「2025年の崖」のクリアこそが最大の経営課題

「2025年の崖」に触れながら、保険業界の今後の在り方について、元SOMPOホールディングスの中林紀彦氏にお話を伺いました。

「2025年の崖」に触れながら、保険業界の今後の在り方について、元SOMPOホールディングスの中林紀彦氏にお話を伺いました。

中林 紀彦 氏

旧態依然のビジネスモデルでは「ディスラプト」される

これからの10年を考える前に、これまでの10年間に起こったことを思い返してみると、日本の製造業が世界の競争に敗れ続けたことが挙げられます。東芝は解体し、シャープは買収され、家電メーカーはコンピュータを製造しなくなってしまいました。メード・イン・ジャパンのPCはパナソニックのレッツノートぐらいでしょうか。世界で戦える自動車メーカーはトヨタしか残っていません。金融業界もおそらく同じようなことが起こるでしょう。特に銀行は現金がなくなり電子化されると、ひとたまりもないでしょう。同じように、保険業界もビジネス自体は生き残るとしても、旧態依然のビジネスモデルを踏襲しているところはディスラプト(破壊)されるでしょう。GoogleやAmazonが保険業務を始めたら、一発でディスラプトです。我々の顧客すべてを持っているのですから。

「2025年の崖」をクリアできるか

経済産業省が2018年9月にまとめた「2025年の崖」では、「多くの経営者がデジタル・トランスフォーメーション(DX)の必要性を理解しているが、既存システムが事業部門ごとに構築されて、全社横断的なデータ活用ができなかったり、過剰なカスタマイズがなされていたりと、複雑化・ブラックボックス化している。このような現状からDXが実現できないのみでなく、2025年以降、毎年最大12兆円の経済損失が生じる可能性がある」と危機的な状況を訴えています。
機械学習中心のAIを考えると、データセットが使える状態になっていないので、機械学習ができません。データをシステムから抜き出し、そのデータでAIのサービスを作り、そのサービスをシステムに戻さなければならないのですが、戻せる足場がない。2025年の崖をどのようにクリアするか、直近のすごく大きな経営課題です。これはFintech業界だけの課題ではありません。すべての産業が解決しなければならない課題です。
もう1つ、IT人材に関しての課題があります。IT人材を抱えているのが事業会社かSIerかを日米で比較すると、日本ではIT人材の8割ほどをSIerが抱えており、一方、アメリカは事業会社が7割ぐらいを抱えている結果となりました。構造的な問題もあるとは思いますが、事業会社の中の人がいじれない世界をSIerが作っているということがあります。
これら組織の問題、人の問題、システムの問題を5年で解決していかなければ、表面上で「AIをやりました」などと言っても、実は氷山の一番深いところを見ると何もできていない。アフター・オリンピックから2030年までを考えると、徹底的に解決しなければならない課題だと思っています。

まずは「ネガティブからゼロへ」持っていく

日本の大手の銀行や保険会社がまず取り組むべきことは、ポジティブではなくネガティブをどうゼロに持っていくかです。日本だけの相対評価ではなく世界を見て、中国がゼロだと考えると、かなりネガティブなところからのスタートになると言わざるを得ません。
昨年(2018年)3月に、中国の保険会社のIT子会社に行き、彼らの仕事の仕組みを見てきました。足回りは全部Javaベースで出来ており、マイクロサービス化されていて、機能ごとにOSもコンテナ化されているので、クラウドネイティブは当たり前です。API(Application Programming Interface)でつながるので、「どこを切り出して使ってもいいよ」と彼らは言ってくる。まるごと保険システムです。
このJavaベースでマイクロサービス前提のデザインになっていると、さきほどのAIに使えるデータセットがない問題なども解消されます。作ったモデルもAPIでつなぎ込むことで、できたアルゴリズムをそのまま既存のオペレーションの中にシステムとして組み込んでいくことができるのです。これで初めて戦えるようになる。「ネガティブからゼロへ」という感じです。

「銀行の引き落とし」から「ペイメント」に変わる

損害保険会社において、顧客の支払いは銀行口座からの引き落としがほとんどで、あってもクレジットカード払いです。しかし、これからはLINEやGoogle、Appleなどのペイメントサービスに対抗、追随していかないと彼らにやられるのではないかという危機感がすごくあります。彼らはフロントの顧客を持っていますから。
そこで損保ジャパンは2018年10月、LINEと提携し、「LINEほけん」のサービス提供を始めました。LINE保険のメニューは弊社がすべて提供しています。また、弊社が設立した少額短期保険会社「Mysurance株式会社」の保険は、LINE Payとリアルタイムかつダイレクトにシステムとつながっているので、LINE Payでポンとやると、そのままトランザクションが完了します。そして保険申請をし、基準に合って審査が下りると、LINE Payで払い込みが完了します。そうやってペイメントサービス事業者に対抗し、生き残りを図っています。

少額短期の「オンデマンド保険」になる

保険の商品自体は、より細分化されていくと思います。年間の自動車保険とかではなく、少額短期でオンデマンド保険になっていくでしょう。たとえば旅行に行くときだけ高額なカメラに保険を掛けるとか、車に乗るときだけ掛けるシェアリング用の保険が出てくるでしょう。それはテクノロジーと表裏一体で、利用者の利用状況などのエビデンスがデバイスのIoTですべて取れるようになっていますので、保険料の計算も可能です。
保険ドメインを軸にして新しいところに出て行こうとしており、弊社ではその方向を「3プラス1」と呼んでいます。「自動車保険」は車の形態が変わってくるので、MaaSのところで既存のビジネスを軸足にしてピボット(方向転換)する。物に対する「火災保険」と人に対する「生命保険」「傷害保険」。そこにプラス、新しい「サイバー空間」の保険。サイバー空間には新しいリスクが増えています。今までの車・人・物中心の保険に、サイバー空間をプラスする。時間を費やす場所がリアルからサイバーに変わり、通貨も電子化されます。そこでのリスク管理が必要になる。保険ビジネスとしてはサイバー空間にすごくポテンシャルがあるのではないでしょうか。

データを生かした「リスク回避」につなげるサービス

「リスクを軽減する、回避するところにもサービスのポテンシャルがあるのではないか」。今後の保険は、どう事故を防ぐかが重視され、会社のポートフォリオを予防側に移していく戦略があります。そのためには、「何かが起こる前の予兆をいかにつかむか」というところがすごく重要で、その課題を解決できるテクノロジーを見ています。我々は車の事故が起こったとき、どういうダメージが車と人にあって、それに対して経済的損失がいくらかかったかというところまでの、すべてのデータを持っています。そこが我々の強みでもあります。事故後のデータは今までのビジネスモデルからも大量に持っていて、今は起こる前のデータ、たとえばドライブレコーダーのデータなどのビフォーも集めに行っています。そのビフォーのデータからアルゴリズムを作り、リスク回避につなげるサービスに使っていこうと考えています。
また、事故が起こった後にどれくらいの経済的損失があったかというデータは価値があるものです。今までそのデータは保険の支払いにしか使えていませんでした。しかし、高速道路のメンテナンスを行なっている人たちと話をしていると、首都高の中で事故が起きやすい所で、しかもそこでどれくらいの経済的損失があったかも含めてわかっていれば、彼らのメンテナンス・プライオリティーが変えられるとおっしゃっていました。
保険会社は、今後はデータを提供する側にもなって行くのだと思います。

※本文中に記載されている会社名・製品名は各社の登録商標または商標です。

中林 紀彦 氏

元 SOMPOホールディングス株式会社
チーフ・データサイエンティスト

2002年日本アイ・ビー・エム株式会社入社。データサイエンティストとして、企業の抱えるさまざまな課題をデータ分析により解決する。株式会社オプトホールディング データサイエンスラボの副所長、SOMPOホールディングス チーフ・データサイエンティストを経て、2019年からヤマトホールディングス Data Strategy Executiveに就任。

※本インタビューは、中林氏がSOMPOホールディングス チーフ・データサイエンティスト在職当時に行われたものです。

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