気候関連財務情報開示の最新動向

気候関連財務情報開示の最新動向

本稿では、気候関連財務情報開示について、TCFD提言の背景及び内容を確認するとともに、その導入状況と実務への影響を解説します。

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2015年9月に世界最大のアセットオーナーである年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が国連責任投資原則(PRI)に署名して以降、我が国においてもESG投資に関する認知が一気に高まった感があります。環境や社会に関連したリスクは、中長期的にみれば企業にとっての財務リスクであることが理解されるようになったこともあり、環境や社会に関連した非財務情報開示への期待もいよいよ高まっている状況です。とりわけ気候関連財務情報の開示は、気候変動リスクは全世界が直面している重大リスクであるという共通認識が醸成されていることもあり、政治的にも重要課題として認識されていることから、非財務情報開示のなかでも制度化に向けた動向が最も注目されている領域だと言えます。その中心となるのが、G20金融安定理事会が設立した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)より2017年6月に公表された最終報告書であり、同報告書の提案に沿って様々な取組みが進められています。そこで、本稿では、TCFD提言の背景及び内容を確認するとともに、その導入状況と実務への影響を解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 気候変動リスクに関する情報不足の状態を放置しておくことは、金融市場混乱の新たな火種となる可能性がある。
  • 資本市場における適切なリスク評価のため、気候変動リスクの財務的影響を評価するための情報ニーズが生じており、TCFD気候関連財務情報開示の枠組みが提案されている。
  • 気候変動リスクは顕在化の時期や影響範囲が曖昧であるため重大性が見落とされやすい。
  • 各国政府の取組みやESG投資の主流化により、企業に気候関連財務情報の開示を求める圧力は高まっており、近い将来において実務への影響が想定される。

I. TCFD設立の背景と目的

1. TCFD設立の背景

気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosure: 以下、TCFD)は、金融安定化のため、金融コミュニティは気候関連課題にどう対処していくべきかについての議論を行うための国際的なイニシアティブです。
設立の背景には国際的な気候変動リスクの重大性に関する認識の高まりと脱炭素化への圧力があります。2015年12月、パリ協定が採択され、2020年以降の温室効果ガス(Green House Gas:以下、GHG)排出削減の目標が合意されました。産業革命前からの平均気温上昇を2℃未満(更に1.5℃に抑えるため最大限の努力をする)に抑えることが目標とされ、今世紀後半には、GHGの排出を実質的にゼロにするという方針が打ち出されています。
この国際的合意に従えば、今後、低炭素経済への移行が急速に進展していくことが予測されますが、低炭素経済への移行は、多くの企業に様々なリスクと機会をもたらすと考えられます。そして、低炭素経済への移行に伴うリスクや機会が企業財務に及ぼす潜在的影響が正しく理解されなければ、資本市場を通じた効率的な資源配分は阻害され、さらに、影響が突然顕在化した場合、これが新たな金融混乱の引き金となり、金融市場の安定性が損なわれる可能性が懸念されています。

2. TCFDの目的

気候関連課題にまつわるリスクと機会が企業財務に及ぼす影響を評価するためには、企業からの情報開示が必要です。これまでCDP(旧Carbon Disclosure Project)によるCDPデータベースを通じた気候変動リスクに関する全般的な開示、サステナビリティ・CSR報告書を通じたESG情報の開示など、気候変動関連情報の開示を促す多くの任意的な取組みが行われてきましたが、様々な要求事項に対応する企業側の負担が増加する一方で、それらの情報は投資家等の意思決定において十分なものではないという問題がありました。そのため、金融安定理事会は、適切な投資判断を促すため、一貫性、比較可能性、信頼性、明確性のある効率的な開示のための任意的な提言の策定を目指してTCFDを設立し、約2年にわたる議論の成果をまとめたものをTCFD最終報告書として公表しました。

II. TCFD最終報告書の内容

1. 提言の構成

2017年6月に公表された最終報告書は、最終報告書、別冊及びシナリオ分析に関する補足文書の3つから構成されています。
最終報告書においては、提言の趣旨及び背景と気候関連財務情報開示の全体的な枠組みが説明されています。別冊は、提言の実施に向けた実務的な手引きであり、金融機関を対象としたガイダンスと気候変動の影響を受けやすい特定の4業種(エネルギー、運輸、素材・建築物、農業・食品・木材製品)を対象としたガイダンスから構成されています。シナリオ分析に関する補足文書は、2℃シナリオを含む複数の異なるシナリオ分析を実施するための参考情報として、気候関連シナリオの種類やシナリオ分析の手法等について説明しています。

2. 気候変動リスクと潜在的な影響

最終報告書を読み解く上では、まず、気候変動リスクの種別とリスク及び機会の具体例、そして潜在的な財務インパクトとの関係性を理解することが重要です(図表1参照)。

図表1 気候変動リスク及び機会の具体例と潜在的な財務インパクト
図表1 気候変動リスク及び機会の具体例と潜在的な財務インパクト

移行リスクは低炭素経済への移行に伴い生じる変化からもたらされるリスクです。気候変動の影響を緩和するため、温暖化の原因となるGHGの排出を抑制するとともに、低炭素技術の開発により、気候変動の影響を軽減するための適応策も実施されていくと考えられます。その結果、経済活動の広い範囲において、政策、法規制が変更されるとともに、技術革新に伴う製品・サービス市場の変化も生じると予想されます。このような変化の性質、速度、重点に応じて、様々な財務上及び評判上のリスクが生じる可能性があります。最終報告書はこのような低炭素型経済への移行に関連したリスク及び機会に焦点を当てています。
物理的リスクには自然災害のような事象に起因する急性のリスクと、異常気象のような、より長期的な気候パターンの変化による慢性のリスクがあります。大規模災害は資産に対する直接的な損害を発生させるほか、ボーダーレス化により進行したグローバルサプライチェーンの寸断による生産活動の停滞という形で財務業績へ間接的な影響を及ぼします。また、気象条件の変化に起因する地理的特性や気温の変化は、立地条件や生態系への影響を通じて、事業環境を一変させ、競争優位性を毀損する可能性があります。

3. 中核的要素と推奨される開示内容

組織運営における4つの中核的要素とこれらに対応する推奨される開示内容を理解することも重要です(図表2参照)。

図表2 4つの中核的要素と推奨される開示内容
図表2 4つの中核的要素と推奨される開示内容

ガバナンスに関する報告は、取締役会及び経営者が気候関連の問題をどの程度重視しているのかを理解するために重要な情報です。特に、気候変動リスクの影響は長期かつ広範に及ぶと考えらえるため、戦略的な対応や全社的なリスクマネジメントが有効であり、ガバナンス責任者の適切な関与が不可欠です。
戦略に関する報告は、気候関連の問題が組織の事業、戦略、財務計画に及ぼす影響を理解し、将来の業績を予測するための情報として重要です。気候変動リスクに対処するための方法は一様ではなく、企業が採用する戦略により影響範囲も程度も異なるため、組織の意図を理解することも必要です。
リスク管理に関する報告は、気候関連リスクが適切に識別、評価され、有効な対処が行われているかどうかを理解するために重要です。適切なリスク管理により悪影響が回避又は軽減されていると判断する場合、投資家のリスクに対する認識へ影響を及ぼし、市場における企業価値が変動することになります。
指標と目標に関する報告は、継続的なモニタリング及び定量評価のために重要です。投資分析において、時系列での変化や同業他社との比較から得られる洞察は有用です。

4. 開示媒体と重要性

TCFDは年次財務報告の一部として気候関連財務情報を開示することを推奨しています。気候変動リスクの報告を法的な義務の範囲に含まれるものとして認識することにより、承認やレビューなど、ガバナンス責任者や経営者による適切な関与が求められることとなり、当該リスクに関するガバナンス体制及び内部統制プロセスが、既存の財務情報開示と同等の水準へ引き上げられることが期待され、情報開示の実効性を高めることにつながる為です。
気候変動リスクはあらゆる業種の企業に影響を及ぼすと考えられることから、4つの中核的要素のうち、ガバナンスとリスク管理については、すべての報告主体において、年次報告書における開示が推奨されています。一方で、戦略及び指標と目標については、業種ないし企業により、リスクと機会が事業活動に及ぼす影響は大きく異なることが想定されるため、戦略及び指標と目標については、重要性の評価を行い、企業が重要と判断した情報について開示が求められています。この重要性を評価する場合、判断基準は、企業が年次報告書において開示する財務情報以外の情報の重要性を判断するための基準と一貫性が保たれるべきだとされており、一部の気候変動リスクが長期的な性質を持つという認識から、気候変動に関連したリスク及び機会が重要でないと拙速な結論を出すことについて注意を促すとされています。気候変動リスクは、顕在化の時期や影響範囲が曖昧であるため、その重大性が見落とされやすい点に留意が必要です。

III. TCFD提言の導入状況と実務への影響

1. 状況報告書における現状分析

TCFDは最終報告書において、今後5年間の間に段階的に普及が進んでいくと想定しており、2018年9月には、最初の状況報告書が公表されています。
状況報告書の目的は、TCFD最終報告書に沿った開示実務の現況を概観すること及び提言を採用しようとする企業に有用な情報を提供することであり、特定の8業種(銀行、保険、アセットマネジャー、アセットオーナー、エネルギー、素材及び建築、運輸、農林・食料・森林製品)に属する1,734社の報告書を対象とした調査の結果が報告されています。状況報告書によるTCFD提言の普及状況の要約は次のとおりです。

  • 多くの報告書が(少なくとも1つ以上の開示内容について)TCFDの提言に沿った気候関連の情報開示を行っている。
  • 大抵の場合、気候変動のリスク及び機会の財務的影響は開示されていない。
  • 異なる気候変動シナリオの下での戦略のレジリエンスについて報告している例は限定的である。
  • 業種や地域により開示内容に特徴がある。
  • 大抵の場合、気候関連の情報開示は複数の報告書にまたがっている。

最終報告書公表から間もない期間に発行された報告書に対する調査結果であり、企業が提言の内容を理解し、適応するための準備期間は限られていたと考えられますが、多くの企業において、程度の差はあるものの提言の趣旨に沿った情報開示が行われている状況です。

2. 実務への影響

TCFD提言の普及を推進する取組みとして様々な活動が行われていますが、新たな制度の創設ではなく、既に定着している実務の要求事項を変更する形での導入が進んでいます。
国連投資責任原則(PRI)は、2018年度の責任投資活動報告における任意の報告事項として、TCFD提言に基づく14の気候関連指標を追加しています。責任投資原則に署名する機関投資家は、責任投資活動の状況に関する年次報告を求められており、活動内容はPRIにより評価されます。これは、責任投資実務の学習と改善を促進すること及びアセットオーナーがアセットマネジャーと責任投資の活動内容や体制整備について協議するための情報を提供するために行われているもので、このような評価と対話のプロセスを通じて、責任投資原則の実効性を高める狙いがあります。2005年の創設以来、PRIに署名する機関投資家と運用資産の残高は一貫して増加しており、資本市場におけるPRI署名機関の存在感が高まるなか、責任投資モニタリングシステムへのTCFD提言の採用は、ESG投資主流化の傾向と相俟って、TCFD提言の普及を加速する要因になると考えられます。
CDPも、2018年度版の質問書より、TCFD提言に沿った25の質問項目を追加しています。ガバナンスに関連した質問として、気候関連課題に関する取締役会による監督の状況について、リスクと機会に関連した質問として、気候変動リスク及び機会がビジネスに及ぼす影響を評価する方法や特定されたリスクと機会を財務計画に反映させる方法、戦略に関連した質問として、戦略策定における気候変動シナリオ分析の利用状況などが追加されています。また、指標と目標については、スコープ1及び2の排出量実績データなど、既存の質問項目の一部は、TCFD提言に沿ったものとなっています。CDP質問書へ回答する企業は、2018年に追加された新たな質問項目について、一定の対応を完了されたところであり、実質的な部分で、TCFD提言への対応はある程度の進捗があったものと考えられます。
特に低炭素経済への移行の影響が大きい業種の企業については、気候関連財務情報開示への圧力が高まると考えられるため、気候関連のリスクと機会にどう対応し、それらをどう開示していくのかの検討は、差し迫った課題であると考えられます。

執筆者

KPMGジャパン
統合報告センター・オブ・エクセレンス(CoE)
パートナー 新名谷 寛昌

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