KAM:早期適用における対応と強制適用に向けた課題

本稿では、2021年3月期の財務諸表監査から本格導入される「監査上の主要な検討事項」に関して、早期適用にあたって必要な対応と強制適用に向けた課題について解説します。

本稿では、2021年3月期の財務諸表監査から本格導入される「監査上の主要な検討事項」に関して、早期適用にあたって必要な対応と強制適用に向けた課題について解説します。

本稿では、2021年3月期の財務諸表監査から本格導入される「監査上の主要な検討事項」(以下「KAM」という)に関して、早期適用にあたって必要な対応と強制適用に向けた課題について解説します。
KAMの記載は、監査の信頼性を確保する観点から監査プロセスの透明性を向上させるために導入されたものであり、その後の制度的対応も踏まえると、監査上の論点について具体的に記載することが強く望まれます。
KAM記載の早期適用をするか否かは、企業と監査人との間の合意により決定されますが、決定にあたってはKAMの記載による影響を見極めたうえで判断するほか、早期適用にあたっては好事例を積み重ねることが重要です。また、早期適用をしない場合でも、強制適用年度に先立ち、試行検討を行うことが円滑な適用の観点から重要です。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

Point1 KAM導入に向けた動向
KAM導入に向けて、JICPAや日本監査役協会によるQ&Aをはじめとして様々な動きがある。

Point2 早期適用における対応
早期適用すべきかについて適切に判断したうえで、早期適用をする場合、企業開示や監査手続等への影響を分析のうえ、好事例を積み重ねることが重要。

Point3 強制適用に向けた課題
早期適用をしない場合でも、強制適用に備えて試行検討を実施したうえで、KAM記載による影響について監査人と理解を共有することが重要。

I.はじめに

わが国では、2021年3月期の連結および個別財務諸表監査(以下「財務諸表監査」という)から、KAMの記載が上場企業等の財務諸表監査において要求されます。また、12月決算のSEC登録企業の連結財務諸表監査に関する取扱いを除けば、2020年3月期の財務諸表監査から、金融商品取引法に基づく監査報告書においてKAM記載の早期適用が開始されます。
KAMの記載は、従来の財務諸表監査における監査人による監査報告の枠組みを大きく変えるものとして財務諸表利用者および企業関係者の注目度も高く、監査人はもちろん、財務諸表利用者、監査役等、企業の経理・総務・IR部門等においても、早期適用や強制適用に向けて様々な対応が検討されています。
このため、本稿では、KAM導入に向けた最近の動向を踏まえ、早期適用についてどのような対応が必要か、および、強制適用に向けてどのように備えるべきかについて解説します。

II.KAM導入に向けた最近の動向

1.KAMの導入の背景

わが国におけるKAMの記載要求は、2018年7月に金融庁/企業会計審議会より公表された監査基準の改訂、および、2018年11月に金融庁より公表された監査証明内閣府令等によって導入されました。
わが国では、不正会計事案などを契機として、金融庁に「会計監査の在り方に関する懇談会」が設置され、2016年3月に「監査の信頼性を確保するための取組みに関する提言」が公表されました。同提言では、財務諸表利用者に対して監査に関する情報提供を充実させることが必要である旨が指摘され、とりわけ監査プロセスの透明性を向上すべき旨が提言されました。
また、2015年1月に国際監査・保証基準審議会(IAASB)より公表された国際監査基準(ISA)の改訂を踏まえ、2016年12月期の財務諸表監査以降、多くの国で、監査人からの追加的な情報提供を主な目的としてKey Audit Mattersの記載が開始されています。さらに、米国でも、2017年6月に米国公開会社会計監視委員会(PCAOB)から監査基準の改訂が公表され、KAMと極めて類似する「監査上の重要な事項」(Critical Audit Matters: CAM)の記載要求が導入されることとなりました。わが国におけるKAMの記載要求は、こうした背景において導入されたものです。

2.KAM導入に関する最近の動向

上記を踏まえ、2019年において、日本公認会計士協会(以下「JICPA」という)より、実務上の指針やQ&Aが公表されているほか、日本監査役協会からも「KAMに関するQ&A・前編」が公表されています。なお、監査役協会からは、今後、「後編」についても公表する予定である旨が示されています。
また、KAMの導入と並行して、コーポレートガバナンス改革の観点から、2020年3月期の有価証券報告書から、記述情報(経営方針・経営戦略、リスク情報、経営者による経営成績等の分析(MD&A))や監査役会等の活動状況(主要な検討事項を含む)の記載も拡充することとされています。
さらに、企業会計基準委員会(以下「ASBJ」という)より、企業会計基準第28号「収益認識に関する会計基準」等が公表され、新しい収益認識に関する会計基準が、原則として2021年4月以降開始する連結会計年度および事業年度の期首から適用となるほか、企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」等も同時期より適用となります。
加えて、2019年10月にASBJから、企業会計基準公開草案第68号「会計上の見積りの開示に関する会計基準(案)」および企業会計基準公開草案第69号「会計方針の開示、会計上の変更および誤謬の訂正に関する会計基準(案)」が公表されており、原則として、2021年3月31日以後終了する事業年度の年度末に係る財務諸表から、関連する会計基準等の定めが明らかでない会計方針や見積りの発生要因に関する追加の注記が要求されることが想定されています。図表1は、こうした制度的動向をまとめたものです(図表1参照)。

図表1 KAM導入に向けた制度的動向

時期 事項
2016年3月 会計監査の在り方に関する懇談会より、提言が公表
2018年7月 金融庁/企業会計審議会より、「監査基準の改訂に関する意見書」が公表
2018年11月 金融庁より、「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令」の改正が公表
2019年2月 JICPAより、関連する監査基準委員会報告書が公表
2019年6月 監査役協会より、「KAMに関するQ&A集・前編」が公表
2019年7月 JICPAより、「監査報告書に係るQ&A」(以下「監査報告Q&A」という)が公表
2020年3月期 KAMの早期適用開始
有価証券報告書における記述情報や監査役会等の活動状況の記載が充実
2021年3月期 KAMの強制適用開始
会計基準等で明らかでない会計方針や会計上の見積りの発生要因に関する注記の充実が予定(早期適用可の方向)
2021年4月以後開始する事業年度 新しい収益認識や時価の算定に関する会計基準が適用され、会計処理や注記が変更される可能性(早期適用可)

3.わが国におけるKAMの導入の特徴

前述を踏まえると、わが国におけるKAMの導入は、以下の点が特徴的と言えます。

  • KAMの記載にあたって、監査の信頼性を向上させるという目的を意識することが期待されていること
  • 金融商品取引法監査においてKAMの記載が段階的に導入されることとされており、特に東証1部上場企業においては早期適用が奨励されていること
  • 金融商品取引法に基づく監査報告書においてのみKAMの記載が要求されているものの、会社法に基づく監査報告書においてもKAMの記載が認められていること
  • KAMが企業開示とも関連することを踏まえると、有価証券報告書における記述情報の拡充やASBJにおいて進められている会計基準の改訂を踏まえたうえで、KAMの記載に関する検討を進める必要があること

III.早期適用における対応

1.KAM記載の早期適用についての検討

2020年3月期の財務諸表監査より、KAM記載の早期適用について検討がされています。KAM記載の早期適用は監査契約書において定められるものであり、企業と監査人の合意に基づくものです。早期適用の件数は、必ずしも多数になるとは限りませんが、同業他社の動向等も踏まえつつ、期末付近まで検討を続ける企業も少なくないようです。
このため、早期適用に向けて検討を進めている企業および監査人に向けて、早期適用の実施による便益(メリット)と課題(デメリット)として指摘されている主な事項を以下に示します。

(1)早期適用による便益
KAMの早期適用による最も大きな便益として、「情報開示に前向きな企業」とのシグナルを市場に示し得る点が指摘されています。近年、コーポレートガバナンス改革の議論において、株主や投資家に対する情報開示を充実させることによって、建設的な対話を促進し、市場価値の向上に向けた好循環を創り上げていくことの必要性が強く指摘されています。この点、KAMの記載は、市場関係者からの注目度も高いことから、1年間待つよりも、他社に先んじて記載を進めることで、「情報開示に前向きな企業」というシグナルを市場に示し、企業価値の向上が図られるかもしれません。こうした「攻め」の観点から、KAM記載の早期適用をしていくという考え方があります。
また、同業他社においてKAM記載の早期適用がされる場合、意図せざる結果として、競合他社と比較して「情報開示に前向きでない企業」という印象を市場に与えてしまうことになる可能性も指摘されています。こうしたリスクを回避するため、多くの企業において、早期適用をするか否かについて期末付近まで検討がされるようです。
他方、上記にかかわらず、KAMの早期適用は、実務的にもメリットがある可能性があります。前章で記載したとおり、わが国では、2020年3月期より有価証券報告書における記述情報の拡充が図られるほか、会計方針や会計上の見積りに関する注記に係る会計基準の改訂も2020年3月期から早期適用できるようになることが見込まれています。
あずさ監査法人におけるこれまでの検討を踏まえると、KAM記載において企業と監査人との間で議論になる点は、多くの場合、「KAMの記載によって、従来開示されていなかった情報を一部公表する必要がある」という点と考えられます。この場合、2020年3月期において記述情報の拡充や会計方針や会計上の見積りの拡充をしていくなかでKAMに関連する情報をどのように追加的に開示すべきかを検討することが、全体としての実務的負荷を軽減することに繋がる可能性があります。

(2)早期適用に関する課題
KAMの早期適用に関する課題として、早期適用事例を参考にすることができず、KAM記載の在り方について十分な検討が難しくなる可能性が挙げられます。
特に会社法監査報告書においてKAMを記載しようとする場合、事業報告書や計算書類においてKAMに関連する情報をどのように追加的に開示し得るかについて検討することには相当の時間を要するかもしれません。
いずれにせよ、早期適用における事例は、2021年3月期における強制適用において参考とされる可能性が高いため、監査の信頼性を全体として向上させることができるよう、「好事例」を積み重ねていくことが重要と考えられます。

2.早期適用をする場合の検討事項

KAM記載について早期適用を行う旨を決定した場合、以下のような事項について、監査人と協議することが重要と考えられます。

(1)KAMの文案を踏まえた追加開示の検討
KAMの記載は、企業会計審議会による「監査基準」やJICPAによる監査基準委員会報告書における要求事項レベルでは、項目のみが定められているだけです。他方、2019年7月にJICPAから公表された監査報告Q&Aでは、KAMの内容および理由の記載にあたって、KAMの対象となっている領域(例:セグメント名や事業名)や金額を特定することが重要である旨が説明されています。また、監査上の対応の記載にあたっては、たとえば、会計上の見積りの不確実性に関する事項がKAMとされている場合、見積りに使用された具体的な要素(たとえば、市場の成長率や顧客の定着率に関する仮定)を示したうえで、当該要因に対応する手続を記載することが重要である旨の説明がされています。
こうした情報は従来の企業開示において、必ずしもすべてが開示されているとは限らないため、具体的にどのような情報がKAMに記載され、それを踏まえて企業としてどのような追加的な開示をすることが考えられるかについて、経営者・監査役等・監査人の間で適宜協議しつつ、検討を行うことが重要と考えられます。

(2)KAMの記載を踏まえた監査手続の見直し
KAMの記載は、従来、監査人が監査役等とコミュニケーションを実施していた事項を監査報告書に記載するのみであるため、監査手続は変わらないはずであるとの見解があります。これは、理屈としては正しいのかもしれませんが、実務的には、そのとおりでないケースもあります。たとえば、KAMとして監査報告書に記載することを契機として、監査チーム内で改めて当該監査論点に対する対応が十分であったかについて、他の監査チームによる対応との横比較で検討することで追加手続を実施することになるケースもあるほか、こうした対応は監査基準の改訂における議論でも期待されていたものと考えられます。また、監査人による追加的な対応を踏まえ、監査役等による監査や内部監査における対応も変化する可能性があります。
このため、KAMの記載を踏まえて監査人としてどのような対応を実施するか等について、経営者・監査役等・監査人の間で十分なコミュニケーションをとるとともに、それぞれにおいて適切な対応を行うことが重要と考えられます。

(3)その他
連結財務諸表監査においてKAMとした項目が子会社における論点である可能性があります。仮に海外子会社における監査上の論点がKAMに該当する場合、当該論点への対応をより詳細に把握する観点から、親会社の監査人と当該海外子会社の監査人の間でのコミュニケーションをより充実させる必要が生じるかもしれません。また、親会社の監査役等と子会社の監査役等との間でも同様の事態が生じる可能性があります。
さらに、特にKAM記載の初年度においては、KAMの記載が株主から注目される可能性があるため、株主総会における対応についても十分な検討を行う必要があると考えられます。ここで、仮に有価証券報告書を株主総会後に提出する場合、会社法監査報告書においてKAMが記載されていない限り、株主はKAMの内容を株主総会当日において知ることができないため、これについて質問を受ける可能性もゼロとは言えません。
こうした事態に備えて、株主総会における対応とともに、開示の在り方についてどのような対応を講じるべきか(有価証券報告書を株主総会前に提出することがあり得るかを含む)についても検討することが望まれます。

IV.強制適用に向けた課題

早期適用は、KAMの記載を自発的にしようとする場合に限って開示されることになるため、KAMの選定や記載が極めて困難な事例は少ないかもしれません。他方、強制適用年度においては、KAMの選定が難しい状況(KAMとすべき項目が容易に識別できないケース)やKAMの記載がセンシティブな情報となる可能性も多くなると考えられます。
また、早期適用を実施するか否かにかかわらず、KAMの記載を踏まえた追加的な開示に関する検討を記述情報の拡充に関する枠組みの中で実施することは、全体としての実務的負荷の低減という観点からは効果的と考えられます。加えて、KAMの記載を踏まえて、翌年度の監査アプローチをどのように修正する必要があるかについても、できるだけ早期に識別することが被監査企業・監査人双方にとって重要と考えられます。
このため、KAMの記載を早期適用するか否かにかかわらず、強制適用年度前において、KAMの試行検討を実施し、具体的な対応について監査人と理解を共有することが円滑な適用にとって重要と考えられます。
現時点でKAMに関する対応に着手していない場合、こうした点も考慮しつつ、監査人と早期の段階でKAMに関する対応についてディスカッションを開始することが望まれます。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
監査プラクティス部
パートナー 関口 智和

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