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Close-up 1:加速する海外M&A - 日本企業の課題と成功のかぎ

Close-up 1:加速する海外M&A - 日本企業の課題と成功のかぎ

人材や制度の面で、未だ多くの日本企業にとって海外M&Aによる企業価値創造の実現は、言うは易く行うは難しだ。本稿では、海外M&A展開における日本企業の課題や留意点を考察する。

岡田 光

KPMGジャパン ディールアドバイザリー統括パートナー

KPMG FAS

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グローバル企業のCEOに求められる成長目標は、“二桁成長”である。一桁%の成長では、なかなか評価されない。しかもこの二桁成長には、高い収益性の維持という条件が付く。では、CEOはどのように二桁成長を実現しているのか。手法は主に2つ。ひとつは、“成長市場でビジネスをすること”、もうひとつは“M&A”による成長である。日本企業にとって海外M&Aは、この2つを同時に実現する戦略で、理にかなう。しかし、人材や制度の面で、未だ多くの日本企業にとって海外M&Aによる企業価値創造の実現は、言うは易く行うは難しだ。海外M&Aを志向する日本企業にとって、進出国や地域特有の課題への備えに加え、企業経営に対する確固たるビジョンや体制の構築がなければ、海外M&Aを梃子にした“二桁成長”の実現は覚束ない。

海外M&Aにおける日本企業の課題

近年、日本企業がグローバル市場での成長を実現していく上で、M&Aが有効なツールとして認識され、実際に多くの日本企業が海外M&Aへの取組みを加速している。一方で、海外M&Aには特有の困難さがあり、期待された成果があがらないケースも少なくない。経済産業省が2019年4月に公表した日本企業による海外M&A実態調査報告書( 以下、「経産省調査」)によると、多くの日本企業は海外M&Aを進めるにあたり以下の課題を抱えている。

これらの課題は、M&A経験の豊富な企業や投資ファンドへのインタビュー、グループディスカッションやワークショップを通じて、M&Aの最前線に立つプレーヤーの“生の声”を経済産業省がまとめたものであり、日本企業の海外M&Aに関して主な課題が網羅されている。

海外M&Aにおける日本企業の課題

グローバル経営力の不足

  • 自社の経営理念・ビジョン・強み、M&Aの位置付けを明確に「伝える力」
  • 「伝える力」に必要となる「言語力」
  • 買収後の経営を効果的に推進するための「異なる企業文化への適合力」

グローバル経営の制度・仕組みの未整備

  • 説明責任/結果責任を意識したコーポレートガバナンスへの対応
  • インセンティブの仕組みを含むグローバルスタンダードの報酬制度

M&Aプロセス全体を意識した「型」作りの不備

  • M&Aの戦略、実行、PMIの各プロセスにおいて押さえるべきポイントの明確化
  • M&Aへの取組みに関わる組織体制

 

Source:経済産業省「日本企業による海外M&A実態調査報告書」( 2019年4月公表)より

グローバル経営力の不足

最初に、「グローバル経営力の不足」で挙げられている一つ目の課題、「伝える力」については、まず伝えるべき内容を限りなく明確、かつ具体的にしなければ「伝える力」は発揮できない。特に重要なのは「M&Aの位置付け」、すなわちM&Aの目的を明確に伝えられるように“ 研ぎ澄ます”ことである。また、M&Aの位置付けは、買主の視点からだけではなく、対象会社の視点からも明確化される必要がある。対象会社のマネジメントや従業員にとっては、むしろそちらのほうが興味の対象だからである。M&Aを通して、対象会社が買収会社から得ることができる技術やノウハウ、ブランド価値、規模の利益、新規マーケットへのアクセス、ネットワーク、財務的支援などのメリットにつき、具体的に説明できなければならない。これは、買収後の経営統合(PMI )の段階より前、ディールの初期段階で、対象会社や売主から買収企業候補として選ばれるためにも重要である。「伝える力」を発揮するためには、まずは伝える内容、すなわちコンテンツのレベル向上が不可欠である。

「伝える力」にもう一つ必要な要素として、グローバル経営人材がある。買収会社にとって、M&A後の最大テーマは、対象会社の競争力/業績向上を通した、自社戦略の展開と価値創造である。その実現のためには、対象会社のマネジメントや従業員とまずは信頼関係を築き、自社の戦略について対象会社の理解を醸成するとともに、対象会社自体の競争力/業績向上に寄与することができる人材の働きが欠かせない。その役割を効果的に進めるためには、「言語力」はもとより、「異なる企業文化への適合力」など、グローバル経営人材としての高い能力と経験が求められる。特に重要なことは、対象会社が向き合うさまざまな市場(製品・サービス販売市場、調達市場、人材市場など)の動きと事業環境(競合環境、規制環境、社会環境など)を理解し、そこから発生する機会や課題を見極めた上で、対象会社の経営陣や従業員と協力して、施策をスピーディに推し進める力である。

“任せる経営”に関する留意点

このような能力と経験を備えたグローバル経営人材は、日本企業にはまだ多くは存在しない。そこで近年、日本企業が多用している手法に、“任せる経営”がある。欧米企業のように、買収後に新たに経営者を送り込むのではなく、対象会社の現経営者に、買収会社の戦略展開も含め、経営を任せる手法である。これは合理的な経営判断ではあるが、いくつか留意すべき点もある。

まず、現経営者が対象会社に対して強い影響力を保持し続けることで、買収会社がM&Aの目的とした効果の実現についても現経営者に依存することとなる。現経営者は、これまで保持してきた経営の裁量権をそう簡単には手放そうとしないことも多く、利害対立が生じたり、調整に時間を要したりすることがある。よって、買収企業側の戦略に対して協力姿勢を持つ経営者か否かの見極めが重要となる。

つぎに、現経営者に買収後の経営を任せる場合、対象会社のガバナンスはより精緻に設計・運用する必要がある。権限範囲の設定に始まり、実績の把握、リスク管理のための仕組み作り、目標設定と評価など、対象会社の現経営者とひざ詰めで議論して、納得感のある合意を形成しなければならない。この設計・運用を買収会社側で担当する統括者には、一定のグローバル経営の資質が求められる。

勝ちパターンの確立

経産省調査で、「M&Aプロセス全体を意識した「型」作りの不備」として指摘されている部分のポイントは、M&Aを成功させるための“プロセス” と“体制”整備である。特にM&Aのプロセスについては、多くの日本企業においてまだまだ改善の余地が残っている。近年、M&Aの浸透とともに、M&Aの手順、すなわち企業価値評価、デューデリジェンス、契約交渉、PMIなどに関する知識レベルは高まってきている。しかし、自社におけるM&A事例を踏まえた、いわゆる“勝ちパターン”を確立できている会社はまだ少ない。日本たばこ、日本電産、電通、旭化成、リクルートといった会社は、多くのディール経験を次のM&Aに生かすべく「型」作りに取り組んできている。これらの会社では、例えば、以下の項目に関する検討について一定の枠組みを有している。

  •  事業戦略とM&Aの整合性
  • 買収価格を含む買収条件の判断基準・交渉目線
  • 買収後の経営に必要な人材の条件、人材の調達
  • 対象会社の競争力/業績向上にむけて提供できる貢献材料(技術・ノウハウ、ネットワーク、ツールなど)とその効果予測
  • 経営者やキーマンのリテンションプラン
  • 対象会社の経営陣、従業員に対する公正な評価の仕組みと、報酬・インセンティブ制度
  • 対象会社のガバナンスに関する基本的なアプローチ
  • 対象会社の業績把握やリスク管理のために導入する制度やシステム

重要なことは、M&A案件が始まり、日々のハンドリングに追われる前に、こうした重要事項の検討の枠組みやアプローチを確立しておくことである。また、枠組みやアプローチは、新たにM&Aを経験するたびにアップデートし、うまく機能する勝ちパターンに高めていければ、M&Aへのコンフィデンスを高めていくことにもつながる。

各国・地域の特性を踏まえて

自社が構築してきた強みを生かし、グローバルに通用するビジネスモデルを構築するために、海外M&Aが強力なツールとなることは間違いない。ただ、一口に海外M&Aといっても、日本企業にとってその対象国・地域は多様である。それぞれの国・地域に特殊性が存在するため、人口構成、市場規模、生活水準、顧客特性、商慣習、法律/規制、インフラ、価値観などを考慮のうえ、対象会社の事業に関する機会や課題、リスクをあぶり出すことが重要である。

これまでに述べた、M&A案件全般に共通する自社なりの勝ちパターンを確立することと同様に必要となるのが、それらの各市場に特有の地域特性をマクロ、ミクロの双方の視点で把握し、そこから惹起される課題について十分な備えをすることである。こうした個々の地域特性、市場特性に関する十分な理解と徹底した備えがなかったために、不幸にも失敗に至ったM&Aは枚挙にいとまがない。

今号より、日本企業の海外M&A投資において重要な米国、インド、中国、ASEAN、オーストラリア、英国、大陸欧州、南米の8つの国・地域を取り上げ、3号連続で特集する。KPMGのディールアドバイザリーの専門家が、各市場の特性を踏まえ、M&A投資の実行とその後の価値創造において、日本企業が直面しがちな課題を浮き彫りにし、その解決の示唆となる提言を行う。

執筆者

株式会社KPMG FAS
パートナー 岡田 光

KPMG FAS代表取締役パートナーで、KPMGジャパンのディールアドバイザリー業務統括、およびアジアパシフィック地域のM&A業務統括を兼務。フィナンシャルアドバイザーとして、TMT、コンシューマー&リテール、商社等のセクターにおける多数のM&A案件を担当。企業価値評価、PPA業務等にも豊富な経験を有する。著書に「M&Aがわかる」日経文庫。米アンドリュース大学経営学部卒業、米国公認会計士。

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