個人所得税法の改正と企業への影響

個人所得税法の改正と企業への影響

本稿は、2019年1月1日より改正された個人所得税法の概要とともに、今後留意すべき事項について解説します。

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中国においてはこれまでの高度経済成長の時期が終わりを迎え、いわゆる安定成長期に入ってきたといわれています。経済成長を通じて、国民所得も上昇してきましたが、それに合わせて、住宅ローンなどの生活コストの上昇が顕著になってきました。このような中、中国政府は国民の税負担の軽減を通じて国内消費を下支えするとともに、高度な技能を有する人材を中国に引き付けることでより付加価値の高い産業を育成することを通じて安定的な経済成長を実現するべく、大型の減税策を柱とする税制改正の一環として個人所得税法の改正を行い、2019年1月1日(一部2018年10月1日より先行適用あり)より新しい個人所得税法が施行されるとともに、関連する実施条例・通達が公表されています。
本稿は、個人所得税法改正の概要とともに、今後留意すべき事項について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 個人所得税法の改正は、多くの納税者にとって減税の効果をもたらす反面、計算方法等が複雑になっている。
  • 外国籍個人に対して与えられている個人所得税の免税優遇措置について、2019年1月~2021年12月の3年間優遇措置の適用が延長されることとなった。同時に広州・深センなどのグレーターベイエリア地域において、高度な技能を持つ外国籍個人に対する優遇措置の適用対象範囲が拡大された。
  • 徴収管理体制の強化として、税務当局と金融監督機関など他政府機関との協力体制が取られることが法律上明文化され、また、納税情報が信用情報システムと連携することも規定された。税務当局が補足可能な情報が増加することが想定されることから、今まで以上に個人所得税の納税コンプライアンス状況に留意する必要がある。

I. 個人所得税法改正の背景

2018年8月31日におよそ7年ぶりに個人所得税法が改正され、2019年1月1日より新個人所得税法が施行(一部2018年10月1日先行適用あり)されています。

1. 減税政策の推進による国内消費の活性化・競争力の強化

中国においては、トウ小平による改革開放後すぐの1980年に現在の個人所得税法の原型が制定されました。その後幾度かの改正を経て現在に至ります。今般個人所得税法が改正された背景の一つとして、中国の社会・経済環境が大きく変化したことがあります。中国においては、一人当たりの所得水準が先進国に比べてそれほど高くなく、個人所得税が税収全体に占める割合は非常に低いものでした。しかし、改革開放以後40年以上が経過し、現在世界第二位の経済大国となった中国では、北京、上海、広州並びに深センなどのいわゆる一級都市における住民を中心に所得水準が上昇する一方、都市部での住宅価格の上昇に伴うローンや子供の教育費、一人っ子世代による両親の扶養などを中心に所得に占めるこれら支出の負担割合が高くなってきており、最近では経済成長の鈍化と共に一部産業や地域を除いて所得水準の上昇が生活コストの上昇に追い付かず、一般消費者の国内での消費意欲を削ぐ一因となっていました。このような中、今回の税制改正では、旧来の所得水準や生活・社会様式を前提に制度設計されていた個人所得税法を現在の環境変化に合わせ制度改定することで、都市部における労働者世帯を中心とした人々の税負担を引き下げ可処分所得を増加させることを通じて国内消費活動の活性化に寄与すると共に、高い技術と競争力を持った人材を中国に繋ぎ留め、より付加価値の高い産業を育成し経済成長の原動力とすることを意図している側面があるものと考えられます。

2. 外国籍個人等に対する優遇措置の改正

今回の改正では、外国籍個人に対する個人所得税優遇措置の取り扱いについても、大きな改正が行われています。引き続き中国への外国からの投資を呼び込むことを意図しているものの、情報通信技術などに代表される先端技術を持つ人材の招聘を促進し、産業構造の高度化に資する人材誘致を目的とした見直しが行われています。

3. 徴収管理体制の強化

個人所得税の改正に先立ち、税務当局で利用する税務システムの統合を進めるとともに、2018年には従来税目毎に徴収権限が分かれていた国家税務局と地方税務局の統合を実施しました。なお、税務局の統合に合わせて、社会保険料の徴収も今後は税務局にて統一的に実施されることになります。このような徴収管理体制の変化の中、改正された個人所得税法においても、個人所得税の徴収管理体制の強化について具体的に記載がされています。

II. 新個人所得税法の主な改正点

今回の個人所得税法改正における、主な改正点は以下の通りです。なお、本章では企業にとって最も影響の大きいと考えられる給与所得を中心に解説いたします。

1. 減税政策の導入

(1)基礎控除額の引き上げ

一人月額3,500元の基礎控除額が、一人年額60,000元(月額換算で5,000元)に引き上げられました。なお、外国籍個人については、従来一人月額4,800元の基礎控除が認められていましたが、今回の改正に伴い外国籍個人についても一人年額60,000元に変更となりました(個人所得税法第6条)。


(2)特別附加控除制度の導入

給与所得に対する控除項目は、社会保険料の自己負担額や上記(1)の基礎控除など限られた項目に限定されていました。特別附加控除制度が新たに導入され、[1]子女教育費、[2]住宅ローン利息、[3]住宅家賃、[4]社会人の継続学習、[5]高額医療費支出、[6]高齢者扶養支出の6項目について(各項目ごとに控除限度額等の制限あり)控除できるようになりました。これは、日本における扶養控除や医療費控除などに相当するもので、住宅価格や子供の教育費の上昇など現代の社会情勢を反映した税制上の負担軽減措置が導入されています(個人所得税法第6条、国発(2018)41号)。


(3)所得に応じた適用税率区分の改正

中国においては以前より給与所得に対して日本と同様累進課税制度を導入していました。しかし現在の適用税率区分は2011年に改正された状態のままであり、所得水準の増加に対応しているとは言い難い状況でした。今般の改正では、特に低中所得層の税負担軽減を念頭に、3%~20%の低い税率が適用対象となる所得区分の範囲を広げました。なお、高額所得に適用される高税率帯の所得区分について変更はありませんでした(図表1参照)。

図表1 新旧個人所得税法における所得区分毎の適用税率
図表1 新旧個人所得税法における所得区分毎の適用税率

出典:中華人民共和国個人所得税法(旧税法においては、月次課税所得額に応じた適用税率表が利用されていたため、筆者にて年間課税所得額に修正)

2. 優遇措置の主な改正点

(1)外国籍個人に対する優遇措置

1. 税務上の居住者・非居住者区分の判定と課税範囲
「中国に住所を有する個人(ここでいう住所を有するとは、国籍、家庭、経済的便益のために中国国内に習慣的に居住することを指し、一般的に外国籍個人が仕事で中国に特定期間派遣される場合は該当しません。)」または、「中国に住所を有さず、かつ中国における暦年での滞在日数が183日以上の個人」については税務上の居住者と判定されます。従前は満1年以上中国に滞在する場合に居住者と判定されていたことから、新税法においては税務上の居住者の範囲が拡大しています。また、税務上の居住者については、原則として全世界所得が課税対象とされていますが、「中国に住所を有さず、かつ中国における暦年での滞在日数が183日以上の個人の内、税務上の居住者である期間が連続満6年に満たない者」については、主管税務当局への届出を経た上で、中国国外の源泉所得かつ国外の企業または個人が支払う所得については免税となる措置が取られています。なお、税務上の居住者であるいずれかの年度において、中国国外(香港、マカオ、台湾含む)へ一度に連続30日を超える期間出国した場合、連続居住年数の計算はリセットされると共に、新規定においては、既存の税務上の居住者も含め2019年を第1年目として年数計算を実施することとなります(個人所得税法第1条、個人所得税法実施条例第2条及び第4条、財政部 税務総局公告2019年第34号)。

2. 外国籍個人の免税措置の延長
外国籍個人については、一定の条件の下、住宅家賃や子女教育費など特定の項目については個人所得税の計算上免税所得として取り扱われていました。今後2019年1月1日から2021年12月31日までの期間、当該免税措置の適用が延長されることとなりました。なお、当該免税措置と上記 II. 1.(2)特別附加控除制度については、どちらか一方を選択適用することとなり、一度選択した制度について、同一年度内での変更はできません。ただし、通常特別附加控除制度における控除限度額が免税措置において適用している免税所得額に比べ低いことから、一般的に外国籍個人は免税措置の適用を選択します(財税(2018)164号)。

3. グレーターベイエリアにおける優遇措置
外国籍個人で高度な技能を有する者等の内、広州市や深セン市などのグレーターベイエリアで働く者を対象に香港と中国本土でそれぞれ計算した個人所得税の差額に応じて補助金を支給する場合、当該補助金相当額について中国における個人所得税を免除する措置が公表されています。なお、本優遇措置の認定要件などについては、広東省や深セン市の個別通達に従うこととなります(財税(2019)31号)。

 

(2)外国籍個人及び中国籍個人共通の優遇措置

年一回性賞与に関する優遇措置の延長
税務上の居住者(外国籍及び中国籍どちらも含む)については、一定の条件の下、年間の業績評価等に基づき支給される年一回性賞与に対して通常の給与所得とは別に優遇税率を適用することができる優遇措置がありましたが、外国籍個人の免税措置と同様2019年1月1日から2021年12月31日までの3年間適用が延長されることとなりました。なお、税務上の非居住者で複数月賞与(一回に全額取得する形態をとる期中賞与や年度賞与等を言い、毎月固定的に支払われる賞与や複数月の給与を一度に受け取る場合は除く)を受け取る場合(例えば、駐在員で帰任の年において183日未満の滞在となり非居住者として取り扱われる個人が受け取ることとなる半年分の賞与など)についても、別途優遇税率を適用することができるよう優遇措置が公表されています(財税(2018)164号、財政部 税務総局公告2019年第35号)。

3. 徴収方法の変化、徴収管理体制の強化

(1)総合課税方式の採用、年度確定申告・還付制度の導入

旧個人所得税法においては、給与所得、労務所得、原稿料所得、財産所得などの各所得分類に応じて租税を課す分離課税方式が採用されており、日本のような総合課税方式は採用されていませんでした。従前より中国国内においても総合課税方式の採用が検討されていましたが、実務上の徴収管理の困難性などから、導入が見送られていました。今般徴収管理の環境が整備されたことから、給与所得、労務所得、原稿料所得、特許権使用所得の4つについて、年間の合計所得に基づき申告計算を実施し納税額を確定させる、総合課税方式が採用されました。これにより、いわゆる労務提供の対価として得る所得については、各所得段階に応じて、同一の税率が適用されることとなります。
また、総合課税方式を採用するのに合わせて、年度確定申告・還付制度が整備されました。なお、税務上の居住者判定の変更に加え、新税法の下では、居住者及び非居住者に対する税額計算方法が異なることとなります。給与所得については従来月次確定申告制度が採用されており、税務上の居住者・非居住者の違いによる納税計算方法の違いはありませんでしたが、今後駐在員の中国滞在日数に応じて、適用される計算方法が異なるケースも出てくることから、新たに税務上の非居住者のステータスに応じた個人所得税の計算方法が規定されています(財政部 税務総局公告2019年第35号)。


(2)徴収管理体制の強化

1. 税務当局と関連政府機関の連携及び信用情報システム
新しい個人所得税法においては、金融監督当局や公安、人民銀行などの各政府機関に対して税務当局が納税者情報や金融口座情報の確認をするにあたって協力義務を課しており、今後税務当局は企業以外から情報を入手できることが明記されており、税務当局の情報収集能力が飛躍的に向上することが想定されます。また、中国では、全てのデータを統合・一元管理し、企業や個人に関する信用情報データベースを構築し、当該信用情報に基づいて罰則やインセンティブを与える信用情報システムの整備を進めています。今回の税制改正においても、当該信用情報システムとの連携について言及されており、納税者及び源泉徴収義務者の法令遵守の状況を信用情報システムに組み込み、罰則やインセンティブを与えることを明記しています。信用情報システムの本格稼働後は、個人所得税の納税洩れ等のコンプライアンス違反が発生した場合、当該情報が信用情報システムに記録され、結果として納税者個人や企業の信用ランクが低下することにより、例えば、個人の銀行口座開設や就業・居留許可の更新が困難となることや、企業の行政手続きの遅延や許認可の取得ができないなど、税務面以外にも影響を与えることが予想されます(個人所得税法第15条)。

2. 海外関連者が支払う給与所得の情報提供
住所のない個人(通常外国籍個人が該当)が、中国国内での雇用による給与所得を得る場合で、当該雇用主である企業と関連関係のある海外関連者(例えば日本の親会社)が、中国企業に代わって中国国内での雇用に関する給与の一部または全部を支払う場合で、中国国内の雇用主に個人所得税の源泉徴収を委託しない場合、雇用主は給与支払い月の翌月15日以内に主管税務機関に対して関連情報(海外関連者と雇用主の間の出向契約内容、海外での給与支払い状況、納税者個人の連絡先等含む)を提供する必要があります(財政部 税務総局公告2019年第35号)。

III. 企業への影響と留意点

徴収管理体制の強化の欄でも解説したとおりに、今まで以上に税務当局がアクセスできる納税者に関しての情報源が増えることにより、納税者との間に存在する情報の非対称性による影響が大きく緩和されることが想定されることから、税務調査などで納税誤りを指摘されるリスクは高まっていくと考えられます。また、納税情報も信用情報システムの一部として連携されることにより、不適切な納税状況を放置しておくことは税務面以外の事業活動にも影響を与える可能性が出てくると想定されます。まずは、法に基づいて納税が実施されていることを確認するとともに、必要に応じて是正措置を取ることが肝要と考えられます。
また、直近ですぐに影響を与えるものではありませんが、現状2022年1月1日より、外国籍個人は各種補助(住宅家賃補助、語学訓練費補助、子女教育費補助)に関する免税優遇措置を適用できなくなると共に、年一回性賞与に関する優遇措置が廃止となり、基本的には外国籍個人も中国籍個人と同様の取り扱いを受けることとなります。特に駐在員の給与について手取保証を実施し、中国における個人所得税を企業負担としているケースが多い日系企業では、現在免税措置の対象となっている住宅家賃などについて新たに個人所得税の課税対象となることから、当該部分についての個人所得税額が追加の人件費として発生することとなると想定されます。今後中長期の事業計画を策定するにあたっては、当該人件費の増加についても適切に織り込む必要があると考えられます。

執筆者

KPMG中国
上海事務所
マネジャー 森 雅樹

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