M&A遂行プロセスにおける目的意識と事業設計~移転価格検討の観点から~

M&A遂行プロセスにおける目的意識と事業設計~移転価格検討の観点から~

本稿では、M&Aについての課題や買収後の事業オペレーションなどの対応について、経理部/税務部および経営企画等のM&A担当部門の方々にもご理解いただきたい内容について解説します。

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景気の回復や国内市場の低成長等の事業環境の変化や海外における事業領域の獲得のため等のさまざまな理由から、日系企業における海外の事業買収(または「M&A」)事案は引き続き活況となっています。海外の事業を買収することは企業グループの売上を伸ばすには効率的な方法ですが、他方で経営統合の難しさに直面し、苦心しているケースも多いように伺えます。
本稿では主に移転価格税制の観点から、M&Aにおいて想定される課題や買収後の事業オペレーション、事業管理を踏まえた能動的な対応について、経理部/税務部の方々のみならず、経営企画等のM&A担当部門の方々にもご理解いただきたい内容について解説します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 移転価格税制への対応は、税金の問題のみならず、事業組織やオペレーションに影響を及ぼすことが多い。ディール完了前の段階から買収後のビジネスフローについて大まかな検討を行い、買収目的や移転価格の観点も踏まえた統合後の統合オペレーションの青写真を描いておくことが望ましい。
  • M&Aの事案ごとに移転価格税制上の論点は異なるが、当初の買収の目的を見失わないようM&Aプロジェクトの中で検討課題について議論し、事業との親和性を実現していくことが大事である。

I. 移転価格税制とは

移転価格税制とは、簡単に言えば「企業グループ内における取引価格」を規定する税制であり、国外関連者(親会社、子会社、兄弟会社を含む)との取引を通じ、他国への所得移転を防止するための税制です。移転価格税制は、国外関連者との間で行う取引であり、有形資産、無形資産、役務提供、金融取引といった幅広い取引が含まれます。日本における移転価格課税(追徴課税)については、一般的に数億円程度~数百億円規模の課税事案となるケースまであり、企業グループの業績に非常に大きなインパクトを与える可能性があります。
移転価格税制が要請する適正な価格の算定方法についてはいくつかの考え方があり、国によっても若干異なる場合がありますが、グループ間における各関連者の事業上の役割(果たす機能)や負担するリスクの度合、使用する資産(有形資産・無形資産)の状況を踏まえて、グループ間の所得配分が客観的に見て合理的といえるかどうかについて着目する傾向にあります。したがって、税務の問題ではあるものの、特に事業との親和性の高い税制といえます。

II. M&Aと移転価格税制との関係

M&Aによる海外事業の買収が行われる目的はさまざまですが、たとえば売上・シェアの拡大、新規市場・製品分野への足掛かり、サプライチェーンの統合による事業の効率化等が挙げられます。買収を成功させるためには、常に当初の目的を意識しながら、買収から統合までのプロセスならびにその後のオペレーションを行っていく必要があります。実際の買収事案においては、まず買収前の検討段階において、非常に短い時間軸で情報収集や意思決定を行い、事業評価、交渉、買収契約の締結、事業統合の計画作りといった一連の流れをこなしていく必要があります。また、買収後には、統合後はどの拠点に対してどのような事業上の役割を負担させるのか等、事業全体のビジネスフローやサプライチェーンも含めた事業統合後のオペレーションの詳細設計を行い、可能な限りスムーズに実際のオペレーションに落とし込んでいくことが重要なミッションとなります。
移転価格についてはグループ各社の実態に応じてグループ間所得配分を検討することになりますので、買収後の事業オペレーションに根付いた対応が求められます。具体的には、グループ内の各拠点の役割をしっかりと定義し、また、損益配分なども考慮しながら、取引フローや取引価格について設計していくことが必要となります。なお、買収後における事業設計の方向性次第で、グループ間のあるべき所得配分が変わってくるとも言えますので、事業上の制約がない場合には、グループ内の資金需要に応じた所得の戦略的な配分や現地の優遇税制の有無、国ごとの税率差等を勘案して、企業にとって有利な体制を検討することが可能な場合もあります。仮に、移転価格を一切考慮せずに事業統合(PMI)が進み、ITシステム投資などによりオペレーションが固まってしまうと、移転価格への対応策が制限されるといった弊害が生じる可能性があるため、可能な限り早い段階から将来的な移転価格設計も含めた検討を行うことが望ましいと言えます※1
なお、買収前のデューデリジェンスのプロセスにおいて、税務は重要なリスクポイントの一つとして検討されることが一般的です。しかしながら、移転価格については、買収先の過去のリスクについてのみ軽く触れられる程度であることが多く、本来重要な検討事項である統合後の課題検討についてはM&Aのプロセスの中ではあまり検討されないことが多いように伺えます。これは時間的制約に加え、買収前の時点で十分な情報が得られにくいことや、買収交渉の直接的な要因ではないことが理由として考えられます。また、統合後の事業展開およびそれに付随するオペレーションのイメージが十分に描けていない場合、統合後の事業管理の検討はすべて後回しとしてしまう場合もあるようにように伺えます。しかしながら、事業を統合をしていくことでどの程度の影響があるのかという将来像の想定は、本来は買収価格の許容度を考えるうえでも重要な検討要素の一つとなるべきものであるように思われます。
したがって、ディール完了前の段階から買収後のビジネスフローについて大まかな検討を行い、ディールの判断を遅らせることがないように配慮しつつも、ディールの各検討段階において、買収目的や移転価格の観点も踏まえた統合後のオペレーションの絵姿を描いておくことが望ましいといえます(図表1参照)。

※1 例えば、技術やノウハウ、ブランドといった事業上重要な無形資産を有する拠点が分散されてしまうことによって、各国税務当局に対して事業への貢献度を考慮した妥当な価格設定(所得配分)について合理的に説明することが難しくなるケースや、取引フローを変更できないことによりグループ内の価格(利益)コントロールが実現できず、課税リスクを十分に管理できないケース等が見受けられる。

図表1 統合の検討プロセス(イメージ)
図表1 統合の検討プロセス(イメージ)

III. 移転価格対応として想定されるポイント

海外事業の買収に際して、移転価格税制を踏まえた将来的なグループ間の所得配分を考えるうえでのポイントについて、簡単な事例を紹介します。

1. ベンチャー企業を買収する場合

買収先として、独自のノウハウやビジネスアイディア、特許等の強みを持つ海外のベンチャー企業(または小規模の会社)を想定した場合、事業上は、当該買収先が有している強みを無形資産として本社に譲渡するのか、現地に残しておくのかといった点が検討事項として挙げられます。たとえば、買収の主たる目的が特許や既存技術の取得であるとした場合、本社が買い取って現地のオペレーションは縮小していくという考え方や、本社の技術や事業管理ノウハウを活用して買収先に対して管理・指導を行い、現地の投資活動を促進させるという考え方もあるかと思います。移転価格上は、今後グループにおいてどのように当該無形資産を保有・維持・発展させるのかによって、グループ間における所得配分の考え方が異なり、将来的な取引フローや移転価格設定方針についても影響を及ぼすことになります。事業管理上の意向を中心に、それぞれの場合の税務上のあるべき取引や組織体制を見据え、メリットやデメリットを勘案して体制を整えていくことが必要になります。

2. 地域特化型企業を買収する場合

たとえば、アジアのマーケットで相当程度のプレゼンス・ブランド力を持つ会社を買収し、新規市場開拓の足掛かりとするようなケースを想定した場合、クロスセルに関する検討や、それぞれの製品をどのようにお互いの市場で展開していくのかといった点も含め事業計画を検討されるかと思います。この場合、買収先の製品のブランド力にどの程度価値があるのか、買収元が買収先の製品を他の市場向けに販売する際にどのような価値貢献を果たすのか等によって、グループ間取引の複雑性や移転価格上の論点が変わってくるといえます。また、買収先及び買収元企業が共同でグローバルなマーケティング活動を行い、両者が既存及び新規市場向けの販売活動において相当程度の価値貢献を行う場合、それぞれの貢献をどのように評価するのかが移転価格上の重要な論点になる可能性があります。基本的には移転価格が事業部門の意向を阻害しないように取引を設計していくことが望ましいと考えられますが、買収後のマーケティング活動のみならず、(買収前からそれぞれが有する)買収元のノウハウや買収先の販売チャネルやブランド力等が相互に貢献しあって高収益を生じる結果となる場合や、もしくは、初期においては赤字が継続的に生じる場合には、その利益や損失の合理的な配分に関して、移転価格上の整理が少々複雑となる可能性もありますので注意が必要です。

3. 多国籍企業を買収する場合

一般的に、事業規模の拡大に伴いグループ間取引の金額が大きくなることから、多国籍企業の買収に伴う潜在的な移転価格リスクについては大きいものと想定されます。規模の大きい多国籍企業が買収先である場合、通常、当該買収先においても重要な無形資産を保有しており、研究開発機能や独自のブランド力、販売ネットワーク等を有しているケースが想定されるため、業種にもよりますが、どのように統合を行い、バリューチェーンを組み立てていくのかによって移転価格の考え方に大きな影響を及ぼす可能性が高いといえます。具体的な検討項目としては、買収元の買収先への経営関与度、事業の意思決定における指示命令系統の設計、研究開発やマーケティング戦略等に係る体制の検討、工場や販社の統合を含むサプライチェーンの見直し、製品のクロスセルを行う場合の両者のバリューチェーンの整理等が挙げられます。これらは人員配置や組織設計、業績管理といった内部管理や無形資産の移転を含む財務的な資金の配分など幅広く影響が生じうるといえます。
業界の事業特性や収益性等のさまざまな要因によって、移転価格上の検討ポイントや重要性も変わってくる可能性があります。事業管理上、統合後に買収元の組織を含む事業管理体制やサプライチェーン等を大きく変える必要が出てくる場合には、グループとして相応の対応が必要になることも想定されますが、それらも含めて買収目的に沿った事業戦略の一環として、戦略的な対応と位置づけることができるかどうかも、M&Aを成功させていくために必要なことと考えられます。
とはいえ、M&Aの限られた時間の中での検討になりますので、まずは早い段階からハイレベルに確認し、事案の重要性や複雑性に応じて、M&Aの各プロセスにおいて、できるところから検討していくことが実務的な対応と考えられます。

IV. M&Aのプロセスにおける移転価格対応のかかわり方

M&Aの実務においては、経営企画部門や(場合によっては各事業部門の担当者により構成される)M&A専門部署が中心となり、プロジェクトチームを組成し、経営層と共に事案を進めることが一般的です。M&Aのプロセスにおいては、時間的な制約と限られた人的リソースから、どうしても事業サイドにおける検討に偏りがちであり、法務や税務、知財といった検討については、戦略的観点よりも影響が見えやすい個別論点に焦点が絞られることが多いように伺えます。加えて、買収後においては、事業部門に被買収事業にかかわる事業責任が委譲され、税務管理等の個別の専門的な課題は管理部門の各担当部署の管轄下へと割り振られることが多いといえます。M&Aを成功させるためには、買収の目的を担当部門・チーム全体で共有し、個別課題への対応アプローチに落とし込んでいくことが肝要といえます。
M&Aの目的達成のため、事業上どのような組織体制や管理体制を構築していくのが良いかという観点と、それに伴って移転価格税制上の考え方がどのように影響しあうのかについて、大まかな検討を事前に進めておくことで、税務リスク管理だけでなく戦略的な対応として事業促進との親和性の観点も考慮した事業設計に繋がりやすいといえます。そのため、M&Aのプロセスの各ステージにおいて、移転価格税制に関して専門的な知見を有する経理・税務の担当者がM&Aに係るプロジェクトチームに相当程度関与し、M&Aの当初の目的を踏まえて、統合後のサプライチェーンやグループ内の取引設計※2、グループ各社の事業上の役割・実態等をベースとして、あるべきグループ間取引価格(所得配分)のあり方も踏まえて議論に加わっていくことが望ましいといえます。また、仮に社内リソースや時間的制約等により詳細な検討が困難だとしても、少なくとも、M&Aの各プロセスにおいて将来のオペレーションを各段階で可能な範囲で想定しておき、付随する課題の一つとして移転価格に関してもハイレベルに検討しておくことがポイントといえます。

※2 棚卸資産取引だけでなく、無形資産の使用に係る対価や業務支援等に係る役務提供の対価、親子ローンや親会社による債務保証等の幅広い取引が挙げられる。

V. おわりに

一般的にM&Aを行う際には、買収元と買収先が統合することにより、1+1=2ではなく、両者のシナジーを促進させてより事業が成長するような成果を期待することが多いと考えられます。しかしながら、実際には事業管理を含むさまざまな制約を受けて統合がうまく進まない事案も多いように見受けられます。移転価格税制は、前述のとおり事業との親和性が高く、組織を含む事業管理体制に大きな影響を及ぼすことも多いことから、過去には移転価格税制への対応と事業管理を効果的に結びつけることでうまく事業設計を行っている事案も見られます。特に、事業戦略と事業管理をうまく融合させ、事業上重要な投資活動である研究開発やマーケティング等を効果的に行う体制を構築し、シナジーを継続的に創出していくことは多くの企業にとって重要な課題といえます。移転価格税制の制約は他の企業においても同様に適用されるため、他社の事例なども踏まえながらオペレーションを設計することで見落とされていたポイントや新たな選択肢が浮かび上がってくることもあります。M&Aの主たる目的を軸に据えながら、どのようなオペレーションを構築していくのがよいかについて、必要に応じて外部アドバイザーの知見を活用しながら、社内の各関係者の間で十分に議論しておくことが望ましいと考えられます。

執筆者

KPMG税理士法人
国際事業アドバイザリー
シニアマネジャー 森 雅史
マネジャー 梶野 公彦

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