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AI・機械学習を用いた不正リスク検知SUNモデル

AI・機械学習を用いた不正リスク検知SUNモデル

本稿は、あずさ監査法人で開発し、2019年8月より法人内で利用を開始した、AI・機械学習を用いた不正リスク検知SUNモデルについて解説します。

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あずさ監査法人では、AI・機械学習を用いた「不正リスク検知SUNモデル」を開発し、2019年8月より法人内で利用を開始しました。本モデルは、不正が発生している蓋然性が高い財務諸表を把握し、適切な監査手続の実施を支援することを目的としています。過去10年以上の財務・非財務データと不正の発生有無の情報、あずさ監査法人独自の変数を利用し、Balanced Random Forestという手法で不正リスクをスコア化しています。本モデルで不正リスクが高いと評価された財務諸表の上位10%の中に、実際に重大な不正があった過去の財務諸表※1の2/3以上が含まれており、実用レベルとしても十分な精度を実現しました。
本稿では、AI・機械学習を用いた不正リスク検知SUNモデルについて解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

※1金融庁による有価証券報告書等の虚偽表示に対する課徴金納付命令、または証券等取引監視委員会による有価証券報告書提出事件として検察庁への告発があった財務諸表を指す。

ポイント

I.不正リスク検知SUNモデル開発の背景

1.不正会計の検知における課題

後を絶たない不正会計を背景に、不正を見逃さないことは監査の重要なテーマとなっています。不正会計は、資本市場における意思決定や価格形成を歪め、企業ならびに社会に大きな損失や不効率をもたらします。また、不正会計により企業の開示情報の信頼性が損なわれてしまうと、投資や企業間の取引を萎縮させ、経済の健全な発展を阻害することとなります。
そこで、不正会計を防止・発見するために、企業の内部統制や会計監査、監督官庁によるモニタリングといった対応が行われていますが、本格的な不正を網羅的かつ適時に発見することは困難であると言われています。なぜならば、誤謬と違い、巧妙に偽装され、何らかの隠蔽工作を伴うことも多く、内部統制も無効化されている場合が多いからです。このことから、不正を発見することによりフォーカスした監査手続の実施が求められています。
また、近年では、財務的重要性が低い子会社やノンコアビジネスの事業部といった局地的な不正が主流となってきており、そのようなケースでは、連結財務諸表全体に与える影響が大きくなるまで発見することは困難という側面もあります。
しかし、不正が発覚した後に振り返れば、不正を含む財務諸表には何らかの兆候や歪みが認められることが多々あります。そこで、高度な統計手法やAI・機械学習を取り入れることで、不正会計を「検知」することへの期待が高まっているのです。

2.AI・機械学習を活用した取組み

こうした問題意識や社会の期待を踏まえて、あずさ監査法人では、不正会計の検知(各期の財務諸表に不正が含まれている蓋然性が相対的に高い企業の判別)を目的とする実証的取組みを進めています。統計的手法やAI・機械学習を活用したアルゴリズムを構築し、人では捉えきれない大量のデータから、財務諸表に表れた不正の特徴を常に同一水準で把握し、自動的にスコア化しようという試みです。
こうした取組みの成果として、AI・機械学習を活用し財務諸表における不正の発生リスクをスコア化する独自モデル(以下「SUNモデル」という)を開発し、2019年8月より法人内利用を開始しました。
SUNモデルを利用することで、早い段階から効果的に企業のリスクや不正の兆候を発見する可能性が高まると期待されます。

II.不正リスク検知SUNモデルの概要

1.SUNモデルの概要

SUNモデルは、過去不正があった財務諸表の特徴を機械学習によって抽出し(図表1(1)参照)、不正リスクを判定します(図表1(3)参照)。

図表1 AI・機械学習を用いた不正リスク検知SUNモデル

図表1 AI・機械学習を用いた不正リスク検知SUNモデル

「教師あり学習」アルゴリズムを用いて、覚えさせたい「正解」を含む教師データを事前に準備し、「正解」を見つけ出せるように学習(モデル作成)させています。
具体的には、不正実施企業の訂正前財務諸表(正解)を含む大量の財務諸表を投入し、不正を含む財務諸表を見つけられるように学習させるというものです。機械学習では大量の計算を同時に行うことが可能なため、複数の条件を組み合わせて判定するよう学習させることができます。たとえば、「売掛債権の回転期間が○ヵ月以上で、かつ在庫純資産比率が○%以上、かつ2期連続営業キャッシュフローがマイナスの場合(ただし、有形固定資産構成比率が○%以上の場合は除く)は、不正発生のリスクが非常に高い」とするような複数条件を組み合わせた複雑な条件でも瞬時に判定します。
SUNモデルへのインプットは、財務諸表の数値(変数)とこれを基に作成した指標です。あずさ監査法人では、一般的な財務指標に加え、独自のリスク分析指標のなかから変数を選定しています。
SUNモデルからのアウトプットは、各財務諸表が不正を含む蓋然性(不正リスクスコア)です。評価対象となる財務諸表が過去にあったさまざまな不正事例の財務諸表に近い特徴を有するか否かを、多面的な切り口で複数回判定した結果の平均で、0~1の間の数値で表します。このスコアが高いほど、過去不正を行った財務諸表に近い特徴を有しているということになります。

2.SUNモデルの特徴

SUNモデルでは、会計監査における不正検知において、実務で使えるモデルとするために、以下のような工夫を取り入れています。

(1)解釈可能性の向上

1.サブモデルの構築
機械学習を利用した場合、検知性能が上昇する一方で、その結果の解釈が困難になる傾向があります。
SUNモデルでは、「売上過大計上」「費用過少計上」「資産過大計上」の3つの不正タイプ別のサブモデルを作成することで、不正リスクが高いということだけでなく、財務諸表にどのような不正が発生しているかをより把握しやすくします。将来的には、サブモデルの切り口(例:不正実施者、不正手口等)を増やすことで、より詳細にどのようなリスクが高いのかを解釈できるようにする予定です。これにより、その後の対応に結び付けることが可能となります(図表2参照)。
 

図表2 SUNモデルの構成

SUNモデルの構成

2.変数の重要度表示
SUNモデルでは、100以上の変数を使って分析をしていますが、リスクが高いと判断する際に重視する変数を出力できるようにしています。これにより、モデルの傾向を把握し、リスクが高いと判断されている理由を探索しやすくします。
 

(2)検知性能の向上

1.不正検知固有の課題を克服する手法の採用
機械学習では一般的に、学習させる「正解」データの割合は全体の10~15%あるのが望ましいと言われていますが、会計監査の場合、不正事例の割合は0.1~0.15%程度に過ぎません。この「正解データの少なさ」に対応するために、SUNモデルではChenet al. (2004)によって提案されたRandom Forestの拡張版であるBalanced Random Forestを用いています。多数の変数を利用できるようにするとともに、相対的に数の少ない不正会計公表情報を用いて、精度の高いモデルを実現しました。

2.経年比較と同業他社比較
不正リスクスコアの高低だけでなく、スコアの推移や同業他社との比較をできるようにしました。これにより、相対的なスコアの高さを把握することができ、経済環境や業界トレンドを加味したうえでリスクの高さを把握できます。
たとえば、突然スコアが上昇した場合や、スコアが上昇傾向にあるような場合、スコアが常に高い状態にある場合、同業他社と比べスコアが高い場合などには、財務諸表は過去不正を行った財務諸表に近い特徴を有していることになります。この場合、財務数値に何らかの変化が生じていると考えられ、より詳細な検討が必要となります(図表3参照)。

図表3 経年比較と同業他社比較

経年比較と同業他社比較

III.AI・機械学習で人が担う役割

1.モデル作成のために必要な人材

こういったAI・機械学習による不正リスク検知モデルの構築は、データサイエンティストのみで構築できるものではありません。モデルの構築にあたっては、公認会計士の知見や経験のみならず、教師データとしての不正事例を整理する不正の専門家、データ分析環境構築や仕組み全体をデザインするITの専門家が必要です。
従来、監査業務といえば、公認会計士がほぼすべての業務を担っていました。しかし今では、監査の高度化を実現するために、さまざまな専門家が課題の設定からソリューションの開発、結果の評価に至るまで、あらゆるステージにおいて協業し成果に結び付ける必要があります。

2.公認会計士に求められるスキル

現状のSUNモデルでは、解釈可能性を高める工夫をしているものの、リスクが高いと評価された結果の解釈には、依然として経験豊富な公認会計士の知見が必要となります。ユーザーである公認会計士には、モデルの特徴や限界を理解したうえで、どのような不正のリスクが高いのかを考え、そのリスクにどのような対応をすべきかを判断する能力が求められます。
また、監査における不正リスク評価のすべてが本モデルによって自動化できるわけではありません。会社のビジネスを理解し、専門的な知見を持ったプロフェッショナルの高度な判断が必要とされます。

IV.今後の展望

あずさ監査法人では、このSUNモデルを発展させ、より詳細なレベルでの検知・予測を可能にすることで、会計監査の実務で活用しやすいモデルとすることを目指しています。
たとえば、勘定科目レベルでの不正の検知が可能になれば、勘定科目の動きから、どこで不正の蓋然性が高いとみなされたかを解釈し、アクションに繋げることが可能となります。また、企業単位だけでなく、子会社、事業所単位の不正検知を行うことで、子会社等の不正をピンポイントで捉え、モニタリングが難しい海外における子会社等の不正にも対応できるようになります。
会計監査の実務において、AI・機械学習を活用することにより、これまでは熟練の専門家でなければ気付かなかったような不正の兆候を容易に検知することもできます。また、将来的には、実際に不正が起こる前にリスクが高い領域を予測することで、顕在化していない経営上の課題を早期に経営者に提供し、適切な対処に繋げられることも期待できます。
このような取組みを通じて、あずさ監査法人はさらなる監査品質の向上に貢献できるものと考えます。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
Digital Innovation部
パートナー 清水 多賀雄
シニアマネジャー 深見 英二
シニアマネジャー 宇宿 哲平

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