アフター・コロナに向けたデジタライゼーションの重要性

新型コロナ禍が金融セクターにおけるデジタライゼーションにもたらした学びについて、3つの論考の骨子をご紹介します。

新型コロナ禍が金融セクターにおけるデジタライゼーションにもたらした学びについて、3つの論考の骨子をご紹介します。

はじめに

新型コロナ禍は、「金融」のあり方と今後について、様々な議論を生んでいる。

  1. 国際決済銀行(BIS)が4月3日に公開したスタッフ論文は、「現金、クレジットカードなど支払手段が複数ある中で、新型コロナウイルス感染症の感染拡大は、それぞれにどのような影響を与えるか?」について論じた。
  2. その3日前、3月31日の世界銀行のブログ掲載論文は、日本を含む各国政府が始めている「現金支給」について「迅速なデジタル支給」の例を紹介した。
  3. また、4月17日にはBISのブノワ・クーレ理事※1が「頑健性とテクノロジーの重要性を学ぶ:アフター・コロナのグローバル金融システム」と題する講演(ウェビナー)を行い、その中の後半部で新型コロナ禍を踏まえた金融テクノロジーの将来について論じた※2

「新型コロナ禍後」に向けて、私たちは今、何をすべきか? 新型コロナ禍は、デジタライゼーションについてどのような学びをもたらしたか? 本稿は、この問題意識の上で、上記1~3の3つの論考の骨子を紹介した※3。なお、本稿の中の意見は、筆者の私見である。


※1 クーレ理事はBIS内の組織「イノベーション・ハブ」(Innovation Hub)の長でもある。前職は、ECB(欧州中銀)理事兼BIS決済・市場インフラ委員会(CPMI)委員長。昨年はリブラについてのG7作業部会の議長を務め、10月に作業部会報告書をG7に提出。今年1月には日銀を含む6中銀とBISが設立した「主要中銀による中銀デジタル通貨(CBDC)の活用可能性を評価するためのグループ」の共同議長に就任した。フランスの財務省の勤務経験が長い。日本語の学士号をもつ。

※2 3つの論考の原文は、次のリンク先を参照。

  1. “Covid-19, cash, and the future of payments” by Raphael Auer et al., at BIS Website
  2. “Responding to crisis with digital payments for social protection: Short-term measures with long-term benefits” by Michal Rutkowski et al., at World Bank Website
  3. “Learning the value of resilience and technology: the global financial system after Covid-19” by Benoit Coeure, at BIS Website

※3 新型コロナ禍の「渦中」で、金融不正が増え、警戒が必要なことについては、別稿「新型コロナウイルス禍の中での犯罪対応など」を参照。

1.支払決済手段の種類(現金、カード等)と感染リスクに関する情報

4月3日付のBIS論文スタッフ論文「新型コロナウイルス感染症、現金、そして決済の未来」の骨子は、以下のとおり。

  1. 新型コロナウイルス感染症が世界で流行する中、現金(紙幣と硬貨)がウイルスを運ぶのではないかとの懸念が消費者の間に広がっている。
  2. 科学的なエビデンスは、紙幣による伝染のリスクは他の決済手段に比べてリスクは小さいことを示唆している。他の決済手段の例としてクレジットカードは、支払に多くの他人が触った暗証番号入力端末への入力が必要になる場合がある。
  3. 各国の中銀は、現金への信認を維持するために、積極的な情報発信に努めている。国によっては紙幣を対象とした消毒や検疫を行っている。また、国によっては中銀が「非接触型」の支払を推奨している。
  4. 将来を展望すると、こうした展開は、「デジタルな支払決済方法」の利用拡大を加速する可能性がある。消費者のうち“アンバンクト”(unbanked、銀行サービスを受けることが困難な人々)や高齢者たちは、この「デジタルな支払決済方法」へのアクセスが難しく、デジタルディバイドが広がる可能性もある。感染症の流行拡大下で「現金の果たす役割」を守って欲しいとの声が出るかもしれない。他方で、「中央銀行デジタル通貨」(CBDC - unbankedにも高齢者にも使いやすいリモート・非接触型でサイバー攻撃にも強いものが求められる)への待望論にもつながる可能性をもつ。

なお、この論文はあくまでも論文の著者の見解を載せたスタッフ論文であり、BIS自体の公式見解では無い。

2.政府から国民への「現金支給」に関する他国事例

3月31日付で世界銀行のブログサイトに掲載された世銀幹部による論文については、以下の3点が注目される(論文中にbold字体で強調した5点のうちの最初の3点)。

  1. 政府から国民への支払(G2P決済、government-to person payment)について進んだ決済のエコシステムを実現済の一部の諸国では、まさに電光石火のスピード(lightning speed)で国民への「現金支給」が可能である。
  2. デジタル金融サービス(Digital Financial Services, DFS)の受容が進んだ諸国では、国民が新型コロナ禍の中でも金融サービスへのアクセスを続けることが相対的に容易である。また、ネット通販・オンライン医療・オンライン教育といったデジタル経済の恩恵が得られ、また支持されている。
  3. 今後、各国は支払決済手段のデジタル化が、こうした変化についていきにくい一部の国民を排除(exclusion)してしまわないように、留意すべきである。

上に示したとおり、この論文では、「G2P決済」(政府→国民の支払)と「DFS」(Digital Financial Services)の2つがキーワードとなっている。
このうち1.が論じている「G2P決済」については、日本では「国庫金(歳出金)支払の電子化」として、ある程度は達成されている。すなわち、「既に支払相手を把握済の支払」である年金の支給、国税還付金の支払、国家公務員給与の支払などは電子的な支払指図による振込で行われている。

ただ、新型コロナ禍対策の重要な柱の1つである「現金支給」については、「支払相手の確認と支払先口座の把握」に時間を要し、国民が使えるようになるまでに時間を要することが予想されている。

この点、この世銀ブログ論文は「迅速な「現金支給」が可能になる例」として、チリ・ペルー・タイの3ヵ国の例を挙げている。当該部分を抄訳すると、下の枠内のとおりである。

チリでは、「国民IDとリンクした口座」(低所得者層の大半をカバーしている)を活用した「現金支給」により、新型コロナ禍で被害を受けた国民の弱者層200万人以上に対する直接の銀行口座振込のかたちで4月中に終わる見込みである(注:このブログ論文は3月末に書かれている)。
ペルーでは、新型コロナ禍以前に実現していたG2P決済の方法により、今回の新型コロナ禍で必要となった政府からの「現金支給」に対応しようとしている。その際、BIM(モバイル決済プラットフォーム)と民間銀行の双方を取り込んでいる。
タイでは、最近の決済システム改革の成果で、政府からの「現金支給」が民間の銀行口座への直接振込で行うことが可能となっているし、それらの銀行口座がPromptPayという同国のキャッシュレス決済システムとの相互運用が可能である結果、国民が支払の局面で現金(紙幣等)利用への依存を減らすことにもつながっている。
これらの国々では、デジタルID(Digital Identification)によって、政府が支払相手(受給者本人)を間違いなく特定し、直接口座に振り込める仕組みがあることが功を奏している。

 

新型コロナ禍は、中国の武漢市(北緯30度、東経114度)からみてちょうど地球の反対側(サンチャゴ市は南緯33度、西経71度)にあるチリにも及んだ。チリは人口が約1,900万人なので、上記記事が正しければ、人口の1割強に「現金支給」が迅速な口座振込の形で行われることとなる。なお、チリは貧富の格差が大きく、昨秋には対政府抗議活動の激化から予定されていたAPEC首脳会議が中止になった。これから冬に入る点も含め、日本とはいろいろと事情は異なっている。

タイについては、Nikkei Asian Review 4月1日付報道は「政府による現金手渡し支給が受給者の『混雑』を通じて感染拡大リスクを生んでいる」趣旨の報道をしており、上記世銀の記載とは異なっている。

いずれにせよ、世界各国では、政府が主導または積極的に関与した国民ひとりひとりの本人確認手段の提供(Government Digital Identity)が、特に新興国・途上国で「蛙飛び」(leap-frogging)のように進んでおり、そうした国々では上で紹介した世銀ブログ論文が指摘するとおり、新型コロナ禍の下での「現金支給」が迅速かつ効率的に対応可能となっている。デジタルID(Digital ID)については、FATFが民間銀行等を対象に指針(Guidance)を今年の3月に公表するなど注目が集まっている(デジタルIDについては、別稿「Digital Identity(デジタルID)」を参照)。

なお、米国議会における新型コロナ禍対策の議論では、「digital dollar」という言葉が頻繁に浮沈を繰り返している(注)。これは連邦準備制度(FRS)による中央銀行デジタル通貨(CBDC)の早期創設によって、生活に困窮する米国市民に政府からの「現金支給」を迅速に実現しようとしているものと思われる。


(注)例えば、3月22日付の“Financial Protections and Assistance for America’s Consumers, States, Businesses, and Vulnerable Populations Act”法案の第4頁第1行以降、“4月16日付の“Automatic Boost Community Act”(略称ABC Act)法案の第3頁第7行以降。

3.BISクーレ理事が説く「アフター・コロナに向けたデジタライゼーション」の重要性

BISのクーレ理事は、4月17日に「頑健性とテクノロジーの重要性を学ぶ:アフター・コロナのグローバル金融システム」と題する講演(Webinar)を行った。この講演は2つのパートに分かれ、前半が「金融システムの危機に対する頑健性(resilience)」を、後半が「アフター・コロナに向けたデジタライゼーションの重要性」について述べている(クーレ理事は「見解は私見であり、BISの公式見解ではない」と断っている)。
この後半部分の要旨は、次のとおりである。

  1. 新型コロナウイルス感染症による今回の危機は、(1)適切な距離を保ちながらの経済活動を可能とするテクノロジー(訳注:振込、ネットバンキングなど)、そして(2)(感染拡大阻止のために採られている)社会的距離戦略(social distancing)の苦しさに部分的にせよ乗り越えるためのテクノロジー(訳注:オンライン動画配信、オンライン教育、オンライン診療など)の重要性を明らかにした。これらオンラインの経済活動の急拡大は、今後にも長く影響を及ぼすだろう。
  2. 決済ビジネスは、最近の技術革新の中で際立つ存在である。支払決済の急速なデジタル化は、膨大な数の消費者の利便等を向上させる。各国内のシステムとの相互運用可能性やクロスボーダーの決済・送金を向上させるために、また、金融包摂を進展させるために、国際的な協力は必須である。
    このたびFSB(金融安定理事会)とBIS CPMI(決済・市場インフラ委員会)によるクロスボーダー決済関係のアクションプラン※1が前週公表され、ステーブルコインに関する規制関連文書※2も公表された。
  3. 現在進んでいる中銀デジタル通貨(CBDC)への注目も高まるだろう。新型コロナウイルス感染症が「現金」利用の終焉を加速させるかどうかはまだわからない。しかし、この感染症は、多様な決済手段を持つことの重要性を示しているし、決済手段がさまざまな種類の「脅威」に対して「頑健」であることの必要性も示している。
  4. 新型コロナウイルス感染症は「決済」以外についてもデジタル化を加速させるだろう。銀行顧客は、ロックダウンが解除されて経済活動が再開したときに、銀行支店に戻ってくるだろうか? それともバーチャルバンキングへの流れが加速するだろうか? BISのInnovation Hubは、今後も金融界の技術面のトレンドを追い続ける。扱うテーマには、(1)トークン化(tokenization)、(2)オープンバンキング、(3)規制当局と被規制銀行等の双方で使われることになるスプテック(SupTech)とレグテック(RegTech)は、我々の優先課題である(訳注:SupTechは規制当局が規制監督目的で先端的な技術を使う場合の技術<Supervisory Technology>。RegTechは被規制銀行等が規制遵守をより効果的により効率的に実現するために使う技術<Regulatory Technology>)。
  5. 新型コロナウイルス感染症対策に話をもどそう。テクノロジーは、新型コロナ禍の社会経済的な損失を軽減することができる。
    1. テクノロジーは、ウイルス感染の追跡、感染者の隔離、オンライン診療を可能とする。これらには、プライバシー保護の安全策が必要である。
    2. テクノロジーは、ロックダウンによる経済的な損失や社会のダメージを軽減することができる。今回の新型コロナ禍で最も被害を受ける人々は、既存の支援策では届きにくいことが多い。デジタルな手段を活用した(訳注:迅速な)政府による支払は、新型コロナ禍に喘ぐ消費者と中小零細企業に非常時の支援を提供する。
    3. 既に国民個人に対する支払方法と本人確認方法を確立した国では、新型コロナ禍対応にそれらを活用し始めている。世銀が指摘しているように、チリでは200万人のチリ国民に今月(訳注:4月)中に支払が届くはずである。
    4. デジタルなインフラが未整備の国々も、その整備について「遅すぎる」ということではない。BISのCPMIと世銀が連名で公表した指針(訳注:4月14日公表「フィンテックの時代における金融包摂の決済面のかたち」)は、技術革新を活用して金融包摂を勧めるためのストラテジーの構築を支援している。行動を起こす時間は十分にある。


※14月9日公表「クロスボーダー送金の改善 - G20向け第一次報告書」
※24月14日公表市中協議文書「『グローバル・ステーブルコイン』に係る規制・監督・監視に関する課題への対応」

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
金融アドバイザリー部
ディレクター 水口 毅

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