IBOR廃止への近時の動向とRegTechによる関連業務の効率化

本稿では、IBOR廃止の最近の動向並びに要対応事項、その1つとしてのRegTechによる契約変更管理について議論します。

本稿では、IBOR廃止の最近の動向並びに要対応事項、その1つとしてのRegTechによる契約変更管理について議論します。

1. IBOR廃止の現状

(1)新しい無リスク指標金利とIBOR+

各地の市場に存在する銀行間取引金利(IBOR)は、その利便性から金利系取引の代表的な指標となってきた。多くの商品と関連業務がIBORをベースに作り上げられてきたものの、金融危機以降、その代表格であるLIBORに、恣意的な操作などの不祥事も発覚したことから、より頑健な指標金利の導入に向け、全世界で作業が続けられている。

第一の取組みとして、各通貨毎に、銀行の呈示金利でなく、実取引をベースにした新指標金利が定められた。日本ではTONA(無担保コール翌日物平均金利)がそれにあたる。翌日物金利であり、当事者間の信用リスクの影響は最小限であるため、無リスク金利(RFR)と呼ばれている。第二としては、IOSCO「金利指標に関する原則」に沿って、既存のIBORの信頼性を確保すべく、算出プロセスやガバナンスの改善がなされている(IBOR+)。

当初、これらの金利を共存させる「複数金利アプローチ」が標榜されていたものの、金融危機後の銀行間の無担保ターム取引の縮小は著しく、英国FCA(金融行動監視機構)は、2021年末以降、LIBORパネル銀行による金利呈示の義務を撤廃する旨をアナウンス、後継金利への移行が喫緊の課題となり、対応が進められているところである。

(2)取引相手との後継金利の合意に向けて

IBORからRFRベースの後継金利への移行が困難な理由の1つは、主にIBORとRFRの違いに起因している。つまり、(1)ターム物金利かどうかと、(2)銀行の信用リスクを含むかどうかという点である。IBORの代替として用いられる後継金利は、これらをクリアすることが必要となっている。本邦でも、「日本円金利指標に関する検討委員会」により、後継金利に関する意見募集が行われた。現状の方向性は以下の通りである。

RFRは翌日物であり、ターム(3ヵ月など)に対応したレートがないことから、(1)のターム物金利を得るためには、実績値をもとにした後決め複利計算(ISDAデリバティブが採用)と、先物やOISなどからのフォワードルッキングな推定という選択肢がある。後者を用いるのが理想的ではあるものの、数値が十分な頑健性をもって得られるには、活発な市場が必要であり、相当先のことと予想される一方で、現状先決め金利を使っている商品を後決めに変更するには、多大な業務・システムの変更が必要となる。

IBORを既に適用している取引では、IBOR廃止後もその経済性を大きく変えることはできず、RFRをベースにしながらもおおよそ水準の合ったターム物金利が求められており、そのための(2)の調整が検討されている。ISDAデリバティブでは、調整分のおおよその計算定義は固まっており、他の商品においても、事実上の標準となる可能性がある。

後継金利に関しては、ISDAによるデリバティブの議論が先行しているが、IBORは現物のローンや債券などで利用されている場合も多く、それぞれの取引状況・市場環境に即した柔軟な対応が必要になる。特に債券(含む仕組債、証券化商品)については、債権者集会による金利条件の変更を要するという難題もあり、解決策を模索中である。

円金利では、TIBORが存続し後継金利の選択肢として残り、一方でOISや金利先物市場の整備が途上であるため、暫定的な後継金利の選択も含め、問題が一層複雑になっている。各市場で別々の対応がなされると、商品間の整合性が保ちにくくなる可能性があるため、この点を見据えた、業界横断的な取組みが期待される。

2.着手すべき事項

このように、多通貨、多地域、多商品で利用されてきたIBORの廃止の影響は多岐にわたり、その対応には全社的な取組みが必要になる。主要なポイントは次の通りである。特に後継金利への移行を規定するための契約変更は、競争法の関係もあり、取引先や投資家との慎重で十分なコミュニケーションが必要となるだろう。

a. 移行計画の確立と実施、プロジェクトのガバナンス整備

  • 商品・顧客毎のエクスポージャーを把握、各ファンクションレベルおよびビジネスレベルで移行計画を確立
  • 全社的IBOR移行プロジェクトの実施・調整状況を監督すべく、上級管理職を巻き込んだ頑健なガバナンスの枠組みを構築

b. 契約書の変更

  • 既存契約における後継金利適用の必要性を見極め(参照金利、期限、移行トリガー等)、必要に応じ変更
  • 適用前後で取引価値が変化する可能性があり、経済的な影響に加え、顧客へのリレーション上の影響、法的な影響も考慮

c. オペレーションとシステム・データ

  • 移行後のオペレーションモデル、データ、およびシステムの影響に対処する計画を策定

d. コミュニケーション(社内・社外)

  • 上級管理職や取締役会など利害関係者と協議し、全社的な周知レベルの向上を中心としたコミュニケ - ション戦略を策定

e. 移行にまつわるリスク管理

  • 移行による財務的・非財務的リスクを特定、測定、監視、コントロールする手法の開発
  • 当該リスクの継続的な管理のためのプロセスと手続きを確立

f. 新商品の企画・開発

  • RFRに基づいた新商品の開発・利用など、IBOR関連商品を含む既存ポートフォリオの再投資(移行)の際の方針を検討

g. 制度面の対応

  • 会計上、税務上、規制報告上のテクニカルな考慮事項と関連するディスクロージャーの対応を決定

英米市場ではLIBOR移行の取組みが先行しており、特にドル通貨を取り扱う金融機関ではすでにプロジェクトが進行しているところも多い。しかしながら、当局動向や市場の成熟度合い、それに関連した影響範囲の変化など不確定要素は依然少なくなく、さまざまなシナリオに対応した柔軟な計画を立て、突然の方針変更にも耐えられるように準備を進めていくことが肝要であると考えられる。

3. AI技術を活用したIBOR関連契約書の変更管理

前掲の表中のb.契約書変更については、参照金利のみならず、移行時の対応を左右する、現行のフォールバック条項や契約期間の延長条項の存在のような、既存のシステム中からは取得できない情報を得て、対応方針を決定する必要がある。海外では、AI・コグニティブ技術を活用して、この作業を支援する検討が進んでいる。

(1)契約変更の課題

契約変更のプロセスには、契約種類の洗い出し、条件ごとの仕分け、影響評価と対応方針策定、文言の検討と変更作業、顧客との交渉などがあるが、そのいずれの過程でも、膨大な作業をいかに処理するかという課題がある。ここでテクノロジーによる解決に特に適していると考えるものに、以下がある。

1. IBOR参照契約の適切な洗い出しと重要な条件の抽出

  • グローバルの全てのエンティティを含む網羅的な調査

2. 抽出条件に基づく関連契約の分類と対応方針の決定

  • 契約の重要性の判断、作業のプライオリティ付け
  • 既存契約中の期限、フォールバック条項、自動延長条項等の移行時の対応に影響する項目の確認と分類集計

3. 対応方針に基づく、契約変更作業の支援(要変更箇所のナビゲーション、進捗管理など)

(2)KPMG Ignite

上記を実施するにあたっては、KPMGのAI・コグニティブ技術であるIgniteを用いて、判定エンジンや変更支援ツールを構築することにより、一定した品質のアウトプットを迅速にかつ効率的に得ることができると考えられる。KPMG Igniteは、さまざまなビジネスの課題を、テクノロジーを活用した自動化・高速化などによって解決するための開発プラットフォームであり、次のような特徴がある。

1. フレキシブルな開発環境

KPMGが独自に開発したツール群を用いて、迅速に要望に応じたソリューションを提供することができる。

2. オープンなテクノロジーを活用した解決手法の提供

テクノロジーパートナーとの間で、検証済のオープンソースツール、ライブラリ、API等を利用可能とし、エコシステム化された解決手法を提供している。これを活用し、クライアントの課題に合わせ、テクノロジーを活用したソリューションを導くフレームワークと手法を提供する。

3. グローバルIgniteチームとの連携

KPMGグローバルの専門家集団が、ソリューション構築のための最善のツールと方法論を提供し、クライアントの課題解決を支援する。

(3)KPMGのアプローチ

クライアントが契約変更管理にKPMG Igniteを利用する際には、KPMGのデータサイエンティスト並びにビジネス専門家とクライアントとが協力することにより、適切な学習ルールの設計と、結果の評価・フィードバックを通した、判別性能の向上を目指すフェーズが必要と考えられる。

満足できる判別エンジンが構築できた後には、対応方針策定のための分析に用いるだけではなく、契約書データの取り込み、変更箇所のナビゲーション、進捗管理ツールなども含め、変更作業プロセス全体のデジタル化の検討も可能であろう。

4. POCプロジェクトの実施

KPMG Igniteを利用した契約書の変更管理の導入を検討するにあたり、KPMGでは、まず小規模のPOC(Proof of Concept)プロジェクトを行うことを提案している。

(1)POCの目的とスコープ

POCの目的は、KPMGの契約書分析の方法論を実際に適用し、その実現可能性を確認するとともに、本格導入時の商品毎やエンティティ毎のアプローチを決定することである。例えば、法人融資契約に関する過去のPOCでは、代表的な融資契約150~300のサンプルを抽出し、20項目ほどの判別・分類項目を設定の上でデータ分析を実行、結果の可視化や導入意思決定のための報告を行っている。

POCにおける試行は、限られたサンプルで短期間で行われるものではあるものの、判定エンジンの構築フェーズを大まかにカバーしており、その全体像は下図の通りである。

学習および試験的運用による判定エンジン構築フェーズ

(2)契約書サンプル選定とクライアントの対応方針の確認

代表的な融資契約の形式(相対、シンジケーション、コミットメントライン等)に沿った、契約書サンプル抽出と要判定事項に関する方針を決定する。予想される契約種類や、借入人の数、判別を期待する項目と正解例、解釈の可能性などをあらかじめクライアントと確認したうえで、事後的な矛盾や不足が出ないようサンプル対象を決定する。

(3)分析結果の検討と本番調査の計画

準備したサンプルで分析を実施する。結果に基づく調整や多少の再試行はあるものの、POCのアウトプットとしては、精度向上のための今後の改善プロセスと、完成後の悉皆調査の実施に関するロードマップを策定することが目的となる。主な成果物には、サンプル契約の抽出データ、判別項目、判別結果の報告、本番プロジェクトの実施計画などがある。

過去のPOCでは、人間による作業と比較しても、正確性を保ったままで大幅な作業時間の削減を実現しており、取り組む意義は十分あると考えられる。

まとめ

これまで広範に普及してきたLIBORの公表停止が与える影響は大きく、金融機関のみならず事業会社も含め、少なからぬ対応が必要になるに違いない。多様な商品に影響を及ぼすことから、業界横断的な対応が不可欠とみられる反面、その周知は途上である。

重要な対応の1つとして、足元の契約内容の確認による影響範囲の把握並びに契約変更対応の計画・実施があるが、これに限らず、RegTechを活用することにより、人海戦術に過度に頼らずに、移行問題を効果的に解決できる可能性がある。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
金融事業部 金融アドバイザリー部

市場・流動性リスクサービスライン
ディレクター 北野 利幸

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