退職給付制度をめぐる課題~ガバナンスコードと働き方改革への対応~

退職給付制度をめぐる課題~ガバナンスコードと働き方改革への対応~

本稿では、「コーポレートガバナンス改革と年金運用態勢の高度化」、そして「働き方改革に対応した制度設計見直し」の2つの大きな課題について、対応の必要性や視点等について解説します。

枇杷 高志

金融アドバイザリー部 パートナー

あずさ監査法人

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2018年6月のコーポレートガバナンス・コードの改正により、上場企業は、企業年金のアセットオーナー機能の発揮を支援することが求められましたが、実際の取組みにはまだまだ課題が多いと思われます。
加えて、昨今の労働市場の逼迫や働き方改革の進展などを背景に、退職給付制度の見直しが必要となってきており、企業の成長のコアとなる人材確保の面でも、対応が求められています。
本稿では、「コーポレートガバナンス改革と年金運用態勢の高度化」、そして「働き方改革に対応した制度設計見直し」の2つの大きな課題について、対応の必要性や視点等について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 企業年金のアセットオーナー機能の発揮
    • 実際の企業の対応には課題が残されている。
    • 企業は、自社の企業年金運用担当者の計画的な配置と育成、運用状況のモニタリングや受託金融機関との利益相反管理等の態勢をさらに充実させる必要がある。
  • 働き方改革に対応した退職給付制度見直し
    • 企業の成長には優秀な労働力の確保が必須であり、そのためには退職給付制度の見直しも必要である。特に、「定年延長への対応」や「非正規従業員への退職給付制度の提供」が代表的な課題である。
    • 制度の改善にあたっては、退職給付費用や年金掛金等のコスト増にも注意する必要があるため、人事労務部門だけでなく財務経理部門も巻き込んだ検討が必要である。

I.はじめに

最近、企業年金や退職給付制度をめぐって2つの大きな動きが出ており、これらへの対応が企業経営上の課題となっています。
本稿では、この2つの大きな動き、「コーポレートガバナンス改革と年金運用態勢の高度化」、そして「働き方改革に対応した制度設計見直し」について、対応の必要性や視点等について解説します。
なお、本稿は、2019年11月に開催した「KPMGフォーラム2019」のセッション「年金・退職給付制度をめぐる最新動向と戦略的対応」を基に構成しております。

II.コーポレートガバナンス改革と年金運用態勢高度化

1.なぜ、年金運用ガバナンス高度化が必要か?

「コーポレートガバナンス・コード」は、上場企業が守るべき行動規範を示した企業統治の指針ですが、2018年6月の改定により、企業年金を実施する企業に対して以下の取組みを行うことが求められることとなりました。

原則2 - 6.企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮

上場会社は、企業年金の積立金の運用が、従業員の安定的な資産形成に加えて自らの財政状態にも影響を与えることを踏まえ、企業年金が運用(運用機関に対するモニタリングなどのスチュワードシップ活動を含む)の専門性を高めてアセットオーナーとして期待される機能を発揮できるよう、運用に当たる適切な資質を持った人材の計画的な登用・配置などの人事面や運営面における取組みを行うとともに、そうした取組みの内容を開示すべきである。その際、上場会社は、企業年金の受益者と会社との間に生じ得る利益相反が適切に管理されるようにすべきである。

(下線は筆者によるもの)


すなわち、企業年金を実施する上場企業は、自社の企業年金がアセットオーナー(機関投資家)として期待される機能を発揮できるよう、「運用人材の計画的な配置・育成」や「利益相反の管理」を行うことが求められているわけです。
これに加えて、年金資産運用の巧拙は、退職給付会計を通じて企業の損益や自己資本比率等にも少なからず影響するため、財務リスク管理の面からも、年金運用ガバナンスの高度化が必要と言えます。

2.年金運用ガバナンスの実態

しかしながら、現実の年金運用ガバナンスは、決して十分に整備されているとは言えないようです。
あずさ監査法人が2019年2月に公表した「年金運用ガバナンスに関する実態調査」では、以下の点を指摘しており、コーポレートガバナンス・コードの期待する姿には至っていないと考えられます。

(1)モニタリング態勢のばらつき
年金運用実績の報告を取締役会やCEO/CFOに行っている頻度は企業によってばらつきが大きく、たとえばCEO/CFOへの報告を毎月行っている企業が20%ある一方で「報告なし」とした企業が25%程度となっています。

(2)兼務者が多い人材配置/業務の属人化
年金運用担当者の大半がほかの業務と兼務して年金運用に従事しています。また、従事期間が5年を超えるという回答も多くあり、担当者が固定化する傾向がうかがえます。

(3)計画的な人材育成体制の未整備
人材育成支援をしていると回答した企業は30%弱にとどまり、多くの企業では運用担当者の育成が個人の自己研鑽に委ねられていると言えます。

3.年金運用ガバナンス高度化のステップ

年金運用ガバナンスを有効に機能させるには、次のような対応が必要と考えられます。
実際には、各企業の実情は異なると思われますので、自社において何ができていて何が不足なのかを確認しながら取り組むことがよいでしょう。

(1)PDCAサイクルの確立
年金運用は多くの企業にとって専門外であることや、その結果として対応が属人的になりやすいことなどから、有効なPDCAサイクルが確立しにくい面があるかもしれません。しかしながら、年金資産の規模の大きさを考えれば、こうした難しさにかかわらず適切なPDCAサイクルを確立することが必要です。
たとえば図表1のように、日々の業務執行は担当者に委ねるとしても、運用方針の策定や一定期間ごとの実績評価については適切な権限者による承認やモニタリングが必要と考えられます。

図表1 年金運用のPDCAサイクル(例)
年金運用のPDCAサイクル(例)

(2)運用人材の適切な配置と育成
年金運用にあたっては、年金制度や資産運用に関する知識だけでなく、社内のマネジメント等への適切な報告や、外部委託先金融機関との交渉などの能力が必要と考えられます。こうした、年金運用担当者に必要なスキルや期待機能を明確化し、その取得を企業として支援することが必要と言えます。
また、長期にわたって特定の人材が年金運用業務を担うことは、人事異動の支障やブラックボックス化といった属人化のリスクもありますので、これを防ぐ意味でも計画的な人材配置と育成が望まれます。

(3)利益相反管理
コーポレートガバナンス・コードでは、年金運用をめぐる利益相反管理も求められています。たとえば、運用委託先金融機関の選定に際して、運用能力ではなく母体企業との資本関係や取引関係が優先されることは、年金制度の受益者の利益よりも母体企業の利益を優先するものであり、利益相反行為にあたると考えられます。これを防ぐには、運用機関の運用能力を客観的に評価できる態勢を整え、運用機関の選定プロセスを明確化して加入者等に開示することなども有効と考えられます。

III.働き方改革に対応した制度設計見直し

1.退職給付制度見直しの必要性

深刻な人手不足や人材の流動化、そして働き方の多様化等、労働環境を取り巻く昨今の外的要因の影響や、働き方改革関連法も順次施行される中で、多くの企業が採用難や優秀人材の離職への対応課題を抱えています。
少し前までは、企業業績の低迷に加えて退職給付債務の負担や年金資産運用の不安定さから、退職給付制度の給付減額や廃止を行う企業が少なくありませんでしたが、今日では人手不足や人材の流動化といった問題もあり、「優秀な人材の確保」に繋がる退職給付制度にしていこうとする前向きな発想を持つ企業も増えているようです。
また、厚生労働省の企業年金・個人年金部会においても、確定拠出年金における加入可能年齢の延伸や確定給付企業年金での定年延長をはじめ、企業年金制度の改善や普及に向けて実に数多くの課題を検討しているところです。
こうした状況にあって、企業には、従業員がより魅力的な報酬制度と感じられる退職給付制度の再設計と運営が求められています。

2.退職給付制度見直しの視点

制度見直しの具体的な課題としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 定年延長への対応
  • 非正規従業員の退職給付
  • 中途採用者への配慮
  • キャリアチェンジに不利でない制度設計
  • 選択肢の多様化
  • 運営や利便性の向上

中でも、「定年延長への対応」と「非正規従業員の退職給付」については、法令対応としても重要性が増しています。以下では、この2つの課題についてより具体的に解説します。

(1)定年延長への対応
定年延長時の退職給付制度設計の際には、「原資設定」と「支給時期」の2つのポイントを考慮する必要があります。

(i)原資設定
図表2に示すように、旧定年以降の給付方法については、大きく分けて3つのパターンが考えられます。

図表2 定年延長時の給付設計(原資設定)
定年延長時の給付設計(原資設定)

Aは旧定年以降も退職金の給付額が右肩上がりで増え続けるパターンで、従業員のモチベーション向上が期待できますが、企業のコストは増えます。BとCは、旧定年以降は退職金の額が変わらないパターンです。
どのパターンを選択するのか、企業はコストインパクトにも留意しつつ、モチベーション重視かコスト重視か等を検討して設計する必要があります。

(ii)支給時期
雇用延長や公的年金の繰り下げ受給拡大といった政府の政策の変更も勘案しつつ、企業年金等の支給時期をどのように設計するかを検討する必要があります。
たとえば、65歳以降の雇用延長があるケースでは、65歳以降で賃金収入が下がった場合にこれを企業年金等でカバーし、退職した70歳からは繰り下げ受給することとした公的年金で生活費の大半を賄うという考え方があります。
一方、65歳以降の雇用延長がない場合は、公的年金を70歳まで繰り下げ受給すると、65~69歳の収入が大きく落ち込むことが想定されるため、公的年金受給は原則どおりに65歳から開始し、生活費が不足する部分を企業年金等でカバーするといったことが考えられます。
その他、個々の従業員の状況によってさまざまなパターンが考えられますが、選択肢が固定化されないよう柔軟な制度設計が求められます。

(2)非正規従業員への退職給付の留意点
厚生労働省が示している「同一労働同一賃金ガイドライン」では、退職手当についても「不合理と認められる待遇の相違の解消等が求められる。このため、各事業主において、労使により、個別具体の事情に応じて待遇の体系について議論していくことが望まれる」旨の記載がされています。
一方で、最近、契約社員と正社員の待遇格差の不当性に関する訴訟で、非正規社員に退職金の支払いを命じる裁判例がありました。もっとも、この判例では、長期雇用を前提とした正社員に対する退職金を手厚くすること自体は不合理ではないとし、契約社員に対して正社員と同水準の退職金を支払うことまでは求められませんでした。
企業には、こうした状況を踏まえた対応が求められています。具体的には、現状分析(待遇格差の把握、格差の合理性の確認)から対応方針決定(対象者、給付水準、企業年金の導入有無)、制度設計(給付算定式の設定、コストインパクトの確認)、導入準備(従業員説明、企業年金承認申請等)等のプロセスを踏んでいく必要があります。
この際、特に留意すべきは、退職金の不支給や給付格差に合理性があるかを検討することです。前述の裁判例によれば、給付額を正社員と同じ水準にする必要は必ずしもないと思われますが、その差異に合理性があることが重要となります。訴訟リスク等を避けるためにも、非正規従業員への退職給付については早急に検討すべき課題だと言えます。

3.退職給付制度見直しの留意点

「優秀人材の確保」に繋がる退職給付制度にしていく場合、退職給付制度の水準引き上げや適用範囲の拡大等を検討することも必要になりますが、その際には、こうした制度改定が自社の財務経理に与える影響を事前に確認しておくことが重要です。
人事労務部門としては、優秀人材の確保は大事なミッションであり、給付の増額を推進していきたい意向が強いと思われます。しかしながら、退職給付水準の引き上げは、退職給付債務の増加、不安定な企業年金の運用利回りを背景とした資産運用リスクの増大等を通じ、企業の財務会計に少なからず影響を与えます。したがって、制度の見直しに際しては、財務と経理の担当者を巻き込み、組織横断的なプロジェクトで検討していくことが大切です。
図表3のとおり、退職給付制度見直しにはさまざまなステップと留意点がありますので、組織横断的な検討が必要です。

図表3 退職給付制度見直しのステップと留意点
退職給付制度見直しのステップと留意点

IV.課題解決のポイント

前述のとおり、「年金運用ガバナンス高度化」に際しては、これまで属人的になりがちだった各種対応を組織的に行っていくことが必要ですし、「働き方改革に対応した制度設計見直し」についても、社内横断的な検討が必要です。こうしたプロセスを確立するには、経営トップがこれらの課題への対応の重要性を認識し、「ヒト・モノ・カネ」といった資源を適切に配分することが肝要と思われます。
また、年金運用・企業会計・年金法令といった専門的な内容が多く含まれるため、先進事例の調査や外部専門家の助力を得ることなども有効と考えられます。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
金融アドバイザリー部
パートナー 枇杷 高志

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