IIRC CRD-Year One of the Better Alignment Projectの概要

本稿は、2019年9月24日に公表された、IIRCによって設立されたCRDが行っている2年にわたるプロジェクトの1年目の報告書について解説します。

本稿は、2019年9月24日に公表された、IIRCによって設立されたCRDが行っている2年にわたるプロジェクトの1年目の報告書について解説します。

ハイライト

より統合され、比較可能な企業報告を支援する目的で、国際統合報告評議会(以下「IIRC」という)によって設立されたCorporate Reporting Dialogue(以下「CRD」)は、2018年11月より2年間にわたるプロジェクト(以下「Better Alignment Project」、もしくは、「当プロジェクト」という)を開始しました。当プロジェクトでは、1年ごとに報告書を発行することとしており、「Driving Alignment in Climate-related Reporting -Year One of the Better Alignment Project」が本年9月24日に公表されました(以下「1年目の報告書」という)。当プロジェクトの1年目の報告書では、気候変動に関する開示に焦点をあて、CRDに参画している非財務情報の基準設定団体であるCDP、CDSB、GRI、IIRCとSASB(以下「当プロジェクト参画組織」という)が公表している各基準もしくはフレームワーク(以下「基準等」という)を、気候関連財務情報開示タスクフォース(以下「TCFD」という)の原則、推奨される開示内容および指標例とマッピングをしています。また、オンライン・コンサルテーションの結果、ならびに、東京を含む世界の12都市でのラウンドテーブルで議論された内容も1年目の報告書の中に盛り込まれています。
本稿は、「Driving Alignment in Climate-related Reporting -Year One of the Better Alignment Project」について解説します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

当プロジェクト参画組織の基準等は、TCFDの原則、推奨される開示内容、および、指標例と比較をした結果、以下の点において、強い整合性が見られた。

  • TCFDの「効果的な開示のための7つの原則」は、当プロジェクト参画組織の基準等と親和性があり、相互補完的であり、矛盾するところがない
  • TCFDの推奨される開示内容11項目は、当プロジェクト参画組織の基準等との整合性があり、包括的なものとなっている
  • TCFDの指標例とCDP、GRI、およびSASB基準等の指標は高い整合性があり、TCFDの50項目の指標例の70%とほぼ同様である。また、残りの15指標についても、その乖離は限定的なものである
  • TCFDの50項目の指標例の80%は、CDP、GRIおよびSASBで提示されている指標により概ねカバーされている

I.IIRC Corporate Reporting Dialogue Better Alignment Projectの背景

我が国においてのみならず、世界においても統合報告に関する注目が集まっており、各国の実情も踏まえ、資本市場や社会のニーズに応えるために、より効果的な企業報告を実践する工夫が続けられています。
その背景の中で、より統合され、比較可能な企業報告を支援する目的で、国際統合報告評議会(以下「IIRC」という)によって設立されたCorporate Reporting Dialogue(以下「CRD」という)は、2018年11月に、2年間にわたるプロジェクト(以下「Better Alignment Project」もしくは「当プロジェクト」という)を開始しました。
CRDは5年前の2014年に設立され、IIRCのリーダーシップのもと、世界を代表する基準設定団体であるCDP、CDSB、GRI、IASB、ISO、SASBによって構成され、オブザーバーとしてFASBも関与しています。これらの基準設定団体は、各々の目的に応じて、財務・非財務情報に関する開示を設定しています。しかしながら、同じ開示事項を異なる視点から要求しているため、報告書の作成企業や、読み手である機関投資家に混乱等をもたらしており、それは特に非財務情報の開示要件において顕著でした。
Better Alignment Projectの目的の1つは、CRDを構成する各基準設定団体の基準やフレームワーク(以下「基準等」という)の開示要求事項の類似点と相違点を整理し、これらの混乱を低減することです。この取組みを通じて、基準等の間で、類似の開示要件について、その目的が一致しているものと、異なるものが明確に特定されていきます。その後、前者であれば、無駄となる重複をなくし、より整合性のある開示を目指して、基準設定団体ごとに開示要件の改良の検討が可能となります。一方で、後者については、開示要件の変更は不要となり、企業も機関投資家も、基準ごとの開示要件が意図する目的をより明確にすることができます。
2年間にわたる当プロジェクトでは、1年ごとに報告書が発行され、その1年目の報告書(「Driving Alignment in Climate-related Reporting -Year One of the Better Alignment Project」、以下「1年目の報告書」という)が2019年9月23、24日に米国ニューヨーク州にて開催された世界経済フォーラムSustainable Development Impact Summitで公表されました。資本市場からの関心の高さを鑑みて、当プロジェクトの1年目の報告書では、気候変動に関する開示に焦点をあて、CRDに参画している非財務情報の基準設定団体であるCDP、CDSB、GRI、IIRCとSASB(以下「当プロジェクト参画組織」という)が公表している各基準等を、気候関連財務情報開示タスクフォース(以下「TCFD」という)の原則、推奨される開示内容および指標例(illustrative example metrics)とマッピングをしています。
また、2019年3月20日より5月1日までのオンライン・コンサルテーションの結果、ならびに、東京を含む世界の12都市でのラウンドテーブルで議論された内容も本報告書の中に盛り込まれています。ラウンドテーブルでは、報告書作成企業、機関投資家、監査法人等が参加し、非財務情報(とりわけESG情報)に関する課題や、TCFDの提言に基づいたレポーティングに関する課題などが議論されました。また、Better Alignment Projectの2年目、そして今後CRDに期待している事項についても意見が交わされました。
当プロジェクトの1年目の報告書は、本編とAnnexにより構成されています。本稿では、本編のうち、1.当プロジェクトの参画組織の基準等をTCFDの原則、推奨される開示内容、指標例とマッピングをした結果について、2.オンライン・コンサルテーションとラウンドテーブルで指摘・議論された結果について、ならびに、3.当プロジェクト1年目における気付き事項と今後の要検討事項について述べていきます。

II.TCFDの原則、推奨される開示内容、指標例とマッピングをした結果について

「当プロジェクト参画組織」が公表している各基準と、TCFDの原則、推奨される開示内容、および、指標例と比較をした結果、以下のとおり、強い整合性が見られました。

  • TCFDの「効果的な開示のための7つの原則」は、当プロジェクト参画組織の基準等と親和性があり、相互補完的であり、矛盾するところがない
  • TCFDの推奨される開示内容11項目は、当プロジェクト参画組織の基準等と整合性があり、包括的なものとなっている
  • TCFDの指標例とCDP、GRI、およびSASB基準等の指標は高い整合性があり、TCFDの50項目の指標例の70%とほぼ同様である。また、残りの15指標についても、その乖離は限定的なものである
  • TCFDの50項目の指標例の80%は、CDP、GRIおよびSASBで提示されている指標により概ねカバーされている

さらに、当プロジェクト参画組織それぞれの基準等の間にも強い整合性が見られたことが判明しました。

1. 効果的な開示のための7つの原則との比較について

各プロジェクト参画組織は、TCFDの7つの原則と、自らの基準等の原則を比較し、その整合性、網羅性や相違点を特定したうえで、5段階評価を実施しました。当該自己評価は、その後、当プロジェクトのリーダーによって、正確性と一貫性の観点から確認がなされ、最終的には当プロジェクト参画組織のテクニカルチーム全員が、当プロジェクト参画組織の基準等の原則の主要な要素とTCFDの原則を照らし合わせ、全体的な整合性に関する判断をしました。
TCFDは、もともと、「他の主要な基準やフレームワークの原則に概ね整合するように」、との方針のもとで検討されたものなので、マッピングをした結果、TCFDの原則と、当プロジェクト参画組織の基準等の原則に、全般的な整合性が確認された点については、驚くことではないかもしれません。
マッピングの結果、当プロジェクト参画組織の基準等の原則についても、TCFDの原則と同様に、網羅的でバランスがとれており、比較かつ検証が可能な情報の年次での提供を求めており、各基準等との間での矛盾は見いだせませんでした。しかし、(i)用語の整合性、(ii)より明示的な伝達方法、(iii)細かな箇所における微修正の3点については、改善の余地が明確となりました。今後、当プロジェクト参画組織間でこのことについて協調し改善することは、報告書作成者と利用者双方の便益となることでしょう。

2. 推奨される開示内容との比較について

当プロジェクト参画組織は、みずからの基準等の内容要素と、TCFDの開示内容11項目とマッピングをし、みずからの基準等でカバーされていない項目や異なる点の有無について検討しました。その後、整合している点において、その度合いを5段階評価し、最終的にプロジェクトリーダーが評価の正確性と一貫性について確認をしました。
推奨される開示内容11項目は(i)ガバナンス、(ii)戦略、(iii)リスク管理、(iv)指標と目標、の4つの提言をカバーするもので、マッピングの結果、当プロジェクト参画組織の基準等のどれか1つによって、すべての開示内容11項目が満たされることが判明しました。つまり、この点でも当プロジェクト参画組織の基準等は、TCFDの開示内容との補完的な関係が明らかになったのです。さらに、参考として、各参画組織の類似点と相違点に関する概要についても、1年目の報告書の21ページでコンパクトに示し、詳細はAnnex2として提供されています。このマッピングにより、報告書作成企業は、TCFDの開示内容を報告する際に、どのように当プロジェクト参画組織の基準等を組み合わせて利用できるのかを容易に理解できることでしょう。
マッピングの結果、TCFDの推奨する開示内容との整合が最も見られなかったのは、シナリオ分析を用いた組織の戦略のレジリアンスに関する開示項目でした。シナリオ分析は比較的新しい技法であるために、当プロジェクト参画組織の基準等の開示項目に含まれていないのかもしれません。しかしながら、CDPとCDSBにおいては、戦略のレジリアンスを開示項目として求めており、TCFDの戦略に関する開示内容(c)と整合し、SASBでもシナリオ分析に関する指標への言及があります。今後の検討課題の1つに、シナリオ分析に関する統一的なガイダンスの策定も考えられます。

3. 指標例との比較について

当プロジェクト参画組織のうち、指標について包括的な言及がなされているCDP、GRIとSASBは(以下「3つの参画組織」という)、TCFDの50項目の指標例について、みずからの基準等の指標の中で最も適合した指標を選定し、TCFDの指標例との整合について5段階で評価をしました。その後、当該3つの参画組織は、TCFDのすべての指標例について、互いの指標との整合性を調査し、以下の方法で評価を行いました。
(1) 基準等の最も適合する指標はTCFDの指標と整合しており、1つの基準等に従っていれば、その他の基準もしくはフレームワークも満たすことができる
(2) 基準等の最も適合する指標はTCFDの指標と完全には整合しておらず、軽微な差がある
(3) 基準等の最も適合する指標はTCFDの指標と大きく異なる
調査の結果、全般的に3つの参画組織の指標とTCFDの指標例には高いレベルの整合性が見られ、TCFDの指標例の80%を完全にもしくは概ねカバーしていることが分かりました(1年目の報告書の24ページとAnnex 3を参照)。TCFDの50項目の指標例のうち、15項目では、3つの参画組織の指標と大きく異なることが明らかとなりましたが、その主な理由は、産業区分の違いや開示する指標に対するアプローチに関する違いなどでした。
3つの参画組織は、今後の互いの指標の異なる点を分析し、それぞれの異なる視点・対象・ガバナンスを考慮に入れながら、可能な範囲で、より互いの基準等を整合させる方向へと検討していくことが期待されています。

III. オンライン・コンサルテーションとラウンドテーブルで指摘・議論された結果について

2019年3月21日から5月1日まで実施されたオンライン・コンサルテーションおよび2019年4月から6月まで12都市で実施されたラウンドテーブルの結果、主に以下のことが判明しました。
1つは、報告書作成企業の習熟度が必ずしも一律ではないため、異なる基準等の目的やその親和性、また、効果的な企業報告をする際に、異なる基準等をどのように補完的に利用すべきなのかについて、数多くある基準等の存在に混乱とフラストレーションがあることが改めて浮き彫りになりました。また、TCFDの提言事項について報告をする際にも、当プロジェクト参画組織の基準等をいかに補完的に利用すべきかについても、報告書作成者の立場から見て、不明確であることもわかってきました。
報告書利用者からは、用語の定義や指標の算定方法が異なるために混乱が生じやすいとの指摘がなされ、異なる基準等の整合が進めば、より適切な投資判断に繋がるとの意見もありました。
報告書作成者と利用者の両方からは、ESG情報と財務情報の関連付けが不十分であるとの指摘があり、TCFDの推奨する開示内容に含まれるシナリオ分析に関する追加ガイダンスの要望等がありました。オンライン・コンサルテーションとラウンドテーブルで言及された主な項目と、それに対する当プロジェクト参画組織からの反応については、1年目の報告書のAnnex1をご参照ください。
なお、オンライン・コンサルテーションとラウンドテーブルのコメントは、限定された回答先からのものであるため、有用ではあるものの、報告書作成者と利用者の全体を代表するものではないことを補足いたします。

IV. 当プロジェクト1年目における気づき事項と今後の要検討事項について

当プロジェクト1年目の作業を通じ、参画組織の互いの基準等の間のみならず、TCFDの提言とも高い整合性があることが確認されました。同時に、気候変動情報に代表されるESG情報のより良い報告の促進に向けて実施すべきことも明確になりました。そこで、当プロジェクト参画組織は、以下の3領域について今後、注力していくことを決定しました。

1.タクソノミーの策定

当プロジェクト参画組織の基準等の用語や算定技法に関する類似点と関連性に関して、さらなる説明と理解の必要性が確認されたことを受け、これを明確化するタクソノミーの策定を優先事項とすることが決定されました。ただし、スコーピング、必要なリソース、報告物、プロジェクト計画等についての具体化が必要となります。

2.オンラインのインタラクティブなツールの構築

当プロジェクト参画組織の基準等の内容と共通性への理解を促進する目的で、上述のタクソノミーに基づいて、オンラインのインタラクティブなツールの構築を2つ目の優先事項とすることが決定されました。ただし、①と同様に、スコーピング、必要なリソース、プロジェクト計画等について、具体化が必要となります。

3.テクニカルフォーラム

当プロジェクトを遂行するにあたり、参画組織すべてが集まり意見交換をすることの有用性がさらに明確になりました。そのため、今後とも参画組織の基準等の整合性、比較可能性、一貫性や包括性をさらに高めるために、継続的な意見交換を行うことになりました。

V. おわりに

Better Alignment Projectの1年目の作業によって、当プロジェクト参画組織の互いの基準等の間のみならず、当プロジェクト参画組織の基準等とTCFDの提言との高い整合性が確認されました。それにより、多くの報告書作成企業にとり、ESG情報(とりわけ気候変動情報)開示に関する混乱が軽減され、当プロジェクト参画組織の基準等の関連性がより整理されたことでしょう。当プロジェクトの2年目においては、より広い視点からESG指標のマッピングが計画されており、1年目の作業結果を踏まえて、CRDで具体的に検討がなされています。より良い企業報告を目指して、今後とも主要基準設定組織、報告書作成企業、報告書利用者が意見交換を継続することに多くの意義があると考えます。

執筆者

KPMGジャパン
統合報告センター・オブ・エクセレンス(CoE)
パートナー 高橋 範江

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