外部のITツールと税務専門家の知見を活用し、短期間でグローバルな税務情報インフラを構築

グローバルタックスマネジメントを実現する10のポイント 第14回 - 外部のITツールを利用し、短期間でグローバルな情報インフラの構築に成功した事例を紹介する。

外部のITツールを利用し、短期間でグローバルな情報インフラの構築に成功した事例を紹介する。

人海戦術から税務テクノロジーへ

タックスヘイブン対策税制の改正により課税リスクが増大

日本企業のグローバル展開が加速する中、本社税務部門が頭を抱える問題の1つに、「海外子会社の税務マネジメント」がある。国際税務に精通した人材が本社に不足しているため、海外子会社の税務関連業務を現地任せにせざるをえず、進出先国における税務の実態がブラックボックス化している例も少なくない。

一方で、BEPSプロジェクトの最終報告書を受けて、各国の税務当局は課税姿勢を強めており、新興国では、実態と乖離した強引な追徴課税が行われるケースも相次いでいる。
さらに、2017年度税制改正ではタックスヘイブン対策税制の見直しが行われ、外国子会社に対する課税規定が厳格化。企業は新たな課税リスクと事務負担に直面することとなった。

こうしたリスクを回避するためには、本社税務部門は社内情報を収集して、各国子会社の経営実態と税務ポジションの把握に努め、潜在的な税務リスクをコントロールする必要がある。(→6. 税制・税務ポジション情報の把握)しかしながら、税務に特化した情報収集の仕組みを構築している日本企業は、まだまだ少ないのが現実だ。
現在、子会社の情報を収集する方法としては、個別にメールで海外子会社に質問書を送り、回答を集計してサマリーシートを作る手法が一般的だ。だが、この手法ではおのずと人海戦術にならざるをえず、情報収集とサマリーシートの作成に忙殺され、結果を分析して有効な対策を講じるには至っていないのが実情である。

複雑化する国際税務の世界において、膨大な数に上る子会社の税務ポジションを、人手で把握することはもはや不可能であるといっても過言ではない。今後は、ITシステムを導入して情報収集のインフラを構築することが、グローバルに事業を展開するための必要条件となるであろう。(→7. 社内情報の収集<プロセス管理ツール・D&Aの活用>
そこで、今回は、税務管理用のITツールを用いてグローバルな情報収集のインフラを構築した、DEF社の事例を紹介したい。

「情報を収集して終わり」ではなく、集めた情報をどう使うかが重要

筆者が大手製造業DEF社から相談を受けたのは、2018年某日のことである。
同社は業界リーディングカンパニーとして早くから海外展開を進めていたが、グローバルな税務管理体制の構築が遅れ、「海外子会社が数百社もあるため、その税務実態を把握しきれない」という悩みを抱えていた。
そうこうするうち、海外で巨大な追徴課税を受けかねない事案が発生し、潜在的な課税リスクが表面化。タックスヘイブン対策税制の改正でさらに課税リスクが高まったことも、危機感に拍車をかける結果となった。

そこで、DEF社の本社税務部門は、タックスヘイブン対策税制改正をテーマにしたKPMG主催の国際税務セミナーに担当者を派遣。税務管理用のITツールを活用すれば、安価かつ手軽にグローバルタックスマネジメントが実現することを知り、より詳細な情報を求めてきたのである。
同社からの要請を受けて、筆者はWebベースの税務管理ツール『KPMG LINK360』のデモを企画。併せて、KPMGが提唱する「グローバルタックスマネジメントを実現する10のポイント」について解説を試みた。

最終的にKPMG税理士法人の提案が採用されたのは、「システムを導入して終わり、情報収集して終わりではなく、集めた情報をどう使うかが重要」というKPMGの基本姿勢が評価されてのことだった。
プロフェッショナルな税務専門家が持つ真の付加価値とは、単にITシステムを導入するのみならず、収集した情報に基づいて、タックスプランニングやリスクマネジメントの知見とノウハウを提供することにある。DEF社は、「システム導入によって明らかになった問題を、一緒に解決していきましょう」という我々の言葉に共鳴して、KPMG税理士法人に情報インフラ構築の支援を要請してきたのである。

地域ごとにエンドユーザー向けの操作教育を徹底

KPMG LINK360は、税務管理業務の効率化をグローバルに実現する、Webベースのマネジメントツールである。本社税務部門は、このツールを利用して各子会社から情報を収集し、ボタン1つで自動的にレポートを作成。世界中の子会社の税務情報や申告書をシステム上で一元管理し、情報共有や税務コンプライアンス業務の進捗管理に役立てることができる。

今回のプロジェクトでは、このツールを利用して、改正後のタックスヘイブン対策税制への対応を効率化することも狙いの1つだった。子会社が入力した情報をもとに、本社税務部門とKPMGの専門家が連携して合算課税の対象となる法人を抽出し、合算課税額の算出と申告書別表の作成にかかる作業負荷の軽減を図ったのである。

すでに世界中で導入実績があるLINK360だが、プロジェクトでは導入にあたり、いくつかの点に配慮した。
1つ目は、各国子会社におけるエンドユーザー教育である。
システムの導入・運用を円滑に行うためには、各子会社で必要な情報を入力してもらわなければならない。使い慣れない新システムの操作に戸惑うエンドユーザーもいないわけではなく、過去にはその点に対する不満がクレームにつながったこともあった。
そこで、システム導入・運用にあたって、エンドユーザー向けの操作教育を徹底。日英中3ヵ国語に対応したわかりやすいマニュアルを配布し、地域ごとに説明会を開催して、各国子会社の意識改革とリテラシーの向上に努めた。

KPMGのグローバルネットワークを活用して運用をサポート

2つ目は、税務情報の共有とアクセス権限に対する配慮である。
例えば、本社税務部門に対して情報を提供するのはよいとしても、ライン組織の異なる他事業部の本部や子会社に情報がさらされることに、拒絶反応を示す子会社は少なくない。多くの日本企業は縦割りの意識が強いため、組織の枠を超えた情報共有にはセンシティブにならざるをえないのである。このため、システム導入により情報の一元化を図る一方で、ライン組織ごとにアクセス権限を細かく設定するなど、情報共有の方法には細心の注意を払った。

3つ目は、システム導入後の運用体制である。
LINK360では世界中の拠点で情報入力が行われるため、各国のエンドユーザーのQ&Aにいかに迅速に対応できるかがポイントとなる。このため、KPMGのグローバルネットワークをフルに活用し、各国KPMGにいるLINK360のエキスパートを問い合わせ窓口として設定。システムの利用中に不明な点があれば、時差なく現地語もしくは日本語で対応できる体制を整えた。

「税務情報を制する者が、世界市場を制する」時代

LINK360の導入は4か月で完了。本社税務部門からは、「これまでは子会社から税務情報を集めるだけで疲労困憊していたが、導入後はストレスなく各国の税務情報にアクセスできるようになった」と、喜びの声が寄せられた。

では、LINK360の導入によって社内の情報インフラを構築したことは、DEF社にどのようなメリットをもたらしたのか。
最大のメリットは、いうまでもなく「税務ガバナンスの強化」である。システム導入によって情報収集に要する時間や労力は激減し、本社税務部門は人海戦術に頼ることなく、限られたリソースで税務ガバナンスを構築できるようになった。日本にいながらにして世界中の子会社の税務ポジションをタイムリーに把握できる体制が整ったことで、二重課税や追徴課税のリスクも低減。加えて、タックスプランニングによって税務コストの最適化を図り、キャッシュフローを改善して企業価値の最大化につなげるための情報基盤を確立したという点でも、LINK360の導入は大きなメリットをもたらした。
DEF社は、ITツールと税務専門家のノウハウを活用することにより、欧米企業に引けをとらないグローバルタックスマネジメントの土台を、わずか4か月で築き上げることに成功したのである。

今後もBEPSに対応した税制改正は続き、国際税務はますます複雑化・厳格化の度合いを強めるだろう。その意味で、ITを活用した税務情報インフラの確立は焦眉の急であり、日本の全グローバル企業が共有する重要課題であるといっても過言ではない。
「税務情報を制する企業が、世界市場を制する」時代が、今まさに到来しようとしているのである。

執筆者

KPMG税理士法人
インターナショナル コーポレート タックス
パートナー 河崎 元孝

グローバルタックスマネジメントを実現する10のポイント

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