べた。しかしながら、特に小規模な保険会社にとっては、2022年までの対応は厳しいという点は認めた。

(3)世界各国で一貫した発効日が必要であるという見解
a.IFRS第17号は最初のグローバルな保険契約の会計基準であり、保険会社の財務諸表に重要な影響を与えるため、世界各国の主要市場で適用開始日を一致させることが重要である。
b.世界各国の財務諸表利用者がIFRS第17号によって提供された新しい情報を様々なタイミングで受け取ると混乱のリスクがある。
c.最初にIFRS第17号を適用する保険会社は、後日、他の保険会社が適用し始める際に、当初の会計方針を事後的に再検討する局面も想定され、実施に混乱を来たす可能性がある。
d.異なる国・地域で発効日が異なる財務報告義務を負う会社において、運用が複雑になる可能性がある。
これに対し、IASBスタッフは分析の結果、発効日を検討する際には、世界各国の承認プロセスにおける不確実性と潜在的な遅延の状況を認識する必要があり、一部の保険会社がIFRS第17号を先行して適用することの懸念を認めた。また、IFRS第17号は保険会社の財務諸表に重要な変更をもたらし、変更の程度は現在使用されている様々な保険会計の実務に応じて異なるため、主要な国・地域で同時に適用されない場合には、マーケットは、IFRS第17号を適用した保険会社の財政状態および経営成績への影響について適切に比較することができない可能性があることを認めた。


IASBスタッフの結論と提言
IFRS第17号による保険契約の会計基準の大幅な改善は喫緊の課題であり、本公開草案にコメントしたすべての規制当局および財務諸表利用者からも、導入のさらなる遅延については反対または懸念の声が繰り返し表明されていた。また、修正事項に起因する混乱の影響は、1年延期とした段階ですでに十分に予測されているものであり、さらなる延期は導入コストの追加の負担を強いることにもなりかねない。
しかしながら、IASBスタッフは一部の保険会社にとって2022年までに対応することが難しいことを認識しており、世界各国における主要な国・地域の保険会社が、基準導入による変更の重要性とその程度を考慮して、IFRS第17号を同時に適用開始すべきとのニーズも認識している。一部の国・地域における承認メカニズムに関連する不確実性と潜在的な遅延の状況に鑑みると、1年のみの延期(2022年からの適用)とした場合、そのニーズを満たすかは不確かであるとも認識している。
そのため、IFRS第17号の導入をさらに遅らせることのコスト(特に財務諸表利用者にとってのコスト)とのバランスを考慮して、IFRS第17号の発効日を2023年1月1日以降に開始する事業年度までの2年延期とすることを提言した。この追加の延期により、修正されたIFRS第17号が世界各国の法制度に規律をもって導入されるのに十分な時間を確保できると考えており、これにより、世界各国のより多くの保険会社がIFRS第17号を同時に適用して、財務諸表利用者の便益に資することになるとした。
また、IFRS第17号をこれ以上変更せず早期に確定することは、修正されたIFRS第17号を世界各国の法制度に規律をもって導入するために重要であるともコメントした。


当日の議論の結果
3月のIASB会議で議論された結果、IFRS第17号の発効日を2023年1月1日以降に開始する事業年度までの2年延期とすることで合意した。
なお、当日の議論においても確認されたが、早期適用規定はそのまま維持される予定である。そのため、IFRS第9号をIFRS第17号の適用開始以前に適用する企業に限り、早期適用が認められる予定となっている。

2.IFRS第4号「保険契約」におけるIFRS第9号「金融商品」適用の一時的免除

背景
IAS第39号「金融商品:認識と測定」(以下、IAS第39号)に代わるIFRS第9号「金融商品」(以下、IFRS第9号)は、2018年1月1日以降に開始する事業年度に発効されたが、2016年のIASB会議において、活動が主に保険事業に関連している事業体については、2021年1月1日以降に始まる事業年度まで、IFRS第4号「保険契約」(以下、IFRS第4号)におけるIFRS第9号適用の一時的な免除が導入された。
本公開草案では、IFRS第9号適用の一時的な免除期間の1年間の延長を提案したため、免除を適用する企業は、2022年1月1日以降に開始する事業年度にIFRS第9号を適用する必要があるとした。この趣旨は、保険会社が最初からIFRS第17号とIFRS第9号を同時に適用する利点が、IFRS第9号の適用が1年遅れることの欠点を上回ると結論付けられたことによる。
しかし、IFRS第17号の発効日を2023年1月1日以降に開始する事業年度に延期する場合、IFRS第9号の一時的免除も同時期まで延期すべきかが問題となる。この点、IASBは、企業がIFRS第17号を適用する場合にのみIFRS第9号を適用するように求められるべきではないと考えており、IFRS第17号の発効日をさらに延期するかどうかの質問とは別に検討する必要があると考えた。


IASBスタッフの分析
IASBスタッフは、寄せられたコメントを以下(1)から(3)の主要なテーマに分けて分析した。

(1)IFRS9号の必要性
a.保険会社においてIFRS第9号により大幅に改善する金融商品会計の導入が遅れる。保険会社の多くは、金融資産の大量保有者であり、特に予想信用損失を用いる減損モデルとその開示は、ハイ・イールド投資による信用リスク・テイクを行っている現在の低金利環境においては特に重要となる。
b.金融商品に関して複数の基準の適用状況が継続する場合、保険会社を相互に比較したり、他の企業と比較する財務諸表利用者にとって、継続的なコストと複雑さをもたらす。
c.IAS第39号を継続的に維持することは、IASBとその利害関係者にとって非効率である。
d.IFRS第9号は、前回の金融危機の際に明らかになったIAS第39号の欠陥に対処するために開発された。すべての企業においてIFRS第9号を適用していない期間が長いほど、歴史が繰り返されるリスクが高くなる。

(2)IFRS第17号とIFRS第9号の適用時期の一致を保つ利点
a.両基準の適用時期が異なる場合、保険会社は短期間に2つの重要な会計上の変更を行う必要があり、財務諸表の作成者と利用者に多大なコストをもたらす。
b.両基準の適用時期を一致させることで、相互に関連した両基準の連携が図られ、適用時期の相違による会計上のミスマッチが発生する可能性が回避される。

(3)追加の開示について
IAS第39号を適用する保険会社とIFRS第9号を適用する他の金融機関との間の情報のギャップを減らすために追加の開示要件(予想信用損失の開示情報など)を導入すべきとのコメントもあった。


IASBスタッフの結論と提言
IFRS第9号適用の一時的な免除期間を2023年まで延期した場合には、IFRS第9号で改善されるであろう情報提供がさらに遅れるため、重大な欠点があるとした。しかしながら、IFRS第17号の発効日を2023年まで延期する一方、IFRS第9号は2022年までの一時的免除とした場合、財務諸表の作成者と利用者は、短期間に2つの重要な会計上の変更をせざるを得ないことになる。よって、両基準の適用開始を一致させるために、一時的免除をさらに1年延長することの利点は、保険会社によるIFRS第9号導入のさらなる遅延による欠点を上回る可能性があると認めた。以上より、IFRS第4号におけるIFRS第9号適用の一時的免除の有効期限を2023年1月1日以降に始まる事業年度に延長することを提言した。


当日の議論の結果
3月のIASB会議の結果、IFRS第9号「金融商品」適用の一時的免除の有効期限を2023年1月1日以降に開始する事業年度まで延期することに決定した。

3.IFRS第17号修正のデュー・プロセスの手順 - 投票プロセス開始の承認

当日の議論の結果
3月のIASB会議において、IFRS第17号の修正が適切なデュー・プロセス要件を遵守し、特に、IFRS第17号の修正とIFRS第4号の修正の投票プロセスを開始するために十分な協議と分析を行ったことを確認した。これをもって、IASBは、投票プロセスを2020年3月に開始することを承認した。2020年の第2四半期にIFRS第17号の改訂版を発行する予定である。なお、2月までに暫定的に合意した修正内容に関しては、再度の公開草案等は公表せずに最終基準化を進める予定である。また、投票プロセス中に特定されたさらなる論点は今後のIASB会議で議論される予定である。


IFRS第17号の修正の影響分析
上述の判断に至るに当たって、デュー・プロセス所定の評価プロセスである「影響分析」が実施された。今後の導入を進める企業にとって有用な情報であるため、要約した内容を下表に記す。

# 論点 主な修正の内容 影響分析
1 IFRS第17号の適用範囲に関する追加的な例外措置

特定の要件を満たす

・クレジットカード契約及び類似の契約について、IFRS第17号の適用範囲から除外し、IFRS第9号を適用する

・貸付契約について、IFRS第17号またはIFRS第9号のいずれかの基準の選択適用を可能とする

・特定の企業はIFRS第17号を導入せずにIFRS第9号を適用しコスト削減が可能

・企業内・企業間比較が可能となる情報を提供可能

2 更新契約に係る保険獲得キャッシュ・フロー

・保険獲得キャッシュ・フローを、更新後の契約を認識するまで資産として計上し、更新後の契約にも配分する

・報告期間毎に当該資産の回収可能性の評価が必要

・関連する開示の拡充を行う

・経済実態を反映しない不利な契約を回避することが可能

・適用コストが増加する一方、有用な情報開示が可能

3 一般的な測定モデルにおける保険収益の認識

・一般的な測定モデルにおける保険収益の認識(契約上のサービス・マージンの各報告期間への配分)は、保険カバーだけでなく、保険契約が提供する投資リターン・サービスも含めて考慮する必要がある

・関連する開示の拡充を行う

・サービス実態を反映した収益認識が可能

・導入プロセス中断によるコストが増加する一方、有用な情報開示が可能

4 再保険契約における会計上のミスマッチの低減 ・当初認識時において元受契約が不利な契約である場合に、元受契約の損失をカバーする再保険契約である場合に限り、対応する再保険契約の利得を認識する

・元受保険と再保険との当初認識における会計上のミスマッチの低減が可能

・導入プロセスのコストが増加する一方、有用な情報開示が可能

5 保険契約資産・負債に係る財政状態計算書上の表示の簡便化 ・保険契約資産及び負債の表示について、保険契約グループレベルではなく、保険契約ポートフォリオレベルに区分して表示する

・キャッシュ・フローを個別の保険契約グループに配賦する実務負荷の軽減

・大幅なコスト削減

・グループ同士が相殺されるため情報の有用性が低下

6 リスク軽減オプションの拡充 ・直接連動有配当契約から生じる金融リスクをデリバティブを活用して軽減する場合、当該金融リスクの変動による影響を純損益に反映させ、デリバティブの損益とマッチングできるオプションが認められているが、リスク軽減手段として再保険契約(出再保険)又は損益を通じて公正価値で測定される非デリバティブ金融商品を使用する場合にも当該オプションの適用を可能とする

・再保険又は非デリバティブ金融商品により金融リスクを軽減する場合の活動の経済実態の反映が可能

・オプションであるため必ずしも導入コストの増加にはつながらない

7 期中財務諸表に関する会計方針の選択 ・期中財務諸表または年次財務諸表を作成する際に、過去の期中財務諸表で行われた会計上の見積りの取扱いを変更するか否かについては会計方針の選択とする。 ・会計方針の選択とすることで導入コストとの比較により実務的な方法を選択することが可能
8
IFRS第17号の発効日のさらなる延期

・2023年1月1日以降に開始する事業年度から適用する

・IFRS第9号の適用を一時的に免除するオプションの有効期限についてもあわせて延期する

・準備期間の確保及び適用開始時期の企業間での統一が可能

・延期によるコストの増加

9 移行措置に関する要求事項の緩和 ・特定の要件を満たす場合、移行日以前に企業結合などで取得した決済期間中の保険契約負債の区分は、発生保険金に係る負債とする

・情報不足による実務上の懸念への対処が可能

・移行日後の処理との不整合による情報の複雑性が生じる

・特定の要件を満たす場合で移行日以前にリスク軽減の実態を有している場合には、当該移行日から将来に向かってリスク軽減オプションの使用を可能とする

・比較情報にリスク軽減活動の反映が可能

・財務諸表利用者の分析コストを軽減

・上記のリスク軽減オプションを使用する場合、直接連動有配当契約のグループに公正価値アプローチを適用可能とする

・過年度からの金融リスク軽減活動の反映が可能

・財務諸表利用者の分析コストを軽減

・裁量権のある有配当契約の判定には、移行日時点で利用可能な情報を使用できる

・情報不足による実務上の懸念への対処が可能

・財務諸表利用者に有用な情報を提供可能

・保有する再保険契約が元受契約の発行以前に識別できない場合、移行日時点で損失回収要素は存在しないとみなす

・情報不足による実務上の懸念への対処が可能

・財務諸表利用者に有用な情報を提供

・期中財務諸表に切放法を選択する企業であっても、移行日前の年次財務諸表のみを用いて修正遡及アプローチを適用できる ・移行日前の年次財務諸表のみを検討すればよいため実務上の負担を軽減
10 その他軽微な修正 ・直接連動有配当契約の要件を評価する際に、保険契約(保険契約グループではなく)の期間に渡る変動性を評価する

・基準の明確化により比較可能性が向上

・当該要件の再検討に係るコストが発生する可能性がある

今後のスケジュール

修正後の最終基準の公表は、本稿執筆時点においては2020年の第2四半期とされており、当初のスケジュールから変更は見込まれていない。
さらなる発効日の延期(2023年1月1日以降に開始する事業年度)を含むIFRS第17号の修正により、保険会社は移行計画全体を再検討し、移行処理に必要なデータの収集、システム開発テスト、2023年に直面する変化への対応のシミュレーション、変更による影響を利害関係者に伝える戦略の検討など、基準適用までのロードマップを確かなものとすることができる。一方で、さらに延期された1年間における既存の会計基準の並行適用の対応も行わなければならないことを意味する。
なお、早期適用は認められており、導入プロジェクトを進めてきた一部の保険会社は、この選択肢を採用する可能性もある。その際には競合他社などの動向も考慮要素になると思われるが、これは各国・地域におけるエンドースメントの要件にも依存するものと考えられる。

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