中国における環境規制の強化及び日系企業に対する影響

近年、中国は環境汚染に関する規制を強化しています。本稿では、日系企業の環境対策コスト増大等の影響について解説します。

近年、中国は環境汚染に関する規制を強化しています。本稿では、日系企業の環境対策コスト増大等の影響について解説します。

1970年代後半に始まった改革開放政策により、中国は大きく経済発展を遂げてきましたが、その一方で、経済発展がもたらした大気汚染や水質汚染、廃棄物問題等の環境問題に直面することとなりました。例えば微小粒子状態物質である「PM2.5」は深刻な大気汚染を中国で引き起こしていますが、近隣諸国においてもその影響を受けるといった状況も出てきています。実際、気候温暖化の原因となる二酸化炭素の排出量に関しては、中国は既に世界第1位となっており、世界全体の二酸化炭素排出量の4分の1以上を中国が占めているという報告もあります。
また、大気汚染だけではなく、水質汚染や土壌汚染の事故も起きており、例えば2011年の原油漏れ事故、2012年のカドミニウム汚染事故等が発生しています。こうした環境問題に対し、中国政府はさまざまな環境規制を導入しており、厳格化した環境規制により日系企業の環境対策コストが増大してきている等の影響も出てきているため、中国の環境規制の動向については今後も留意していく必要があります。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 近年、中国は環境汚染に関する規制を強化している。例えば、2014年に環境保護法や大気汚染防止法を改正し、欧米の規制レベルに引き上げた。
  • 2018年1月1日より、環境保護税法が施行されており、中国にある企業が排出した大気汚染物、水質汚染物、固形廃棄物、騒音に対し、排出量に応じて課税されることとなり、日系企業にも大きな影響が出てきている。
  • 現在、中国における環境基準を満たさない企業に対しては、罰金や工場の操業停止や閉鎖の措置が取られており、2017年だけでも中国政府から生産停止や制限の命令を受けた事例は7,842 件に上る。
  • 環境規制の厳格化により、自社工場だけでなく、中国における取引先に生産停止や制限等が生じた場合の調達リスクも生じており、中国に進出している日系企業に与える影響は大きい。

I.中国における環境保護の体制

現在、中国は、環境保護を国策の一つとして掲げており、環境保全に対し積極的に取り組む姿勢を示しています。具体的には、1983年に当時の李鵬副総理が「環境保護を国策の一つとする」という発言をしてから環境保護が正式に中国の国策となることになりましたが、実際1970年代後半から始まった急速な経済発展が水質汚染や大気汚染、廃棄物問題を引き起こし、それに対し中国が真剣に環境保護問題に取り組まざるを得なくなった状況が発生したことが大きな原因としてあげられます。2016年に公布された第13次5カ年計画でも「環境に配慮した経済発展」を今後の目標として掲げており、中国が真剣に国策の一つとして環境保護に取り組んでいることがうかがえます。
中国の環境保護政策の中心的役割を担っているのは、国家環境保護総局(SEPA)であり、業務範囲としては以下の通りとなっています。
 

  1. 全国の環境保護活動の監督管理
  2. 国家環境基準及び国家汚染物排出基準の制定
  3. 環境モニタリングシステムの構築及び管理
  4. 環境状況広報の作成
  5. 環境保護計画の策定及び実施
  6. 環境影響評価報告書の認可
  7. 汚染物質排出現場の検査
  8. 三同時制度(環境防止のための対策を工場等の建設に際し同時に行う制度)に関する検査及び汚染処理施設の許可
  9. 汚染排出データの収集及び登録
  10. 汚染物質排出費の徴収
  11. 環境汚染に対する行政処罰権の行使及び強制執行の申請等


一方、地方環境保護局は、上記の国家環境保護総局の業務範囲から、環境基準及び汚染物質排出基準の設定、環境モニタリングシステムの構築等を除く幅広い業務を担当しています。通常、日系企業が環境対策で接触するのは地方環境保護局となりますが、工場建設に係る環境影響の評価や各種手続、日常的な環境の監視、汚染物排出費の支払等を通じて、接触が必要となってくる可能性が高いため留意が必要です。
中国の環境対策は主に、3つの環境政策に基づき、実施されています。
 

  1. 環境汚染の未然防止を中心とし、未然防止と汚染処理を両立させる
  2. 汚染者が汚染物を処理し、開発者が環境を保護し、利用者が環境汚染を補償する
  3. 環境管理を強化する


一方、具体的な環境管理制度としては、以下の制度が存在します。

(1)環境影響評価制度、(2)三同時制度、(3)汚染物排出費徴収制度、(4)環境保護目標責任制度、(5)都市環境総合整備に関する定量審査制度、(6)汚染物質集中処理制度、(7)汚染物質排出登記・許可証制度、(8)期限付き汚染防除制度、(9)企業排出保護審査制度

上記の環境政策及び環境管理制度に基づき、具体的な環境保護に関する法規が定められています。

II.環境保護の法体系

中国においては、2014年から「環境保護法」「大気汚染防止法」「環境影響評価法」「省エネ法」等の法律が相次いて改正されており、2018年には「環境保護税法」も新たに公布されています。その中で、特に日系企業にとって重要となる「環境保護法」と「環境保護税法」について以下に説明します。

1.環境保護法

中国では、1979年に環境保護の基本法である「環境保護法」が試行され、1989年に本格的に施行されました。環境保護法の基本原則は以下の通りです。
 

  1. 保護優先(環境保護が他の利益に優先する)
  2. 防止予防(環境を利用、開発する行為にともなう環境汚染や環境破壊に対し、一定の措置をとることで事前に防止する)
  3. 総合対策(環境問題への対応は、手段や対象を分割せず総合的に対処する)
  4. 公衆参加(環境保護のための活動に公衆を関与させる)
  5. 損害責任負担(損害を生じさせたものが責任を負担する)


上記の5大原則に基づき、大気や水、土壌に対する環境保護の基本理念及び法令違反に対する罰則規定が定められています。なお、環境保護法は2014年に改正され、環境汚染事業者に対する罰則の強化や、違反企業の責任者個人に対しても最大15日間拘留する等の厳しい罰則規定が定められた以外に、情報公開の義務化と強化、環境訴訟制度の創設等についても定めています。さらに、環境汚染の監督管理を行う公的機関においては、昇進する際の条件として「環境問題の解決」という項目も含まれるようになり、国をあげて環境問題に必然的に取り組まざるを得ない状況となっています。
また、環境保護法の下に、産業環境対策に関連する個別法としてさまざまな法律が制定されています。特に以下の法律は、中国に進出する日系企業の環境保護対策にも多大な影響を与える内容となっています。
 

  1. 大気汚染防止法
  2. 水汚染防止法
  3. 固体廃棄物環境汚染防止法
  4. 環境騒音汚染防止法


さらに、産業環境対策に関係する細則として、「大気汚染防止法実施細則」や「水汚染防止法実施細則」等があるほか、条例としては、「排汚費徴収使用管理条例」等も存在します。
一方、中国では、上記の国家レベルの環境法規に加え、省や直轄市等の地方政府が独自に環境関連法規を定めていることが多くなっています。例えば、工場からの環境汚染物質の排出を規制する排出基準については、大気汚染防止法や水汚染防止法の中で規定されるのではなく、国家レベルについては環境保護総局が、地方レベルについては省・自治区・直轄市の行政政府が定めることができるとされています。このため、汚染物質の排出基準に関して、国家基準と地方基準の両方が存在することになりますが、地方政府が国家基準を上回る厳しい基準を設定することができ、かつ国家基準と地方基準で異なる場合は地方基準が優先されることとなっています。

2.環境保護税法

さらなる環境保護に対する規制強化を行うことを目的に、「環境保護税法」が2017年12月に公布され、2018年1月1日から施行されています。これまでも中国では環境汚染に対する課徴金制度は存在していましたが、地方によっては徴収体制が整っていなかったため、汚環境汚染を防止する効果としては不十分でした。この環境保護税の導入については、2007年ごろから議論されてきましたが、企業の収益に悪影響を及ぼす可能性があるとして導入が進んでいませんでした。しかし、最近、北京をはじめとする中国の大都市における大気汚染が国際的に注目を集める中で、中国国民の不満も高まり、今回の導入が決定したという背景があります。
環境保護税の納税者は、中国領土内及び中国が管轄する海域内において課税対象の汚染物質を排出する企業及び事業者です。課税対象は大気汚染物、水質汚染物、固形廃棄物、騒音であり、具体的な税額は以下の通りです。

税目 課税単位 税額
大気汚染物 課税排出単位 1.2元から12元(地方政府が任意に設定)
水質汚染物 課税排出単位 1.4元から14元(地方政府が任意に設定)
固形廃棄物 トン 5元から1,000元(固形廃棄物の内容により区分けされる)
騒音 デシベル 毎月350元から11,200元以上(デシベルごとに区分けされる)


納税義務は汚染物を排出した日に発生し、毎月または四半期ごとに納税します。納税は、納税義務の発生日または締め日から15日以内に税務機関に申告して納税します。ただし、農業における生産活動から排出される汚染物質や自動車、船舶及び航空機等から排出される汚染物質、都市部の下水処理及び廃棄物処理場から排出される汚染物質等については課税しません。なお、環境保護税における税収については、 資源税として徴収され、税収は地方政府に行くこととなっており、今後地方政府が環境対策を実施するための財源が拡充されることとなります。
また、環境保護税を2018年1月1日から実施するにあたり、2017年12月に「環境保護税実施条例」が公布されています。この実施条例では、固体廃棄物や大気汚染物、水質汚染物の課税は汚染物の排出量に基づき課税されることが明確化されているだけでなく、環境保護税の実施にあたっての具体的な規則が定められており、例えば、環境保護税においては、企業が自主申告した資料に基づき、税務機関が税の徴収を、環境保護部門がモニタリングを担当し、この2部門が情報を共有するという徴収管理モデルとすることが定められています。具体的には、以下の情報が政府の環境保護部門は税務情報共有プラットフォームを通じて、税務機関に対して伝達され、税務機関は環境保護部門から受領した汚染排出企業の情報に基づき納税者識別を行う旨が定められました。
 

  1. 汚染排出企業の名称
  2. 統一社会信用コード及び汚染物の排出口
  3. 汚染物の排出種類等の基本情報
  4. 汚染排出企業の汚染物の排出データ
  5. 汚染排出企業の違法及び行政処罰状況等


なお、上海においては、大気汚染及び水質汚染物の税目及び税額基準については、2017年12月に以下の通り決定しており、運用開始時期を2018年1月1日と2019年1月1日からと2段階に区分しています。

税目(汚染物) 税額(単位当たり)
2018年 2019年
大気汚染物 二酸化硫黄
6.65元
7.6元
窒素酸化物
7.6元 8.55元
その他 1.2元 1.2元
水質汚染物 化学的酸素要求量 5元
アンモニア性窒素 4.8元
第1類水質汚染物 1.4元
その他 1.4元


上海市政府は、上記の税目及び税額基準については、今後の発展目標の変化の状況に基づき適宜調整を行うとしています。上記は上海市の例ですが、他の地域でも通達が出され、各地で異なる税目及び税額基準が設けられています。例えば、北京市は、大気汚染物及び水質汚染物の税額基準をともに税額の範囲の上限となる12元と14元と定めることとしましたが、中国の他の都市の傾向としては、天津市、河北省等の税額基準はやや高め、遼寧省や吉林省や浙江省等はやや低めに定めているとされており、地域によりばらつきがあります。
上記の通り、環境保護税法及び環境保護実施条例の実施にともない、中国各地で大気汚染物及び水質汚染物の税目及び税額基準が決定されましたが、今後適宜調整が行われることが予測されるため、環境汚染物を排出する企業は、常に通達等に留意しながら環境保護税の申告納付を行う必要があります。

III.環境アセスメント

1973年に第1回全国環境保護会議が行われ、環境アセスメントという概念が中国に導入されました。それ以降、中国の環境関係部門は環境保護に関する調査と評価に関する活動を行っています。また、1979年に公布された環境保護法により、法的にも環境アセスメント制度が確立され、現在も建設プロジェクトによる環境汚染や生態破壊の予防・防止に、環境アセスメントは重要な役割を果たしています。
環境アセスメントの基本原則は以下の通りです。
 

  1. 建設プロジェクトが国家及び業界の産業政策に合致していること。
  2. 建設プロジェクトの場所の選定が地域全体の長期計画と環境区画の要求に合致していること。
  3. 建設プロジェクトにおいて、エネルギー及び物資の消耗が少なく、廃棄物がゼロ又は少ない工程を採用し、「クリーナープロダクション」を実行すること。
  4. 建設プロジェクトによる汚染物の排出に関して、国家または地方が定める排出基準を達成すること。
  5. 建設プロジェクトが汚染物の排出総量規制に関する指標に合致していること。排出総量を増やさないこと。
  6. 改造・拡張プロジェクトについては、生産量を増やしても汚染量は増やしてはならない。


なお、中国における建設プロジェクトに対する環境アセスメントの実施率は徐々に上昇しており、現在では中国全土で90%以上の実施率を維持しています。実際、環境アセスメントにより、合理的な産業配置及び企業による場所選定の最適化の促進、既存汚染源に対する整備の促進及び新たな汚染源の抑制、生活環境及び生態環境の保護、産業技術改造及びクリーナープロダクションの促進などが達成されています。

IV.環境保護法関連処罰の執行状況及び環境処罰案件の事例

深刻な環境汚染への懸念が広がる中、2014年の環境保護法の改正により、違法に環境汚染物質を排出した事業者への罰則が厳格化されることとなりました。例えば、環境汚染を引き起こした企業は、状況が改善されるまで上限の無い罰金が科せられるだけでなく、違反企業名が公表されることとなっています。また、改善命令に従わなかった場合は、企業責任者の身柄拘束や、違反した企業の閉鎖や資産凍結が行われる場合もあります。
なお、中国環境保護部は定期的に各行政レベルの環境保護部門が下した行政処罰の件数、罰金総額等を公表しており、2014 年から2016 年までは中国全国の環境処罰件数、罰金総額ともに二桁以上の大幅な増加がみられているだけでなく、2017 年以降も増加傾向が継続して見られています。2017年1月から11月の処罰件数、罰金額合計、処罰内容及び2006年同期比・増加率は以下の通りです。

時期、件数、罰金額合計 処罰の内容 件数 2006年同期
比増加率

時期:
2017 年1月 - 11月

日割連続処罰件数:
1,046 件(2006年
同期比増加率37%)

罰金額合計:
10億7,540 万元

違法な設備の差押え 16,429件 120%
生産制限や
生産停止処分
7,842件 77%
身柄拘束 7,827件 139%
犯罪の立件 2,523件 46%

(出典)日本貿易振興機構上海事務所調査報告書「中国における環境規制と市場規模の最新動向調査(2018年1月)」
 

日割連続罰金額が多い省 処罰案件数が多い省
遼寧、山西、河北、四川、内モンゴル、江蘇、河南、湖北など 浙江、江蘇、広東、安徽、福建、陝西、山西、四川など

(出典)日本貿易振興機構上海事務所調査報告書「中国における環境規制と市場規模の最新動向調査(2018年1月)」

上記の通り、環境処罰が厳しくなっている中で、日系企業が処罰を受けるケースも多くなってきています。例えば、多くの日系企業が進出している上海では、上海市環境保護局が毎月、市環境保護局と市内各区・県環境保護局が行政処罰を行った企業の名称、法定代表者名、根拠法令、違法行為、処罰決定日を記載したリストを公表しています。

上海市環境保護局による処罰件数
時期:2017年1月 - 11月
行政処罰件数:4,192件
(うち日系企業と見られるのは59 社、日本の上場企業が出資している企業も複数含む)

(出典)日本貿易振興機構上海事務所調査報告書「中国における環境規制と市場規模の最新動向調査(2018年1月)」
 

処罰の事由 件数
建設プロジェクト“三同時”及び検収制度違反 21件
大気汚染防止管理制度違反 18件
固形廃棄物管理制度違反 12件
水質汚染防止管理制度違反 8件
放射性環境管理制度違反 1件
環境影響評価制度違反 1件

(出典) 日本貿易振興機構上海事務所調査報告書「中国における環境規制と市場規模の最新動向調査(2018年1月)」

上記の「建設プロジェクト“三同時”及び検収制度違反」の処罰の内容は、いずれも生産停止及び罰金とされていますが、罰金よりも生産停止の処罰をうける方が企業にとっては最終的に経済的損失が大きくなる可能性が高いため留意が必要です。
なお、具体的に罰金が科された例は以下の通りです。

時期 処罰対象企業 違反事項 処罰
2012年 江蘇省の化学
メーカー
化学工業製品の生産過程で発生する廃酸を無資格の業者に委託し、河川に直接廃酸を流した。

被告人に対し、2年から5年の有期懲役と16万元から41万元の罰金。

環境修復費用として1億6,000万元の環境修復費用の支払い(廃棄物の正常な処理費用の約4.5倍の金額)。

2016年 上海地区にある日中合弁の化学メーカー 中国政府の規定した大気汚染物質の排出基準値を超過した。 40万元の罰金。

(出典)中国公的機関公表資料

上記の日中合弁化学メーカーのケースは上海環境保護局によって公表されたケースですが、中国の大気汚染防止法第18条に規定されているように、大気汚染物質の排出基準値を超過した場合は罰金が科されるだけでなく、即刻是正しない場合は工場の生産停止、状況が深刻な場合は工場の閉鎖を要求するという厳しいものになっています。このように、工場の生産停止や閉鎖まで行われたケースもたびたび見られますので留意が必要です。
上記の事例からわかるように、廃棄物処理を適正に行わないと、環境汚染が引き起こされるだけでなく、工場の生産停止や閉鎖等につながることもあり、企業にとっても正常に処理するより最終的に数倍のコストがかかり、かつ企業信用の喪失等、企業にとって修復できないような大きなダメージをもたらす可能性があります。このような厳格な環境規制は日系企業にも適用されるため、日系企業も環境規制対策を企業の重要な政策の一つと位置付け、中国の国レベルや管轄区レベルの法令や条例の把握、自社の環境規制の整備等を入念に行っていく必要があります。

執筆者

KPMG/あずさ監査法人
グローバルジャパニーズプラクティス
中国事業室
マネジャー 中村 祥子

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