基準最終化に向けた議論の開始(週刊経営財務2019年12月23日号)

週刊経営財務(税務研究会発行)2019年12月23日号に、IFRS第17号の最終化に向けた2019年11月のIASB会議に係るKPMG/あずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

週刊経営財務(税務研究会発行)2019年12月23日号に、IFRS第17号の最終化に向けた2019年11月のIASB会議に係るKPMG/あずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

はじめに

国際会計基準審議会(IASB)は、2019年6月26日、IFRS第17号「保険契約」(以下、IFRS第17号)を部分的に修正する公開草案「IFRS第17号の修正」(以下、本公開草案)を公表した。本公開草案は、2017年5月に公表されたIFRS第17号に対する修正を提案し、当該修正案について利害関係者からのコメントを求める目的で公表されたものである。
本公開草案は、公表されてから90日のコメント募集期間(2019年9月25日まで)に付されていたが、2019年11月のIASB会議から、IASBに寄せられたコメントを踏まえた議論が開始された。11月の会議では、寄せられたコメントのうち、さらなる検討を行うべき論点と、さらなる検討を行わない論点が整理され、IASBスタッフの整理通りに暫定合意された。本稿では、11月のIASB会議の概要について解説する。文中の意見に渡る部分は私見であり、特に断りのない限り、項番号および付録は本基準書のものを指す。

IASBに寄せられたコメントレターについて

90日のコメント募集期間で、IASBは122のコメントレターを受領し、コメントレターの半数は、財務諸表作成者(保険会社)、保険・銀行の業界団体、アクチュアリーファームであった。その他、会計基準設定団体、監査法人、財務諸表利用者、規制当局などからのコメントも寄せられたと報告されている。

公開草案で修正が提案された8論点と基準の用語に関する軽微な修正等

本公開草案にて修正が提案された論点は以下のとおりである(これらの修正が提案された背景についてはIFRS第17号の修正に関する公開草案の解説(週刊経営財務2019年8月26日号)を参照)。

# Topic
1 IFRS第17号の発効日の延期
2 IFRS第17号の適用範囲に関する追加的な例外措置
3 更新契約に係る契約獲得キャッシュ・フロー
4 投資活動に関連するサービスへの利益の配分規準
5 リスク軽減オプションの拡充
6 再保険契約における会計上のミスマッチの低減(元受契約が不利である場合の処理)
7 保険資産・負債に係る財政状態計算書上の表示の簡素化
8 移行措置に関する要求事項の軽減
9 基準内の用語に関する軽微な修正等

1.IFRS第17号の発効日の延期

本提案は、IFRS第17号の発効日を1年遅らせ、2022年1月1日以降に開始する事業年度からとするIFRS第17号自体の適用日の延期と、IFRS第4号「保険契約」(現在適用されている基準)において、一定の条件を満たす保険会社等に認められているIFRS第9号「金融商品」(以下、IFRS第9号)の適用を一時的に免除するオプションの失効日の延期を提案するものである。
IFRS第17号の発効日の1年延期については、約半数の利害関係者が同意したようである。一方で、公開草案で提案されている時期よりもさらなる延期(2023年以降とするなど)を求めるコメントも寄せられた。また、IFRS第9号の免除オプションについては、IFRS第17号とIFRS第9号の同時適用が必須であるとするコメントや、当該免除オプションを適用する場合には追加の開示を要求するべきといったコメントなどが寄せられた。IASBは、これらのコメントについて、今後のIASB会議でさらなる検討を行うとした。
なお、一部の利害関係者は、IFRS第17号の適用日を延期する代わりに、IFRS第17号移行時の比較情報の簡素化などを提案したが、比較情報に関するコメントについては、さらなる検討は行わないとされた。

2.IFRS第17号の適用範囲に関する追加的な例外措置

本提案は、特定の要件を満たす融資契約についてIFRS第17号またはIFRS第9号のいずれかの基準を適用することができるようにするとともに、特定の要件を満たすクレジットカード契約について、IFRS第17号の適用範囲から除外し、IFRS第9号を適用することを提案するものである。
融資契約については、ほとんどの利害関係者が公開草案の提案に同意したようである。一方で、比較可能性を確保するため、IFRS第17号かIFRS第9号かの選択ではなく、いずれかを強制的に適用しなければならないようにするべきといったコメントも寄せられたが、これは公開草案の公表時点で既に検討した論点であるため、さらなる検討は行わないとされた。
クレジットカード契約については、クレジットカード契約だけでなく、保険契約の定義を満たすデビットカード契約等も除外とするなど、除外する対象範囲の拡大を求めるコメントなどが寄せられ、今後のIASB会議でさらなる検討を行うとされた。
なお、公開草案で提案されているクレジットカード契約について、IFRS第17号の適用範囲から除外するべきではないといったコメントについては、公開草案の公表時点で既に検討した論点であるため、さらなる検討は行わないとされた。

3.更新契約に係る契約獲得キャッシュ・フロー

本提案は、更新が見込まれる保険契約において、新契約獲得時に支払う契約獲得キャッシュ・フロー(代理店手数料など)を、関連する更新後の契約にも配分することを提案するものである。
一部の利害関係者からは、公開草案の提案内容及び規定の明確化(ガイダンスの提供を含む)を求めるコメントや、公開草案の提案内容(特に、将来配分される契約獲得キャッシュ・フローを資産化した際の回収可能性の評価)が企業にとって過度に複雑になるというコメントなどが寄せられた。また、契約獲得キャッシュ・フローの配分には企業の重要な判断が伴うことから企業間の比較可能性を損なうという懸念を示した少数の利害関係者もいた。IASBは、更新契約に係る契約獲得キャッシュ・フローに関して寄せられたコメントについては、今後のIASB会議でさらなる検討を行うとした。

4.投資活動に関連するサービスへの利益の配分規準

本提案は、一般的な測定モデルにおける保険収益の認識(契約上のサービス・マージン(CSM)の各報告期間への配分)について、保険カバーだけでなく、保険契約が提供する投資リターン・サービスも含めて考慮することを提案するものである。
一部の利害関係者からは、保険サービスと投資リターン・サービスという複数のサービスを考慮することの複雑性に対して懸念を示すコメントが寄せられた。また、投資リターン・サービスに関する文言の明確化やガイダンスの提供を求めるコメントも寄せられた。これらのコメントについては、今後のIASB会議でさらなる検討を行うとされた。
さらに、本件に関連する開示規定に関して、CSMの予想償却スケジュールについての定量的な開示を必須とする公開草案の提案内容を懸念する少数のコメントも寄せられており、今後のIASB会議でさらなる検討を行うとされた。

5.リスク軽減オプションの拡充

本提案は、企業が直接連動有配当契約から生じる金融リスクを軽減するために再保険契約(出再保険)を使用する場合にも、リスク軽減オプションを適用することができるようにする提案である。
本提案にコメントを提出した利害関係者は提案内容を支持したが、一部の利害関係者からは、当期純利益を通じて公正価値で測定する区分で保有するデリバティブ以外の金融資産(例えば債券など)についても、リスク軽減オプションの適用を求めるコメントなどが寄せられ、今後のIASB会議でさらなる検討を行うとされた。
なお、直接連動有配当契約以外の契約についてもリスク軽減オプションの適用を求めるコメントや、保有する再保険契約(出再契約)に対して変動手数料アプローチの適用を求めるコメントについては、公開草案の公表時点で既に検討した論点であるため、さらなる検討は行わないとされた。

保有するデリバティブにより直接連動有配当契約から生じる金融リスクを軽減する場合、当該金融リスクの変動による影響を純損益に反映させ、デリバティブの損益とマッチングさせることができるオプションが定められている(IFRS17. B115~B118項)。

6.再保険契約における会計上のミスマッチの軽減(元受契約が不利である場合の出再契約の処理)

本提案は、再保険契約が以下の両要件を満たす場合、当初認識時において元受契約が不利な契約となった際に、対応する再保険契約の利得を認識することで会計上のマッチングを達成することを提案するものである。

  • 元受契約の損失を比例的(proportionate basis)にカバーする再保険契約(つまり、固定された比率の保険金を回収する再保険契約)
  • 元受契約が発行される前に、または同時に発行される再保険契約

ほとんどの利害関係者は本件で提案されている目的には同意したが、一方で、公開草案で提案されている適格な再保険契約の範囲が狭すぎるという懸念のコメントが寄せられ、今後のIASB会議でさらなる検討を行うとされた。

7.保険資産・負債に係る財政状態計算書上の表示の簡素化

本提案は、保険契約資産及び負債の表示について、保険契約グループではなく、保険契約ポートフォリオレベルで区分して表示することを提案するものである。
利害関係者の反応は、基本的には公開草案の提案内容を支持するものであった。一方で、少数の利害関係者からは、ポートフォリオレベルではなく保険会社全社レベルの区分において保険契約資産及び負債の表示を求めるといったコメントなども寄せられたが、公開草案の公表時点で既に検討した論点であるため、さらなる検討は行わないとされた。

8.移行措置に関する要求事項の軽減

1.企業結合などで取得した支払備金に関する取扱い
本提案は、修正遡及アプローチを適用する場合における特定の修正項目として、または、公正価値アプローチを適用する場合に、移行日以前に企業結合などで取得した支払備金を、発生保険金に係る負債として分類することを提案するものである。IFRS第17号では、企業が保険契約を保険事故が発生した後に買収などにより取得し、決済される金額が不確定である場合には、当該契約に関連する負債を残存カバーに係る負債として分類することを企業に要求しているが、本提案は、IFRS第17号移行時においてのみ当該処理の例外を提案するものである。
利害関係者の反応は、基本的には公開草案の提案内容を支持するものであったが、一部の利害関係者からは、移行時の軽減措置だけでなく、IFRS第17号移行後の期間においても公開草案で提案されている処理が可能となるように適用期間の拡大を望むコメントが寄せられ、今後のIASB会議でさらなる検討が行われるとされた。
なお、原則的な遡及アプローチ(以下、完全遡及アプローチ)や修正遡及アプローチの場合でも、公正価値アプローチのように取得した支払備金を、発生保険金に係る負債として処理することを選択できるようにするべきといった少数のコメントも寄せられたが、公開草案の公表時点で既に検討した論点であるため、さらなる検討は行わないとされた。
また、企業結合以外で取得された支払備金の場合(ポートフォリオ移転など)における取扱いについて明確化を求める少数のコメントについては、最終基準書の文言検討の過程で明確化するべきであるというIASBスタッフの見解が示された。

本公開草案における表現は「保険金の決済に関連する負債」となっている。


2.直接連動有配当契約についてのリスク軽減オプションに関する取扱い

本提案はIFRS第17号移行時におけるリスク軽減オプションの適用に関するものであり、以下の提案内容となっている。

  • IFRS第17号の移行日までにリスク軽減の実態を有している場合には、IFRS第17号の移行日から将来に向かってリスク軽減オプションの使用を認める。
  • 以下の両要件を満たす場合、直接連動有配当契約のグループに公正価値アプローチを適用することができる。
    • 移行日から将来に向かってリスク軽減オプションを使用することを選択する。
    • 移行日以前から、金融リスクを軽減するために、デリバティブまたは再保険契約を保有してリスク軽減の実態を有している。

利害関係者の反応は、基本的には公開草案の提案内容を支持するものであった。一方、一部の利害関係者からは、公開草案で提案されている内容に加えて、または提案されている内容に代えて、リスク軽減オプションを移行日以前に遡及的に適用できるようにすることを望むコメントや、リスク軽減オプションを遡及的に適用することを原則とした方が「後知恵」が生じるリスクが低いのではないかというコメントが寄せられた。これらのコメントについては、今後のIASB会議でさらなる検討を行うとされた。

9.基準内の用語に関する軽微な修正等

公開草案では、IASBが意図しない解釈がなされることを防ぐために基準の文言を明確化するなど、比較的軽微な修正が提案された部分があり、当該内容についてもコメントが寄せられた。例えば、直接連動有配当契約の要件を規定するB107項の編集(B101項の表現との平仄のため、直接連動有配当契約の要件を個々の契約レベルで判定するように「グループ」という表現を削除する編集)について、グループ単位で測定するというIFRS第17号の原則的考えからの大きな変化であることを指摘するコメントや、投資要素の定義に関連する明確化を望むコメント(契約者貸付や保険料返戻との関係含む)などが寄せられており、今後のIASB会議でさらなる検討が行われるとされた。
また、基準内の用語の取扱いに関しては、「カバー単位」や「保険契約サービス」に関する用法・語法についての明確化を求めるコメントが太宗を占めていたと報告されており、前述の「No.4 投資活動に関連するサービスへの利益の配分規準」に関する再審議の一環として本件も検討するとされた。

公開草案で修正の提案はなされていないが、利害関係者からコメントがあった論点

一部の利害関係者からは、公開草案で修正の提案がなされていない内容に関するコメントも寄せられた。それぞれのトピックに対するIASBの方針は以下の通り。

# Topic IASBの方針
1 集約レベル 寄せられた一部のコメントについて、さらなる検討を行う。
2 期中財務諸表(B137項の取扱い)
3 移行措置に関するさらなる軽減
4 新たな懸念やIFRS第17号導入に関する疑問など
5 保有する再保険契約(出再契約)の契約の境界線
さらなる検討は行わない。
6 割引率とリスク調整の決定方法
7 連結グループにおけるリスク調整
8 CSMの調整を決定するために利用される割引率
9 保険金融収益/費用をその他の包括利益に表示するオプション
10 企業結合により取得した保険契約の分類
11 保有する再保険契約(出再契約)への変動手数料アプローチの適用
12 保険契約を発行する相互会社

 

集約レベルについては、一部の利害関係者より、世代を超えてリスクを共有するような特定の保険契約について年次コホートの例外を求めるコメントや、年次コホートの例外を適用する保険契約がある場合に、追加的な開示を求めるコメントが寄せられ、当該コメントについては、今後のIASB会議でさらなる検討を行うとされた。当該コメント以外に寄せられたコメントについては、さらなる検討は行わないとされた。
期中財務諸表の取扱いについて、B137項は、IFRS第17号をその後の期中財務諸表又は事業年度において適用する際に、過去の期中財務諸表で行った会計上の見積りの取扱いを変更してはならないとする規定であり、企業の報告の頻度は年度業績の測定に影響を与えるべきではないとするIAS第34号「期中財務報告」の例外にあたる。この要求事項に関して、例えば連結グループにおける子会社から親会社への期中報告と子会社における単体の年度決算のように、IAS第34号が適用される期中報告か否かで、子会社は2組の会計上の見積りを行う必要があり、実務上の重要な負担となる旨のコメントなどが寄せられた。期中財務諸表(B137項の取扱い)に関するコメントについては、今後のIASB会議でさらなる検討を行うとされた。
移行措置については、さらなる軽減措置を求めるコメントなどが寄せられ、財務諸表の有用性を損なわずに移行の負担を軽減させる可能性があるものについては、今後のIASB会議でさらなる検討を行うとされた。一方で、修正遡及アプローチについてより選択的かつ柔軟な軽減措置を求めるコメントや、完全遡及アプローチに関するさらなる軽減措置を求めるコメントなども寄せられたが、両アプローチに関するさらなる軽減措置等の検討は行わないとされた。
その他、IFRS第17号に関する新たな懸念やIFRS第17号導入に関する疑問に関するコメントも寄せられ(Policyholder taxesのIFRS第17号上の取扱いなどが例示されている)、これらについては今後のIASB会議で報告を行い、IASBとしてどのようなアクションが必要かを決定するとされた。
上記以外の論点(表のNo.5~12)については、公開草案の公表時点で既に検討した論点であるといった理由から、さらなる検討は行わないとされた。

今後のスケジュール

IASBでは2019年12月から2020年2月までの期間において、基準最終化に向けたさらなる検討を行う予定としている。修正後の最終基準の公表は、本稿執筆時点においては2020年の中頃とされている。

全体のスケジュール

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(出典:11月IASB会議アジェンダペーパーより筆者作成)

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