投資家と企業の対話、そして監査人との対話のこれから~ICGN議長に聞く

投資家と企業の対話、そして監査人との対話のこれから~ICGN議長に聞く

ICGN ディスクロージャー&トランスペアレンシー委員会議長、James Andrus氏に、企業報告の課題、機関投資家と企業との対話、KAMの導入をテーマにお話を伺いました。

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グローバルな機関投資家や年金基金などの集まりであるインターナショナル・コーポレートガバナンス・ネットワーク(International Corporate Governance Network, 以下「ICGN」という)が、2019年7月16日から18日の3日間、東京で年次総会2019を開催しました。ICGN年次総会2019では、スチュワードシップ・コードならびにコーポレートガバナンス・コード導入後の日本におけるコーポレートガバナンスの進展状況や、グローバルな観点でのコーポレートガバナンスの最新の課題などについて、様々な角度から議論が行われました。世界中からコーポレートガバナンスの分野における専門家が集まるこの機会を捉え、ICGN ディスクロージャー&トランスペアレンシー委員会(Disclosure and Transparency Committee)議長、James Andrus氏に、現在の企業報告の課題、機関投資家と企業との対話の状況、そして、監査上の主要な検討事項(いわゆるKey Audit Matter、以下「KAM」という)の導入をテーマにお話を伺いました。

ポイント

  • 機関投資家が企業報告において記載の充実を望むのは、取締役会で議論されているマテリアリティの高い事項と、企業の中長期的な価値創造に関連した将来情報である。
  • 機関投資家はスチュワードシップの意味合いを理解し、企業は良いガバナンスの一環として、対話の有用性を認識し、誠実で真摯な姿勢で対話する努力を継続していくべきである。
  • KAMの導入にあたっては、監査の課程で検討した企業固有の事項を、監査報告書の利用者が理解できるように記載することで、監査に対する理解と信頼性向上に繋げることができる。
集合写真

左:高橋 範江
有限責任 あずさ監査法人
パートナー

中央:James Andrus 氏
ICGN ディスクロージャー&トランスペアレンシー委員会議長

右:橋本 純佳
有限責任 あずさ監査法人
シニアマネジャー

I.投資家と企業の対話の現状と課題

1.米国企業の企業報告の状況

(1)経営者の視点と長期的思考に基づく説明は不十分

KPMG:本日はお時間いただきまして、どうもありがとうございます。まずはAndrusさんの自己紹介と業務内容を教えていただけますか。

Andrus:私は、約3,500億ドルの資産を管理する米国最大手の公的年金基金CalPERSのGlobal Equity Investment Managerとして、企業報告の透明性をより高めるために、規制当局や政策策定者と意見交換したり、コメントレターを通じて、政策の草案に対して提言する活動を行っています。
このほかに、ICGNのディスクロージャー&トランスペアレンシー委員会の活動の一環としても、政策策定者やステークホルダーに働きかけることで企業報告の透明性や信頼性を促進する活動を行い、ICGNガイドラインの周知に努めるなど、様々な活動に参画しています。参画する活動の対象領域は、会計基準、監査品質、統合報告やESG開示などです。

KPMG:近年、企業報告の透明性や信頼性への注目が高まっていると感じます。Andrusさんは、先ほどご説明いただいたような活動の中で、多くの企業報告に目を通されていると思いますが、企業報告の質は高まっていると言えるでしょうか?

Andrus:私は米国の年次の法定開示書類である10 - Kや、その四半期報告書である10 - Qの他、アニュアルレポートやCSRレポートなど、数多くのレポートを読んでいます。近年、企業報告に積極的な姿勢が見られるようになってきていると言われているようですが、個人的な感想としては、まだ不十分であると言わざるを得ないと感じています。

KPMG:具体的にどのような点が不十分だとお感じですか。

Andrus:大きくは2点あり、1つは経営者にとって本当にマテリアルな検討事項が必ずしも記載されていないということです。もう1つは、長期的な企業価値向上にかかわる将来に向けた情報の提示がほとんどなされていないことです。これらの理由について、米国の視点から説明させていただきます。
米国では年次の法定開示書類として10 - Kがありますが、これは米国証券取引委員会(SEC)の基準と米国会計基準審議会(FASB)の基準によって定められたものです。現在、FASB基準、SEC基準のいずれにおいても、経営者にとってのマテリアルな事項、取締役会にて議論されている企業の持続的な価値創造を可能にする中長期戦略に関する事項等についての開示が求められていません。また、企業の持続的な活動や価値創造にかかわる環境(E)、社会(S)関連の事項、長期視点で影響が高いと考えられている項目など、将来価値を左右する情報の提供も、両基準では求められていません。ご存じのように、米国は訴訟文化が根付いていますから、企業は不必要な訴訟を恐れて、規制当局から求められていない事項は極力開示しない傾向にあります。一方で、企業は自社にとって有利な情報であれば、より積極的に多くを示す傾向にはあるように思います。
 

(2)米国における統合報告書の普及を阻む、訴訟文化の壁

KPMG:現在の米国企業の法定開示書類においては、機関投資家にとって必要な情報が必ずしも十分に含まれていないということですね。では、米国では、統合報告は普及しているのでしょうか。

Andrus:開示の現状については、そのとおりです。そこで、統合報告書のように、長期的な視点から検討された企業が認識するマテリアルな事項、そして特定されたマテリアルな事項について持続的な価値向上を実現していくための中長期的な戦略とその達成状況を図るKPI、さらには関連するビジネスリスクと機会までが、1つのレポート内で説明されている報告媒体は、機関投資家にとって有用なものであると思います。しかし、残念ながら、先ほど述べたように米国の訴訟文化が主な障壁となり、まだ統合報告書を作成している米国企業は非常に少ないのが現状です。

KPMG:日本では今年、金融庁が「企業内容等の開示に関する内閣府令」を改正したり、「記述情報の開示に関する原則」を公表するなど、法定開示においても、統合報告で求められるような要素の報告を促そうとする動きがあります。また国際的には国際会計基準審議会(IASB)が、米国の財務報告におけるMD&Aにあたるマネジメントコメンタリー(Management Commentary、以下「MC」という)の改訂に取り組んでおり、国際統合報告評議会(IIRC)の統合報告フレームワークなどのエッセンスが盛り込まれる予定だと聞いています。たとえば、MCの改訂は、米国の企業報告、とりわけMD&Aに影響を与えそうでしょうか。

Andrus:MCとMD&Aの最大の違いは、MCは任意のPractice Statement(実務記述書)なのに対して、MD&Aは法的に必須な開示書類の一部である点です。たとえMCの改訂が完了して、統合報告で求められている事項の開示が推奨されたとしても、それが(米国企業の)MD&Aに反映される可能性は、個人的には低いと思います。現在の米国の法定開示システムは、長い期間を経てできあがっているため、簡単には変えられないでしょう。
 

(3)四半期報告は、制度の有無よりも、報告内容の質が課題

KPMG:四半期報告の有無についても、米国を含め、近年各国において議論されていますが、どのようにお考えでしょうか。

Andrus:ICGNとしては四半期報告について、特に意見を示していません。これはICGNが本拠地を置いている英国が四半期報告を義務付けていないことも理由の1つです。ただ、投資家は、企業を取り巻く環境の変化やその変化が業績に与える影響などの情報を適時に把握したいと考えているので、その点で四半期報告は有用だと言えます。問題なのは、「紋切型」の四半期報告書が目立つことであり、それではあまり意味がありません。たとえば、米国の10 - Qの中には、数字だけをアップデートし、記述部分の内容が過去から変更されていないような報告書すらあります。四半期報告制度の有無よりも、投資判断に重大な影響を及ぼすマテリアルな事項を、企業が適切なタイミングで投資家に開示することのほうが大事だと考えます。
 

(4)「マテリアリティ」の認識のくい違いから生じる理解ギャップ

KPMG:企業にとってのマテリアルな事項という話が出ましたが、「マテリアリティ」の定義が基準やステークホルダーによって異なることも、企業報告に対する期待ギャップを生む1つの要因とも言われています。

Andrus:「誰に対して」、そして、「どのような観点から」マテリアルなのかが異なれば、当然ながら、理解は噛み合いません。たとえば、報告書に開示されている取締役の報酬額に虚偽の記載があった場合、もし当該虚偽表示の金額が会計監査人の監査上のマテリアリティの基準値を超えておらず、かつ、その正確性を追求することが会計基準や監査基準で定められていなければ、会計監査人からすればマテリアルな虚偽表示と判断されないかもしれません。一方で、機関投資家からみれば、金額の多寡ではなく、「なぜこのような虚偽表示がなされたのか」というガバナンスの質的観点からマテリアルだと判断されるかもしれません。このように、立場によって異なるマテリアリティの観点の相違が、企業報告とその信頼性に対する期待ギャップを生じさせている一因となっているのではないでしょうか。

2.企業と機関投資家との対話の状況

(1)米国では必ずしも進んでいない投資家との対話

KPMG:CalPERSは、運用資産が世界最大クラスですから、投資先企業の数が多く、その国籍もグローバルに広がっていると認識しています。おそらくすべての投資先と対話する時間を十分に確保することは不可能であると思います。そこで、実際にはどのような考え方で、企業との対話を実践されていますか。

Andrus:CalPERSでは、年間1,000社ほどと対話することを心掛けています。投資先はそれより多いのですが、すべての企業と対話するのは難しいため、投資額の大きさなどを考慮に入れて企業を選定しています。

KPMG:対話の相手は、マネジメントであることが多いのでしょうか。

Andrus:監査委員と対話することが多いです。

KPMG:監査委員との対話の内容は満足なものとなっていますか。

Andrus:個人的には、満足な対話がなされているとは言い難いと感じています。監査委員は、組織内の状況をあからさまに話したがらない傾向があるからです。その意味で機関投資家が知りたい内容を聞き出すことの困難さを感じています。また、企業の中には、機関投資家からの質問に応じないケースすらもあります。企業と機関投資家の有用な対話の必要性については、昨今、国際的に指摘されていますが、残念ながら米国企業には必ずしも浸透していないと個人的には感じています。

KPMG:年次株主総会において、機関投資家との質疑は積極的に行われているのでしょうか。

Andrus:米国では年次株主総会に出席する機関投資家は少なく、また年次株主総会での質問も滅多にありません。先ほども述べたように、CalPERSにおいても、投資先企業が多いこともあり、すべての企業の年次株主総会への出席は不可能です。これも、年次株主総会への機関投資家の出席率の低下の一因かもしれません。有用な対話が機関投資家と企業の双方にとって中長期的に意義があることを相互に理解したうえで、対話に誠実かつ真摯に取り組むという点で、改善の余地が大いにあると思います。

II.機関投資家と監査人の対話

1.KAMは監査人と機関投資家の対話の進展のきっかけとなるか

KPMG:日本でも、2021年3月期より、金融商品取引法の監査を対象に、KAM(監査上の主要な検討事項)が導入されます。これによって、監査人が職業的専門家として、監査において特に重要と判断した事項について監査報告書に記載することが義務付けられます。目的は、監査の透明性の向上により監査報告書の情報価値を高めることにあり、会計監査に関する情報の株主等への提供の充実を図ったものです。KAMの導入は、一義的には監査人と経営者との議論の深化と、機関投資家をはじめ、監査報告書の利用者と企業との対話の充実が期待される効果として挙げられています。KAMをきっかけに、機関投資家と監査人の対話の充実はもたらされるとお考えでしょうか。

Andrus:これはあくまでも個人的な意見ですが、KAMが、機関投資家と監査人の対話の急激な進展をもたらすというよりは、今後、充実が図られるべき双方の対話が始まる1つのきっかけになると理解しています。しかし、双方の対話の進展には、打破すべき壁がまだあると感じています。監査人は、企業から監査報酬を受け取って監査を実施しているため、企業との関係性を傷つけるリスクを嫌い、経営者に忖度してしまう可能性がないとは限りません。また、監査人が守秘義務違反を懸念して、保守的になってしまうことも考えられます。これらは、外部から判断するのは難しいですが、KAMの実務が定着する過程で、しっかり見極めていくべき点だと思っています。

2.KAMがもたらす効果とは

KPMG:KAMを導入している諸外国においても、機関投資家が監査人に質問するケースはまだ少ないと聞いています。

Andrus:確かにそうです。ですが、KAM導入のメリットは大いにあると考えます。KAM導入により、監査の過程で監査人が何に重点をおき、それにどのように対応したのかが記載されれば、機関投資家をはじめとする監査報告書の利用者の監査そのものに対する理解が深まると思います。これは、機関投資家等による監査への期待ギャップを縮める第一歩になる可能性を秘めています。また、KAM導入により、企業の財務諸表や監査に対する信頼性が向上するとも考えています。ただ、ここで大事なのは、個々の企業における状況が異なることを踏まえて、KAMの記載に際し、監査における企業固有の考慮事項を、監査報告書の利用者に理解できるように記載することだと思います。

KPMG:同感です。これは、KAMだけでなく、企業報告にも同じことが言えると思います。これからは、利用者の理解しやすさを意識したうえで、企業もより優れた企業報告をし、機関投資家との有用な対話を心掛けなければならないでしょう。一方、監査人は監査報告書の利用者の意思決定に資する、具体性のあるKAMの記載を目指すことが監査の透明性を高めるうえで大切であると理解しました。本日は、お忙しい中ありがとうございました。

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