企業再編時の退職給付制度の引継ぎと会計処理

企業の合併や分割等が発生した場合の退職給付制度の引き継がれ方と、それに必要な会計処理を解説します。

企業の合併や分割等が発生した場合の退職給付制度の引き継がれ方と、それに必要な会計処理を解説します。

Question

企業の合併や分割等があった場合、退職給付制度はどのように引き継がれ、それによってどのような会計処理が必要になるか?

Answer

1.企業再編によって退職給付制度が引き継がれた場合の会計処理は、当該再編のスキームによって異なる。
2.企業再編に伴って、退職給付制度の設計も見直されることが多く、それに伴って、退職給付会計でも所定の会計処理が必要になる。

解説

1.企業再編時の退職給付会計の対応

企業の吸収合併が行われた場合、会社法第2条第27号により、存続会社は消滅会社の権利義務を承継することとされているため、消滅会社の退職給付制度にかかる債務等が存続会社に承継されることが原則と考えられる。また、企業分割の場合も、労働契約承継法第3条に基づき、分割会社の退職給付制度にかかる債務等が承継会社等に承継されることが原則と考えられる。したがって、引き継がれた退職給付債務等にかかる会計処理が必要になる。

ここで、企業結合に関する会計上の取り扱いを定めている企業会計基準第21 号「企業結合に関する会計基準」等によれば、以下の通り、当該取引が「取得」にあたる場合と「共通支配下の取引」にあたる場合とで取り扱いが異なっている点に注意が必要である。

まず、「取得」とは、ある企業が他の企業又は企業を構成する事業に対する支配を獲得することとされており(企業結合に関する会計基準第9項)、具体的な取引の例としては、資本関係のない企業の吸収合併や、株式取得によるグループ内取り込み、分割された事業の取得などが考えられる。

また、「共通支配下の取引」とは、結合当事企業(又は事業)のすべてが、企業結合の前後で同一の株主により最終的に支配され、かつ、その支配が一時的ではない場合の企業結合をいうこととされている(企業結合に関する会計基準第16項)。具体的な取引の例としては、連結子会社同士の合併や、企業グループ間での事業譲渡などが考えられる。

以下、退職給付制度は従来と変わらない場合について、「取得」の場合と「共通支配下の取引」の場合の会計処理の相違について概説する。なお、以下の説明は、特に断りのない限り、個別財務諸表を対象としている。


(A)「取得」の場合の会計処理

この場合は、いわゆるパーチェス法(合併時の時価による方法)で評価することとなる(企業結合に関する会計基準第17項、第23項)。そのため、合併時の制度や従業員等に基づく退職給付債務を計算し、これと年金資産との差額を企業の負債または資産として認識することになる。すなわち、取引前の企業の財務諸表で未認識であった差異については、取得企業に引き継がれないことになる。


(B)「共通支配下の取引」の場合の会計処理

この場合は、移転直前の適正な帳簿価格により計上することとされる(企業結合に関する会計基準第38項)ため、取引前の企業の財務諸表で未認識であった差異が、取引後の財務諸表においても引き継がれることになる。

2.企業再編に伴う退職給付制度の見直しと会計処理

(1)企業再編と退職給付制度の見直し

企業再編時には、退職給付制度以外の労働条件も見直されることが多いが、当該労働条件は非常に多岐にわたるため、優先順位をつけて行われることが多い。例えば、「勤務時間や休暇」を定めた就業規則の改定を最優先に行い、次に職能制度や評価制度の見直し、賃金制度の見直しなどが行われ、その後に退職給付制度の見直しを行う、といった対応も見られる。実際、退職給付制度については、合併や再編の当初(概ね1年程度)は旧制度が併存していることも多い。

このように、企業の合併や分割といった組織再編時には、いったんは各社の退職給付制度をそのまま承継し、その後に退職給付制度設計の見直しを行うことが多いため、企業再編時にはいったんは従前の退職給付制度に基づく会計処理を行い、退職給付制度の見直しが行われた段階でこれに対応した会計処理を行うことも多い。

例えば、合併のケースを考えると、合併前の2つの会社の退職給付制度が相違している場合、合併後は同一労働条件となるよう、基本的に同一の退職給付制度を適用することが多いと考えられる。その際には、不利益変更が生じる可能性に配慮しながら制度設計を行う必要がある。

組織再編時に見られる退職給付制度の見直し形態には、次のようなものがある。

  • 制度の合併(同一種類の制度同士の統合)
  • 制度の分割(1つの制度を2つ以上の制度に分割)
  • 権利義務の移転・承継(ある制度の権利義務を、別の制度に移転・承継)
  • 制度の移行(ある制度から別の制度への移行)
  • 実施事業所の増減(実施事業所の加入・脱退)
  • 給付設計の変更(給付水準の見直し等)

実際にはこれらが複雑に組み合わせられることも多い。例えば、企業の合併に伴って退職給付制度の統合を行う場合は、上記の「制度の合併」に加えて、旧制度から給付水準の変更が行われることも多いため、「給付設計の変更」という事象も同時に発生すると考えられる。


(2)企業再編時に退職給付制度が改定される場合の会計処理

前述のとおり、退職給付会計の処理を検討する際には、まず、「企業結合会計基準」や企業会計基準適用指針10号「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」などの規定を考慮する必要がある。例えば、合併の形態が「企業の取得」に当たる場合、被合併会社の個別財務諸表に存在している未認識差異について、合併時に全額を負債認識することなどが代表例として挙げられる。

そして、これに加えて、給付設計が見直される場合は、企業会計基準委員会より平成14年1月31日に公表された「企業会計基準適用指針第1号 退職給付制度間の移行等に関する会計処理」および平成14年3月29日に公表された「実務対応報告第2号 退職給付制度間の移行等の会計処理に関する実務上の取扱い」等に照らし、制度が継続している部分と終了している部分を特定して、それぞれに適した会計処理を検討する必要がある。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
金融アドバイザリー部
パートナー 木村 亮治

※本ページは、書籍『Q&A 退職給付会計の実務ガイド(第2版)』(2013年12月発行)から一部の内容を取り上げてウェブ版としてアップデートしたもので、記載内容はページ公開(2019年5月)時点の情報です。

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