中国のユニコーン企業への投資の機会と直面する課題

本稿では、過去に提供したKPMGのサービスの事例を紹介しつつ、中国のユニコーン企業への投資の機会と直面する課題を解説します。

本稿では、過去に提供したKPMGのサービスの事例を紹介しつつ、中国のユニコーン企業への投資の機会と直面する課題を解説します。

日本商工会議所が発表した「2019年中国経済及び日本企業に関する白書」によると、2018年における日本の対中国投資額は約38億米ドルで、前年比16.5%増となっています。中国国内のユニコーン企業の台頭に伴い、今や中国はユニコーン企業を有する国家としてはアメリカに次ぎ第2位となりました。一部の代表的な日本企業は既に中国のユニコーン企業に対して投資を開始しています。現在、中国のユニコーン企業は伝統的な中国企業と比較して、すさまじいスピードで成長しており、投資規模も拡大していますが、収益性は劣っているという特徴を有しています。KPMGは近年、数多くの中国国内の企業やファンドおよび日本企業による対ユニコーン企業への投資に対して、プロフェッショナルなサービスを提供してきました。
本稿では、過去に提供したKPMGのサービスの事例を紹介しつつ、中国のユニコーン企業への投資の機会と直面する課題を紹介することにより、日本企業の今後の中国投資の参考となれば幸いです。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りします。

ポイント

  • 日本企業が中国ユニコーン企業への投資を検討する際、中国ユニコーン企業の特徴を理解したうえで、ビジネスモデル、コアな価値、将来の発展性を見極めることが非常に重要である。
  • 中国ユニコーン企業に対する財務デューデリジェンスでは、よくある注目点は下記である:1)ターゲット会社のビジネスモデルの財務業績への影響、2)ターゲット会社の財務情報の品質およびデータの真実性、3)ターゲット会社のキャッシュフロー。
  • 中国ユニコーン企業の価値を評価する際、重要な留意点は下記のとおり:1)中国ユニコーン企業の特徴を考慮したうえで、合理的な評価方法を選択する、2)中国ユニコーン企業のビジネスの特徴に合わせ、通常以外の評価方法も適宜検討する。

I. 中国のユニコーン企業の台頭

1. 概況

“ユニコーン”という言葉は2013年頃から使われ始め、設立して10年未満、企業価値が10億米ドル超、プライベートエクイティから投資を獲得しているが未だ上場していない企業の総称を指します。2016年に中国はユニコーン企業を有する国家としてはアメリカに次ぎ世界第2位となりました。2017年1月から2019年5月にかけて、2017年:8社、2018年:21社、2019年(5月4日まで):7社の全36社のユニコーン企業が世界の資本市場に上場しています。グローバル資本に牽引され、中国のユニコーン企業の数は右肩上がりで増加しており、また、企業の設立から上場までの期間は平均で約71ヵ月と極めて速いペースです。近年、日本企業も新しい時代の技術革新および価値創造の代表格として捉えられているユニコーン企業に注目し、投資を始めています。しかしながら、成功までの道のりは決して平坦ではなく、急激に成長したユニコーン企業の多くは遅かれ早かれ、さまざまな問題が浮き彫りになります。投資家が注目する観点は、いかにこれらの問題を発見するかであるため、本稿でこれらの問題を探っていきたいと思います。

2. 中国のユニコーン企業の目覚ましい成長の特徴

(1)企業価値の大幅な増加

2018年、中国のユニコーン企業の企業価値の総額は約9,394億米ドルに達し、1社当たり平均の企業価値は約46億米ドルとなっています。分野別で見ると、金融業界は約2,845億米ドルで最も高く、これは中国のインターネット業界の発展水準とほぼ同水準となっています。次に文化エンターテインメント業界が約1,315億米ドル、さらに自動車交通業界が約1,199億米ドルと続いています。この他、企業価値が100億米ドルを超える業界は企業サービス、物流、ハードウェア、ライフスタイル、ヘルスケア、電子取引、不動産サービス、および教育業界と多岐にわたっています(図表1参照)。

図表1 中国ユニコーン企業の業界別企業価値

(2)幅広い分野にわたるユニコーン企業

ユニコーン企業の分野ごとの数という観点からは、2018年の中国のユニコーン企業は自動車交通業界に最も多く存在しており合計27社にも及びます。金融、企業サービス、電子取引、ヘルスケア、物流、文化エンターテインメント、ハードウエア、教育、不動産サービス分野の企業は各々10社を上回っており、ライフスタイル、旅行等の分野は相対的に少なくなっています(図表2参照)。

図表2 中国ユニコーン企業の業界別企業数

ユニコーン企業を形態別に分類すると、プラットフォーム型と技術主導型に分類されます。プラットフォーム型企業は主にインターネット上にプラットフォームを形成することを基礎としており、コアとなる概念はプラットフォームを通じた“共有”です。たとえば、エンターテインメントメディア、自動車、e-コマース業界となっています。技術主導型企業は高い技術性を駆使して経営を行っています。たとえば、ビッグデータ、クラウドコンピューティング、AI、ブロックチェーン等です。プラットフォーム型と技術主導型のハイブリッド型であれば、さらに競争力は強固なものとなるでしょう。代表的な企業にAnt FinancialやJinri Toutiaoがあります。
 

(3)地域分布

北京市、上海市、広東省、浙江省が最もユニコーン企業が集中している地域であり、そのなかでも北京市にあるユニコーン企業の数は最も多く、87社にものぼります。上海市、広東省、浙江省のユニコーン企業数は各々、40社、27社、24社となっています。企業価値の観点からは北京市が3,649.04億米ドルであり、すべてのユニコーン企業の企業価値の38.84%を占めています。その次に浙江省で3,057.33億米ドル、企業価値にして32.55%を占めています。上海市、広東省のユニコーン企業の企業価値は比較的少なく、平均で全体の10%程度です(図表3参照)。

図表3 中国ユニコーン企業のバリュエーションエリア分布

図表3 中国ユニコーン企業のバリュエーションエリア分布

出所:2018年中国ユニコーン企業研究報告(前瞻産業研究院)

II. 中国のユニコーン企業への投資において直面する課題

1. B2C企業の発展とボトルネック

近年台頭してきたTMT企業(Telecommunication, Media, Technology、以下「TMT」という)の多くはB2Cビジネスを展開してきています。たとえば、Meituan、Pinduoduo、ofo等です。しかし、これらの企業は最終消費者をターゲットとしているため、自社製品の市場全体のボリュームを正確に把握し、予測するのは困難です。また、消費者の感性に基づいた購買の意思決定、ブランド力、配当の多少、スマートフォン市場の成熟化、携帯端末の通信費の高額化等の要因がB2Cの発展のボトルネックとなっています。中国のインターネットによるB2Cの発展は既に停滞期に突入しており、多くの課題に対処するため、事業モデルやビジネスデザインの変更が喫緊の課題となっています。B2Cビジネスと比較して、B2Bビジネスは比較的簡単にターゲットとなる顧客に対してポジショニングを決定しやすいとされます。マクロ的には市場規模、市場分布、業界の動向をコントロールしやすく、ミクロ的には製品価値に焦点を当ててマーケティングを行いやすいという利点があります。そこでここ2、3年でますます多くの投資家がB2Bビジネスに注目しています。しかし、B2Bビジネスにも留意すべき問題が数多く存在します。たとえば取引において頻繁に発生し得るリスクを軽減するために、厳格な内部統制制度、購買フローや承認制度を制定する必要があります。

2. 早期に必要となる多額の投資および利益確保の困難性

多くのTMTユニコーン企業は、継続的に顧客に対して割引を行うことにより、市場のシェアを獲得しライバル企業より競争優位に立とうとしています。この段階では通常、多額の資金が必要となり、帳簿上は損失が計上され続けます。たとえば、最近アメリカに上場したLuckin coffeeは合計4回、総額5.5億米ドルの融資を受けていますが、2018年および2019年第1四半期までの累計損失は22億元となっています。
通常、ユニコーン企業が市場における絶対的な優位性、市場における価格決定権を得た後は、顧客側は政府の割引政策の恩恵等は大幅に減ることになるため、ユニコーン企業のサービスに依拠することになります。

3. 企業の独創力や創造力を追求する必要性

多くのスタートアップ企業はその他の企業のビジネスモデルを模倣しているため、短期間に同様のビジネスモデルの企業が数多く現れています。たとえば、ofo、Mobikeが台頭した後、市場には短期間で大量の似たような自転車共有ビジネスの企業が現れました(例:Wukong bike、Blue gogo、3Vbike等)。しかし、このような小規模の企業は先駆者(ofoやMobike)のように大量の融資を得る手段がないため、早期に資金ショートを起こし、撤退せざるを得ない状況となります。最初はユニコーン企業からスタートしますが、多くの企業はそのコアとなる競争力を失っています。現代のようなデジタル化、データ化された時代においては、クラウドコンピューティング、AI等の技術をより重視し、技術力を維持するために研究開発投資を行う必要があります。また、既存のビジネスモデルを継続するのではなく、ビジネスモデルの刷新、製品の革新、国境を超えたイノベーション等を通じて、他の競合他社との差別化を図る必要があると言えるでしょう。

4. 企業価値は高いが上場後、業績が悪化

市場の追い風やユニコーン企業自体の希少性により、融資を行っている時は多くの企業の企業価値は絶えず上昇していきますが、融資が終わった後市場価値が下落するケースもしばしば見受けられます。
しかし、2級市場のユニコーン企業の株価は中国市場の期待を正確には反映しづらいとされるため、2018年には全19社の中国のユニコーン企業が香港かアメリカで上場しています。上場前の企業価値が10億米ドルから460億米ドルの企業のうち、40%はその後の企業価値の下落に直面しています。国外の投資家や資本市場の、中国企業の文化やビジネスモデル等に対する理解が不足していたこと以外に、企業価値を過大評価していたことや、今後の業績の状況に対する不確実性があったことも主要な原因の1つです。

III. 財務デューデリジェンスの観点からの留意点

1. 留意点

新技術、新製品、新業態、新モデルの代表格であるユニコーン企業が“悪のユニコーン企業”とならないようにするため、投資前には必ず財務デューデリジェンスが必要であり、財務デューデリジェンスの観点からは以下の点に留意する必要があります。

  • ビジネスモデル:
    ユニコーン企業のビジネスモデルは変化が激しいため、各ビジネスモデルの財務的影響を理解する必要があります。
  • データの真実性:
    企業は度重なる融資を受けているため、アーンアウトや、上場の条件を設定されている可能性もあり、収入を偽造するリスクもあります。そのため投資家はデータの真実性を担保するため、専門的なデータ検証機関のサポートを受けることが推奨されます。
  • 情報品質:
    業務会計および財務会計が一致していないことによる管財の不一致が生じることがあります。そのため、ビジネスの変化によって財務的にどのような影響が発生するかを適切に検証することができません。
  • 現金の流出:
    大量の資金の支出に対して、詳細な分析と正確な判断が求められます。
  • オフバランス事項:
    未解決の訴訟、偶発債務等に留意する必要があります。

2. 実際のケース

以下、実際のケースを含め、財務デューデリジェンスの際の注意点およびプロジェクトに基づいた経験を紹介します。
 

(1)データの捏造と虚偽の売上

虚偽の売上はユニコーン企業にしばしば散見される問題です。たとえば、ある企業の売上は前年比で140%も増加していたため、売上の実在性を検証するため、契約書を入手し分析を行ったところ、企業の売上の実在性にはリスクがあることが判明しています。主な原因は以下のとおりです。

  • 新規顧客の多くは業界内で認知されていない零細企業であり、注文自体に疑義があった。
  • 支払いのタイミングが延長、すなわち検収前の支払い比率が明らかに減少しており、また、信用期間が180日超のものが半数を超えている契約書が多数散見された。

財務デューデリジェンスにおいて、売上について疑問を感じた場合、契約書を入手し顧客の構成を念入りに分析する必要があります。
 

(2)情報品質/管財の不一致

財務データとビジネスデータに多額の差異が発生しているケースです。財務部の担当者のビジネスへの参画度合いは極めて低く、新しいビジネスモデルの下、計上するべき売上とコストが適切に勘定科目に反映されておりません。このような状況の下、投資家は企業の真実の経営状況を判断するために、従来のビジネスモデルのデータに基づいた当該企業の売上および原価を実際の状況に応じてシミュレーションし、真実の利益情報を明らかにする必要があります。
 

(3)現金の流出

通常、ユニコーン企業は急速な事業展開を行い、大量の資金を投入する必要があるため、資金繰りにおいて危険性も露呈しています。たとえば、ある企業は顧客を獲得するために、大量の現金補助を行っていました。すなわち、ユーザーに対する現金補助が売上を押し上げていました。同時にキャッシュフローの悪化を招くことになり、結果として資金ショートに陥り、業務の遂行が困難になりました。現金補助の場合、収益性を分析したところ、コミッション料で現金補助を賄うのは困難であったと考えられます。
 

(4)信用リスク/オフバランス事項

一部のユニコーン企業は財務上の処理を規定しておらず、結果として負債に係るリスクが増加している企業が多くなっています。たとえば、ある企業は顧客を獲得し、提携先がローンを貸出し、信用リスクを負いながらも利益の一部を得ていたケースがあります。財務デューデリジェンスで、企業の大部分の信用リスクが財務諸表に反映されていないことが発覚し、また同時に、信用リスクが負債を見積もる際に考慮されておりませんでした。企業の過去の損失状況に基づいて、移行率モデルを用いて企業の全体の信用リスクを評価した結果、減損損失を追加計上しました。投資家は取引の際、信用リスクによる投資損失を考慮に入れて取引することが推奨されます。

IV. 企業価値の観点からの留意点

1. 一般的評価方法の限界

評価方法を選択する際には、対象となる企業の経営状況、企業の今後の見通し、直面しているリスク等を考慮する必要があります。従来の伝統的な企業と比較して、ユニコーン企業は成長段階にあるため多額の資金投入が必要であり、それに伴い高いリスクに晒されているという特徴があります。これらの特徴により、一般的には使用可能な評価方法は制限されます。
 

(1)ディスカウントキャッシュフロー法の限界

ディスカウントキャッシュフロー法の基礎は合理的な財務予測でありますが、ユニコーン企業の将来の業績を正確に予測するのは困難であるため、収益法を用いて評価するのは不確実性が増加します。主な要因は以下のとおりです。ユニコーン企業は通常は経営の歴史が浅く、過去の利益情報や経営データが乏しいことが多いと言えます。多くの企業はハイテク産業に属しているか、あるいは先進技術のサービス産業に属しています。また、ナレッジの移り変わりが早く、製品ライフサイクルも短いことが多く、国の当産業に対する監督、政策、支援態勢にも不確実性が存在します。さらに、市場環境も絶えず大きく変化しています。
割引キャッシュフロー法は対象企業の持続可能性を前提としています。利益が存在しない状況、あるいは継続的に損失が計上されている場合は、多額の研究開発費や市場開拓費と相まって会社の資本を毀損することになります。また、継続的な資本注入を余儀なくされます。このような状況の下では、フリーキャッシュフローに基づく収益法による企業価値評価は効果を発揮できないと言えるでしょう。
 

(2)利益倍数法(市場法)の限界

ユニコーン企業は通常、利益モデルが革新的あるいは特定の分野を独占しているため、完全に比較可能な企業や取引を特定するのは困難です。広告業界を例にとると、かつては情報の多くは検索エンジンやソーシャルプラットフォームから発信されていました。しかし近年はモバイルインターネットの普及に伴い、モバイルインターネットや動画サイトから情報を手に入れるユーザーが増えたため、両者のビジネスモデルは似ていますがターゲットとなるユーザーが変化してきています。ユニコーン企業と同等の成熟企業の比較分析を行う際には両社の違いを十分に理解することが必要になるでしょう。

2. ユニコーン企業の企業価値評価法

これらの要因を考慮すると、ユニコーン企業の企業価値を評価する際には、通常の評価方法に加え、特定の指標を調整、あるいは修正することが望ましいと考えられます。

  • 経営倍数:
    たとえば、インターネット企業を例にとってみると、成長段階の企業にとって最も重要な要因はユーザーの規模であり、投資家は経営指標としてたとえば登録ユーザー数、アクティブユーザー数、市場空間、取引量等などに注目しています。多くのインターネット企業がビジネスプランを作成する際、有名なインターネット企業のユーザー数やARPU等の指標に基づき、EV/MAU(月間アクティブユーザー数)、EV/DAU(1日当たりアクティブユーザー数)等の方法を用いています。
  • 財務倍数:
    ユニコーン企業が発展している中期、後期においては財務指標に基づいて評価されることが多いです。このような状況下のインターネット企業では、売上が増加している一方で多額の投資を行っていることが多く、安定的に利益を獲得することは困難なことが多いため、伝統的に用いられてきたEV/EBIT、EV/EBITDAではなくEV/Sales倍数が適切な場合もあります。
  • 過去融資倍数法:
    ユニコーン企業が誕生してから成長する過程において、通常初期の段階では多数の融資が必要となり、この段階においては企業のユーザー数、取引量、売上等が企業価値と相まって増加します。同等の企業の経営倍数や財務倍数と比較する以外に、目標とする企業の前回の融資時の暗示的な倍数を用いて比較することもあります。過去融資倍数法を使用する際、通常、前回の融資時の1株当たりの価格に総株式数を乗じて、前回融資時の暗示的な投資後価値を算定します。しかし、発行済株式数に特定の条項が含まれているような優先株式が存在する場合、この方法で計算された投資後評価額は過大評価される可能性があることに留意が必要です。
  • ディスカウントキャッシュフロー法:
    成熟期に入ったユニコーン企業のビジネスモデルは基本的には安定しており、市場での認知度は高まっています。財務数値も明らかに向上していることが多いですが、依然として比較的高い成長予測を有しており、資本的なギャップも存在するという特徴を有しています。ディスカウントキャッシュフロー法の1つの難点は割引率をいかに決定するかということにあります。つまり、完全に比較可能な同等の企業が少ないため、ベータ値の決定は非常に難しく、一方で財務予測の不確実性は高い水準のリスクプレミアムの計上を余儀なくされます。これに関して、多数の機関が異なる発展段階のスタートアップ企業のリスクとリターンについて研究を行っています(例:Scherlis & Sahlman)。大部分の研究ではスタートアップ企業を初期段階の企業とIPO間近の企業とに分けており、IPO間近の企業のリスク・リターンが20~35%の間にあると報告しています。

執筆者

KPMG中国
北京事務所
パートナー 岸 皓彦

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