5つの論点について再審議を実施(2020年1月IASB会議の解説)

週刊経営財務(税務研究会発行)2020年3月30日号に、IFRS第17号の最終化に向けた2020年1月のIASB会議に係るKPMG/あずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

週刊経営財務(税務研究会発行)2020年3月30日号に、IFRS第17号の最終化に向けた2020年1月のIASB会議に係るKPMG/あずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

はじめに

国際会計基準審議会(IASB)は、2019年6月26日、IFRS第17号「保険契約」(以下、IFRS第17号)を部分的に修正する公開草案「IFRS第17号の修正」(以下、本公開草案)を公表した。本公開草案は、2017年5月に公表されたIFRS第17号に対する修正を提案し、当該修正案について利害関係者からのコメントを求める目的で公表されたものである。
本公開草案は、公表されてから90日のコメント募集期間(2019年9月25日まで)に付されていたが、2019年12月のIASB会議から、寄せられたコメントを踏まえた再審議が開始された。2020年1月の会議では更なる検討を行うとされていた論点のうち5つについて再審議が行われた。本稿では、1月のIASB会議の概要について解説する。文中の意見にわたる部分は私見であり、特に断りのない限り、項番号および付録はIFRS第17号のものを指す。

再審議された論点

2020年1月の会議では、2019年11月の会議において更なる検討を行うとされていた論点のうち以下の5つについて議論がされ、3つの論点について修正案が確認された。(これらの修正が提案された背景についてはIFRS第17号の修正に関する公開草案の解説(週刊経営財務2019年8月26日号)、基準最終化までにさらなる検討を行うとされた論点の全体像については基準最終化に向けた議論の開始(週刊経営財務2019年12月23日号)を参照)。

Topic 再審議の状況
期中財務諸表 新たな修正案の確認
保険獲得キャッシュ・フローに係る資産(移行措置及び企業結合時)
重要な保険リスクを移転するクレジットカード契約の適用除外 本公開草案から一部変更の確認
経過措置におけるリスク軽減オプションの遡及的適用 本公開草案の暫定決定
企業結合により取得した決済期間中の保険契約の分類

新たな修正案を確認した論点

1.期中財務諸表

IFRS第17号の取扱い
IAS第34号「期中財務報告」(以下、IAS第34号)では企業の報告頻度が年間業績の測定に影響を及ぼすべきではないとしているが、その例外として、B137項では、IFRS第17号をその後の期中財務諸表または年次報告に適用する場合、過去の期中財務諸表で行った会計上の見積りを変更してはならないと定められている。なお、本公開草案では、この論点についての修正案は提示されていない。

寄せられた主なコメント
一部のコメント提供者からは、2つの企業が同一の保険契約を同一の前提でIFRS第17号を適用した場合、IAS第34号に基づいて公表される期中報告の頻度によって、異なる契約上のサービス・マージン(以下、CSM)残高と異なる保険収益が認識され比較可能性が損なわれる可能性や、親会社は四半期報告を行っているがグループ内の子会社は年次報告しか実施していない場合に子会社は親会社報告用の四半期ベースと子会社単体決算用の年次ベースの会計上の見積りを2つ保有しなければならない可能性が生じるといったコメントが寄せられた。またIFRS第17号では報告期間ごとの切放法(period-to-period basis)が要求されているが、現在の保険会計の実務は過去の期中財務諸表で行った会計上の見積りを更新する洗替法(year-to-date basis)に基づいているため、保険会計の実務が大きく変更される点について懸念する意見もあった。

IASBスタッフの提案と結論
IASBスタッフは寄せられたコメントに対応するため、全ての発行した保険契約及び保有している再保険契約に対し、1.IFRS第17号が定める切放法、もしくは2.洗替法を適用するかは、全社レベルで会計方針の選択とすることを提案し、IASBは、IASBスタッフの提案に暫定的に同意した。

図表1 期中の報告頻度、切放法・洗替法により生じるCSM残高の相違

図表1 期中の報告頻度、切放法・洗替法により生じるCSM残高の相違

出典:1月のIASB会議資料“Agenda paper 2D”の設例をもとに筆者作成

2.保険獲得キャッシュ・フローに係る資産(移行措置及び企業結合時)

2019年12月のIASB会議において更新契約に係る代理店手数料などの保険獲得キャッシュ・フロー(以下、IACF)に関し、その配分方法や、IACFに係る資産に関する減損テストなどの会計処理について議論された(議論の内容については基準最終化に向けた再審議の開始(週刊経営財務2020年2月24日号)を参照)。2020年1月のIASB会議では、今後の会議で提案するとされていた、更新契約に係るIACFに関する移行措置の軽減及び企業結合時の取扱いについて議論がなされ、IASBスタッフより新たな修正が提案され、以下のとおり暫定決定されている。

移行措置
企業がIFRS第17号を遡及適用することが実務上不可能である場合にのみ、企業は移行日においてIACFに係る資産を修正遡及アプローチ又は公正価値アプローチのいずれかを適用して測定することが要求される。

修正遡及アプローチにおける取扱い
企業がIFRS第17号を遡及適用することが実務上不可能である場合にのみ、企業は移行日に利用可能な情報を用い、以下の方法によりIACFに係る資産を測定する。

a.移行日以前に支払われたIACFの金額を特定する(移行日より前に存在しなくなった契約に関連する金額を除く)。

b.企業は移行日後に適用する予定と同様の「規則的かつ合理的」な配分方法を利用し、前述のa.で特定した金額を以下の2つに配分する。

  1. 移行日において既に認識されている保険契約グループ
  2. 移行日以降に認識されると見込まれる保険契約グループ

c.移行日において認識されている保険契約グループについて、前述のb.1で算定されたIACFの金額を控除して、CSMの金額を修正する。

d.移行日以降に認識されると見込まれる保険契約グループについて、前述のb.2で算定された金額をIACFに係る資産として認識する。
IASBは前述のc.で定める修正を行うために必要な合理的で裏付け可能な情報を有していない場合でも、以下のように対応することで修正遡及アプローチを適用することを認めるようにIFRS第17号を修正することを暫定的に決定している。

e.移行日に認識された保険契約グループへのCSMの修正(前述のc.)をゼロとする。

f.移行日以降に更新により認識されると見込まれる保険契約グループについて、IACFに係る資産(前述のd.)をゼロとする。

図表2 修正遡及アプローチの取扱い

図表2 修正遡及アプローチの取扱い

出典:有限責任 あずさ監査法人「図解&徹底分析IFRS 新保険契約」の図表8-2をもとに筆者作成

公正価値アプローチにおける取扱い
IACFを支払っていなかったと仮定した場合に、企業が、移行日において以下の権利を獲得するために負担すると考えられるIACFの金額をIACFに係る資産として認識する必要がある。
a.移行日までに組成されたが、移行日において未だ認識されていない保険契約の保険料からIACFを回収する権利。

b.企業が既に支払ったIACFを再び払うことなく、移行日後に将来の契約を獲得する権利。

c.下記の将来の更新を獲得する権利。

  1. 移行日において認識されている契約
  2. 上記a.及びb.に記述した契約

移行日におけるIACFに係る資産に関する減損テスト
本公開草案では、各報告期間の末日現在でIACFに係る資産が減損している可能性があることを示唆する事実又は状況(減損の兆候)がある場合、回収可能性を評価しなければならないとされている。
移行時の取扱いに関しては、企業はIACFに係る資産について移行日より前の期間において減損の兆候があるかどうか遡及的に評価する必要がないことが確認された。移行日におけるIACFに係る資産に関する回収可能性の評価が実施されることで、移行日より前の期間の評価もカバーされると考えられるためである。

保険契約の移転と企業結合
IFRS第3号「企業結合」の範囲に含まれる企業結合により保険契約を取得する、または事業を構成しない保険契約の移転により保険契約を取得する企業に対して、IACFに係る資産を別個に認識し、取得時点の公正価値で測定するよう要求するため、IFRS第3号とIFRS第17号を修正する。

本公開草案から一部変更がなされた論点

1.重要な保険リスクを移転するクレジットカード契約の適用除外

本公開草案では、保険契約の定義を満たす一部のクレジットカード契約について、IFRS第17号の適用範囲から除外しIFRS第9号「金融商品」(以下、IFRS第9号)を適用するという修正が提案されていたが、一部のコメント提供者から、当該契約に対してIFRS第9号を適用し、いわゆるSPPIテスト※1を実施すると、SPPI要件を満たさず純損益を通じて公正価値で測定する区分(FVPL区分)で測定される可能性が高いといった懸念が寄せられていた。コメントに対応するため、IASBスタッフより本公開草案からの修正が提案され、IASBは以下のとおり暫定的に決定した。

クレジットカード契約に含まれる保険カバー要素の分離
以下の両条件を満たすクレジットカード契約について、IFRS第17号の適用範囲から除外し、当該契約の契約条件の一部として顧客に提供している保険カバーを分離した上で、保険要素に対してはIFRS第17号を適用し、残りの非保険要素に対してはIFRS第9号などその他適用可能な会計基準を適用することとされた。

  • 保険契約の定義を満たしている。
  • 企業が個々の顧客に関連した保険リスクの評価を個々の顧客の契約価格を設定する際に反映していない。

除外する範囲の拡大
デビットカードやプリペイドカード等、前述のクレジットカード契約に類似した与信または支払の取決めを提供する商品のうち、前述の両条件を満たす契約に対しても、今回暫定決定した要求事項を同様に適用することとされた。


※1Solely Payments of Principal and Interest on the principal amount outstanding(IFRS9. 4.1.1(b), 4.1.2(b)及び4.1.2A(b))の略であり、金融資産の契約条件により、元本及び元本残高に対する利息の支払のみであるキャッシュ・フローが所定の日に生じるか否か、について評価する。

本公開草案を変更せずに暫定決定した論点

1.移行措置におけるリスク軽減オプション※2の遡及的適用

本公開草案では、直接連動有配当契約に関する移行時におけるリスク軽減オプションについて以下の提案がなされた。

  • IFRS第17号の移行日までにリスク軽減の実態を有している場合には、IFRS第17号の移行日(適用開始日の直前の事業年度の期首)から将来に向かってリスク軽減オプションの使用を認める。
  • 以下の両要件を満たす場合、直接連動有配当契約のグループに公正価値アプローチを適用することができる。
    • 移行日から将来に向かってリスク軽減オプションを使用することを選択する。
    • 移行日以前から、金融リスクを軽減するために、デリバティブまたは再保険契約を保有してリスク軽減の実態を有している。

利害関係者の反応は、基本的には本公開草案の提案内容を支持するものであったが、一部の利害関係者からは、IFRS第17号の移行日より前にリスク軽減オプションを遡及的に適用できるようにすべきといったコメントが寄せられた。
1月のIASB会議ではリスク軽減オプションの遡及適用の是非について再審議が行われたが、IASBスタッフの提案通り、IASBはIFRS第17号を修正せず、移行措置におけるリスク軽減オプションの遡及適用の禁止を暫定的に決定した。


※2保有するデリバティブにより直接連動有配当契約から生じる金融リスクを軽減する場合、当該金融リスクの変動による影響を純損益に反映させ、デリバティブの損益とマッチングさせることができるオプションが定められている(IFRS17. B115~B118項)。

2.企業結合により取得した決済期間中の保険契約の分類

本公開草案では、IFRS第17号の移行時における例外として、修正遡及アプローチを適用する場合または公正価値アプローチを適用する場合に、移行日以前に企業結合などで取得した決済期間中の保険契約、いわゆる支払備金※3を、発生保険金に係る負債として分類することを提案し、2019年12月のIASB会議において最終確定することが確認されている(内容については基準最終化に向けた再審議の開始(週刊経営財務2020年2月24日号)を参照)。

※3本公開草案における表現は「保険金の決済に関連する負債」となっている。

図表3 企業結合などで取得した支払備金に関するIFRS第17号の規定

図表3 企業結合などで取得した支払備金に関するIFRS第17号の規定

出典:KPMG IFRG LimitedのWeb articleをもとに筆者作成

しかし、移行時以外の場合においては、IFRS第17号は企業結合などで取得した支払備金を残存カバーに係る負債として分類することを求めており、本公開草案での修正項目には含まれていない。この要求事項は、このような支払備金を発生保険金に係る負債として分類している現在の実務慣行と整合しないことなどから、本公開草案が公表される以前からこうした取扱いを懸念するコメントが寄せられていた。そのため、1月のIASB会議で再審議が行われた。
企業結合などにより支払備金を取得した後から最終的な支払に至るまでに最終損害額の見積りが更新されうるという不確実性があることから、保険契約の定義として定められている所定の不確実な将来事象(保険事故)に該当するとして、新たな保険契約を発行した場合と同様に、企業は取得した支払備金を残存カバーに係る負債として分類すると定めているものである。
IASBスタッフは、企業結合などで取得した支払備金を発生保険金に係る負債として分類することを認めることは、保険契約の定義の例外を設けることになるなどIFRS第17号をより複雑にすることから、IFRS第17号の要求事項を維持することを提案し、IASBはIFRS第17号を修正しないことを暫定的に決定した。

今後のスケジュール

IASBでは2019年12月から2020年3月までの期間において、基準最終化に向けたさらなる検討を行い、以下の論点について次回以降の会議で再審議する予定である。修正後の最終基準の公表は2020年の中頃とされている。

Topic

  1. 直接連動有配当契約以外の保険契約に係る投資活動に関連するサービスへの利益の配分規準
  2. デリバティブ以外の金融商品を利用したリスク軽減オプションの適用
  3. IFRS第17号の発効日の延期
  4. IFRS第4号「保険契約」におけるIFRS第9号「金融商品」適用の一時的免除の延期
  5. 集約レベル
  6. 特定の移行措置に係る追加の修正及び軽減(保険獲得キャッシュ・フローを除く)
  7. その他軽微な修正

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