TCFD:義務化とEU規制改正の動向、IFRS開示と会計監査の議論

TCFDの義務化(強制適用)、先進的なEUの動向、IFRSとの関係、会計監査との国内外での議論について紹介します。

TCFDの義務化(強制適用)、先進的なEUの動向、IFRSとの関係、会計監査との国内外での議論について紹介します。

毎年1月に開催されるダボス会議に関連して公表されるリスクレポートには、「発生の可能性が高いグローバルリスクの上位5位」が含まれます。リスクは、環境、経済、社会、テクノロジーなどに分類され、例年であれば多様なリスクが上位5位までに並びますが、今年はそのすべてが環境関連となりました。この状況を反映して、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の最終提言に基づく開示の重要性に対する認識も上昇しており、新たな動きが絶え間なく続いています。
本稿では、TCFDに関するトピックとして、その義務化(強制適用)、先進的な対応をするEUの動向として非財務情報開示規制の改正動向、非財務情報である気候関連リスクと財務情報を規律するIFRS(国際財務報告基準)との関係、財務情報を対象とする会計監査と非財務情報との国内外での議論の経過について紹介します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

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※ GSDアプローチとは、Gap analysis(TCFD最終提言とのギャップ分析)、Scenario analysis(シナリオ分析)、Disclosure analysis(開示内容・手法の妥当性分析)を指します。

ポイント

  • COP26(第26回国連気候変動枠組条約締約国会議)でTCFD最終提言に基づく開示の義務化が議論される可能性が高まった。
  • EUでは、気候関連リスクを含む非財務情報の開示に関する指令の改正に関する議論が始まった。
  • 気候関連リスクに重要性がある場合には、既存のIFRSに基づき財務情報として対処可能であるとのレポートを、IASB(国際会計基準審議会)のボードメンバーが公表した。
  • 気候関連リスクを含む非財務情報の内容の保証に関する議論が生じている。

(注) 本稿で言及されているCOP26(2020年11月、英国グラスゴーで開催予定)は、延期されることが公表されています(2020年4月2日)

“COP26 POSTPONEMENT” (UN CLIMATE CHANGE CONFERENCE UK 2020)

I. TCFDの義務化(強制適用)とCOP26

1. はじめに

TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の最終提言に基づく開示※1は、気候関連(変動)リスクに関連する財務情報に係る任意のフレームワークですが、義務化(強制適用)を模索する動きが出てきており、それら2020年1月までの動きを前号でお知らせしました※2
今回は、2020年2月27日のイングランド銀行カーニー総裁※3のスピーチ※4を中心に解説します。

※1 TCFD提言の内容等に関しては、拙稿「TCFD:気候関連リスク開示の現状と課題 ~TCFDステータスレポート第2弾を踏まえて~」(KPMG Insight Vol.39(2019年11月号))ご参照

※2 拙稿「EUのTCFD等開示ガイドラインとTCFD開示の義務化(強制適用)を模索する動き ~グローバルな動向を鳥瞰する~」(KPMG Insight Vol.41(2020年3月号))ご参照

※3 カーニー総裁は2020年3月に退任している。本稿では当時の状況を踏まえ、「総裁」を用いる

※4 “The Road to Glasgow”(BANK OF ENGLAND Speech by Mark Carney : Governor of the Bank of England, Finance Advisor to the Prime Minister for COP26, Guildhall, 27 February 2020)

2. カーニー総裁のスピーチ

カーニー総裁は、イングランド銀行総裁およびCOP26におけるジョンソン首相のファイナンスアドバイザーという立場で、COP26のプライベートファイナンスに関するアジェンダ設定開始に関連したスピーチを行いました。最初に、2020年11月のグラスゴーでのCOP26におけるプライベートファイナンスセクターの目的は、すべてのファイナンスに関連した意思決定に気候変動を考慮することであると宣言しました。これは、銀行融資、保険会社の保険引受だけでなく、年金基金などのアセットオーナー、資産運用を担うアセットマネジャー(資産運用会社)を含めて、投融資判断等を行う場合に気候変動リスクを考慮することを求めるものです。そして、そのために必要なものとして3つのRに着目するべきであるとしています。
3つのRとは、開示(Reporting)、リスク管理(Risk management)、投資リターン(Return)です。このうちTCFD開示の義務化に関連するのは開示です。
開示に関しては、TCFDを共通フレームワークとして位置づけ、それに基づく開示の質と量の改善を求めています。そして、COP26に向けてTCFDに基づく開示の改善と充実を実施したうえで、各国当局と協調して気候関連リスクの開示を義務化するための道筋に目途をつけたいとしています。
具体的には、義務化の前提としてTCFDに基づく開示の改善点を意思決定有用性、比較可能性、継続性と効率性の観点から検討すること、2021年2022年のTCFDに基づく完全開示にコミットすること(その中にはスコープ1,2,3※5の排出量削減戦略などを含みます)、投融資先の債務者・被投資会社に対してTCFDに基づく開示の継続性を要求することを推奨しています。
さらに、COP26に向けてFSB※6(金融安定理事会)、IFRS※7(国際財務報告基準)、IOSCO(証券監督者国際機構)などの基準設定機関と協力して、気候関連リスク開示の義務化に向けてベストのアプローチを模索していくと述べています。

※5 スコープ1はGHG(温室効果ガス)のその企業による直接的排出量、スコープ2はその企業が購入した電力、熱等の消費による間接的なGHG排出量、スコープ3は企業のバリューチェーンの中で生じる間接的GHG排出量からスコープ2を除いたものを指す

※6 FSBはTCFDの母体。拙稿「TCFD:気候関連リスク開示の現状と課題」(KPMG Insight Vol.39(2019年11月号))の「I. TCFDの背景と我が国の施策」ご参照

※7 具体的には、IASB(国際会計基準審議会)を指す

3. 今後に向けて

スピーチに添付された書面※8には、COP26では国内・国際レベルにおいて開示の義務化に向けた可能な道筋について合意することを目指すとされています。
COP26のアジェンダ設定がカーニー総裁を中心に検討されると推測されることから、その言動には今後も注意を要すると思われます。

※8 “COP26 private finance strategy to drive Whole Economy Transition”

II. EUの非財務情報開示規制の改正

1. はじめに

EUにおいてもTCFDに基づく気候関連リスクの開示は非財務情報に含まれると位置づけられていることから、EUの気候関連情報に関するガイドライン(TCFDガイドライン)は、非財務情報を規制する非財務情報開示指令(Non-Financial Reporting Directive, Directive 2014/95/EU、以下NFRDという)の中に位置づけられています※9
EC(欧州委員会)は、このNFRDの改正に関するコンサルテーションドキュメント※10(以下CDという)を2020年2月20日に公表し、6月11日まで意見募集を行っています。

※9 ※2に同じ

※10 CONSULTATION DOCUMENT “REVIEW OF THE NON-FINANCIAL REPORTING DIRECTIVE”

2. CDの背景

ESMA(欧州証券市場監督局)は、2019年12月18日にレポート※11を公表しましたが、その報告対象の中にESG開示(非財務情報)が含まれています。レポートでは、各種サーベイによる分析を行った後に3つの提言を行っています。
第1に、投資家に対して長期的な観点からの投資活動を促すために、非財務情報の開示に関する高品質な開示に向けてNFRDの改正を推奨しています。将来的にESGに関する開示基準の統一も求めています。
第2に、開示情報の記載場所と品質のバラツキを防止するために、開示場所をアニュアルレポートに限定するとともに、外部監査人に対して、非財務情報の記載の事実だけでなく、その記載内容およびマネジメントレポートとの一貫性に関する保証を提供させるべくNFRDを改正するよう推奨しています。
第3に、関連する他のDirective(指令)との整合性を確保するためにNFRDの改正を推奨しています。

※11 Report “Undue short-term pressure on corporations”

3. CDの概要

CDでは、NFRD改正に際して、主に以下の項目に関する意見を求めています。

(1) 開示すべき非財務情報の範囲と品質
現在のNFRDが比較可能性、信頼性、関連性の観点で大きな問題はないか、知的財産、人的資本、顧客基盤なども開示内容に追加するべきか等に関する意見を求めています。

(2) 標準化
産業別に開示内容を標準化するべきか、TCFD、GRI(Global Reproting Initiative)、SASB(Sustainability Accounting Standard Board)などの既存のフレームワークに関して、どこまで取り込むべきか等に関する意見を求めています。

(3) 重要性の原則
現在のNFRDは非財務情報の開示に関する重要性の判断として、サステナビリティが企業業績等に与える影響と企業が環境と社会に与える影響の二重の判断を求めているが、これを継続するべきか等に関する意見を求めています。

(4) 記載内容の保証
現状では財務諸表は監査対象となっていますが、非財務情報の内容は監査対象でなく、保証の対象にもなっていません。非財務情報の重要性が投資家にとって増加し続ける状況において、財務情報と非財務情報の保証の有無に関する現状の差異を適当と考えるか等に関する意見を求めています。

(5) 非財務情報の開示場所
現在のNFRDは、一定の場合にはアニュアルのマネジメントレポートとは別個のレポートとして非財務情報を開示することを認めており、多くのEU加盟国がこの分離開示を認めていますが、別個のレポートとする場合には各国当局の法制の範囲外となります。これに関して、すべての必要な非財務情報がマネジメントレポートに記載されるべきと考えるか等に関する意見を求めています。

III. TCFDとIFRS

IFRSを開発するIASBのボードメンバーであるニック・アンダーソン氏は、気候関連リスクと既存の会計基準(IFRS)との関係に係る1つの考え方として「IFRS Standards and climate-related disclosures」(2019年11月)を公表しました。
その目的は、重要性の観点をふまえ、既存のIFRSがどのように気候関連リスクなどの新たなリスク情報に対応できるかを論じることにあります(図表1参照)。

図表1 レポートで取り上げられた基準等

IFRS 基準名称 気候関連リスクに重要性がある場合の主な影響と開示例
IAS1 財務諸表の表示

投資家等の意思決定に影響する場合の開示

例:資産の減損などにおいて気候関連リスクを考慮したか否か、どのように考慮したか

IAS36 資産の減損 有形固定資産、無形資産、のれん等の資産の減損に関する開示
IAS16
IAS38
有形固定資産
無形資産
耐用年数への影響
IFRS13 公正価値測定 資産の公正価値算定に影響した気候関連リスク
IFRS9、
IFRS7
金融商品
金融商品:開示
銀行などの貸倒引当金への影響
IAS37 引当金、偶発負債および偶発資産 気候関連リスクに関連した引当金の計上など

一般的に気候関連リスクに関する開示情報は非財務情報として理解されていますが、同氏は気候関連リスクなどのエマージングリスクはIFRSにおいて明示的にはカバーされていないが、それらに関連する事項は現行のIFRSで対処可能であるとの立場を取っているようです。
仮に気候関連リスクに重要性があり、それが非財務情報だけでなく財務情報にも影響するということであれば、会計基準に照らし合わせたうえで財務情報に反映されることになります。
資源・エネルギー産業などの中には、パリ協定※12を起点としてグローバルな流れとなっている低炭素社会、脱炭素社会にむけて、保有する資産が生み出すキャッシュフローを見積ったうえで資産の減損を検討するような企業もあるとの報道があり、今後は気候関連リスクが財務情報に影響するという傾向が生まれることも想定しておく必要があるかも知れません。

※12 パリ協定の目標は、「世界全体の平均気温の上昇を工業化以前よりも2℃高い水準を十分下回るものに抑えるとともに、1.5℃高い水準までに制限するための努力を継続すること」とされている

IV. 会計監査との関連

我が国の現行実務では、気候関連リスクの記載は有価証券報告書よりも統合報告書、CSRレポート、サステナビリティレポートなど、法定開示書類でない場所が主流となっています。
一方で、TCFDフレームワークは対象とする気候関連リスクを非財務情報と位置づけ、法定のアニュアルレポートへの記載を原則としていることから、我が国では本来、有価証券報告書に記述情報として記載されることになります。
金融庁の企業会計審議会は、非財務情報の開示の充実が進んでいること等を踏まえ、2020年3月23日に「監査基準の改訂について(公開草案)」および「中間監査基準の改訂について(公開草案)」を公表しました。
その中で、監査した財務諸表を含む開示書類(有価証券報告書など)のうち、当該財務諸表と監査報告書を除いた部分の記載内容(本稿では記述情報と同じ)を「その他の記載内容」と位置づけ、これに対する監査人の手続の明確化と監査報告書への記載内容を定めています。
現行の監査基準においても、監査対象となる財務諸表の表示とその他の記載内容との重要な相違は、監査意見とは明確に区別され、監査報告書のなかの追記情報(情報提供)として位置づけられていましたが、公開草案ではその他の記載内容に関して下記のように定めています。

  • 監査人は、その他の記載内容を通読し、当該その他の記載内容と財務諸表または監査人が監査の過程で得た知識との間に重要な相違があるかどうかについて検討しなければならない。また、監査人は、通読および検討に当たって、財務諸表や監査の過程で得た知識に関連しない内容についても、重要な誤りの兆候に注意を払わなければならない。
  • 監査人は、その他の記載内容に関して、その範囲、経営者および監査役等の責任、監査人は意見を表明するものではない旨、監査人の責任および報告すべき事項の有無ならびに報告すべき事項がある場合はその内容を監査報告書に記載しなければならない。ただし、財務諸表に対する意見を表明しない場合には記載しないものとする。

その他の記載内容に関する上記の改訂事項は、2022年3月決算に係る財務諸表監査から実施される(2021年3月決算からの実施可)ことが予定されています。
気候関連リスクを有価証券報告書にその他の記載内容として掲載する場合には、財務諸表との関連性や重要な相違の有無等について十分留意する必要が生じてくるものと予想されます。

執筆者

KPMGジャパン
コーポレートガバナンスCoE/TCFDグループ
テクニカルディレクター 公認会計士 加藤 俊治