「インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告」の解説(前半)

旬刊経理情報(中央経済社発行)2019年9月10日特大号に「インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

旬刊経理情報(中央経済社発行)2019年9月10日特大号に「インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

この記事は、「旬刊経理情報 2019年9月10日特大号」に掲載したものです。発行元である中央経済社の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。

なお、WEBサイトでは前半・後半に分けて掲載しています。「インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告」の解説(後半)」はこちら。

ポイント

  • 近年、株式報酬制度の導入が増加している。会社法上の整理や税制の整備は進んでいるが、会計上の取扱いが明示されているものは、ストック・オプション(無償・有償)および、いわゆる日本版ESOP(従業員向け株式交付信託)しかない。
  • このため本研究報告は主に、会計基準等がカバーしていない制度の会計処理を考察している。

1.はじめに

今年の3月決算の株主総会において、欧米流の業績・株価に連動する報酬の導入が拡大してきており、野村証券の調べによると総会終了後の6月末に株式報酬を導入する上場企業は4割を超えることが日本経済新聞(2019年5月28日等)で報道されている。

譲渡制限付株式報酬の導入が主流であるが、その他、さまざまな株式報酬制度の導入が見込まれるなか、各株式報酬制度の会計処理については、会計基準等で明らかに規定されていないものも多い。このような時流において、2019年5月27日、会計制度委員会研究報告15号「インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告」(以下、「本研究報告」という)が日本公認会計士協会から公表されている。本稿では、本研究報告の概要について解説する。本研究報告は、日本公認会計士協会における調査・研究の成果の結果およびこれを踏まえた公表時点における考え方を取りまとめたものであり、あくまで1つの考え方に過ぎず、実務を拘束するものではないことに留意すべきものとされている。なお、文中、意見に関する部分は、筆者の個人的見解であることを申し添える。

2.インセンティブ報酬の主なスキーム

本研究報告において、「インセンティブ報酬」とは、自社や親会社等の株価や業績に連動して、株式数または金額が決定され給付される業務執行や労働等のサービスに対する対価であり、役員等に対して株価上昇や業績向上へのインセンティブを付与する性格の対価としている。

本研究報告で取り上げているインセンティブ報酬の主なスキームとその説明は図表1のとおりである。

スキーム

交付資産

説明

株式報酬型ストック・オプション

(1円ストック・オプション)

新株予約権

権利行使価格を1円に設定した株式報酬型のストック・オプション

業績連動型ストック・オプション(無償発行)

新株予約権

業績条件を付し、株価上昇および業績向上へのインセンティブを付したストック・オプション

権利確定条件付き有償新株予約権

新株予約権

企業がその従業員等に対して権利確定条件(業績条件など)が付されている新株予約権(ストック・オプション)を付与する場合に、当該新株予約権の付与に伴い当該従業員等が一定の額の金銭を企業に払い込む報酬制度

時価発行新株予約権信託(※)

新株予約権

親会社等が信託の委託者となり、権利確定条件付き有償新株予約権と同様の新株予約権を信託に対して有償で発行し、規程に従って従業員等に付与されたポイントに基づき、当該新株予約権を従業員等に付与する報酬制度

株式交付信託

株式

自社の株式を受け取ることができる権利(受給権)を付与された役員等に信託を通じて自社の株式を交付する株式報酬制度

事前交付型譲渡制限付株式

(リストリクテッド・ストック)

株式

譲渡制限を付した株式を事前に交付し、勤務に応じて当該制限を解除する株式報酬制度

事後交付型譲渡制限付株式

株式

株式を一定の勤務対象期間後に交付する株式報酬制度

事前交付型パフォーマンス・シェア

株式

中長期的な一定の業績等条件を達成した段階で譲渡制限が解除される譲渡制限付株式を、対象期間の開始時に交付する株式報酬制度

事後交付型パフォーマンス・シェア

株式

中長期的な一定の業績等条件を達成した段階で報酬としての株式が交付される株式報酬制度

パフォーマンス・キャッシュ

金銭

一定の業績等条件を達成することで報酬額が決定する現金報酬制度

ファントム・ストック

金銭

仮想的に株式を付与し、その配当受領権や株式の値上がり益を事後的に現金で受領する報酬制度

ストック・アプリシエーション・ライト(SAR)

金銭

仮想行使価格と報酬算定時の株価との差額を現金で受領できる報酬制度

(※)時価発行新株予約権信託は、現状の実務での導入例がさほど多くなく、また、会計上の論点の整理に際して法務上の論点整理が必要と考えられることから本研究報告では導入事例の分析のみを示し、分析の対象外とされた。

3.インセンティブ報酬の会計上の取扱い

本研究報告では、図表1のスキームを取り上げているが、このうち、会計基準等において会計処理が明らかにされているものは、株式報酬型ストック・オプション、業績連動型ストック・オプション(無償発行)、権利確定条件付き有償新株予約権および従業員向け株式交付信託である。その具体的な取扱いは図表2のとおりである。

(図表2) 各スキームについての会計上の取扱い

(1)ストック・オプション

 

会計基準等

企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」(以下「ストック・オプション会計基準」という)

企業会計基準適用指針第11号「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」

基準の対象とする取引

・   ストック・オプションとは

自社株式オプションのうち、特に企業がその従業員等(使用人、役員)に労働等の対価である報酬として付与するものをいう。オプション本来の権利を行使することが可能となる権利の確定につき条件が付されていることが多く、権利確定条件には、勤務条件や業績条件がある。

・   以下の取引を対象として適用される。

ストック・オプション

企業が財貨又はサービスの取得において、対価として自社株式オプションを付与する取引であって、ストック・オプション以外のもの

企業が財貨又はサービスの取得において、対価として自社の株式を交付する取引(本研究報告では契約時点で提供を受けるサービスと対価として引き渡される株式数が確定しているような取引を前提としていると考えられるとしている。)

会計処理の概要

1.権利確定日以前の会計処理

ストック・オプションを付与し、これに応じて企業が従業員等から取得する労働や業務執行等のサービス(労働等サービス)は、その取得に応じて「株式報酬費用」として計上される。

対応する金額については、ストック・オプションの権利が確定するまでの間、貸借対照表の純資産の部に「新株予約権」として計上する。

2.費用計上額の算定

費用計上額の基礎となる公正な評価単価は、ストック・オプションの付与時点で確定し、原則として、事後的な見直しは行われない。

ストック・オプションの公正な評価単価にストック・オプション数(失効すると見積られる数を除く)を乗じてストック・オプションの公正な評価額を算出する。公正な評価額つまり費用計上総額(失効の見積りの修正に伴い、ストック・オプション数が修正され、事後的に変動することがあり得る)について、対象勤務期間を基礎とする方法など合理的な方法で各期において認識する。

3.権利確定日後の会計処理

ストック・オプションが権利行使された場合、対応する部分を払込資本に振り替える。

権利不行使により失効した新株予約権は、「新株予約権戻入益」等の科目で利益計上される。

 

(2)有償ストック・オプション(権利確定条件付き有償新株予約権に係る会計処理)

 

会計基準等

実務対応報告第36号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い」

基準の対象とする取引

・   おおむね以下のような内容で発行される有償新株予約権に、ストック・オプション会計基準が適用となることを明確化

企業は、従業員等を引受先として、新株予約権(市場価格がないもの)の募集要項を決議する。

募集新株予約権には、勤務条件及び業績条件が付されるか、又は業績条件のみが付されている。

募集新株予約権を引き受ける従業員等は、申込期日までに申し込む。

企業は、申込者の中から募集新株予約権を割り当てる者及び数を決定する。割当てにより新株予約権者となった従業員等は、払込期日までに一定の額の金銭を企業に払い込む。

権利確定条件が充足された場合には、新株予約権は行使可能となり、一方、充足されなかった場合には、当該新株予約権は失効する。

権利確定した新株予約権の行使により、従業員等は行使価格に基づく額を企業に払い込み、この払込みを受けた企業は新株を発行するか、自己株式を処分する。

新株予約権が行使されずに権利行使期間が満了した場合、当該新株予約権は失効する。

会計処理の概要

・   当該有償新株予約権については、原則として、ストック・オプション会計基準の適用を受けるため、業績条件を考慮しないストック・オプションの公正な評価単価に、業績条件の達成可能性を反映したストック・オプション数を乗じて、ストック・オプションの付与時点のストック・オプションの公正な評価額を算定する。

・   事後的に業績条件の達成可能性が高まった場合、見積ストック・オプション数が増加するため、総費用計上額(=公正な評価額―払込額)は増加する。

 

(3)従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引(株式交付信託)

 

会計基準等

実務対応報告第30号「従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する実務上の取扱い」(以下,「実務対応報告第30号」という)

基準の対象とする取引

・   従業員等(従業員又は従業員持株会)に対する以下の取引に適用

(株式給付型)従業員への福利厚生を目的として、自社の株式を受け取ることができる権利(受給権)を付与された従業員に対し、信託を通じて自社の株式を交付する取引

(従業員持株会型)従業員への福利厚生を目的として、従業員持株会に信託を通じて自社の株式を交付する取引

・   このうち、報酬としての株式交付信託は、株式給付型であり、具体的におおむね以下の取引から構成される。

企業を委託者、信託銀行を受託者、一定の要件を満たす従業員を受益者として信託契約を締結し、企業は金銭の信託を行う。

受託者(信託銀行)は信託された金銭で自社(委託者)の株式を取得する。自社の株式の取得は、企業からの金庫株の譲渡や市場からの購入等で行われる。

企業は、あらかじめ制定した株式給付規程に基づき、対象となる従業員にポイントを付与する。ポイントから換算される株式数は、信託が購入した株式数に限定される。

付与されたポイントは、一定の要件を満たすことで受給権として確定する。受託者(信託銀行)は、信託契約に基づいて、従業員に対して自社の株式を交付する。

信託終了時に資金に余剰が生じた場合、当該余剰金は従業員に分配され、企業には帰属しない。

会計処理の概要

(株式給付型)

1.総額法の適用

・ 一定の要件を満たす場合、信託の決算は総額法によって企業の決算に取り込まれる。貸借対照表項目はそのまま合算し、損益計算書については、純損益相当を負債(純利益の場合)又は資産(純損失の場合)に計上する。

2.自己株式処分差額の認識時点

・ 信託の株式の取得が、企業による自己株式の処分により行われる場合、自己株式処分差額は、信託から従業員への交付時ではなく、自社から信託への処分時に認識される。

3.従業員へのポイントの割当て等に関する会計処理

・ 従業員にポイントが割り当てられたときには、ポイントに対応する株式数に、信託が自社の株式を取得したときの株価を乗じた金額を基礎として、費用及び対応する引当金を計上する。

・ 事後的に株価が変動したとしても、引当金の見直しは行われない。

(※)実務対応報告第30号の適用範囲には、役員向けの株式給付型株式交付信託は含まれないが、そのスキームの内容に応じて、実務対応報告第30号の定めを参考にすることが考えられるとされている。

4.インセンティブ報酬に関する会計上の主な論点

(1)費用計上額の測定日

報酬費用計上額の測定にあたり、労働等のサービスのように、直接的にその価額を測定できないケースでは、付与されたオプションや株式の価値などによって代替する必要がある。この点、オプション、株式のいずれについても、いつ時点の時価を用いるかという論点があるが、費用計上額の観点、発行されるオプション又は株式の観点からも、時価測定の時点は、付与日(企業と役員等が特定の条件が満たされることを条件に、役員等に一定の権利が付与される契約を締結する日。なお、当該契約が承認手続を条件とする場合には、付与日はその承認が得られた日)と考えられる。

(2)自社株式オプション型報酬と自社株型報酬の会計処理

1.自社株式オプション型報酬の会計処理
自社株式オプション型報酬の代表例は、ストック・オプションであるため、その会計処理は、図表2「各スキームについての会計上の取扱い」(1)を参照されたい。

ストック・オプションの処理は、新株予約権の付与日において、当該新株予約権の時価をもって公正な評価単価を確定させ、事後的な時価の変動を原則として反映させないとする考え方を採用している。これは、付与されたオプションとこれに対応して提供される労働等サービスとの間に対応関係があり、オプションとサービスが契約成立の時点で等価で交換されていることを根拠としている。また、このとき、役員等から提供される労働等サービスの価値について信頼性をもって測定できないことから、付与したオプションの価値により費用計上額を決定することとしている。

2.自社株型報酬の会計処理
自社株型報酬の会計処理について、わが国の会計基準等では、会計処理が明記されていない。そのため、本研究報告では、図表3のとおり、自社株式オプション型報酬の会計処理と比較する形で、自社株型報酬の会計処理の考え方を整理している。ただし、現行の会計基準や会社法にかかわらず、あるべき会計処理を前提としている点にご留意いただきたい。

(図表3) 自社株式オプション型報酬との比較による自社株型報酬の処理

 

自社株式オプション型報酬

自社株型報酬

スキームの相違

自社の株式の交付に先立って自社株式オプション(新株予約権)が交付される。

自社の株式の交付に先立って、契約や規程は存在するものの、新株予約権の交付はなされず、直接自社の株式が報酬として交付される。

費用計上額

付与日

将来の自社の株式の交付とサービスの提供が「契約時点」(付与日)で等価で交換されていると整理することが適切であると考えられる。

公正な評価額の算定において時間的価値を反映する必要がないため、契約時点における株価で費用計上額を確定するものと考えられる。

「契約時点」が明確ではないケースもあるため、会計処理(費用計上額の算定)において論点になるものと考えられる。

費用の認識

対象勤務期間などを基礎として認識

費用計上額で算定された総額を、対象勤務期間、業績評価期間、譲渡制限期間、権利不確定の条件や役員の任期などを基礎として各期において認識することが考えられる。

費用計上額の相手勘定

新株予約権(純資産の部)

事後交付型のスキーム

一定の契約又は規程を根拠に費用計上するものは、純資産の部に記載することが考えられるが、現行の会計基準及び会社法を前提とすると、引当金の要件を満たすと考えられる点および純資産の部の表示項目が限定列挙とされている点に鑑み、負債に計上するものと考えられる。

事前交付型のスキーム

事前に株式が交付されるという点でそのスキームが自社株式オプション型報酬と大きく異なり、株式の発行時点又は費用計上時点 で株主資本が計上されるため、自社株式オプション型報酬との比較対象外。

株式交付時の会計処理

行使時に新株予約権を払込資本へ振替

事後交付型のスキーム

現行の会計基準および会社法を前提とした場合で、新株発行によるときは、これまで負債に計上されてきた費用計上相当額を、資本取引(株式発行)の対価として払込資本に振り替えることになると考えられる。

失効時の会計処理

権利不確定の失効の場合は、費用計上の戻入

権利不行使の失効の場合は新株予約権を利益計上

事後交付型のスキーム

自社の株式の交付可能性がなくなった場合には、費用計上の相手勘定として負債に計上されている残高を戻入れ(相手勘定は費用)することになると考えられる。

事前交付型のスキーム

費用及び払込資本を計上した後に譲渡制限解除の要件を満たさず株式が返還される場合、労働等サービスの提供に応じて費用計上し、資本を計上する会計処理を行うことが法的に可能とされた前提では、理論的には当初の会計処理を戻し入れる(費用のマイナスを、株主資本を相手勘定として計上する)ことが考えられる。

評価の観点

公正な評価額

原則は市場価格、市場価格がない場合、一定の算定技法を用いる。

 

行使価格をゼロ円としたストック・オプションの価値が現在の株価と理論的に一致するとされていることを前提に、配当や議決権などの取扱いを除けば、その評価は「株価」と同一になると考えられる。

現行実務では、法的に債権の現物出資の形態をとった場合、現物出資時の時価によって現物出資財産(報酬債権)を評価し、払込資本を計上するとされている。この場合、会計上の評価額との間に差額が生じることも考えられ、当該差額の取扱いも論点となる。


(3)業績連動型報酬の会計処理

業績連動型報酬とは、一般に売上や利益、各種経営指標や株価などと連動して支給額が決定される報酬である。各期間の業績と報酬は対応関係にあると考えられ、基本的には期間に応じた費用計上を行うことが理論的と考えられる。このため、期末日をまたぐ一定期間の成果に基づいて支給額が確定されるような場合には、期末日までの実績を踏まえた成果の達成可能性を合理的に見積った上で、支給対象期間に対応して当期の負担に属する金額を引当金として計上するものと考えられる 。

ストック・オプション会計基準においては、新株予約権の付与時に「公正な評価単価×付与数」により公正な評価額を算定し費用計上する。公正な評価単価は原則として事後的に見直しが行われることはなく、業績の達成または不達成による付与数の変動をその失効数を見積ることにより調整する。このため、自社株型報酬における業績連動型報酬においても、契約の時点において株式の公正な評価額を測定し、以後の再測定は行わないとすることが適切と考えられ、ストック・オプションと同様に、業績未達による失効数を織り込んだ交付数で算定を行うことが考えられる。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
パートナー 公認会計士
波多野 直子

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