働き方改革と退職給付制度の見直し

現在の退職給付制度の課題を整理し、制度を見直す際の留意点を解説します。

現在の退職給付制度の課題を整理し、制度を見直す際の留意点を解説します。

あずさ監査法人 金融アドバイザリー部 パートナー 枇杷 高志

あずさ監査法人 金融アドバイザリー部 パートナー 枇杷 高志

退職給付制度を取り巻く環境と課題

深刻な人手不足や人材の流動化、働き方の多様化等、労働環境を取り巻く昨今の外的要因の影響や、働き方改革関連法も順次施行される中で、多くの企業が採用難や優秀人材の離職への対応課題を抱えています。
また、厚生労働省の企業年金・個人年金部会においても、企業年金における加入可能年齢の延伸をはじめ、実に数多くの課題を検討しているところです。

こうした状況にあって、企業には、従業員がより魅力的な報酬制度と感じられる退職給付制度の再設計と運営が求められています。制度見直しに際しては、以下のような代表的な課題が挙げられます。

  • 定年延長対応
  • 非正規従業員の退職給付
  • 中途採用者への配慮
  • キャリアチェンジに不利でない制度設計
  • 選択肢の多様化
  • 運営や利便性の向上

中でも、「定年延長対応」と「非正規従業員の退職給付」については、法令対応としても重要性が増しています。

定年延長時の給付設計 - 原資設定と支給時期のポイント

定年延長時の退職給付制度設計の際には、原資設定と支給時期の二つのポイントを考慮する必要があります。

原資設定

図1に示すように、旧定年以降の給付方法については、大きく分けて三つのパターンが考えられます。Aは旧定年以降も退職金の給付額が右肩上がりで増え続けるパターン。従業員のモチベーションは上昇しますが、企業のコストは増えます。BとCは、旧定年以降は退職金の額が変わらないパターンです。どのパターンを選択するのか、企業はコストインパクトにも留意しつつ、モチベーション重視かコスト重視か等を検討して設計する必要があります。

図1 定年延長時の給付設計(原資設定)

図1 定年延長時の給付設計(原資設定)
  • パターンA:旧定年以降も給付額が増え続けるため、従業員のモチベーションは上昇するが、企業の費用負担も増加
  • パターンB:旧定年以降、給付額は変わらず、費用負担も変わらず
  • パターンC:旧定年で退職金を支給。年金の支給開始年齢は年齢を繰り下げ

支給時期

雇用の延長や公的年金の繰り下げ受給拡大といった政府の方針がある中で、企業年金等の支給時期を考慮する必要があります。例えば、65歳以降の雇用延長があるケースでは65歳以降で賃金収入が下がった場合にこれを企業年金等でカバーし、退職した70歳からは繰り下げ受給することとした公的年金で生活費の大半を賄うという考え方があります(図2 ケース1参照)。一方、65歳以降の雇用延長がない場合は、公的年金を繰り下げ受給すると、65~69歳の収入が大きく落ち込む危険があるため、公的年金受給は原則どおりに65歳から開始しし、生活費が不足する部分を企業年金等でカバーするといったことが考えられます(図2 ケース2参照)。その他、個々の従業員の状況によって様々なパターンが考えられますが、選択肢が固定化されないよう柔軟な制度設計が求められます。

図2 定年延長時の給付設計(支給時期)

図2 定年延長時の給付設計(支給時期)

非正規従業員への退職給付の留意点 - 最近の裁判例から

厚生労働省が示している「同一労働同一賃金ガイドライン」では、
“この指針に原則となる考え方が示されていない退職手当、住宅手当、家族手当等の待遇や、具体例に該当しない場合についても、不合理と認められる待遇の相違の解消等が求められる。このため、各事業主において、労使により、個別具体の事情に応じて待遇の体系について議論していくことが望まれる。”
という記載がされています。(出典:厚生労働省 同一労働同一賃金ガイドライン

一方で、正社員とほとんど同じ仕事をしていた契約社員という前提ではありますが、最近、契約社員と正社員の待遇格差の不当性に関する訴訟で、非正規社員に退職金の支払いを命じる裁判例がありました。ただし、この判例では、長期雇用を前提とした正社員に対する退職金を手厚くすること自体は不合理ではないとし、契約社員に対して正社員と同水準の退職金を支払うことまで求めることはありませんでした。

企業には、こうした状況を踏まえた対応が求められています。具体的には、現状分析(待遇格差の把握、格差の合理性の有無確認)から対応方針決定(対象者、給付水準、企業年金の導入有無)、制度設計(給付算定式の設定、コストインパクトの確認)、導入準備(従業員説明、企業年金承認申請等)等のプロセスを踏んでいく必要があります。

この際、特に留意すべきは、退職金の不支給や給付格差に合理性があるかを検討することです。前述の裁判例によれば、給付額を正社員と同じ水準にする必要は必ずしもないと思われますが、その差異に合理性があることが重要となります。訴訟リスク等を避けるためにも、非正規従業員への退職給付については早急に検討すべき課題だといえます。

組織横断的なプロジェクトによる制度の見直し

少し前までは、企業業績の低迷に加えて退職給付債務の負担や年金資産運用の不安定さから、退職給付制度の給付減額や廃止を行う企業が少なくありませんでした。しかし、今日では人手不足や人材の流動化といった問題もあり、「優秀な人材の確保」につながる退職給付制度にしていこうとする前向きな発想に変わりつつあります。

そうなると退職給付制度の水準引き上げや適用範囲の拡大等を検討することも必要になりますが、そこで大事になるのが財務経理への影響をきちんと確認しておくことです。人事部側としては優秀人材の確保は大事なミッションですので、給付の増額を推進していきたい立場かもしれません。しかしながら、退職給付水準の引き上げは、退職給付債務の増加、不安定な企業年金の運用利回り(図3参照)を背景とした資産運用リスクの増大等を通じ、企業の財務会計に少なからず影響を与えます。従って、制度の見直しに際しては、財務と経理の担当者を巻き込み、組織横断的なプロジェクトで検討していくことが大切です。

図3 企業年金の運用利回りの推移

図4 退職給付制度見直しの検討フローと留意点

図4 退職給付制度見直しの検討フローと留意点

本ページは、KPMGフォーラム2019において、あずさ監査法人 金融アドバイザリー部 パートナー 枇杷 高志が講演した解説をウェブコンテンツとして編集したものです。

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