IT活用によりナレッジの蓄積・共有・継承を実現し、事業部のビジネスに貢献

グローバルタックスマネジメントを実現する10のポイント 第15回 - グローバル企業には徹底した税務リスク管理が求められるが、国際税務のノウハウは個人に帰属しがちで、人事異動とともに失われる傾向にある。

グローバル企業には徹底した税務リスク管理が求められるが、国際税務のノウハウは個人に帰属しがちで、人事異動とともに失われる傾向にある。

国際税務ノウハウを組織全体で高めていくことが必要

近年、国際税務の世界は多様化・複雑化の一途を辿り、細心の注意を払わなければ、巨大な税務リスクを抱えかねない事態となっている。移転価格税制やタックスヘイブン対策税制、トランプ税制改革など課題も山積しており、企業の税務部門は対応に追われているのが実情だ。

ビジネスに潜む税務リスクを察知し、問題の発生を未然に防ぐためには、社外の専門家の知見も活用しながら、国際税務のノウハウを組織全体で高めていく必要がある。しかしながら、日本企業においては税務部門への投資が十分とはいえず、ナレッジを共有・継承するための仕組みが構築されていないケースが多い。
なかには、業務上知りえたノウハウをまとめて共用サーバーに保管するなど、情報共有のための社内ルールを設けている例もあるが、多くの場合、日常業務に忙殺されてルールが形骸化しているのが実態である。

こうした問題を解決するための有効な方法の1つに、ITツールを活用した情報インフラの構築がある。
今回は、KPMGが提供する『KPMG Central』を活用して、ナレッジの共有とノウハウの蓄積・継承を実現した事例を紹介する。

事業部からの税務相談への対応は「スピード感」が鍵

大手企業GHI社は、幅広い事業分野で多角的に事業を展開する老舗グローバル企業である。
KPMGが税務アドバイザーとして関与することになった当時、GHI社の国際税務部門には、様々な課題があった。
例えば、事業部は事前に税務部門に相談することなく、独自の判断で事業計画の作成を進めてしまい、プロジェクトの稟議・承認プロセスが最終局面に入った段階になって、税務リスクが発覚し、計画が足踏みしてしまうことがしばしばあった。

こうしたビジネス上の損失を食い止めるためには、国際税務部門が、事業部のプロジェクトに早い段階から関与し、税務の観点から事業計画を精査する必要がある。(→2. 事業意思決定時における関与
そのためには、国際税務部門が税務ノウハウを磨き、事業部から「ビジネスを進める上で欠かせない存在」と認められる必要があった。
加えて、事業部からの税務相談にスピーディに対応することも、重要な要件の1つであった。
グローバル競争の最前線に立つ事業部にとっては、スピードこそがビジネスの成否を分ける。「国際税務部門に相談するとビジネスが止まってしまう」と言われないためにも、事業部からの税務相談に、迅速かつ的確に回答するための体制構築が必要であった。

人事異動によるナレッジ消失をいかに食い止めるか

他には、税務部門内においてノウハウをいかに共有するかという課題である。
GHI社では人事異動が定期的に行われており、担当者は数年単位で他部署に転出する。このため、担当者が異動・退職した途端に、個人に帰属していた税務ノウハウが雲散霧消し、業務を通じて培われたナレッジが継承されないまま途絶してしまうのではないかという懸念があった。

こうした問題を解決するためには、税務ノウハウを組織全体で共有・継承することが必要になる。国際税務部門が事業部の信頼を勝ちとるためにも、税務ノウハウをチームとして共有・蓄積・継承し、「個人知」を「組織知」に高めるための永続的な仕組みを作ることが、まさに喫緊の課題として求められていたのである。(→8. ノウハウの蓄積

これらの課題を解決するために、社外の税務アドバイザーには、海外の税制改正の最新動向をいち早く提供し、国際税務部門からの税務相談にスピード感をもって対応することが求められた。
こうした要請に応えて、KPMGは独自の税務相談支援サービスを提案。なかでも、同社からの評価が高かったのが、ITツール『KPMG Central』を使った情報共有のためのソリューションであった。

ITツールを活用して手軽にナレッジデータベースを構築

KPMG Centralとは、プロジェクト単位で機密性を保ちつつ、チャット形式でリアルタイムに会話ができるWebベースの情報共有プラットフォームである。

このツールを利用すれば、企業の税務担当者とKPMGの税務専門家とのやりとりがログとして蓄積され、税務相談の内容を自動的にデータベース化することができる。また、当該データベースは、「国名」や「恒久的施設(PE)」などのキーワードを記録できるため、メール等の分類をすることなしに、後からの検索が容易であり、過去にさかのぼってQ&Aの内容を調べることもできるので、経験豊かな税務担当者が突然異動・退職することになっても、ノウハウが失われる懸念はない。

このKPMG Centralを軸に、KPMG税理士法人はナレッジデータベースの構築とノウハウ継承のためのソリューションを提案した。その内容が高く評価され、GHI社の税務相談支援サービスを任されてきているのである。

KPMG Centralの導入により情報共有が進んだことは、国際税務部門の業務に様々なプラスの効果をもたらした。1つは、事業部からの問い合わせに対する対応力の向上、もう1つは、税務リスク管理の強化である。
同社の事業領域は多岐にわたり、事業フィールドも世界中に広がっている。各国では税制改正が頻繁に行われ、国際課税ルールに対する解釈や税務当局の行動パターンもきわめて多様である。このため、事業部からの質問も、税法上明文化されていないものや前例がないもの、正解がないものが多く、容易には答えることができないという悩みがあった。

だが、今回、KPMG Centralにより過去のQ&Aを参照できるようになったことで、国際税務部門の対応力は大いに強化された。「過去に同じような質問を受けたことがあるか」「その場合、どのような検討プロセスを経て最終的にどう回答したか」という観点から過去ログを精査することにより、社内に死蔵されていたかもしれないノウハウの掘り起こしが可能となった。その結果、事業部からの税務相談にも、より精度の高い回答ができるようになっただけでなく、税務リスクを未然に回避できる確率も高まったのである。

情報共有により税務部門のプレゼンスが高まった

さらに、GHI社とKPMGのチーム内で情報共有のスピードが向上したことも、KPMG Centralの活用がもたらしたメリットの1つであった。
例えば、誰かがこのツールに質問や回答を書き込むたびに、登録メンバー全員にメールで通知が送られる。このため、Q&Aをやりとりするスピードが格段に向上し、事業部からの問い合わせにも迅速に回答できるようになった。

ナレッジの共有が進んだことで、個々のメンバーの税務ノウハウにも磨きがかかり、チーム全体のスキルの底上げにもつながった。その結果、GHI社における国際税務部門のプレゼンスも高まり、事業計画の策定にあたって、事業部から意見を求められることも増えた。

GHI社は、社内外の知見を結集して情報共有を進めることにより、事業部のビジネスに対する貢献度を大いに高めることができたのである。
グローバル化を進める日本企業にとって、国際税務に関する情報インフラの構築は、もはや避けては通れない課題である。そのことを十分に理解した上で、ITツールによる情報共有の仕組みを早急に構築することが、今、求められているのである。

執筆者

KPMG税理士法人
インターナショナル コーポレート タックス
パートナー 福田 隆

グローバルタックスマネジメントを実現する10のポイント

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