後発事象の取扱いにおける留意点
旬刊経理情報(中央経済社発行)2020年5月1日号に特集「悪材料をどう落とし込むか コロナ禍がもたらす決算・開示への影響」にあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。 第3章は「「修正」か「開示」か-後発事象の取扱いにおける留意点」です。
旬刊経理情報(中央経済社発行)2020年5月1日号に特集「悪材料をどう落とし込むか コロナ禍がもたらす決算・開示への影響」にあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
この記事は、「旬刊経理情報 2020年5月1日号」に掲載したものです。発行元である中央経済社の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。なお、記事は4月13日時点の情報であり、その後新しい情報が公表されている場合もありますのでご注意ください。
ポイント
- 日本基準における後発事象の取扱いについては、「後発事象に関する監査上の取扱い」が参考になる。
- 新型コロナウイルス感染症による後発事象が、修正後発事象か開示後発事象かの判断にあたっては、慎重な検討が求められる。
はじめに
本稿執筆日現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響により、企業を取り巻く経営環境は日々変動しており、収束の兆しは見えていない。近年稀に見る特殊な環境のなか、特に3月決算が多いわが国の企業の決算実務において、決算日後に決算数値の大幅な変更が認められるような事象が発生した場合に、後発事象の取扱いについて慎重な判断に迫られることもあると考えられる。
本稿では、日本基準における後発事象の取扱いについて確認し、新型コロナウイルス感染症の影響により後発事象が発生した場合の取扱いに関する考え方を解説する。なお、文中意見に係る部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添える。
日本基準における後発事象の取扱い
後発事象とは、決算日後に発生した会社の財政状態、経営成績およびキャッシュ・フローの状況に影響を及ぼす会計事象をいい、(1)財務諸表を修正すべき後発事象(以下、「修正後発事象」という)および(2)財務諸表に注記すべき後発事象(以下、「開示後発事象」という)に分けられる。
日本基準における後発事象の実務上の取扱いは、「後発事象に関する監査上の取扱い」(監査・保証実務委員会報告76号。以下、「後発事象に関する監査上の取扱い」という)が参考になる(図表1)。
(図表1) 後発事象の分類
後発事象 (会計事象) |
修正後発事象 | 発生した事象の実質的な原因が決算日現在においてすでに存在しているため、財務諸表の修正を行う必要がある事象 |
開示後発事象 | 発生した事象が翌事業年度以降の財務諸表に影響を及ぼすため、財務諸表に注記を行う必要がある事象 |
(1)修正後発事象
修正後発事象とは、決算日後に発生した会計事象ではあるが、その実質的な原因が決算日現在においてすでに存在しており、決算日現在の状況に関連する会計上の判断ないし見積りをするうえで、追加的ないしより客観的な証拠を提供するものとして考慮しなければならない会計事象である。
このような会計事象は、当該決算期の財務諸表に影響を及ぼすことから、重要な後発事象については、財務諸表の修正を行うことが必要となる。
(2)開示後発事象
開示後発事象は、決算日後において発生し、当該事業年度の財務諸表には影響を及ぼさないが、翌事業年度以降の財務諸表に影響を及ぼす会計事象である。したがって、重要な後発事象については、会社の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する的確な判断に資するため、当該事業年度の財務諸表に注記を行うことが必要となる。
後発事象として開示すべき内容は、会社計算規則と財務諸表等規則との間に相違はないと考えられる。開示すべき後発事象を判断するにあたり、財務諸表等規則では、次のように規定される。
財務諸表等規則8条の4
貸借対照表日後、財務諸表提出会社の翌事業年度以降の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に重要な影響を及ぼす事象が発生したときは、当該事象を注記しなければならない。
この規定の文言から、次の3つの要素に留意する必要がある。
- 「翌事業年度以降の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に影響を及ぼす事象」であること
- 「財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に重要な影響を及ぼす事象」であること
- 「決算日後に発生した事象」であること
なお、3の「発生」の時点は、図表2のように解する必要があるとされている。
(図表2) 開示後発事象の発生の時点
会計事象 | 発生時点 | 具体例 | |
パターン1 | 会社の意思決定により進めることができる事象 | 当該意思決定があったとき | 新株の発行 |
パターン2 | 会社が他の会社等との合意等に基づいて進めることができる事象 | 当該合意等の成立又は事実の公表があったとき | 合併 |
パターン3 | 会社の意思に関係のない事象 | 当該事象の発生日又は当該事象を知ったとき | 災害事故 |
(3)修正後発事象か開示後発事象か
財務諸表等規則ガイドライン8の4では、重要な後発事象として図表3の6つが例示されている。「後発事象の監査上の取扱い」によれば、通常は、修正後発事象と開示後発事象は図表3のように分類できるものと考えられる。
(図表3) 重要な後発事象の例示
重要な後発事象の例 | 修正後発事象 | 開示後発事象 | |
1 | 火災、出水等による重大な損害の発生 | × | 〇 |
2 | 多額の増資または減資及び多額の社債の発行又は繰上償還 | × | 〇 |
3 | 会社の合併、重要な事業の譲渡又は譲受 | 〇 (事業の譲渡) |
〇 |
4 | 重要な係争事件の発生又は解決 | 〇 | 〇 |
5 | 主要な取引先の倒産 | 〇 | 〇 |
6 | 株式併合及び株式分割 | × | 〇 |
たとえば、決算日後に生じた販売先の倒産により、決算日においてすでに売掛債権に損失が存在していたことが裏づけられた場合には、修正後発事象として貸倒引当金を追加計上しなければならない。この場合、販売先の倒産は、決算日後に発生した会計事象ではあるが、その実質的な原因が決算日現在において既に存在しており、決算日現在の状況に関連する会計上の判断ないし見積りをする上で、追加的ないしより客観的な証拠を提供するものであるときは、これによって当該事象が発生する以前の段階における判断または見積りを修正する必要が生ずる。これに対して、倒産の原因が決算日後に生じた火災等による重大な損害の発生によるものであるときには、開示後発事象とすることが考えられる。そのため、決算日後に生じた会計事象が後発事象に該当するかどうか、該当する場合に修正後発事象となるか開示後発事象となるかの判断にあたっては慎重な検討が求められる。
(4)継続企業の前提に関する事項を重要な後発事象として開示する場合の取扱い
決算日後に継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象または状況が発生した場合であって、当該事象または状況を解消し、または改善するための対応をしてもなお継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められ、翌事業年度以降の財政状態、経営成績およびキャッシュ・フローの状況に重要な影響を及ぼすときは、重要な後発事象として、財務諸表に注記することとされている。
ただし、このような後発事象のうち、決算日においてすでに存在していた状態で、その後その状態が一層明白になったものについては、継続企業の前提に関する注記の要否を検討する必要がある。
新型コロナウイルス感染症の影響に関する考え方
(1) 新型コロナウイルス感染症に係る主な経緯
新型コロナウイルス感染症の影響により発生する会計事象の取扱いを検討するにあたり、これまでの主な経緯を時系列としてまとめると図表4のとおりである。
(図表4) 新型コロナウイルス感染症に係る主な経緯
2019年12月30日 | 武漢市衛生健康委員会が新型コロナウイルス感染症について緊急通知を公表 |
2019年12月31日 | 同委員会が世界保健機関(WHO)に症例を報告 |
2020年 1月31日 | WHOが新型コロナウイルス感染症を国際的な公衆衛生上の緊急事態と発表 |
2020年 3月11日 | WHOが新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大について「パンデミック」を宣言 |
(2) 2019年12月期決算会社の分析
2019年12月期決算の財務諸表の場合、新型コロナウイルス感染症に対する政府および企業の対策などによる事業活動および経済状況の著しい変化は、決算日である2019年12月31日より後に政府や民間企業にとられた対策の結果として生じたものであることから、新型コロナウイルス感染症が財務報告に与える影響は、通常、修正後発事象には該当しないと考えられる(継続企業の前提を除く)。
なぜなら、一部の事象は2019年12月31日より前に発生しているものの、WHOが新型コロナウイルス感染症を国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態と発表したのは2020年1月31日(すなわち、期末日後)になってからである。多くの政府が対策を講じたのはこの発表を受けてのことと考えられ、2020年1月31日までは、新型コロナウイルス感染症の流行は世界の市場、株価に重要な影響を及ぼしていなかったと考えられるためである。
本稿執筆日までに公表された2019年12月期(四半期)決算の有価証券報告書等において、観光業・飲食業や海外関連の企業を中心に新型コロナウイルス感染症による影響を重要な後発事象として注記している事例が見られるが、その影響については評価中または算定が困難とされている(図表5)。
(図表5) 2019年12月期(四半期)決算の有価証券報告書等でみられる主な事例)
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(3)2020年2月期以降決算会社に想定される影響
2020年1月31日より後に終了する(四半期)決算期の会社に関しては、決算日時点ですでに新型コロナウイルス感染症による影響が生じていたと考えられることから、決算日現在において新型コロナウイルス感染症に起因してどのような影響がどの程度生じているかを見積もり、その程度を勘案して、当事業年度の会計処理に反映させるかどうかを検討することに留意する(日本公認会計士協会「新型コロナウイルス感染症に関連する監査上の留意事項(その1)」2)。
新型コロナウイルス感染症に関連して生じる後発事象であっても、その実質的な原因が決算日現在においてすでに存在しており、決算日現在の状況に関連する会計上の判断ないし見積りをする上で、追加的ないしより客観的な証拠を提供するものである場合においては、開示後発事象には該当しないと考えられる。一方で、決算日現在において、その実質的原因が存在していなかったと考えられる新たな事象については開示後発事象に該当する可能性があると考えられることから、翌事業年度に会計処理を行う場合であっても、後発事象が生じた原因については慎重に検討することが必要になると考えられる。
IFRSにおける後発事象の取扱い
日本基準においては、前述した「後発事象に関する監査上の取扱い」において、会社法監査報告書日の翌日から有価証券報告書提出日までに発生した修正後発事象については、有価証券報告書に含まれる財務諸表上、開示後発事象と同様に取り扱う旨の規定がある。
しかしながら、IFRSを適用する場合、IAS第10号「後発事象」3項は、報告期間の末日と財務諸表の公表の承認日との間に発生する、報告期間末日に存在した状況についての証拠を提供する事象を、修正を要する後発事象(すなわち、修正後発事象)と定義し、IAS10号第8項で、会社に修正を要する後発事象を反映させるよう、財務諸表において認識された金額を修正することを要求しており、日本基準のような例外規定はないことに留意する必要がある。
おわりに
新型コロナウイルス感染症の拡大による影響は今後も発生するものと思われる。その影響を合理的に見積もることは困難であることが予想されるが、決算日後に発生した重要な事象に関する情報収集を行ったうえで、その実質的な原因が決算日現在においてすでに存在しており、決算日現在の状況に関連する会計上の判断ないし見積りをする上で、追加的ないしより客観的な証拠を提供するものであるのか否かを慎重に判断することにより、当該事象が修正後発事象となるのか開示後発事象となるのかを見極めて、適切な対応を行うことが求められる。その際、事象が発生した時点が決算日の直後なのか、一定期間を経過した後なのかは1つの考慮要素になることが考えられる。
また、新型コロナウイルス感染症対策のため、国内のみならず各国の政府・機関が公表する政策の影響についても留意が必要である。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
シニアマネジャー 公認会計士
堀 友美