キャッシュリターンを意識した財務フレームワーク - ROIC経営の死角に対応する -

キャッシュリターンを意識した財務フレームワーク - ROIC経営の死角に対応する -

本稿では、ROIC経営の死角とも言える「財務フレームワーク」の概要について説明するとともに、そのアプローチ方法について解説します。

土屋大輔

あずさ監査法人 金融アドバイザリー事業部 グローバル財務マネジメント/アカウンティング・アドバイザリー・サービス統轄事業部/KPMGあずさサステナビリティ アドバイザリー事業部/サステナブルバリュー・ジャパン ディレクター

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日本企業において資本コストを意識した経営への意識の高まりとともに、業績評価指標としてROICを導入する企業が増加しています。しかしながら、ROIC経営への取組みを開始したものの、企業価値向上は道半ばといった企業が多いのが実態です。
このような企業においては「財務フレームワーク」の方針が不在であり、企業価値向上に向けた説明力が不足しているのが特徴です。「財務フレームワーク」は事業戦略を遂行するうえで必要となる、資本コストを踏まえたキャッシュリターンの評価、最適資本構成に関する方針、キャッシュフローアロケーションの方針が一体となった財務戦略の枠組みを指します。「財務フレームワーク」なくしては、ROICを導入したとしても企業価値は本質的に向上しません。
本稿では、ROIC経営の死角とも言える「財務フレームワーク」の概要について説明するとともにそのアプローチ方法について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

I.投資家が求めているのはキャッシュリターン

コーポレートガバナンス・コードの改訂等を契機として日本企業における資本コストを意識した経営に対する意識は高まりつつあります。ROE目標を公表している企業の割合は2018年度において51.3%となり、2015年度の41.0%と比べて約10%増加しています(一般社団法人生命保険協会「企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート調査」2015年度版および2018年度版)。また、その取組みの過程で業績評価指標としてROIC(投下資本利益率)を導入し、ROIC経営を推進する企業も増加しています。投下資本を「運転資本+固定資産」とするROICは事業部門別に展開が比較的容易であり、特に資本集約型な事業を展開する企業において導入する企業が多数見受けられます。
しかしながら、実態としてROICを導入しても企業価値が一向に高まらず企業価値向上に向けた取組みは道半ば、といったケースが多く見受けられます。これには様々な要因が考えられますが、企業価値向上に直結しない理由として大きく次の2点が考えられます。
1つ目は、キャッシュリターンの意識が不足している、という点です。ROICはあくまでも会計上のリターンをベースとしており、必ずしもキャッシュの創出を念頭に入れた指標ではありません。仮にROICが高まったとしても、それに見合うだけのキャッシュが上がらなければ本質的に企業価値は高まりません。資本コストを上回るリターンはキャッシュベースで見た「キャッシュリターン」を意識することが極めて重要です。
2つ目は上げたキャッシュフローに対する配分方針や有利子負債の活用方針等、キャッシュフローアロケーションに関する方針が不在であるという点です。ROIC経営を推し進めた結果として短期的に企業価値が高まったとしても、上がった利益≒キャッシュフローを事業戦略に則ってどう配分していくのか、その方針を示すことができなければ、その企業価値ひいては株主価値をどのように持続させていこうとしているのか、投資家は判断することができません。
関連して、企業はROICを算出する際には、資産サイドの投下資本(運転資本+固定資産)にのみ着目し、現預金は事業部門に配賦せずに本社勘定とするのが一般的です。本社が抱える現預金等も連結全体でみれば投下資本の一部を構成しており資本コストがかかっています。そうなると事業部門が設定されているハードルレートを上回るROICを上げていたとしても、本社勘定を加味すると連結ベースではROIC Spreadがマイナスであるということが起こり得ます。
これらに対処するためにはキャッシュフローアロケーションに関する方針を明示し、投下資本を適切なサイズにコントロールするとともに、稼いだキャッシュの使途を明確にする必要があります。
つまり、日本企業の取組みが過小評価されているのはキャッシュリターンや最適資本構成に関する方針、キャッシュフローアロケーションに関する説明が不足しており、ROE目標やROIC導入に関する取組みが散発的に示されているのに留まっているのが主な要因であると考えられます。ROIC導入の効果を投資家の評価に繋げていくためには、これらの方針を「財務フレームワーク」として一体的に示していくことが求められます。

II.利益の「質」

「財務フレームワーク」は中期経営計画等に則って事業戦略を遂行していくうえで必要となる、資本コストを踏まえたキャッシュリターンの評価、利益のキャッシュコンバージョン、最適資本構成に関する方針、キャッシュフローアロケーションの方針が一体となった財務戦略の枠組みです。
企業価値向上はROICが資本コスト(WACC)を持続的に上回ることによって達成されます。
一方で、ROICは会計上の利益をベースとしています。日本では成長を海外市場に求める中で持分法投資が増加しておりROICの評価を下記のとおりとするケースも増えてきています。

ROICの評価

財務的な観点からみた企業価値は、DCF法で表されるフリーキャッシュフローの割引現在価値がベースとなっています。その前提に立つと、企業価値向上のためには会計上の利益を積み上げるだけでは不十分であり、フリーキャッシュフローの創出力を高める必要があります。持分法投資損益はあくまでも会計上の利益であり、また、投資先から配当を取れるケースも決して多くはない現状において、持分法投資はフリーキャッシュフローの創出に、すぐには寄与しません。このようなケースではROICがどれだけ高まっても、それに見合うだけのキャッシュが上がらず、本質的に企業価値は向上しません。つまり、企業価値向上のためには、資本コストを上回るリターンはキャッシュベースでみたリターン、「キャッシュリターン」をもって評価することが極めて重要であるということになります。
キャッシュリターンを評価するうえで重要なのは利益の「質」を確保することです。利益の「質」は稼いだ利益が実際にキャッシュフローに転換される割合を指し、具体的な指標としてCCR(Cash Conversion Ratio)を活用します。

一般的なCCRの算出式
一般的なCCRの算出式

※CCRはNon-GAAP指標であり、定義は企業によって異なる。

上述のとおり、持分法投資の増加等もあって、投資の成果をすぐにキャッシュとして回収できていない企業も多くなってきています。つまり、会計上の利益は上がっていますが、CCRは低下し、利益の「質」が低下している企業が徐々に増えてきているのが実態なのです。2015年度以降、東証1部上場企業(時価総額1,000億円以上)のCCRは徐々に低下する傾向を示しています(図表1参照)。

図表1 東証1部上場企業CCR平均の推移

  2015年度 2016年度 2017年度 2018年度
CCR平均 77.8% 76.4% 70.8% 67.6%


出典:時価総額1,000億円以上の企業(金融を除く)を対象にSPEEDAのデータに基づき筆者が集計。CCRは営業キャッシュフロー÷(営業利益 + 減価償却費 +持分法投資損益)にて算出。

営業キャッシュフローを確保することは投資と株主還元の主たる原資にもなるため、極めて重要です。海外大手企業では投資家向けのガイダンスとしてCCRを開示し、その水準を100%程度にコントロールする方針を明示している企業もあります。一方で、CCRを指標として使用している日本企業は極めて稀です。日本企業は利益の「質」への意識を高めていく必要があります。

III.最適資本構成

企業価値を高めるためには稼いだ利益 ≒ 営業キャッシュフローを成長投資や株主還元に振り向けていく必要があります。そこで重要となるのが、最適資本構成とキャッシュフローアロケーションの方針です。
最適資本構成は、事業リスクに見合うD(有利子負債)/E(自己資本)の構成比であり、Debt Capacity(有利子負債の最大調達額)も最適資本構成の方針によって決まってきます。成長戦略をバランスシートでどう支えるか、また、過度な成長投資を財務の観点からどう規律付けるかは、最適資本構成の方針が拠り所となります。
最適資本構成に関する方針は格付の観点、事業リスクの観点、投資家の期待収益率の観点を踏まえて総合的に判断する必要があるものの、Debt Capacity は格付の水準によって決まってくることを踏まえると、格付の観点から見た最適資本構成の水準が最も重要になります(最適資本構成の方針策定に向けた実務的なアプローチについてはKPMG Insight Vol.26 (2017年9月号)をご参照ください)。
Debt Capacity は維持したい格付水準(格付を未取得の場合は想定される格付水準)によって異なります。一般的に格付が悪化するほど Debt Capacity は拡大しますが、その代わりに金利負担は増加します。また、格付機関が日系であるか、外資系であるかによって違いはあるものの、格付の評価において重視される主要な指標は「純有利子負債/EBITDA倍率」や「FFO(Funds from Operations、運転資本等調整前キャッシュフロー)/有利子負債」といったキャッシュフローに関連した指標です。つまり、キャッシュフローの創出力それ自体が格付ひいては Debt Capacityに影響してくるという点にも留意が必要です。
最適資本構成の方針は投下資本のサイズをコントロールし、ROICによる業績評価の妥当性を高めるうえでも重要です。上述のとおり、多くの企業は資産サイドでROICを算出し、現預金をはじめとする資産は事業部には配賦せずに本社勘定とすることが一般的です。本社が抱える余剰現預金が大きくなると連結全体の資本生産性の低下を招きます。日本の多くの企業において余剰現預金の相手勘定は自己資本の利益剰余金である、つまり、余剰現預金 = 過剰資本と見なす投資家も多く存在します。最適資本構成はあるべき自己資本比率についての方針について定めるため、自社株買い等によって資本構成をどの程度まで調整すべきかの指針にもなります。

IV.キャッシュフローアロケーションに関する方針

キャッシュフローアロケーションは「営業キャッシュフロー+ Debt Capacity」を原資として、成長投資や株主還元に配分する方針を指します。逆説的に言えば、成長投資と株主還元は「営業キャッシュフロー+ Debt Capacity」の範囲内でのみ配分(アロケーション)が可能ということになります。この制約の中で、成長投資や株主還元等のアロケーションの優先順位を決めていく必要があり、アロケーションの方針そのものが企業価値向上に向けた資金使途に関する企業の考えや方針を表すことになります。
キャッシュフローアロケーションは事業戦略によって異なりますが、成長投資と株主還元のバランスをどう考えるかが重要です。一般論として、資本コストを上回るリターンを継続的に上げることが可能であるのならキャッシュフローアロケーションとして再投資を優先した方がよいという整理になります。一方で、成長投資はさらにオーガニックな成長投資とインオーガニックな成長投資に分けることが可能です。M&A等のインオーガニックな成長投資はリスクが高いうえに発生時期も不確定であることが多く、オーガニックな成長投資と分けて考えるのが一般的です。
株主還元に振り向けられる総額は成長投資の額によって左右され、両者はトレードオフの関係にあります。成長投資を加速する局面では当然のことながら株主還元に振り向けられる金額は少なくなります。多くの日本企業は配当性向等を意識し、横並びの配当政策になっていると指摘されることも多いですが、その理由はキャッシュフローアロケーションに関する方針がなく、配分可能なキャッシュフローの観点から株主還元を捉えていないのが一因であると考えられます。
株主のセンチメントとして減配を忌避する傾向が強いこと、また、企業としても減配は業績悪化を示唆する等マイナスのシグナリング効果を市場に及ぼす可能性があることから、欧米では配当性向ではなく、DPS(一株当たり配当額)の成長に重きを置く企業が多くなっています。増配額それ自体は大きくはありませんが、毎期の増配で株主に報いるのと同時に、キャッシュフローアロケーション上の余力を活用し自社株買いを実施しています。
成熟企業の場合、キャッシュフローアロケーションの優先順位は1.オーガニックな成長投資、2.配当、3.インオーガニックな成長投資、4.自社株買い、となるのが一般的です。3.インオーガニックな成長投資は不確定要素が強く、実施しない場合があることもしばしばです。その場合、アロケーションの方針に基づき4.自社株買いを実施することになりますが、それには最適資本構成を維持するための資本調整の側面もあります。一方で、新興企業やライフサイクル上、成長ステージにある企業の場合、キャッシュフローアロケーションは1.オーガニックな成長、2.インオーガニックな成長、3.配当、4.自社株買い、となり特に3.4.は実施しないというケースも考えられます。これら企業は将来の成長投資に備えて資本を蓄積しておく必要があるためです。

V.財務フレームワーク

このようにROICの導入効果を最大限発揮するためには、資本コストを上回るリターン(ROIC>WACC)、利益の「質」の確保=キャッシュフローへの転換(キャッシュコンバージョン)、最適資本構成に基づく Debt Capacity、事業を通じて創出された営業キャッシュフローとDebt Capacityのアロケーションの方針を「財務フレームワーク」として一体的に説明することが必要です(図表2参照)。

図表2 財務フレームワークの全体像
図表2 財務フレームワークの全体像

「資本コストを踏まえたリターンの評価(キャッシュリターン)」「キャッシュコンバージョン」「最適資本構成」「キャッシュフローアロケーション」を一体的に捉える必要がある。

また、「財務フレームワーク」は単年度ではなく、中期経営計画等と連動させたうえで事業戦略の遂行と合わせて構築する必要があります。「財務フレームワーク」なしにROIC経営を進めても、投下資本を適切なサイズにコントロールすることができず、仮に短期的にキャッシュリターンが上がったとしても、中長期的かつ持続的な企業価値向上のためにキャッシュフローとDebt Capacityをどう活用するのか投資家は判断がつかず、企業価値をディスカウントして評価せざるを得なくなります。
「財務フレームワーク」を活用することにより、キャッシュリターンの確保とDebt Capacityを踏まえたその配分方針を検討・決定する過程で企業の財務管理の高度化プロセスが深化するとともに、ROIC経営が本質的な意味で進展し、投資家との対話も大きく発展すると考えられます。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
アドバイザリー本部 グローバル財務マネジメント
ディレクター 土屋 大輔

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