経理ガバナンスの観点からの子会社管理~子会社の不適切会計の防止に向けた施策

本稿では、経理業務の領域における親会社による子会社のガバナンスのあり方と具体的な施策について解説します。

本稿では、経理業務の領域における親会社による子会社のガバナンスのあり方と具体的な施策について解説します。

日本公認会計士協会が2018年に公表した、内部統制報告書において開示すべき重要な不備を報告した企業数の推移調査の結果によると、昨今報告されている開示すべき重要な不備の半数程度は有価証券報告書の訂正に伴い報告されていることが示されています。我が国において内部統制報告制度が導入されてから10年が経ちましたが、内部統制報告書の訂正件数は近年増加傾向にあり、不適切会計※1に関する報道も後を絶ちません。子会社管理のためのルールやプロセスを十分に整備しないままM&Aやグローバル化を進め、企業グループの規模を拡大していった結果、度重なる不適切会計の発生に頭を悩ませている企業が多くあります。本稿では、経理業務の領域における親会社による子会社のガバナンスのあり方と具体的な施策について解説します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

※1本稿 において、「不適切会計」とは監査基準委員会報告書第35号「財務諸表の監査における不正への対応」における「不正」および「誤謬」の両方を指します。「不正」とは財務諸表の意図的な虚偽の表示であって、不当又は違法な利益を得るために他人を欺く行為を含み、経営者、取締役等、監査役等、従業員又は第三者による意図的な行為をいい、不正な財務報告(いわゆる粉飾)と資産の流用があります。「誤謬」とは、財務諸表の意図的でない虚偽の表示であって、金額又は開示の脱漏を含みます。

ポイント

  • 子会社管理の問題点として、1.異常値を発見するという視点からの分析の欠如、2.会計情報の透明性を確保する環境整備の遅れがあげられる。
  • DA、AI等のテクノロジー技術の異常値分析への応用、会計システムの機能の向上は問題解決に有効ではあるが導入までには多くの時間を必要とする。今できることから改善着手し、不適切会計に対応する仕組みを整える必要がある。
  • 子会社の会計情報の透明性を高め、決算数値に対する異常値分析を効果的に行うためには、分析のフォーム化を含め、子会社からの決算報告のレポーティングパッケージを見直す必要がある。
  • さらに、すべての子会社で整備・運用する統制を定め、決算処理の前段階で取引データ入力の改ざんや誤謬を防止、抑制する効果を高める。

I.子会社管理の問題点

昨今報告されている開示すべき重要な不備の内容を見ると、親会社における、子会社の会計情報に対するモニタリング不足という問題が浮き彫りになります。資産の流用の原因としては、当然子会社側における内部統制の整備不十分があげられますが、一人の経理担当者に業務が集中し第三者によるチェックが効いていないような状態を親会社が全く把握できておらず、是正していないことは、企業グループとして大きな問題です。また、親会社に比べると子会社の経理体制は相対的に脆弱な場合が多く、慢性的な人数、経験不足に悩まされているにも係わらず、親会社にそれを補うようなチェック機能、支援機能が整っていないケースも見受けられます。
公認会計士協会の調査によると、上場企業における不適切会計の特徴として、東証一部上場企業の不正には子会社経営者・従業員によるものが多く、内容の多くは不正な財務報告(粉飾)でした。一方で東証一部以外に上場している企業では、親会社経営者・従業員による不正が多く、内容も不正な財務報告に限らず資産の流用も多く含まれています。このことから、東証一部上場クラスの企業では、親会社は一定水準の内部統制が機能しているものの、子会社管理の仕組みの整備は十分といえず、そのような中で活発にM&Aやグローバル化を進め、親会社の内部統制さえ十分でない会社を子会社化し続けていくことは、グループにおける不適切会計が発生するリスクを高める危険な行為といえます。今こそ、子会社管理の問題点を整理し、しっかりと対策を行っておく必要があります。
開示すべき重要な不備の内容や、企業の経理業務を分析した結果、親会社が認識すべき子会社管理の問題点として、1.異常値を発見するという視点からの分析の欠如、2.会計情報の透明性を確保する環境整備の遅れ、の2点があげられます。

1.異常値を発見するという視点からの分析の欠如
子会社の財務諸表の内容について、毎期売上高や利益の増減原因の把握、業績の評価は行っていても、異常値の発見を目的とした分析まで行っている企業は多くありません。子会社における不適切会計の兆候を発見するには、まず子会社のリスク評価を行い、当該子会社の属する業界の慣行、業務の特殊性、過去事例や他社事例などを理解し、発生し得る不正行為、手口を想定したうえで、過去数年間の残高比較、取引額(量)比較、比率比較などの手法を使い分析を行う必要があります。しかしながら実際には、子会社の業務内容ばかりか経理体制や担当者の人物像、決算スケジュールやプロセス、会計システムの構成さえ十分に把握できておらず、どこに不適切会計の発生するリスクがあるかもわからないまま財務諸表を眺めている場合が多くあります。

2.会計情報の透明性を確保する環境整備の遅れ
仮に前述の異常値発見のための分析を行おうとしても、各社各様の業務プロセス、統制のもとで会計情報が作成されていたり、グループとして最低限確保したい経理業務の品質水準が不明確なために、子会社の情報の品質に差異が生じている場合があります。また、子会社の会計システムが不統一、会計情報を一元的に管理できる仕組みがないため、リアルタイムで必要な会計情報を入手、確認できないというようなインフラ的な問題を抱えている場合もあります。特に、M&Aや企業の統廃合を繰り返してきた結果、子会社のシステム構成そのものがブラックボックス化していて、会計情報がどこでどのように生成されるかを親会社で把握できていない場合は、不正を発見することが一層難しくなります。

II.子会社の不適切会計に対応するための仕組み

1.異常値を発見するという視点からの分析の仕組みづくり

異常値を発見するという視点からの分析は図表1の手順により進めます。

図表1 異常値分析手順

異常値分析手順

子会社のリスク評価を適切に行うためには、子会社に対する十分な理解が欠かせません。「地域」、「事業」、「経営者」、「戦略・計画」、「業務」、「システム」、「人材・組織」といった視点から子会社の特性を把握します。情報収集の方法としては書面や電子媒体による確認が多く用いられますが、子会社の経営者や経理責任者、担当者に対するインタビュー等により直接得られる心証は、書面や電子媒体による確認よりも格段に強い場合がありますので、両者をうまく組み合わせる必要があります。
子会社の理解、子会社における不適切会計シナリオ、不適切会計が発生した場合の兆候の推定、財務報告への影響の推定を行ったうえで、趨勢分析、比率分析、合理性テストといった代表的な分析手法を組み合わせて、子会社の会計情報における異常値を分析します。昨今では、表計算ソフトによる分析にRPA(Robotic Process Automation)技術を導入したり、CAAT(コンピュータ利用監査技法)ツールを活用して子会社の特定データを可視化、抽出することにより、異常値発見や分析業務の効率性を向上させる企業が増えてきました。現在、監査法人やシステムベンダーではDA(Data Analytics)やAI(Artificial Intelligence)を不適切会計の発見に役立てようと研究を進めていますが、データ分析に関する専門的知識を有する人材の確保、機械学習させるための多くの不適切会計データの収集など課題は多く、これらの技術が一般企業で実用化されるまでにはまだ数年が必要と考えられます。

2.会計情報の透明性を確保するための仕組みづくり

グループ統一の会計システムを企業グループ全体に導入したり、各社の会計システムは異なったままグループ共通の会計帳簿(データベース)に取引データ/残高データを集めて各社の会計情報を一元管理できる仕組みを導入する企業は増えてきています。近年では、クラウド型会計システムが登場し、低コストでありながらリアルタイムで子会社の取引明細レベルの情報を親会社で見ることが可能になっています。企業グループの会計情報の集約化が進むことにより、財務諸表、連結決算のための情報の作成は子会社が、分析作業は親会社が行うというこれまでの役割分担は、今後は親会社にて子会社の財務諸表、連結決算のための情報を作成できるようになるため分析作業まで一気に行い、子会社は親会社による異常値分析結果に対して原因調査を行うという形に変わっていくと考えられます。
テクノロジーの進化による経理業務の進化には大変期待が持てますが、子会社の不適切会計を防止、早期発見することは企業グループにおける喫緊の課題です。このような経理業務の変化を見据えて、自社グループの子会社管理のあり方を検討し、今取り掛かれることから改善していく必要があります。次章では、経理業務を期中処理と決算処理とに分け、前者についてはグループ全体での内部統制の標準化、後者については決算業務の標準化という観点での取り組み事例を紹介します。

III.具体的な施策の事例

1.施策 - 子会社の決算業務の標準化

(1)子会社の決算数値の異常値分析

不適切会計を防止・発見できない原因の一つに異常値を発見する視点の欠如が考えられます。不適切会計を防止・発見するためには、親会社に報告する決算数値に異常値がないか適時に分析することが有効です。しかしながら、現実的には多くの会社で、自らの決算数値について異常値分析を実施していないケースや、仮に分析を実施したとしても子会社が親会社に決算数値を報告した後に分析をしているため分析自体が形骸化しているケース、親会社が異常値分析をしようにも子会社のビジネスや業務に対する知識や経験が無く実施が難しいケースなどがあるのではないかと推察します。
そこで、不適切会計を防止・発見の実効性を担保するためには、親会社へ決算報告を行う前に、子会社が子会社の決算数値について異常値分析し報告する仕組みを構築することがポイントと考えます。つまり、子会社が親会社に決算数値を報告するレポーティングパッケージの一部として異常値分析を取り込むことが重要です。

(2)決算テンプレートの活用
親会社がフォームを統一せず子会社へ様々な異常値分析の結果を報告することを認めている場合、親会社によるモニタリング、すなわち、子会社の異常値分析が適切に実施されたかどうかを親会社で確認することが困難となります。親会社によるモニタリングを実効性あるものとするためには、子会社の異常値分析のフォームを標準化することが必要と考えます。加えて、これを機会に親会社によるモニタリングが迅速に行われるように、既存の連結レポーティングパッケージの構成も見直し、新たな「決算テンプレート」として運用することが有用と考えます。
「決算テンプレート」とは、異常値分析の実施を想定し、子会社が親会社に決算数値を報告する既存のレポーティングパッケージの情報や子会社の決算資料の情報を基礎に作成される新たな決算報告のフォームです。子会社の決算報告資料が、決算テンプレートでインデックス化されることにより、資料番号がグローバルで同一となり、親会社による異常値分析の確認や子会社への調査依頼が容易となります(例示について図表2参照)。

図表2 決算テンプレートのインデックス(例)

決算テンプレートのインデックス(例)

「決算テンプレート」は、子会社に対してグループ共通の決算業務の資料を成果物として求めるため、子会社の決算業務の標準化につながります。

(3)監査を参考とした異常値分析のアプローチ

「決算テンプレート」に組み込まれる異常値分析のフォームは、監査のアプローチを参考にしています。監査の異常値分析は、3つのフェーズに区切ることができます。具体的には、1.勘定科目レベル(例 売上高および売上債権分析)で異常項目がないか、複数期間の実績値の増減比較・比率分析にて確認を実施する“勘定分析”、2.異常値の懸念があると判断された場合の“個別調査”(例 売掛金の滞留分析)、3.上記の1.2.の分析もふまえながらP/L・B/Sなどを財務諸表に決算訂正などの影響が大きい不正・誤謬がないか大局的な観点での実施する“全体分析”があります。一般的に、
P/L・B/Sの増減分析はどの会社でも実施されますが、“全体分析”に係る異常値分析が効果的となるためには、その前段階となる“勘定分析”が重要と考えます(“勘定分析”の例示について図表3参照)。

図表3 勘定分析の例示 - 売上高および売上債権分析 - リードシート

勘定分析の例示 - 売上高および売上債権分析 - リードシート

なお、当該分析は、監査人等への説明資料ともなり得えますので、作成することは決して無駄な作業にはなりません。

(4)将来を見据えた取組み
将来において、クラウド環境またはシングルインスタンスにより、子会社の会計データは、適時に親会社でも確認することが当たり前となる時代が到来するかもしれません。当該状況下では、子会社がレポーティングパッケージに自らのデータを入力するのではなく、親会社が子会社の決算テンプレートを作成し異常値分析をしたうえで、子会社へ決算テンプレートの内容確認と識別した異常値の調査を依頼し、子会社からその結果報告を受ける、という仕組みが構築されることも予想されます。当該状況下では、異常値分析の手法やその異常値判定の精度に係るナレッジが重要となります。現在の取り組むべき施策として、子会社の決算数値の異常値分析を標準化し、その分析結果を蓄積することは、将来を見据えた経理ガバナンスの第一歩、と考えます。

2.施策 - 子会社の統制業務の標準化

(1)すべての子会社を対象とした最低限遵守すべき統制の整備
会社が決算数値の異常値分析を実施したとしても、そもそもの取引データ入力の段階からが改ざんがなされていたら異常値が発見されない、ないし発見されるまでに時間がかかります。このため、特に取引データ入力時の正確性を担保する統制は重要です。しかしながら、内部統制報告制度では、業務プロセスの評価対象となるのは一部の重要な拠点のみであり、殆どの子会社の業務プロセス統制は評価されていないのが現状です。一方、近年、評価対象外となる主要でないセグメント、いわゆるノンコアからも不適切会計が発生するケースが続いています。その状況を考えると、内部統制報告制度の評価対象外となる子会社も対象に、グループとしてすべての子会社に最低限遵守を求める統制を特定し、統一的に運用することが必要と考えます。

(2)統制テンプレートの活用
「統制テンプレート」とは、親会社を含むグループ子会社が最低限遵守すべき統制業務(以下、統一統制という)を明示し、対象となる業務プロセス領域、想定する不適切会計のリスクシナリオ、統一統制の内容を記載したフォームです。当該情報に、統一統制の子会社への適用状況、例外事項の管理状況を加えることで、会社は、統一統制の子会社への整備・運用状況の“見える化”が可能となります(例示について図表4参照)。

図表4 統制テンプレートによる“統制の見える化”(例 販売プロセス)

統制テンプレートによる“統制の見える化”(例 販売プロセス)

この管理シートを作成し状況を一覧化することで、会社は、漠然とした子会社管理の不安や懸念を低減することにつながると考えます。なお、子会社が統一統制をそのまま適用しない場合は、子会社の統制の不徹底を避けるため、例外事項として取扱い、親会社の承認事項として管理・モニタリングすることが重要です。

(3)統一すべき統制の絞り込み
統一すべき統制は、内部統制報告制度のキーコントロールと重なる統制もありますが、同じとする必要はありません。すべての子会社へ適用することを考えると、親会社が統制の優先度を検討し、統制を絞り込むことが重要となります。その一方で、グループ全体で直ぐに遵守できない、テストすることが難しい等の理由で対象から外す必要もありません。
統制の絞り込みの手順は、まず現状調査により子会社の業務プロセス(例えば 販売プロセス)の統制不足の領域を把握します。その統制不足から推定される不適切会計シナリオを暫定的に決め、その後、優先的に対応すべき不適切会計シナリオを決定します。その不適切会計シナリオに関連する複数の統制のなかから、最低限遵守を求める統制を絞り込みます。
例えば、子会社の販売プロセスの統制内容を現状調査した結果、判明した統制不足から懸念される複数のリスクシナリオが推定されたとします。検討の結果、“予算達成のため信用状態の悪い相手と取引を行うリスク”が特に優先的に対応すべきリスクとして選ばれ、当該リスクの軽減に関連する統制が、5つ挙げられたとします。具体的には、1.与信調査の実施、2.四半期ごとの与信限度額の更新に係る上長確認、3.得意先の信用状況の継続的確認と社内伝達、4.取引のつど取引額が与信限度額を超えていないかの確認、5.与信に係る証憑のデータ保全です。この5つの統制から、一定の絞り込みの基準(例えば、取引後の発見統制ではなく、リスクを回避、軽減できるような取引以前の統制か、取引データの改ざん入力に係る統制かどうか、小規模子会社での対応が可能かどうかなど)で、統制を絞り込みます(図表4では統一統制として前述した2.4.の統制に絞り込み)。その際、あまり統制数を絞り込まず、5つのうち4つの統制が最低限遵守を求める統制数とすることもできます。しかしながら、統一統制の数が多くなればなるほど、たくさんの統制を子会社に求めるため、統制の整備に時間がかかります。当該取組みは、制度対応ではないため、統一統制をできるだけ少ない数に絞り込むことで、早期にグループとしての統制を整備し、必要があれば、統一統制を徐々に拡大していくアプローチの方が導入し易いと考えます。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
アカウンティングアドバイザリーサービス
ディレクター 嘉鳥 昇
シニアマネジャー 三浦 一成

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