多国籍企業における税務ガバナンス~税務戦略とTax Control Framework~

本稿では、OECDにおける議論やオランダ多国籍企業の税務ガバナンスなどを踏まえて、今日の多国籍企業における税務ガバナンスの在り方について若干の考察を行います。

本稿では、OECDにおける議論やオランダ多国籍企業の税務ガバナンスなどを踏まえて、今日の多国籍企業における税務ガバナンスの在り方について若干の考察を行います。

日本企業は歴史的に、欧米企業と比較して税務ガバナンスに積極的でないと評価されてきました。しかしながら、今日においてはビジネス環境、税務環境、世論の税務への関心など、さまざまな状況の変化に伴い、日本企業においても税務を積極的に管理するための税務ガバナンスへの関心が高まってきています。そして、世界におけるベストプラクティスからの学びを求め、日本国外における多国籍企業の税務ガバナンスに関する関心も高まっているところです。本稿においては、税務ガバナンスへの関心の高まりの背景や今日的意義を俯瞰した上で、OECDにおける議論やオランダ多国籍企業の税務ガバナンスなどを踏まえて、今日の多国籍企業における税務ガバナンスの在り方について若干の考察を行います。本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • OECDをはじめとする国際的な税務ガバナンスの議論において、税務ガバナンスはコーポレートガバナンスや内部統制の一部と考えられ、企業のトップマネジメントがコミットすべきものと考えられている。
  • 税務ガバナンスは伝統的には主としてROEの向上や税務リスク管理といった観点で議論されてきたが、今日においてはESG(環境・社会・企業統治)投資やSDGs(Sustainable Development Goals)などの観点でも税務ガバナンスが注目を浴びており、後者の観点で税務ガバナンスアップデートに取り組む多国籍企業も増加している。
  • 日本においても、トップマネジメントの積極的な関与・指導の下、大企業が自ら税務コーポレートガバナンスを充実させていくことを促進することを趣旨とした「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組」が導入・促進され、適用企業数が年々増加している。

I. 本稿における税務ガバナンスの定義

税務ガバナンスという用語についての唯一絶対の定義はありませんが、本稿においては、考察の便宜上、税務ガバナンスを「税務戦略と税務戦略を実務に落とし込むためのTax Control Frameworkの集合体」と定義します。税務戦略とTax Control Frameworkの定義については次の通りであり、税務ガバナンスのイメージ図については下記図表の通りです。

図表 本稿中の定義に基づく税務ガバナンスのイメージ図

図表 本稿中の定義に基づく税務ガバナンスのイメージ図

1. 税務戦略

税務戦略とは、税務リスク管理(Tax Risk Management)、税効率の最適化(Tax Optimization)、税に関するコミュニケーション(Tax Communication)などの要素を含む税務に関する企業の戦略(持続可能で競争優位性を達成するための方針や行動計画)をいい、たとえば次のような観点のものをいいます。

  • 法令遵守の精神(タックスヘイブン国の利用に関する方針、ストラクチャー検討における方針、移転価格上の方針などを含む)
  • 法令を遵守した上で、優遇税制などの措置を適切に活用して実効税率(Book tax)や納税時期(Cash tax)を最適化し、持続可能かつ競争力のある税務ポジションを指向する方針
  • 社会やステークホルダーに対する税務の観点からの説明責任に関する方針(税務当局への対応姿勢、開示についての方針(事業実態に基づいた納税状況(Fair share)、税務行動規範など))

2. Tax Control Framework

Tax Control Frameworkとは、税務戦略と整合性のある業務を行うために、税務上の手続き・報告・権限と責任、税務担当者のトレーニング方法、外部専門家の活用方法、ITの活用方法などに関する詳細を定めた税務内部統制をいいます。

II. 税務ガバナンスへの関心の高まりの背景

1. 複雑化する税務環境における課税の最適化と税引後利益の最大化

今日においてROEやROAなど税引後利益を基礎とした財務指標は重要であり、「税金とは管理すべきコストである」という姿勢や経営者によるコミットメントの下、税を効果的・効率的に管理・統制することが株主を含めさまざまなステークホルダーから求められています。特に、OECDやEUなどが主導する国際税務の枠組みのアップデートなどによる税制の複雑化、企業の組織構造や企業が行う取引の複雑化に伴い、税務の管理・統制の難易度がより上がるとともに、各国税務当局による監視が厳しさを増している点を鑑みると、税務ガバナンスの必要性が高まっていることが分かります。十分な税務ガバナンスが整備されていない場合、課税の最適化に係る機会を逸してしまったり、各国での税務紛争解決が非効率化して二重課税が生じることなどによって、実効税率の上昇が企業価値・国際的競争力を損ねるリスクや、税務業務の効率化が進まないリスクなどが想定されます。

2. 開示義務と税務当局間の情報交換に伴うリスクへの対応

BEPS Action 13に基づく移転価格文書化、二国間の租税条約や多国間の税務行政執行共助条約などに基づく税務当局間での情報交換、EU行政協力指令に基づくEU税務当局間の情報交換(財務情報・クロスボーダー取引に係る税務ルーリング・APA・クロスボーダーアレンジメントなどの情報の交換)、共通報告基準に基づく非居住者金融口座に関する自動的情報交換などといった開示義務や税務当局間の情報交換に伴い、各国税務当局からチャレンジを受ける潜在的リスクが増加すると考えられます。多国籍企業グループの世界中の税務情報を持ち得る税務当局からのチャレンジへの効果的な対応のために、税務ガバナンスを整え、多国籍企業自身も能動的に自らの税務ポジションやリスクを把握して準備をする必要性が高まっています。

3. コーポレートガバナンスやサステナビリティに関する企業評価への影響

ESGを企業価値評価の尺度として取り入れようとする動きが急速に進んでおり、役員や従業員の報酬にESG評価を取り入れる動きも世界的に広がりを見せてきているところ、税務ガバナンスは企業統治の一部であると考えられています。また、SDGsの分野においても、公平な税負担や各課題解決のための財源の確保などという文脈で、税制や納税者の税務に関する姿勢・行動が注目を浴びています。
これらの社会的な動向も相まって、適切な税務ガバナンスを有することがコーポレートガバナンスやサステナビリティに関する企業評価に影響するようになってきています。たとえば、世界的に有名なESG投資インデックスの一つであり数十社の日本企業も構成銘柄に組み込まれているDow Jones Sustainability Index では、税務戦略、地域や国ごとの法人所得税の納税状況に関する情報、および、実効税率に関する情報についての開示が評価の際の質問項目として取り上げられています。従って、今日の多国籍企業における税務とは、企業と税務当局の間という伝統的な限られた世界のものではなく、社会との幅広いコミュニケーションをも含むようになってきているといえ、さらに税務ガバナンスに関するコミュニケーションが機関投資家をはじめとする投資家の意思決定に影響を与えるようになってきています。

4. 協力的コンプライアンス・プログラムの適用

国際税務に関する規制強化や開示義務が進む一方で、各国において協力的コンプライアンス・プログラムなど、多国籍企業のベネフィットとなり得る制度も立ち上がってきています。協力的コンプライアンス・プログラムとは、(国によって異なるものの)一般的には、一定水準の税務に関するガバナンスを有しているなどの状況にある納税者が、自社の税務ガバナンスを税務当局に説明した上で、取扱いの不明確な税務問題について適時に自主的に税務当局に開示するなどの合意を税務当局との間で持つことで、税務当局が適時に税務問題についての見解を示すとともに税務調査の頻度や深度を調整するなどといったプログラムです。同プログラムの下では、一般的に、税務当局においては納税者の潜在的税務リスクレベル(税務ガバナンスのレベル)に応じて人的資源を投入することができるため、効率的に納税者全体のコンプライアンスレベルをモニタリングして向上させることができるというメリットがある一方、納税者においては税務調査対応に係るコストを軽減することができるとともに、税務上の取扱いに係る予見可能性を高めて効率的な税務リスク管理に役立つなどのメリットがあります。日本においては、協力的コンプライアンス・プログラムとして「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組」が導入されており、適用企業は年々増加しています※1

※1 国税庁「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組」

III. 多国籍企業の税務ガバナンス

協力的コンプライアンス・プログラムに関するOECDにおける議論、オランダの協力的コンプライアンス・プログラムであるHorizontal Monitoringに関してオランダ税務当局が発行しているガイドラインやオランダ多国籍企業の実務を踏まえ、上述の本稿における税務ガバナンスの定義に従い、その構成要素である税務戦略とTax Control Framework(以下「TCF」という)について若干の考察を行います。

1. 税務戦略

税務戦略を税務実務に反映させるためのものがTCFであることなどから、税務ガバナンス構築にあたり、原則として、最初に取り組むべきものは税務戦略の策定と考えます。税務戦略の策定とは、企業の使命(Mission)や目指す姿(Vision)、価値観・行動指針(Value)を、上述の持続可能で競争優位性を達成するための税務に関する方針や行動計画に落とし込むことであると考えます。
税務戦略は事業戦略ほど多種多様ではなく、また、税務戦略を公表している多国籍企業が相当数存在し、それらが参考になる部分も少なくないことなどから、税務戦略の叩き台をドラフトすること自体は難しくないかもしれませんが、最も重要(かつ、場合によっては困難)なことは、経営者の明示的なコミットメントを得ることであると考えます。そのためには、関連する社内外のステークホルダーを特定し、可能な限りそれらのステークホルダーとの対話を重ねて彼らの考えを理解するとともに、既に述べたさまざまな観点からの税務ガバナンスへの関心の高まりの背景(自社グループの具体的な税務リスクや税務上の機会損失などを含む)を基に議論を進めていくという、ともすると地道なステップが必要になると考えます。筆者の経験上、税務戦略を重要視しない企業が少なくないと感じていますが、一般的に税務が事業部門とのコンフリクトを生みがちな領域であることなども踏まえると、経営者がコミットする税務戦略の重要性を強調したく思います。

2. TCF

TCFが存在しなければ一定水準の税務申告書を作成することができないことからすると、全ての企業は何らかの形でTCFを有しているといえます。そして、TCFを一から構築する必要はなく、現状の内部統制における税務に関する部分や税務に関する社内手続を確認・特定し、それらに基づいてTCFを(再)構築することが効率的であり、また、現実的に企業内で受け入れられ易いと考えます。OECDやオランダ税務当局はCOSOなど既存の内部統制に係るフレームワークに基づいてTCFを構築していくことを一つの方法として提案しています。本稿においては、一例として、日系企業に最も馴染みのあるいわゆる日本版内部統制(以下「内部統制報告制度」という)に係るフレームワークに基づく場合のTCFの考え方について概観します。
内部統制報告制度は、実務上、企業会計審議会が2007年2月に公表した「財務報告に係る内部統制の評価および監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価および監査に関する実施基準の設定について(意見書)」に従って設計されています。つまり、内部統制を全社的な内部統制(以下Entity Level Controlの頭文字である「ELC」という)と業務プロセスに係る内部統制(以下Process Level Controlの頭文字である「PLC」という)の2つに区分し、PLCに係る内部統制が有効に整備・運用されることを確実にするための基盤がELCであるという整理です。そして、実務上、ELCは意見書中の実施基準の(参考1)に列挙されている42の項目を参考に実務的なチェックシートを作成することで対応し、また、PLCについては意見書中の実施基準の(参考2)および(参考3)を参考に企業の実態に即した業務プロセスに係るフローチャートおよびリスクコントロールマトリクスを作成して対応しています。従って、TCFを内部統制報告制度の整理に基づいて設計する場合には、既存のELCおよびPLCにおける整理に基づいて税務の観点から必要な要素を構築していくことになります。
ELCにおいては、内部統制報告制度のフレームワークにおける統制環境、リスク評価と対応、統制活動、情報と伝達、モニタリング、ITへの対応といった6つの基本的要素に従って税務要素を構築していくことが考えられます。PLCにおいては、たとえば、事前検討・財務諸表作成目的の税計算・税務申告・税務調査対応などといった一連の税務手続きのサイクルなどを整理した上で、適宜必要な手続きを追加などしていくことが考えられます。
税務戦略やTCFに含められる個別論点の具体例(経営者の関与、個別の事業意思決定時における税務部門の関与、税務指標のKPI化、税制・税務ポジションの把握など)については、誌面の都合上、本稿において紹介・考察することはできませんが、たとえば、KPMG税理士法人においてはグローバルタックスマネジメントを実現するための「10 Things to Do」を紹介しているなど情報発信を進めているところであり※2、また、国税庁やOECDなどが発信している情報、海外におけるベストプラクティスなども参考になると考えます。具体的には、上述の個別論点を自社の既存の税務ガバナンスに係るフレームワーク(税務戦略とTCFなど)における各要素にマッピングしていき、対応できていない個別論点への対応方法を検討するなどといった利用方法があり得ます。
TCFを評価する際の最も単純かつ本質的な質問とは、「どのようにして税務上の統制を実現しており、そしてそれをどのように客観的に立証できるか?」というものであると考えます。あらゆるステークホルダーに対する説明責任を果たすために、実効性のある形で、かつ、費用対効果も考慮しながら進めていくことが求められます。

※2 グローバルタックスマネジメントこそ競争優位確立のための基盤

IV. おわりに

税務戦略の構成要素や内部統制に基づくTCFなど、本稿で一例として紹介した税務ガバナンスに関するフレームワークはこれまで日本において広く議論されていなかったように思います。フレームワークは思考を助けるためのツールであり、本稿で紹介したフレームワークは、自社の既存の税務ガバナンスについての評価や、関係者との目線合わせ、上述の「10 Things to Do」などの具体的な税務ガバナンスの要素の検討の際などに利用できるものと考えます。

※ 本稿は国際税務研究会 月刊「国際税務」の2019年7月号に掲載された記事を基礎に、誌面の都合から「3. OECDにおける税務ガバナンスの議論(協力的コンプライアンス・プログラム)」および「4. オランダにおける税務ガバナンス(Horizontal Monitoring)」を削除するとともに、その他の箇所について要約するなどしたものです。なお、上述の記事全文はこちらのKPMGジャパンのウェブサイトから閲覧可能です。

執筆者

Meijburg & Co(KPMGオランダ)
アムステルフェーン事務所
オフ・カウンセル Vinod Kalloe
マネジャー 河崎 嘉人

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