退職給付会計における海外の会計基準との差異

退職給付会計における日本基準・IFRS・米国基準とを比較し、主要な相違点を整理、解説します。

退職給付会計における日本基準・IFRS・米国基準とを比較し、主要な相違点を整理、解説します。

Question

わが国の退職給付会計基準と海外の会計基準に差異はあるか?

Answer

1.わが国の退職給付会計基準は国際財務報告基準(IFRS)や米国会計基準(米国基準)と基本的な考え方において違いはないが、具体的な会計処理などの細部では相違点も見られる。

2.退職給付会計に係る日本基準とIFRSとの主要な相違点は、退職給付見込額の期間帰属方法、重要性基準、割引率として参照する債券、アセットシーリング、長期期待運用収益率、数理計算上の差異および過去勤務費用の会計処理である。

3.退職給付会計に係る日本基準と米国基準との主要な相違点は、退職給付見込額の期間帰属方法、重要性基準、割引率として参照する債券および数理計算上の差異の償却方法である。

解説

1.国際財務報告基準(IFRS)における退職給付会計基準の概要、および日本基準との相違点

IFRSにおける退職給付会計基準は、IAS第19号(従業員給付)によって定められている(このIAS第19号は、退職給付以外の従業員給付についても対象としている)。IAS第19号では、すべての退職給付制度(退職一時金制度や企業年金制度など)を包括的に取り扱っており、従業員の将来の退職給付・企業年金の支払いに対して現在必要と計算される負債額(発生ベースでのコストの認識)とそれに対して企業の保有する年金資産から積立状況を把握し、会計上の負債(又は資産)計上の基礎としている。このため、日本基準とIFRSでは基本的な考え方に違いはない。

ただし、細部においては以下のような相違点もある。

(1)退職給付見込額の期間帰属方法
日本基準上、期間定額基準と給付算定式基準の選択が可能だが、IFRS上は、給付算定式基準しか認められていない。

(2)重要性基準
日本基準上、計算基礎の見直しについて「重要性基準」を認めており、特に割引率についてはいわゆる「10%重要性基準」(退職給付債務が10%以上変動しなければ、前期末の割引率を使用してもよい)の規定があるが、IFRSにはこのような計算基礎の重要性に関する特段の規定はない。そのため、計算基礎が両基準で異なり得る結果、退職給付債務(IFRSでは確定給付制度債務という)についても異なり得る。

(3)割引率として参照する債券
日本基準では割引率として参照する債券について、国債や優良社債等を選択肢として認めている。一方、IFRSでは原則として優良社債を参照することとされている(厚みがある市場がない場合を除く)。そのため、日本基準で国債の利回りを参照している場合、割引率が両基準間で異なる結果、退職給付債務についても異なることになる。

(4)アセットシーリング
日本基準では連結財務諸表上、退職給付債務から年金資産を控除した差額である「積立状況を示す額」を負債または資産として認識する。一方、IFRSでは「積立状況を示す額」に加え、「資産上限額(アセットシーリング)の影響」を調整したものである「確定給付負債(または資産)の純額」を負債(または資産)として認識する。資産上限額の影響は、負債を増加させる(あるいは、資産を減少させる)ことになる。

(5)長期期待運用収益率
日本基準では期首の年金資産の額に合理的に期待される収益率(長期期待運用収益率)を乗じて、期待運用収益を計上する。一方、IFRSでは「確定給付負債(または資産)の純額」の期首残高に対し、割引率を乗じ、「利息純額」として一括して計算する。長期期待運用収益率が割引率と異なる場合は、両基準間で費用計上額が異なることとなる。

(6)数理計算上の差異の会計処理
日本基準上、連結財務諸表において数理計算上の差異は税効果考慮後の金額で「その他の包括利益」において認識され、その後に一定年数以内で費用処理をして当期純利益に振り替えられる(リサイクル)。一方、IFRSでは、税効果後の金額で「その他の包括利益」で認識される点は同じであるが、その後当期純利益に振り替えられることはない(ノンリサイクル)。

(7)過去勤務費用
日本基準上、連結財務諸表において過去勤務費用は発生した時点で、税効果考慮後の金額で「その他の包括利益」において認識され、その後に一定年数以内で費用処理をして当期純利益に振り替えられる(リサイクル)が、IFRSでは、過去勤務費用は発生した時点で、その全額が当期純利益で認識される。

2.米国の退職給付会計基準の概要と日本基準との主な相違点

米国の退職給付会計基準は、IFRSと同様にすべての退職給付制度を通じた包括的な会計基準であり、発生主義会計の下で退職給付費用および退職給付債務を認識するため、日本基準と基本的な考え方に違いはない。ただし、米国基準では回廊アプローチが採用されており、その他の包括利益に計上された数理計算上の差異のうちPBO(予測給付債務)または年金資産の大きいほうの10%を超えた額を平均残存勤務年数で償却することになっており、この点は日本基準と大きく異なっている。

以下に示す図表に、IFRSと日米の退職給付会計基準の比較をまとめている。

退職給付会計基準の国際比較
項目 IFRS
(IAS第19号)
日本基準 米国基準
退職給付債務 測定日 決算日(当該測定結果と重要な差異がないよう定期的に算定することも可)。 決算日(決算日前のデータ利用も可)。 決算日(決算日前一定日で計算+後発事象を考慮)。
期間帰属 給付算定式ベース 期間定額基準と給付算定式基準の選択適用 給付算定式ベース
割引率 決算日の優良社債の市場利回り等。
給付見込支払日までの期間。
期末における長期国債・優良社債等の利回り。
給付見込支払日までの期間ごとの複数割引率(給付見込支払時期及び金額を反映した単一の加重平均割引率も認容)。
決算日の年金給付の清算利率(PBGC利率等)。
退職給付の見込支払日までの期間。
昇給率 インフレ等も考慮。 確実なものに限定せず、予想される要素を考慮して算定する。 インフレ等も考慮。
期待運用収益率 期待運用収益率ではなく、確定給付負債(または資産)の純額×割引率を利息純額として計上。 期首の年金資産から合理的に期待される収益率(長期期待運用収益率)。 期首現在及び今後再投資予定の制度資産から期待される長期の平均収益率。
割引率設定に係る重要性 特段の規定なし。 割引率:10%重要性基準あり。 特段の規定なし。
年金資産の評価 決算日の公正価値。 決算日の公正な評価額。 決算日の公正価値。
退職給付信託 特に定めなし。 一定の要件を満たしている場合、年金資産扱い。 一定の要件を満たしている場合、年金資産扱い。
数理計算上の差異 その他の包括利益で即時認識
以後の期間に当期純利益へのリサイクリングなし。
連結財務諸表上、その他の包括利益で即時認識
平均残存勤務期間内の一定年数で案分する方法等により費用処理。
その他の包括利益で即時認識
平均残存勤務期間内の一定年数で按分する方法等により費用処理。
回廊アプローチあり。
過去勤務債務の償却方法 過去勤務費用を発生時に費用として即時認識。
その他の包括利益で即時認識。
平均残存勤務期間内の一定年数で按分する方法により費用処理。
その他の包括利益で即時認識。
個人別残存勤務期間又は平均残存勤務期間で費用処理。
表示(B/S) 確定給付負債(資産)の純額。
未認識項目なし(即時認識)。
退職給付に係る負債(または資産)。
未認識項目なし(即時認識)。
(ともに連結財務諸表上)
引当金(純額)。
未認識項目なし(即時認識)。
表示(P/L) 退職給付費用を単一科目で表示すべきか否か明示しない。
遅延認識(リサイクル)なし。
退職給付費用を単一科目表示。
遅延認識(リサイクル)。
特に定めなし。
遅延認識(リサイクル)。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
金融アドバイザリー部
ディレクター 萩原 浩之

※本ページは、書籍『Q&A 退職給付会計の実務ガイド(第2版)』(2013年12月発行)から一部の内容を取り上げてウェブ版としてアップデートしたもので、記載内容はページ公開(2019年4月)時点の情報です。

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