現代労務課題への対応~内部監査によるアプローチ

現代労務課題への対応~内部監査によるアプローチ

今日、企業は解決困難なさまざまな労務課題に直面しています。本稿では、これらの現代労務課題への対策の1つとして、内部監査によるアプローチが有効である点について解説します。

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すべての企業にとって重要なリソースである人材。今日、企業は解決困難なさまざまな労務課題に直面しており、経営層はグローバル視点での対応が迫られています。これまでも、人材不足、労災、ハラスメント等の伝統的な労務課題が議論されてきました。しかし、近年は、2019年4月施行の働き方改革関連法等のコンプライアンス対応、グローバル化や企業価値の意識変化がもたらすダイバーシティマネジメント、ロボットや人工知能等のテクノロジーの普及に伴う大規模な人員削減など、労務に係る課題は専門化・複雑化の様相を呈しています。
本稿では、これらの現代労務課題への対策の1つとして、内部監査によるアプローチが有効である点ついて解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 労務課題は、経営課題として認識すべきである。これらの課題には、企業は経営層が主体となって、一丸となり対応する必要がある。
  • 内部監査は、経営層の目線から労務課題を評価・指導することができる機能を担っている。
  • モニタリングや監査といった手法により現状を把握し、現場から独立した立場で組織を鳥瞰的に捉えることによって、全社横断的かつ客観的な改善案を提案できる。近年では、テクノロジーを活用した、一層タイムリーかつ効果的な現状把握や生産性向上に資する仕組みの整備が進んでいる。

I. 労務と経営

1. 経営課題に直結する伝統的労務課題

労務課題は、過去から尽きることなく経営層を悩ませてきました。従業員の健康被害※1は言うまでもなく、長時間労働による過労死は、今や経営責任として世間から糾弾され、トップが辞任に追い込まれることさえあります。2015年12月に施行された「50名以上の事業場におけるストレスチェック義務化」等、制度面の改正も進んでいます。ハラスメントも同様、セクハラ・パワハラに留まらず、マタハラ・モラハラなどカテゴリーも次々に増え、現場だけでなくトップの責任問題としてマスコミに取り沙汰されるケースもあります。最近では、内部監査のテーマとして取り上げ、個別の対応を取る企業も増えています(図表1参照)。

図表1 労務関連の主な内部監査テーマ

分類 内部監査テーマ例
安全衛生 ストレスチェック、防災対策、衛生管理
勤怠・労務管理 時間外労働(36協定)、休暇取得、賃金支払
採用・人事・評価 人材育成、資格取得、福利厚生の適切性
ハラスメント
セクハラ・パワハラ・マタハラ等
その他 働き方改革対応、新人事制度の浸透状況


出典:「第62回内部監査実施状況調査結果」(一般社団法人日本内部監査協会)より抜粋

少子高齢化に伴う人材不足も、企業にとっては継続的な課題です。2019年4月には、「2018年度は日本の人口が40万人減少し、12年連続の自然減少」との総務省統計局人口推計(2018年10月時点)が発表されました。労働集約型の事業会社にとっては、非常に厳しい現実です。採用活動に注力するだけでは、もはや人材不足解消は困難であり、ビジネスの転換を余儀なくされる事態となっています。

※1 危険業務における死亡・負傷事故、疾病やメンタルヘルス障害など

2. 複雑化するグローバル関連の労務課題

世界各国においても多くの労務課題が存在します。日本型管理制度の海外展開に起因したストライキや労働争議など、過去には、大規模問題に発展したケースもありました。また、日本からの海外赴任者は、国内以上にさまざまなリスクにさらされており、企業は遠隔地の海外赴任者の健康や安全を一定レベルで保障しなければなりません。
近年は「地政学リスク」、「貿易戦争」、「情報通信のさらなる発達」等、グローバリゼーションの姿そのものが変貌しつつあります。各国の国民性や地域の文化・慣習・風土を踏まえた事業展開はただでさえ、壮絶な苦労を伴うものですが、グローバル企業は、さらに新たな局面を迎えつつあります。

3. 働き方改革関連法への対応の難しさ

今年4月、「働き方改革」の一環として労働時間法制が大幅に厳格化されました。厚生労働省は、この実現のため、具体的に以下8つの内容を見直しました(図表2参照)。

図表2 働き方改革における8つの見直し(大企業向け)

  1. 残業時間の上限規制 
  2. 「勤務間インターバル」制度の導入促進
  3. 年5日間の年次有給休暇の取得(企業に義務付け)
  4. 月60時間超の残業の、割増賃金率引上げ
  5. 労働時間の客観的な把握(企業に義務付け)
  6. 「フレックスタイム制」の拡充
  7. 「高度プロフェッショナル制度」の創設
  8. 産業医・産業保健機能の強化

企業には一体どのような影響が生じるでしょうか。まず、改正内容を遵守すると労働時間は削減されますので、職場環境は、一旦は改善されたかのように見えるでしょう。しかし対応を誤ると、たとえば、従業員のモラル低下や下請け/委託業者への労働時間のしわ寄せや、放置すれば、従業員の休職・離職や独禁法/下請法違反等、別の大きな課題となって跳ね返ってきてしまいます。
さらに「働き方改革」対応の失敗は、企業イメージを著しく損なう可能性もあります。近年は、大企業の不祥事が絶えず、世間の企業に対する目線は厳しくなるばかりです。「働き方改革」は、労務課題の解決の契機となる可能性を秘める一方、マイナス面においても各方面の注目を浴びやすい高リスク事象と言えるでしょう。このリスクを低減するためには、経営層による強いリーダーシップの下での全社的な対応が求められます。

4. ダイバーシティマネジメントの必要性

グローバル市場への事業拡大のためには、多様な人材を登用し経営戦略へ生かすことが、競争優位に繋がるとの考え方が浸透しています。また、グローバルレベルの意識変革に伴い、国境を越えたさまざまな枠組みが労務課題に対しても設定されています(図表3参照)。

図表3 労務に関係する主な国際的枠組み [2000年以降]

枠組み 説明
国連グローバルコンパクト 人権/労働/環境/腐敗防止の4分野・10原則を軸に活動展開
GRIスタンダード 経済的/環境的/社会的パフォーマンスに係る報告ガイドライン
ISO26000 組織の社会的責任に係るガイドライン
国連責任投資原則(PRI) 国連による社会責任投資のイニシアティブ
持続可能な開発目標(SDGs) 極度の貧困、不平等・不正義をなくし、私たちの地球を守るための計画
これらの枠組みでは、「人材のダイバーシティ」について、主に、次の視点から捉えています。
  • 性的指向・性自認
  • 世代
  • 身体的特徴
  • その他 - 人種、国籍、民族、宗教

真のダイバーシティマネジメントとは、多様な人材の登用だけでなく、多様な人材が深層に持つ価値観(生き方/考え方)を理解し、これらの多様性をうまくビジネス活動の活性化に繋げることと言えるでしょう。コミュニケーションに関する考察の1つとして、歴史的に単一民族国家の日本は、「あうんの呼吸」に代表されるハイコンテクストなコミュニケーション文化を保有し、暗黙知を前提とした社会システム・職務体系を構築してきました。故に「人材のダイバーシティ」に関しては、日本は一見、欧米企業の後塵を拝していると思われがちです。しかし、アカデミックの世界においては、欧米型(形式知)/日本型(暗黙知)の双方のメリットを享受することが効果を最大化するとの研究成果も出ています。この方向性を明確化するためには、企業は各社の事情に応じた経営方針の明確化が必要となります。その意味でも人材のダイバーシティマネジメントにおける経営層の果たす役割は非常に重要といえます。

II. 現代労務課題の主要リスク

現代労務課題に係るリスクには、共通の特徴があります。グローバルレベルで外部要因の影響を受け、いずれの国でも生じ得る、また、それぞれの要因やリスクが相互に影響し合い複雑さを増しているという点です(図表4参照)。次の3通りに分類されると考えられます。

図表4 新旧労務課題の概要
図表4 新旧労務課題の概要

1. ブランドイメージの著しい低下

過重労働の解決は、少子化へ歯止めを打つための国家施策として現在は期待されており、企業の取組みに社会からの関心が高まっています。この対策の不手際は、採用や営業などにも悪影響を及ぼし、最悪の場合、事業停止へ発展する可能性もあるでしょう。

2. コスト・採算性の悪化

新法への対応は、相当のコストを要します。しかし、今後は採用コストの大幅な増加も予想されます。さまざまな環境変化により企業の求める人材像は刻々と変化するため、高い専門性を保有する人材確保などがコスト上昇の要因となります。さらに間接費増加の結果に伴う、値上げリスクも見過ごせなくなります。

3. コンプライアンス違反

国内では、働き方改革関連法が世間の耳目を集めていますが、グローバルレベルでは、近年人権関連の法令が主要各国において続々と成立し、グローバル企業は遵守を迫られています。2015年の英国現代奴隷法もその1つです。現代労務課題は、サプライチェーンの隅々にまで広範に目配りしなければならない課題になっています。

III. 労務リスク対応のモニタリング

1. 労務課題に対する内部監査によるアプローチの有効性

労務課題は、一義的には労務関連リスクの主管部門である人事部門が、各課題への対策を講じることになっています。しかし、前述のとおり、現代労務課題への対応には経営層の関与や社内コミュニケーションが不可欠です。ここでは、対策の1つとして内部監査によるアプローチが有効である点をご紹介します。
1つ目に、内部監査部門は、本来的には経営直轄組織であるため、経営層が意図する方向性の監査を柔軟に実施することができます。たとえば、働き方改革推進状況やダイバーシティマネジメントの浸透状況調査などに経営層が強い関心を持っていることから監査テーマに設定しているケースがあります。2つ目は、内部監査部門は、現場の業務プロセスから独立しており、客観的かつ部門横断的な改善提案を可能とする点です。この特徴は、組織がサイロ化した企業や横串を通しにくい企業にとっては特に有効です。上記のような監査を実施する場合、全社を俯瞰したうえでバランスの取れた改善案を提案することで実現に貢献するケースもあります。また3つ目に、内部監査部門は、独立した組織である一方、日頃の監査活動等を通じて、各部とのコミュニケーションパスを有していることが多く、課題解決に必要な知見を有する部署との連携を進めることができる場合があります。緻密な現状把握とバランスの取れた提案活動を通して、内部監査は労働課題の対応に貢献できるのです。

2. データ分析の効果的活用

(1)データ活用による現状把握・PDCAの迅速化

内部監査部門は元々モニタリング業務を得意としています。特にここ10年程は、CAAT(Computer Aided Audit Technique:コンピュータ支援監査技法)の普及により、多くの企業においてデータ分析スキルやナレッジが蓄積されてきました。労務課題に関しても、内部監査部門が、データ分析を率先またはしかるべき部署へアドバイスすることにより、労務課題に係るデータ活用を推進することができます。また、こうしたデータ分析結果は、最近では、市販のBIツール等によってビジュアライズ化したうえで、アクセス権限を付与した担当者と簡単に情報共有できるようになりました。これにより、従来は予備調査によって高リスク領域を洗い出し、人手による現場への往査によって改善を促していた活動期間が、一瞬で解決できるようになったと言えます。
 

(2)「プロセスマイニング」による業務モニタリング

テクノロジーの進歩に伴い、データ分析手法は、次々に新たな展開を見せています。現在欧米企業は、「プロセスマイニング」という先進的なモニタリング手法を導入し、業務改革を進めています。「プロセスマイニング」とは、システムに蓄積されたイベントログに基づいてすべての業務プロセスを可視化し、非効率な業務プロセスや例外処理を分析する手法です。たとえば、コンプライアンス違反となり得る業務プロセスが存在しないか、または、非生産的な繰り返し業務が発生していないか等、業務プロセスの課題に対する網羅的確認を可能とします。従来は、人手に頼らざるを得なかった、または、確認すらできなかった業務プロセスへメスを入れられるため、画期的な工数削減・モニタリング品質向上が期待されます(図表5参照)。

図表5 プロセスマイニングのモニタリングイメージ図
図表5 プロセスマイニングのモニタリングイメージ図

出典:「Digital Tool Book」(KPMG Ignition Tokyo)より抜粋・加工

IV. 今後に向けて

企業がさらなる企業価値創造/社会への貢献を目指すのであれば、現代労務課題への対応は避けて通れないでしょう。図表3の枠組みだけでなく、投資環境においてもESG投資の運用比率は年々拡大しており、企業への影響は増大しています。
内部監査は、経済産業省が主導するコーポレート・ガバナンス・システム研究会においても、経営にとって重要な機能と位置付けられ、従来型の財務領域の監査から、グローバルガバナンスの一翼を担う活動との認識に舵が切られています。
本稿では、現代労務課題においては、(1)経営層のリーダーシップや(2)個性を生かした深層のコミュニケーションが重要であり、この解決の糸口として、内部監査やテクノロジー活用が、非常に有効である点について述べました。しかし、本テーマは、将来にわたり、外部環境変化の影響などにより、企業にとっての重要性を増すものです。最新テクノロジーの進歩等による、より有効なアプローチの出現からいよいよ目が離せません。

執筆者

KPMGコンサルティング株式会社
シニアマネジャー 泉田 理絵
マネジャー 北島 雄

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