コーポレートガバナンスの課題とあるべき姿

本稿では、今後、各企業がガバナンス向上に向けた取組みを行ううえでの参考として、最近の議論の動向から、コーポレートガバナンスに関するいくつかの課題とあるべき姿についてご紹介します。

本稿では、今後、各企業がガバナンス向上に向けた取組みを行ううえでの参考として、最近の議論の動向から、コーポレートガバナンスに関するいくつかの課題とあるべき姿についてご紹介します。

わが国では、2014年のスチュワードシップ・コードの策定、2015年のコーポレートガバナンス・コードの実施等を経て、社外取締役が選任されることが一般的になりました。また、ROEや株主還元面での改善も進みつつあります。しかし、実質面を中心にいまだ多くの課題が残されており、ガバナンス向上のための議論は今も継続しています。
企業経営を支える基盤としてのコーポレートガバナンスは、その時々の環境変化に対応しつつ、投資家との対話や、取締役会の有効性評価の結果等を通じて課題を認識し、解決するプロセスを通じ、継続的に改善していくことが重要です。
本稿では、今後、各企業がガバナンス向上に向けた取組みを行ううえでの参考として、最近の議論の動向から、コーポレートガバナンスに関するいくつかの課題とあるべき姿についてご紹介します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

point1~4

I.改訂コードのフォローアップからみる課題

1.改訂コードへの対応状況

2018年6月1日、2015年にコーポレートガバナンス・コードが策定されてから初めての改訂が行われました。改訂コードでは、以下のことが定められました。

  • 資本コストを意識した経営を行う
  • CEOの選解任・報酬決定に関する手続きを強化する
  • CEO選解任・報酬決定に関する手続きの強化のために、独立した指名・報酬委員会を活用する
  • 取締役会メンバーの多様性を確保する
  • 政策保有株式の削減に向けた方針・考え方を開示する

この改訂によって、原則数は73から78(基本原則5、原則31及び補充原則42)に増加しましたが、2018年12月末日までに提出された「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」によれば、コンプライ率は2017年7月に比べて全体的に下落しています※1。改訂・新設された原則のうち、市場第一部企業のコンプライ率の低い主な原則は、以下の3つです。

  1. 独立した指名・報酬委員会の設置(補充原則4-10(1))
  2. 経営陣の報酬制度の設計・報酬額の決定(補充原則4-2(1))
  3. 取締役会のジェンダーや国際性を含む多様性、適切な経験・能力及び必要な財務・会計・法務に関する知識を有する者の監査役への選任等(原則4-11)

コンプライ率の低い、これら3つの原則の共通点は、いずれも独立社外取締役が関わるべき事項であることです。下落した要因としては、1.については独立社外取締役を主要な構成員とするとされていること、2.については客観性・透明性ある手続きが求められていること、3.については内部昇進者のみでは多様性の確保が難しいことが挙げられます。つまり、この3つの原則は、独立社外取締役が質・量ともに十分に確保されていなければコンプライすることはできません。
したがって、これらの原則をコンプライするためには、一定の時間軸のなかで、独立社外取締役候補を確保することが必要になります。次期の会社法改正においても、一定の監査役会設置会社であって、有価証券報告書提出会社である場合には、社外取締役の設置が義務付けられることになります。これは、少なくとも1名の設置を義務付けるものにすぎませんが、ハードローにおいても社外取締役が必要だという強いメッセージは、社外取締役の確保に向けた後押しとなるでしょう。
それでは以下で1~3について詳しく説明します。

※1市場第一部2,128社のうち、全78原則をコンプライしている企業は386社で18.1%の△13.4ポイント、90%以上コンプライしている企業は1,815社で85.3%の△7.7ポイントとなった(東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コードへの対応状況(2018年12月末日時点)」(2019年2月21日公表)。

2.独立した指名・報酬委員会の設置

指名・報酬委員会の設置企業は、2015年のコーポレートガバナンス・コードの実施後、年を追うごとに増えてきています(図表1参照)。

図表1 指名・報酬に係る委員会の設置状況の推移(補充原則4-10(1)関連)

図表1 指名・報酬に係る委員会の設置状況の推移(補充原則4-10(1)関連)

出典:東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コードへの対応状況(2018年12月末日時点)」(2019年2月21日公表)

今回の改訂コードにおいて、経営陣幹部・取締役の指名・報酬などに係る取締役会の独立性・客観性・説明責任を強化するため、「独立社外取締役を主要な構成員とする」任意の指名・報酬委員会など、独立した諮問委員会を活用することがうたわれました。このため、まだ委員会を設置していない企業においては、独立社外取締役候補を一定数確保し、指名・報酬委員会の設置を検討することが課題となります。
すでに委員会を設置している場合でも、委員会の権限、委員長の属性、構成員、開催頻度、審議の方法等の観点から、委員会の独立性や実効性を高めるために、運用の見直しが必要ないか検討する必要があります。
また、改訂コードにおいて、取締役会はCEO等の後継者計画に主体的に関与し、後継者候補の育成が計画的に行われるよう、適切に監督を行うべきとされています。そのためには、新しいCEOが着任したらすぐに後継者の選定に着手すべきですが、このように経営者人事をシステマティックに進めるには、後継者候補の育成方針に独立社外取締役を中心とする指名委員会も関わるなど、CEO等と役割を分担しながら、後継者計画の客観性を確保できるような体制を構築することが重要です。

3.経営陣の報酬制度の設計・報酬額の決定

改訂コードでは、客観性・透明性ある手続きに従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきとされています。経営陣の報酬の決定・支給方法やそれに基づく報酬の実績額は、企業価値向上に経営陣の適切なインセンティブとして機能しているかという観点から重要な情報です。そのため、独立社外取締役を中心とする報酬委員会が関与できる体制の構築が必要とされ、その設置・活用が求められているというわけです。
わが国では、取締役報酬について、多くの場合、株主総会でその総額を承認し、具体的な決定は取締役会からCEO等に再一任されます。また、経営陣の報酬の決定・支給方法等に関する説明や情報開示が不足しているとの指摘もあります。
有価証券報告書においては、経営陣の報酬内容・報酬体系と経営戦略や中長期的な企業価値向上との結びつきを検証できるよう、報酬プログラムの開示が求められます(2019年3月31日以後に終了する事業年度からの適用)。報酬プログラムとは、報酬の決定・支給の方針や考え方であり、方針を定めていない場合にはその旨を開示します。また、報酬の額や算定方法の決定方針の決定権限者、報酬委員会が存在する場合にはその手続きの概要などについても記載が必要です。なお、決定権限者を記載する目的は、報酬決定プロセスの客観性・透明性を確保するためです。
次期の会社法の改正でも、要綱の議論の過程では、公開会社において取締役の個人別の報酬等の内容に係る決定を取締役に再一任するためには、株主総会の決議を要するといった手続きの規律の改正も提案されましたが、最終的には採用されませんでした。ただし、報酬等の決定方針に関する事項や取締役会の決議による報酬等の決定の委任に関する事項、業績連動報酬等に関する事項等について、公開会社における事業報告による情報開示に関する規定の充実を図るものとされています。
このように、経営陣の報酬の決定・支給プロセスの透明性の確保については、引き続き注目される論点になるでしょう。

4.取締役会のジェンダーや国際性を含む多様性等

改訂コードでは、取締役会が全体として適切な知識・経験・能力を備えることが求められています。そして、その機能を十分に発揮していくために、ジェンダーや国際性の面を含む多様性と適正規模を両立させる形で構成されるべきであるとしています。
取締役会の多様性については、現在のわが国の現状に照らして、まずはジェンダーと国際性が優先されたと考えられます。しかし、冒頭の対談にて小林いずみ氏は、「世代」の多様性にも取り組む重要性を指摘されています。多様性については、こうした視点も含め、経営戦略等を踏まえた取締役会の課題に調和させるべく継続的に考えていく必要があります。
また、監査役についても、適切な経験・能力や財務・会計・法務に関する知識を有する者が選任されるべきとしています。社内情報のハブといわれる常勤監査役との連携の必要性を指摘する声は、小林いずみ氏含め多方面から聞こえてきます。今後、有価証券報告書において「監査役会等の活動状況」の開示が始まることも踏まえ(2020年3月31日以後に終了する事業年度からの原則適用)、監査役会のメンバー構成についても継続的に検討する必要があります。

II.ガバナンスに関する残された課題

日本企業のグローバル化・多角化が進むなか、グループガバナンスの在り方がしばしば議論になります。M&Aにより買収した子会社の統合プロセス(PMI)や、グループとしての横串での資源配分に関する意思決定と事業部門への権限委譲との関係の在り方等、課題は多岐にわたります。それだけでなく、近年有力企業において、とりわけ海外子会社に対する内部統制やガバナンスの欠如が不正につながる事例が散見されており、守りのガバナンスという観点からも、グループガバナンスは日本企業の関係者の共通の課題となっています。
最近では、支配株主を有する上場子会社のガバナンス体制の問題が、わが国のコーポレートガバナンスの残された課題として議論されるようになってきました。上場子会社においては、その親会社と一般株主との間で利益相反が生じうる場面があり、またそれにもかかわらず、上場企業一般と比較すると、独立社外取締役・監査役の人数が劣後している状況にあるためです。こうしたことが上場子会社の企業価値のディスカウントにつながっており、特に投資家からは、上場子会社の一般株主の利益に関する強い懸念が示されています。これに対応すべく、上場子会社のガバナンスを強化せよという議論です。
具体的には、独立社外取締役の独立性判断基準を強化すること(支配株主出身者を選任しないこと)、取締役会の独立社外取締役比率を高めること、独立社外取締役のみまたは過半数を占める委員会において、少数株主の利益保護の観点から審議・検討することとし、取締役会においてもその審議結果が尊重される仕組みをつくること、上場子会社として維持することの合理的な理由の開示やガバナンスの実効性について説明責任を果たすことなどが、今後ガイドラインとして示されるようです※2
わが国の上場子会社数とその市場の占める割合は、欧米各国と比較してかなり高い水準にあります。このため、こうした状況を改善するため、将来的には何らかの法的対応を検討することも想定されています。このような動向も踏まえ、グループガバナンスの機能向上を図っていく必要があります。

※2未来投資会議資料7経済産業大臣世耕弘成「企業ガバナンスについて」(2019年3月7日)

III.質の高いディスクロージャーに向けた課題

コーポレートガバナンスを向上させるためには、投資家との対話をより建設的で実効的なものとする必要があり、そのためには、より充実した情報の開示が必要です。有価証券報告書は、形式的に要求事項を満たしていればよいというものではなく、中長期的な企業価値向上に向け、経営者の目線でビジネスモデルや戦略、課題やリスクを伝える手段として、より充実させていく必要があります。長期投資家は有価証券報告書をベースに企業分析を行っており、そうした投資家と対話をすることで得られるものも少なくないでしょう。
2019年3月31日以後に終了する事業年度からは、前述した役員報酬や監査役会等の活動状況に係る情報のみならず、政策保有株式に係る開示の拡充のためのルールの改正も行われています。加えて、「経営方針、経営環境および対処すべき課題等」「経営者による財政状態、経営成績およびキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)」「事業等のリスク」などの開示について、プリンシプルベースのガイダンスである「記述情報の開示に関する原則」や企業開示の好事例も公表されています。
有価証券報告書の作成にあたっては、経営企画、財務、法務等の複数の部署によるボトムアップ方式による作成が一般的と思われます。しかし開示の充実を図るためには、「記述情報の開示に関する原則」が定めているとおり、取締役会や経営会議の議論を反映し、経営者の目線で、一貫した情報や重要性(マテリアリティ)に応じた情報を開示することが肝要です。そのためには経営者が開示書類の作成に早期に関与して開示方針を示すなど、トップダウン方式により作成する必要があります。

IV.おわりに

本稿では、コーポレートガバナンスに関するいくつかの課題とあるべき姿について、最近の議論の動向を踏まえてご紹介しました。ガバナンスの実質を高めることとは、独立社外取締役を活用し、取締役会の実効性を高めることです。そして、その視点はグループガバナンスのレベルとする必要があります。さらには、ガバナンス関連情報、企業戦略やリスクについて、取締役会や経営会議の議論を反映し、経営者の目線で開示することが重要です。
これらの課題が、各社の取締役会における活発な議論のきっかけとなれば幸甚です。

執筆者

KPMGジャパン
コーポレートガバナンス センター・オブ・エクセレンス(CoE)
パートナー 和久 友子

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