攻めの経営者報酬ガバナンスの行方~欧米の報酬プラクティスを踏まえた日本企業への示唆~

【対談】今回は、欧米の報酬プラクティスを踏まえた日本企業の報酬ガバナンスの行方について、三菱UFJ信託銀行の内ヶ崎茂氏にお話をお伺いする。

今回は、欧米の報酬プラクティスを踏まえた日本企業の報酬ガバナンスの行方について、三菱UFJ信託銀行の内ヶ崎茂氏にお話をお伺いする。

ハイライト

三菱UFJ信託銀行株式会社 HR戦略コンサルティング室長/プリンシパル 内ヶ崎 茂 氏

内ヶ崎 茂 氏
三菱UFJ信託銀行株式会社
HR戦略コンサルティング室長/プリンシパル

VUCAの時代、日本企業のサステナブル経営をリードする「攻めの経営者報酬ガバナンス」の鍵は、日本型「六方よし」の経営にある。我々のDNAとして、海外の最新ビジネスのプラクティスを取り込み、日本モデルに変革することで、短期間で経済成長を実現したという成功体験がある。今後、日本企業がオリジナルな報酬ポリシーを積極的に開示し、経営者と投資家とのエンゲージメントが加速することが期待されている。
今回は、欧米の報酬プラクティスを踏まえた日本企業の報酬ガバナンスの行方について、三菱UFJ信託銀行の内ヶ崎茂氏にお話をお伺いする。
 

日本企業の「経営者報酬」の現状と課題

大池:経営者報酬に関する株主への説明責任が、ますます問われるようになっています。きっかけの1つは、2015年に適用が開始されたコーポレートガバナンス・コードですが、欧米企業のように株主や投資家にその企業の魅力を伝える手段として、報酬戦略を捉えるようになってきたことが一番大きな要因ではないかと思っています。

内ヶ崎:令和元年を迎え、ようやく、「経営者報酬はどうあるべきか」という報酬哲学(報酬ポリシー)にわたる議論が始まりました。これまで日本企業では、「経営者報酬としていくら払うのか」という報酬水準を、CEOが単独で密室で決めているケースが多かったのですが、現在は、株主や投資家等との情報の非対称性を埋めるために、ステークホルダーへのアカウンタビリティ(説明責任)を果たすことと、決定プロセスの透明性の確保が求められています。また、欧米企業のpay for performanceのように、中長期の会社業績に連動したインセンティブ報酬の拡充を中心に、報酬ミックスの構造改革も経営課題の1つになっています。

大池:経営者報酬においては、報酬委員会における独立社外取締役の役割が重要になってきます。従来はどちらかというと、お目付役。しかし、昨今は実質性が問われています。独立社外取締役が示唆のある発言をするためには何を知っていなければいけないのか。企業としての仕組みや体制を整える必要性が非常に高まっています。実際は「この人の報酬はいくら」等、すぐにはわからないでしょう。したがって、情報開示がどこまでできるか、これが大変大きなポイントだと思います。

内ヶ崎:独立社外取締役は、株主や投資家を含む社会の代表として、経営のアドバイザー機能とモニタリング機能を担う役割を期待されており、株主総会での信任を経て任命されています。
「経営者報酬」とは、経営者が経営ビジョンを未来社会に向けてストーリー性をもって語り、社会から信認を得て、リスクテイクした攻めの経営を行うための重要なコミュニケーションツールです。経営者は、独立社外取締役との議論を通じて、多様な社会の価値観を経営に反映させることが肝要です。
世界で200年以上続いている企業の6割が日本企業であると言われているように、日本企業の強みであるサステナブル経営(SDGs経営、六方よし経営)を、投資家のESG投資のフレームワークで如何に語るかが問われています。マイケル・ポーターのCSV(共有価値の創造)ではないですが、今後、日本企業は自社の社会的価値を最大化していくことで、如何にして企業のレゾンデートル(存在価値)を発揮していくのかが、経済的価値の最大化にも繋がると確信しています。たとえば、英国企業のように、独立社外取締役がサステナビリティ委員会を通じて、SDGsへの取組みを主体的にモニタリングする仕組みは、社会の公器である上場企業にとっては使命だと言えるでしょう。

グローバル人財の確保に係る 「経営者報酬」の課題

内ヶ崎:経営者報酬への株主の関心が高まる背景としては、やはり日本企業のグローバル化の進展の影響が大きいと思います。海外の優秀な経営者を採用したり、海外企業買収のPMIとして、優秀な経営人財のアトラクト&リテイン(獲得と引留め)のためにも、欧米の報酬プラクティスを共通言語として学ぶ必要があります。特に、海外の経営人財を採用するオファーレターでは、現地の報酬プラクティスを踏まえた報酬制度を提示することが必須です。ただし、我々は欧米の30年近い報酬プラクティスの議論を真似るのではなく、たたき台として活用して、日本企業の魂の篭った独自の報酬哲学を持つことが同時に重要です。

大池:2019年の株主総会では「取締役に対する株式報酬決定の件」という議案が目立ちました。自社株を持った経営は株主目線での経営に繋がるとして、上場企業では、6割ほどの企業が過去に何らかの形で株式報酬を導入しています。

内ヶ崎:欧米の30年間の経営者報酬改革の歴史の中で企業が学んだのは、「ピアグループ(比較対象企業群)を作って、ベンチマークをして報酬水準を決めていく」という考え方です。

大池:それは説得力がありますね。

内ヶ崎:たとえば、英国の大手製薬会社GlaxoSmithKlineでは、CEOとCFOは英国の大手会社10社をベンチマークしている一方、CSO(チーフサイエンス・オフィサー)兼R&Dリーダーはグローバル製薬会社11社をベンチマークしています(図表1参照)。

図表1 GlaxoSmithKline(報酬水準の決定方法)

CSO(サイエンス)兼 R&Dリーダー
グローバル製薬会社(11社)
フランス
  • Sanofi
スイス
  • Novartis
  • Roche Holdings
英国
  • AstraZeneca

米国

  • AbbVie
  • Amgen
  • Bristol-Myers Squibb
  • Eli Lilly
  • Johnson&Johnson
  • Merck&Co.
  • Pfizer


出典:GlaxoSmithKline Annual Report 2018より三菱UFJ信託銀行株式会社作成

よく言われることですが、日本と一緒で英国でも米国人の有能な経営人財を招聘する場合には、CEOよりも報酬水準が高くなります。また、経営陣がベンチマーク企業を選定する際には、人財や事業の競合関係を説得力をもって説明する必要があります。
一方、日本企業の報酬額は、社長が10だったら副社長8、専務6、常務4といった具合に、年功序列的な決め方になっていることがまだまだ多いです。今後、日本でも、CEOの報酬水準は同業種や同規模のピアグループとの比較で決まり、C-suite等のTET(トップエグゼクティブ・チーム)メンバーは経営執行チーム内の役割と責任に応じた報酬水準を設定すべきだと思います。

大池:序列という単位だけではなく、CxO(チーフ・オフィサー)別のベンチマーキングもますます重要になってくるということですね。グローバル人財を確保するためには、報酬だけではなく、フリンジ・ベネフィット(福利厚生)も重要です。

内ヶ崎:2019年6月提出の有価証券報告書から、日本でも報酬開示が強化されていますが、今後はフリンジ・ベネフィットも含めたコンペンセーション&ベネフィット(報酬と福利厚生)の開示も、グローバルな潮流を踏まえると議論になってくると思います。
海外の事例を参考にしますと、ベネフィットとしては大きく、ペンション(年金)、インシュアランス(保険)、セキュリティ(安全)、トラフィック(車、航空機)、アドバイザー(法務、税務)等が挙げられます。プロモーション(昇進)や職務内容等も含めたトータルリワード(金銭・非金銭的総報酬)として、経営陣に魅力的なインセンティブ・パッケージを提供することは、会社の成長戦略にとって重要なポイントです。

第2ステージに入り、実質化の鍵はKPIの選び方

大池:昨年(2018年)、コーポレートガバナンス・コードが改訂され、形式から実質化へと、より実効性の問われるステージに入ったと思います。

内ヶ崎
:今までは、業績連動報酬の割合を増やすとか、株主と経営者が同じ船に乗って経営をするセイムボートの考え方で自社株を渡すなど、機関投資家の関心事が、まずはインセンティブ報酬や株式報酬の増加に集中していました。セカンドステージに入り、経営者と機関投資家とのエンゲージメントを強化する観点から、報酬ポリシーや報酬プラクティスの積極的な開示を求める声が強くなっています。また、独立社外取締役中心の報酬委員会での議論を委員長に聞きたいという投資家からの声が出始めており、正に、経営者報酬ガバナンスの実質化の動きが顕在化してきていると思います。株式報酬の良いところは、株主とのエンゲージメントを図りながら、一緒に長期的な視点で企業価値を上げていくことができる点です。たとえば、サステナブル経営の重要なマテリアルである財務・非財務KPIを設計プランに組み込むことで、経営者と株主が共通言語で対話ができるということです。

大池
:従来のものさしは、EPSや売上高といった財務指標が非常に多かったのですが、最近は会社として何を重視するのかといったメッセージに繋がるものをKPIにセットする会社が増えてきています。

内ヶ崎
:英国の大手小売会社Tescoの経営者報酬で採用している、「経営目標Big6KPIs」をご紹介します(図表2参照)。

図表2 Tesco(STI・LTI報酬制度のKPI)

図表2 Tesco(STI・LTI報酬制度のKPI)

出典:Tesco Annual Report and Financial Statements 2017より三菱UFJ信託銀行株式会社作成

同社では、財務KPIに関して、LTI(長期インセンティブ)で相対TSR(株主総利回り)を掲げて、最終的な株主還元としての株価と配当に拘っています。LTIのマイルストーンとしてのSTI(短期インセンティブ)では、グループ売上・利益を活用して、ビジネスのボリュームと稼ぐ力の強化を図っています。STIでは、各経営陣の納得感の醸成という意味で、個人パフォーマンスも評価しています。
次に、非財務KPIですが、LTIという長期的な価値創造の枠組みで構成要素の内、非財務指標が20%も入っています。株主以外の他のステークホルダー価値の最大化の観点から、「サプライヤー」「カスタマー」「エンプロイー」の満足度を向上させるKPIを採用しています。特に興味深いのは、従業員満足度指標として、「Tescoの社員が週末にスーパーマーケットTescoに行って食料品を買いたいと思うか」というアンケート結果を経年比較するKPIを活用していることです。
世の中で最も大切な消費者が従業員だと考えて、その従業員が買い物に行きたいと思えるお店を作れなければ、自社として成長できないというメッセージを会社の経営ビジョンや成長戦略として社会に発信している、素晴らしい取組み事例だと思います。

大池:KPIの選び方が極めて重要だと感じますね。まだまだそこまで思い切ったことができない企業の方が圧倒的に多いので、これからの1つのモデルとして、今後は確実にトレンドの1つになってくると思います。

経営者が自社株を所有することで、長期的視点に立つ

内ヶ崎:ある機関投資家に「経営者が自社株を持ってくれないと、どれくらい業績が上がると株価が上がるのかをビビッドに感じてもらえない」と言われたことがあります。「1桁の成長だと株価は動かない。2桁成長させて初めて株価が動く。どのくらい成長すると市場のファンダメンタルな動きを超えて、市場が企業を評価するのかということを分かってもらう意味でも、自社株を持ってもらいたい」と言うのです。
そこで、日本の上場企業を対象に、「自社株を持った経営が企業価値にどのように影響しているのか」の実証研究をしてみました。CEOが自社株を多く保有する企業ほど、将来への投資が増えていたのです。将来への投資というのは、人的投資や設備投資、それから事業投資とR&D投資です。そういう将来への投資を増やすことで、中長期的に企業価値も上がっていくという実証結果が出ました。
投資家のショートターミズム(短期志向)の圧力に負けて増配や自社株買いを行うのではなく、将来の投資のために資金を回し、投資の結果として企業価値を上げていく、この好循環は、やはり経営者が自社株を保有する企業ほどうまくいっているという研究成果が出たのです。自社株を保有することは企業価値を上げるうえでも、絶対にプラスに働いていると思います。

大池:正に、セイムボートですね。株式報酬は毎年渡すよりも、ある程度の譲渡制限期間を設けた方が、長期で持つという観点でいうと、より効果が出るのでしょうか。

内ヶ崎:英国では昨年(2018年)、コーポレートガバナンス・コードが改訂され、LTIは5年間のべスティング期間(権利確定期間)を設けるという原則ができました。

大池:原則になったのですね。

内ヶ崎:日本は、たとえば3年後の中期経営計画の達成度に応じて自社株を渡すことが多いです。しかし、英国の場合は3年後に渡した後、さらに2年の譲渡制限を付けて、「LTIは5年間で設計すべき」という原則が導入されました。より中長期的な経営をしていくためには、中長期の戦略に基づいて投資とリスクの管理をして欲しいといった考え方です。

大池:日本の場合は、基本報酬のシェアが大きいため、LTIと言っても、全体からするとほんの数%程度です。中長期の投資戦略を意識付けさせることは難しい気もしますが、やはりその差は非常に大きいですね。
 

対談写真

右:大池 一弥
KPMGコンサルティング株式会社
執行役員 パートナー

「経営者報酬」は、社会から信任を得て経営する決意表明

内ヶ崎:日本の多くの経営者は、「お金のために経営しているわけではない」、「報酬をインセンティブとは思ってない」と話します。一方で、投資家は、「インセンティブと思ってもらわないと困る。インセンティブとして機能発揮できる制度が必要」と意見します。やはり中長期的に企業を成長させる、さらに言えば、企業のサステナブル経営をリードしていくのがCEOや経営陣の役割で、そのためには企業の長期的な成長に繋がるインセンティブ機能を発揮する報酬制度にして欲しいとの意見です。
経営者は、株主総会で信任を受けて経営を行います。また、株主の先には投資家や社会があります。社会から信任を得て経営をしていくのが、上場企業としてあるべき姿ではないでしょうか。その信任を得る手続が経営者報酬なのです。
「私は今後5年間で、会社のビジョナリー経営を通じて、会社が目指すべきコーポレートカルチャーを創造し、リーダーシップを発揮して、持続的に企業価値を上げます」、そういったCEOの決意表明が経営者報酬だと考えています。
経営者のビジョンや持続的な企業価値向上に対する覚悟、さらには、ビジネスのオポチュ二ティとリスクのバランスの中で、CEOとして、どういった時間軸で投資を決定していくのか、どういった事業ポートフォリオに傾けていくのかという経営判断を、シンプルでクリアに社会に伝わるような報酬プラクティスを策定していくことが、経営者には課されていると思います。

退任した後もクローバックで「経営者報酬を返還させる」

内ヶ崎:中長期的に成長するための、もう1つの重要なポイントは、どれだけリスクテイクをするかという考え方です。リスクとリターンは、やはり対の考え方です。過度なリスクテイクにならないように、今は、クローバック(報酬の返還)やマルス(権利の没収)に関する議論が盛んに行われています。
経営者の退任後、たとえば粉飾決算が事後的に見つかった場合で、報酬額が発覚前のEBITDAや営業利益に基づいて算定されていた場合には、貰いすぎた部分は返還すべきでしょう。今年の株主総会でもクローバックに関する株主提案への賛成票が多く集まりました。

大池:それは、海外でのいわゆる「貰い逃げ」経営者が結構いたというのも、事実として大きいのでしょうか。

内ヶ崎:そうですね。クローバックやマルスの議論で私が着目している点があります。不正行為や粉飾決算の発覚時に報酬の一部を返還するのは分かりやすいのですが、「風評被害」があった場合の扱いの判断は難しいところです。企業としてのレピュテーション(評判)を損ねることは企業価値に大きな影響を与えることから、たとえば、「経営者がハラスメント等でメディアで炎上した場合には、会社に風評被害を及ぼした経営者は報酬を返還しなければならない」と考えられます。報酬委員会で独立社外取締役を中心に扱いを審議した後、経営者に返還させるという流れになります。実際の判断は、訴訟リスク等を考えると難しいと思いますが。

大池:経営者自身だけでなく管轄部門が起こした不祥事についても管理責任の観点から経営者報酬を返還させるという事例もありますし、経営者として任期中の責務をどこまで負うのか、判断が難しいですね。
 

報酬委員会の活動自体の変化

内ヶ崎:昨年の英国におけるコーポレートガバナンス・コード改訂において、コーポレートカルチャーを踏まえた企業の経営戦略、事業戦略、およびガバナンス体制の構築が示されたことから、コーポレートカルチャーに注目が集まっています。ピーター・ドラッカーの「企業文化は戦略に勝る」という名言を思い出しました。
企業価値の源泉の80~90%は、インタンジブル(無形資産)なものに影響されていると言われている中で、その半分以上がコーポレートカルチャーだとされています。コーポレートカルチャーをガバナンスの中にどう落とし込んでいくのかといった仕組みを考えたときにも、報酬ガバナンスの強化というのは、非常に重要だと思っています。

大池:そういう意味では、報酬委員会の活動自体も徐々に変わってきているところがあるということですね。

内ヶ崎:そうですね。企業のサステナブル経営のエコシステムとしてガバナンスが機能するためには、コーポレートカルチャーが機能しているかが重要ですね。日本では歴史のある企業が多いので、創業理念等残すべき企業文化と、大企業病等変えるべき企業文化があると思います。
私が報酬ガバナンスの強化というところで着目している点は、まず、日本のコーポレートガバナンス・コードにもあるように、独立社外取締役中心の報酬委員会を作っていくということです。これは、報酬委員会の委員長が独立社外取締役で、メンバーも過半数が独立社外取締役で構成されることが必須です。独立社外取締役という社会の目がザ・ボード(取締役会)を通じて、よりよい企業文化を創造するという意味でも、外部の視点で報酬ガバナンスを効かせるべきだと思います。
もう1つは、自社株を保有したセイムボート経営を行うためには、自社株の取得・保有ガイドラインの整備が課題です。米国大企業では基本報酬の5~7倍、英国大企業では3~5倍くらいの自社株を持って、CEOが経営をするといった自主ルールをガイドラインに定めている企業が多いです。
3つ目は、クローバックやマルスです。過度なリスクテイクを促さない制度設計のためにも必要です。
さらに、4つ目を挙げるとすれば、経営者報酬の個別開示です。日本の場合、会計上、年間1億円以上の経営者報酬を受け取る方に限り有価証券報告書でガラス張りに開示するというルールですが、独立社外取締役の報酬も含めて、個別開示が進んでいくと、経営の規律付けがさらに適正化していくと思っています。特に、独立社外取締役のリテラシーも問われている中で、各独立社外取締役の役割と責任の増加に応じて報酬や手当も増加させるべきであり、その意味で個別開示はしていくべきでしょう。また、個別報酬額の事後開示に関する株主提案も増加し、株主提案への賛成率も年々上がっています。
報酬ガバナンス改革は、経営者が避けては通れないテーマになってきました。

大池:「額」の開示だけではなく、どんな過程を経て、いくらに決まったのかという透明性への期待も大きいですね。また、独立社外取締役の経験値や、期待しているところも、もう少しオープンになった方が良いのではないでしょうか。

内ヶ崎:米国も英国も、ザ・ボード(取締役会)は独立社外取締役が中心で、大企業ではCEOとCFOがボードメンバー(取締役)を兼務している企業が多いです。一人ひとりのボードメンバーのロール&レスポンシビリティ(役割と責任)のスキルマトリックスを作り、それぞれのバックグラウンドやスキルを明確にしていくことで、ザ・ボードを1つのチームとして捉え、社会からの信任を得ながら経営をしていくという意味で、独立社外取締役の責任は重大です。正に、企業のサステナブル経営のステアリングを握っているのが、NED(非業務執行役員)だと言えます。

社会に対する公約としての「経営者報酬」

内ヶ崎:機関投資家と話すと、「日本の経営者は月次だとか四半期、1年という短期の財務的な内容ばかり説明するので、そこに議論が集中してしまう」と言います。一方、経営者に聞くと、「機関投資家は目先の数字しか聞いてくれない」と、お互いに近視眼的な行動を指摘しています。だからこそ、経営者と機関投資家の議論のアジェンダをしっかりとセットしてあげることが重要になります。
そのアジェンダが「経営者報酬」なのです。経営者報酬のポリシーや制度設計、LTIのKPIを通じて中長期的な目線での企業の成長に向けた対話をするコミュニケーションツールを用意することで、議論がより生産的になっていくと考えられます。
なお、欧米のエクセレントカンパニーでは、長期視点の経営者報酬制度に構造改革を行い、短期的な利益予想や業績結果の公表を止める企業も出てきています。
最近、欧米では経営者と議論したいアジェンダとして、エンゲージメント・ポリシーを事前に開示している機関投資家が増えています。特に、従業員処遇や労働環境等への投資家の関心が高まっていることもあり、欧米では、従業員エンゲージメントをインセンティブ報酬のKPIにする企業が増加しています。このような取組みは、インベストメントチェーン(ESG投資)、世界のSDGsの流れ、格差社会等の社会的背景、スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コード等の政府の働きかけ、グローバルなNGO活動等のムーブメントが相まって動きが加速しています。

大池:日本人の良いところなのかもしれませんが、日本の経営者は報酬額に関して謙遜する方が多いです。「貰いすぎではないか」とか、「他の経営陣とのバランスを考えると自分はこんなに貰わない方が良い」等、謙虚なのは良いのですが、それではいつまで経っても欧米との差が縮まりません。もう少しポジティブな意味で、受け取るにふさわしいことを発信すべきです。
先ほど内ヶ崎さんがおっしゃったような「自社をこうしていきたい。よって、こういう報酬が企業ビジョンの実現を後押しする」というくらいの気持ちでアピールすると、日本企業はもっと成長していけると思います。

内ヶ崎:そうですね。経営者報酬は企業の社会的な責任を映し出す鏡なので、企業の社会的な使命に応じた報酬を、日本の経営者にも受け取ってもらいたいですね。
最後になりますが、欧米のCEOと比較して、日本のCEOの任期は4年間等短い企業が多く、かつ、インセンティブプランが単年度のボーナス中心であることから、海外の機関投資家から見ると、やはり「事なかれ主義で、自分の任期中はリスクテイクをして積極的な投資をするよりも、自分の任期の4年間は平穏に務め、次の経営者にバトンを渡すことを正当化している」というような懸念を持たれていると思います。そのような言われのない懸念を抱かせないためにも、「経営者が経営者たるにふさわしい活動を行っている」ことの証跡としても、グローバルベースでの経営者報酬ガバナンスの仕組みが必要です。
これは私の造語ですが、個人的にCEОを「Culture Employee Organization」と訳していて、「人と組織を開発して、企業文化を創造する」ことがCEOの仕事だと思っています。「私はこういったビジョンに基づいて、ミッションを果たし、会社のバリューを高めていく」、そのための経営者の社会に対する公約が「経営者報酬」です。
経営者としての報酬ポリシーを示さないということは、社会に対して公約しないということです。こうしたリーダーシップが、これからの日本の経営者には問われていると思います。

対談者

内ヶ崎 茂 氏

三菱UFJ信託銀行株式会社
HR戦略コンサルティング室長/プリンシパル

早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(MBA)。現在、大企業の指名・報酬委員会アドバイザー等のHRガバナンス・コンサルティング業務に携わっている。最近では、経団連のコーポレートガバナンス・コード検討部会に参画するほか、経産省内のコーポレート・ガバナンス・システム研究会においても提言を行う。
主な著書に、『日本経済復活の処方箋 役員報酬改革論〔増補改訂第2版〕』(共著)(商事法務、2018年)、「英国企業の経営者報酬プラクティスの実態と日本企業への示唆」(旬刊 商事法務2202(2019/6/25)号)がある。


大池 一弥

KPMGコンサルティング株式会社
執行役員 パートナー

組織・人財マネジメント領域で22年以上の経験を有し、人事制度、経営者報酬設計等を多く手掛ける。近年はAIを活用した人事業務の高度化も支援している。

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