医療機関におけるIT人材確保の要諦 - 雇用・育成・外部委託の3観点からの考察 -

医療機関に求められるIT人材について、病院職員による内製化、人材確保の手段としての雇用・育成・外部委託について解説します。

医療機関に求められるIT人材について、病院職員による内製化、人材確保の手段としての雇用・育成・外部委託について解説します。

医療の現場で求められる医療情報技師の3C

筆者はシステムベンダーのシステムエンジニア・プロジェクトマネジャーの立場で医療機関への病院情報システム開発・導入・運営管理に数多く携わり、現在は医療ITコンサルタントとして医療機関のIT戦略策定・地域医療介護連携ネットワーク構築・医療データ利活用のためのコンサルティング活動に従事している。

医療現場でITを効果的に活用するためには、システムの機能を良くするだけでも、IT知識を保有していても、またマンパワーが豊富なだけでも、有効に作用しない。病院情報システムは多数のシステムによって構成される複合体であり、単一ベンダーでのシステム構築は不可能である。さらに今後、医療機関間の連携・機能統合が急速に進み、地域全体で医療情報を共有し活用していくことが求められている中、医療機関と民間事業者の垣根を超えたパートナーシップを構築し、業界全体を大同団結させていく取組みがますます必要である。これはまさに医療情報技師として求められる3C(コミュニケーション・コラボレーション・コーディネーション)の実践でもある。

本稿においては、医療ITの現場に立つコンサルタントの立場から、今後求められる医療IT人材像や人員確保策に関して述べたい。

医療機関におけるIT人材の現状と課題認識

医療機関におけるシステム活用はますます重要性を増しており、IoTデバイス化した医療機器との無数の接続や中小さまざまな部門システムが相互に連携し合う「医療情報統合管理システム」としての意味合いを増している。次世代医療基盤法や改正個人情報保護法の施行に伴い、各医療機関は医療データを有用に活用できる状態で蓄積しつつ、データの外部漏洩などのセキュリティリスク低減と安全性向上に向けた取り組みを絶え間なく行う必要がある。

そのために医療機関は、自らのシステムをブラックボックス化させないよう、データの生成過程や保存形態・システム間連携の透明性を保ちつつ、継続的に運営・改善・拡張させていくことを求められている。

一方、医療現場において「医療とITが分かる人材」は常に枯渇状態であり、特に中小規模病院にとってIT人材を安定的に確保することは非常に難しく、システム積極活用の阻害要因となっている。

内製化作業と外部委託のベストミックスを見定める

筆者は、内製化(=組織内でのIT活用ノウハウ蓄積)と外部委託(=専門技能の外部人材活用による効率化)を組み合わせ、各施設の状況に応じて両者のバランスを見定めていくことが最も重要だと考えている。技術的・マンパワー的に解決できる課題への対応は、極力外部委託する方向で範囲とコストを見定め、IT運営ノウハウとして自施設に蓄積すべき事項(経営課題への対応・組織内調整・企画運営・プロジェクト運営等)に関しては内製化することが望ましいと考える。以下に、医療機関におけるIT人材育成の必要性と効果をまとめる。

  • 自施設内に残すべきIT運営ノウハウの維持
    経営課題や法改正、医療安全上の課題に対応するためにも、院内のIT化を継続的に推進する「医療IT人材」の内部育成が必要である。
  • システム内部が把握できない=「ブラックボックス化」の防止
    医療機器のIoTデバイス化によるネットワークセキュリティ確保や、医療情報の漏洩リスクに対応するためにも、システム構造を理解できる人材が必要である。
  • 外部委託コストの高額化の抑止
    システムを理解・把握できる人材の活躍により、システムベンダーとの役割分担が明確となり、コストの高額化を防ぐことが可能となる。

IT業務の全てを外部委託化することは、IT運用の機動力を落とすことにつながる。法改正や地域医療機関との連携等、IT運用は常に状況の変化に対応することを求められるが、医療機関職員が自施設のシステムの内容を理解していない場合、これら変化に対するシステム改変リスクを増大させ、長期的に外部委託コスト上昇を抑えられなくなる。

一方、内製化する業務を増やせばIT運用ノウハウは自施設内に蓄積され、技術伝承や外部委託費削減にはつながるが、24時間365日稼働を求められる病院情報システムは職員の業務負荷・ストレスが高く、離職リスク増大や採用条件悪化による人材不足を招きかねない。現実的には外部委託範囲は業者からの見積と作業項目の兼ね合いによって確定することになるが、決定要因はコストだけでなく医療機関に残すべきIT運用ノウハウが何かを見定めることにあると考える。

次節以降、「雇用」「育成」「外部委託」の三観点での人材確保策について述べる。

雇用の観点 労働条件・レベルアップ・組織的フォロー

企業のIT投資機運の高まりや少子高齢化による労働人口減少等により、特に2010年代後半からIT人材の流動性が高まっており、一般企業も含めて人員の取り合いが続いている。医療機関の情報システム部門は比較的安定した職場環境であると一般的に捉えられているが、前述のような労働市場の状況の中、型通りの人員募集を行うだけでは候補者が集まりにくい状況にある。

IT人材が職場環境を選ぶ性向として、雇用条件(勤務時間・報酬・勤務地等)が重要であることは間違いないが、そこにプラスして「自分のスキルを活かしてよりレベルアップできる環境かどうか」「組織的なフォローがあるか」といったことが訴求ポイントになると考える。また、医療機関で働く意義として「自らの知識を活かし地域住民に貢献できる」「医療データを扱う経験を得て、データサイエンティストとしての基礎を築く」といった、入職後の期待感や希望を醸成できるようなアピールが求められる。募集要項フォーマットが母体組織によって規定されているといった制約はあろうかと思うが、獲得したい人材が目をとめて真剣に入職を検討するような何らかの工夫は必要ではないだろうか。

また、医療情報技師は勉強会や学会参加等を通じて地域内でのネットワークを形成していることも多く、医療機関関係者やシステムベンダー出身者などの人脈内で声掛けを行うことも、有効な手段といえる。

育成の観点 任命と教育・ローテーション・キャリアパス

医療機関におけるIT人材育成の難しさは、次の2点のように特徴づけられる。

  1. ITインフラに関する基礎知識と医療現場での実践経験を要求されるため、一人前になるためには一定の習練期間を要する。
  2. 必要とされる人材は、必ずしもITに特化したスペシャリストではなく、医療に関する基本知識を持ち組織内外のステークホルダーを調整しながら、自施設の経営戦略に沿ったIT化を推進するゼネラリストである。

情報システム部門の人選では、PCやスマートフォンを使うのが得意な人、ハードウェアの取扱いが好きな人等が候補に挙がるケースも見られるが、先に挙げたように医療機関で求められる人材はゼネラリストであり、ITに関する知識以外にもファシリテーション・コミュニケーション・プロジェクト運営といった幅広い能力が求められる。育成のための教材として、情報処理に関するテキストはもちろんのこと、プロジェクトマネジメント、組織運営に関するテキストが適している。医学・IT・医療情報という3つの軸を中心に医療現場での必要なスキルがまとめられている点で、医療情報技師の育成カリキュラムは最適な知識体系であると考える。

IT人材は、システム運用効率化のため1つの部署に長期間在籍するケースが多く見られる。ITに習熟した人材がシステムの安定運用に欠かせないのは間違いないが、それは一方で、業務固着による特定メンバーへの依存・スキル偏在・他職員の育成阻害といった悪影響を与えることも考えられる。組織運営の観点から、ITスキルを身に着けた職員が他部署を経験するよう定期的にローテーションを行うことが望ましい。その際、業務に穴をあけない円滑なローテーションを実現するために、運用業務の標準化・マニュアル化、課題対応一覧や実施記録の可視化、定例会開催による定期的な業務棚卸等、組織全体で職員のレベルアップを図るための取組みが欠かせない。筆者の経験上、「この人しかできない仕事だから」といって固定メンバーがシステム運用業務を担っている場合でも、マニュアル化や課題管理台帳の共有・役割分担の見直しによってほとんどの業務をチームで遂行できるようになり、属人化されていた時よりも作業品質も向上すると考えている。

IT人材の中には、自身の専門性を追求したいと考える者もいれば、その専門性を武器として事務部門の中で幅広く活躍したいと考える者もいる。情報システム部門管理者の責務としてIT人材が医療機関内でどのようなキャリアパスを描けるかを示していくことが求められる。筆者が強く感じることは、「キャリア形成が考慮されている医療機関では、良質な人材が育成される」ということである。ITスキルを身に付けた職員の将来を真剣に考え、組織内で活躍する姿が明確になっている医療機関では、職員のモチベーションが高く組織が活性化されていると感じる。

外部委託の観点 パートナーシップを築くための具体的な手法

外部委託に関する基本的な考え方として、「システムベンダーとの健全なパートナーシップ」を構築し、医療機関とシステムベンダーが同じベクトルでシステムの継続・発展に寄与することが必要であると考える。片方向的な依存関係ではなく、契約を基にした主従関係だけでもない、お互いがパートナーとして求められる条件を明確にしたうえでの緊張感のある友好関係構築が望ましい。

システム導入時におけるシステムベンダーの選定・プロジェクト管理等の手法については、「医療情報 第5版 医療情報システム編」に詳しい手順が記載されている。本稿では、IT人材を外部委託にて確保する観点からシステムベンダーとの適切なパートナーシップを結ぶために、どのようなことに留意すべきか、特に重要と思われる2点について述べる。

1. 契約の流れ(商流)によるマネジメント主体の違いに留意する

医療機関と各ベンダーが直接契約するか、あるいは主幹ベンダーとなる1社を経由して各ベンダーと契約するか等、商流の違いによりマネジメントの主体が異なる点に留意すべきである。意外に理解されていない点でもあるが、複数システムの集合体である病院情報システムにおいては、商流の形がベンダー作業のコラボレーションに影響を及ぼすことが多い。商流を把握した上でベンダー間の連携仕様やコスト負担の範囲などを詳細に仕様書に記述する等、調達段階から曖昧さを排除して進めることが重要である。

図表1 医療機関におけるIT人材の確保(雇用・育成・外部委託)

観点 課題 ポイント
雇用
  • IT人材の社会的な不足
  • 労働条件(勤務時間・報酬等)
  • 募集しても思うように集まらない
  • スキルアップが期待できる環境づくり
  • 組織的なフォロー(育成・悩み相談)
  • 働く意義(チーム医療の一員として)
育成
  • 情報処理スキルの習得
  • 医療現場でのシステム運用経験
  • ゼネラリストとしての期待
  • 育成計画の充実(プロジェクト管理等)
  • 定期的なローテーション
  • 組織内でのキャリアパス作り
外部委託
  • 内製化業務と外部委託のバランス
  • 過度の外部依存の抑止
  • コストの適正化・低減
  • ベンダーとのパートナーシップの構築
  • 契約面でのコントロール
  • 成果物による報告とレビュー・受入

2. 成果物(ドキュメント)による報告と、レビューによる受け入れを行う

メンテナンスや各種作業等について、作業計画書や実施報告書といったドキュメントによる報告を受け、その内容を医療機関職員がレビューし作業許可・完了判断を行う。これら一連のアクションは、「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」においても医療機関側のシステム管理責任として求められている必須事項でもあり、この基本の実践が重要と考える。この原則は主要ベンダーに限らず、医療機関のネットワークに接続する全てのシステムベンダー・医療機器メーカーに強く求められることである。より重要な点は、「ドキュメントを通じて作業計画と正確な報告を求める」という運用の徹底により、医療機関職員とベンダーの意思疎通が的確に行われ、規律に沿ったシステム運用が実現することにある(図表1参照)。

まとめ 医療ビッグデータの活用は、医療IT人材の活躍にかかっている

医療機関に必要なIT人材とは、情報処理技術に関するスキルと現場経験を持ち、外部委託メンバーとのパートナーシップの下、利害関係者との調整や組織運営管理を行い、自施設に適したIT戦略を構想・立案・実行できるゼネラリスト人材である。各医療機関においては、こうしたIT人材を雇用・育成するための粘り強い取組みが求められる。外部委託の検討にあたっては、内製化して組織内に残すべきノウハウを見定め、費用対効果を最大限上げるべく関係構築を行うことが必要である。

医療ビッグデータを日本全体で集約・利活用するための環境が整備されつつある中、データの源泉となる医療機関でのシステム運用は医療IT人材の活躍にかかっていると言っても過言ではなく、今後、ますます重要性を増すものと考えている。

執筆者

KPMGコンサルティング株式会社 マネジャー
沼澤 功太郎

参考資料
厚生労働省『医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第5版』,2017
一般社団法人日本医療情報学会医療情報技師育成部会『医療情報 第5版 医療情報システム編』,2016


月刊新医療 2019年4月号掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、月刊新医療の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

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