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Close-up 2:米国M&A市場 - 攻略のポイント

Close-up 2:米国M&A市場 - 攻略のポイント

米国は世界最大のM&A市場である。日本企業にとっても過去10年を見れば、M&A投資先国として次点の英国の約3.5倍の金額規模を誇る最大のM&A投資先国である。シリコンバレーへの日本からの投資額は、過去5年累計で2位の中国を大きく引き離して、最大の投資実績を誇っている。

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米国市場がグローバル展開を進める日本企業の将来の成長にとって重要なことは論をまたない。日本企業にとって米国でのM&Aには80年代から長い歴史があるものの、特有の難しさもあり注意が必要だ。昨今では、米国内における買い手としての日本企業の評判にも変化の兆しがある。固有の課題をあげつつ、米国におけるM&Aの成功のための提言を行う。

米国市場を取り巻く不確実性、政治リスク

2018年夏に本格化した米中貿易摩擦は、2020年1月に両国による制裁関税発動後初めてとなる合意がなされ、事態のさらなる悪化はひとまず回避された。ただ、今回の第一段階合意には、中国による農産物の輸入を倍以上にすることを含む、米国のモノ、サービスの対中輸出額に品目ごとに期限付きで数値目標を明記しており、その進捗いかんによっては米中の関係に再び暗雲が立ち込める可能性もある。

トランプ政権となった2017年以降、米国は自国第一主義を掲げている。対中政策は無論のこと、不法移民問題に端を発するメキシコへの制裁関税措置など、米国でのビジネスに影響を与える政策を繰り返し発動している。米国において事業を展開する日本企業にとっては、政権のこのような政策の影響について、各方面の専門家の意見を取り入れるなどし、現状を継続的に注視していく必要がある。

海外企業が米国企業への投資を検討する際に注意が必要な法規制がある。米国の安全保障の観点から対米投資を審査、規制する対米外国投資委員会(CFIUS)の権限の根拠となる外国投資リスク審査近代化法(FIRRMA)だ。FIRRMAは重要なテクノロジーや産業基盤を持つ米国企業に対する外国企業による投資を規制する。過去にはCFIUSの事前審査により、外国企業による米国企業相手の大型M&Aが阻止されたケースもある。中国の通信機器大手の華為技術を対象とした米政府の禁輸措置が示すように、FIRRMAの実質のターゲットは中国企業とされるものの、日本企業もその影響は考慮する必要がある。

2020年2月から導入されるFIRRMAの新規則ではCIFUSの審査対象の拡大が行われたほか、米国にとって重要な技術に関する定義も明確ではなく、その解釈が拡大適応される懸念が残る。今後、中国市場で事業を展開する日本企業の米国内での自由な投資活動に影響が及ぶことは十分に考えられる。リストラクチャリングの一環で、米国子会社を売却する際等に、買い手によっては予期せぬ差し止め命令を受けるといった事態も想定される。

意思決定のスピード感

日本企業による海外M&Aの投資額は、過去10年間にわたって国内のそれを大きく上回っている。国別で見ると、2000年以降、インドや中国といった新興市場への投資が盛んになった時期も含め、日本企業にとって米国が常に海外M&A投資先として最大の市場であった。また、シリコンバレーを中心とするスタートアップ企業への投資額においても、日本は他国に比べトップの実績を残している。2015年から2018年までの4年間で、日本企業による総投資額は249億ドルにのぼり、2位の中国の160億ドルを大幅に上回っている。

日本企業による海外M&A投資額(国別)

日本企業による海外M&A投資額(国別)

Source: レコフM&Aデータベース/ Note: 2018年武田薬品工業によるシャイアー(アイルランド)買収案件(約6兆8,000億円)を除く

このシリコンバレーでの実績の裏には当然、多くの日本企業が既存事業にイノベーションを取り込んで既存事業の強化や発展を目論み、あるいは将来の新たな収益の柱となる新規事業の開発に繋げるといった意図がある。ただ、革新的な技術やビジネスモデルを持つスタートアップ企業をシリコンバレーで探すものの、日本企業が実際の投資に至るまでには様々な壁に直面している。

大きな壁の一つに、彼我の企業文化の違いがある。スタートアップ企業の創業者や株主は、経営にスピード感を重視しており、意思決定の判断基準も明確に保持している。一方で日本企業は、物事を決定するのに時間がかかる上に、現地で交渉を担当する者が最終的な投資決定権を持たないケースが多い。

日本企業の駐在員の中には、本社からの明確な投資戦略が定まっていないなかで現地の情報収集を行っていることがある。ある程度の情報を収集してから、投資の方向性や戦略を決定するとの方針であろうが、これでは如何にも非効率で時間がかかる。

全てのM&Aに通じることではあるが、その成功のためには、全社戦略の中でのM&Aの位置づけを明確にし、買収を行う目的を社内外に明確に説明できるようにしておくことが肝心だ。それを前提として、特にシリコンバレー、ひいては米国におけるM&Aで必須となるのが、本社の有力人材を起用し、投資の最終決定権を持たせた上で、対象会社の売り手との直接交渉に充てることだ。経営にスピード感を求める米国経営者、株主が相手となるため、目標を見据えつつ、常に効率よく効果的にM&Aのプロセスを進めることが肝要である。

高いバリュエーションと減損リスクへの対処

米国は昨年までの5年間で3度、年間2兆ドルを超える規模を誇る世界最大のM&A市場である。前述の通り、日本企業にとっても米国は最大の海外M&A投資先ではあるが、米国市場はその激しい競争環境から、M&Aにおけるバリュエーションが高くなる傾向がある。買収金額に含まれる買収プレミアムの一部は、買収企業のバランスシートにのれんとして計上され、減損リスクの対象となる。

ただ、市場のグローバル化、特定上位企業による寡占化が進む現代の経営環境のなかでは、世界最大の経済大国である米国市場、また強力なブランドを確立した米国企業を押さえるという意味で、M&A戦略上の「やらざるリスク」への気配りは怠れない。買収後に抱え込む減損リスクをいかに考えるかは、まさに個別企業の将来の成長戦略全体の問題でもある。対象会社を自社のグループ内に統合することによる中長期の価値創造をいかに構想して投資の意思決定を下すかは、経営判断である。

買収後ののれんの減損リスクを可能な限り管理するために、企業がM&Aにおいてまず実施すべき最初の取組みは、徹底的なデューデリジェンス(DD)に基づく企業価値評価である。対象企業のブランド力や知財を含む事業、財務、法務、人事、ITの各分野で徹底したDDによる厳正な価値評価が必要となる。対象会社と長年の取引関係があれば別だが、多くの買収企業にとってDDはM&A交渉の前の段階から、交渉中、さらには買収後においても繰り返し実施する必要がある手続きである。その結果に基づいて、適切な組織形態、人材配置といったガバナンス体制の整備はもとより、継続的なシナジー計画の実行、見直しを行うことが戦略的な価値創造を実現する上で重要である。

キーパーソンのリテンション

米国企業の買収後の経営において、経営者はもちろん社内のキーパーソンをいかにやる気にさせるかは両社の統合、シナジー効果の発現を早期に達成する上で重要となる。

米国全体の平均年収は、日本の平均年収に比べると一般的に高く、業界や役職によっては、日本の平均年収の数倍となることもある。経営者や役員クラスになると破格の年収ということも少なくない。M&Aにおいては比較的早い段階で、対象企業の経営者や従業員の雇用条件や給与水準を把握した上で、買収後の新しい人事・報酬体系や、本社を含む指示命令系統の構想に着手する必要がある。

日本企業のM&Aでは、買収後に自社の雇用基準、または自社で定めたグローバル基準に合わせることも見受けられる。雇用基準の変更後に対象会社のキーパーソンが会社を去ることで、当初のシナジー計画を達成出来なくなるだけでなく、既存のビジネスの業績にまで影響が出ることもある。

この点は非常に重要で、海外M&Aを期に、本社自らグローバルな経営体制への変革を試みるくらいの覚悟をもって取組むことが求められる。

買い手としての日本企業

2000年代に入り、新興国経済が急成長した際、中国企業による米国進出が盛んになった。当時、米国内では、中国企業のプレゼンスが高まるなか、相対的に決断が早く、資金力もある中国企業に対して、日本企業は意思決定が遅く、交渉が長引く、という好ましくない評価も存在した。ただ、この米国内での評判も最近、変化が起きつつある。制裁関税の応酬など、昨今の米中の関係悪化などを背景に、中国企業の業績に逆風が吹いており、米国内で中国企業にまつわる投資の契約違反や交渉上のトラブルが目立つようになっている。投資の決定や交渉に慎重ではあるが、一旦契約条件が決定すると誠実に対応する日本企業の買い手としての評価の見直しが起きている。

成長を続ける世界最大の経済大国であり、シリコンバレーを始め、世界中から優秀な人材が集まる米国は、引き続き、日本企業の成長戦略、グローバル経営の核として位置づけられる市場であろう。経営環境に多少の不確実性があるものの、それは海外企業に限らず、米国企業にとっても戦う土俵としては同じだ。米国M&Aには特有の難しさもあるものの、それらにうまく克服もしくは回避して、グローバル競争に勝ち残り、将来にわたる持続的な成長基盤の構築に繋げていく日本企業が多数現れることを期待する。

執筆者

株式会社KPMG FAS
パートナー 吉野 眞一

2017年にKPMG FASに入社し、2年超の米ロサンゼルス事務所での勤務を経て、2020年4月より、同ニューヨーク事務所にて勤務。同国市場における日本企業のM&A、新規事業開発、事業再生等の支援を提供。KPMG以前は、米系投資銀行の傘下でゴルフ事業の買収、統合事業を担当。会計系M&Aアドバイザリー会社にて、海外案件のPMI、事業統合、カーブアウト等の業務を日米の拠点にて従事。米ロヨラ・メリーマウント大学(Finance, Management and International Business)卒業。


KPMG米国
パートナー ドナルド・L・ザンバラーノ

米国KPMGのディールアドバイザリー&ストラテジーの財務デューデリジェンス・プラクティス共同責任者で、米国市場における日本企業向けM&Aアドバイザリー業務の責任者。消費財・製造業セクターのリード・パートナーを兼務。企業およびプライベートエクイティに対する業務提供経験が豊富。KPMGにて監査業務に6年、ディールアドバイザリー業務に18年、計24年の経験がある。バブソン大学大学院経営修士号(MBA)、米国公認会計士。

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