監査報告書の変革 - 「監査上の主要な検討事項(KAM)」の導入 -

本稿では、新たに導入される「監査上の主要な検討事項(KAM)」を中心に、今般の改訂監査基準による監査報告書の変革の概要とその背景や趣旨について解説します。

本稿では、新たに導入される「監査上の主要な検討事項(KAM)」を中心に、今般の改訂監査基準による監査報告書の変革の概要とその背景や趣旨について解説します。

2018年7月5日付で、企業会計審議会より「監査基準の改訂に関する意見書」が公表されました。これは、金融庁に設置された会計監査の在り方に関する懇談会の提言(2016年3月8日公表、以下「提言」という)を受けて、2017年10月より企業会計審議会の監査部会で検討が進められてきたものです。今般の改訂は、監査報告に関するものであり、海外で導入が広がっているKey Audit Matter(KAM)と同様の「監査上の主要な検討事項」を監査報告書に新たに記載することが求められるようになるほか、監査報告書の記載順序の見直し等も含まれています。

本稿は、新たに導入されることとなった「監査上の主要な検討事項」を中心に、今般の改訂監査基準による監査報告書の変革の概要とその背景や趣旨について解説します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

I.改訂の経緯

1.会計監査の在り方懇談会の提言

2015年に発覚した総合電機会社の事案を受けて、金融庁は会計監査の在り方懇談会を設置し、2016年3月8日付で監査の信頼性を確保するための対応を取りまとめた提言が公表されました。不正に対する監査の対応を強化するために、2013年には不正リスク対応基準が定められましたが、それからあまり時間が経過していないこともあり、提言は、不正事案への対応に際してはいたずらに規制・基準を強化するのではなく、費用と便益を考慮して問題の本質に焦点を当てた取組を講じるべきという考えに基づいて取りまとめられています。提言のねらいは、高品質で透明性の高い監査を提供する監査人が市場において適切に評価されるような環境を育成すること、それにより、監査人に高品質な監査を提供するインセンティブを与え、持続的な監査品質の向上につなげていくことです。2016年の公表以来、提言に沿った様々な取組が実施されています(図表1参照)。

図表1 金融庁「会計監査の在り方に関する懇談会」提言

図表1 金融庁「会計監査の在り方に関する懇談会」提言

提言では、会計監査に関する情報の株主等への提供を充実させることが柱の一つとして掲げられています。監査人側からの情報提供として、監査法人レベルの情報開示の充実のほか、海外の動向も踏まえて監査報告書の透明化、つまり、監査報告書において監査人が着目した財務諸表の虚偽表示リスクを記載することが示されています。
提言を受けて、2016年9月から、金融庁において日本経済団体連合会、日本監査役協会、日本アナリスト協会及び日本公認会計士協会の代表が集まり、監査報告書の透明化の意義や効果、課題について検討が行われました。この検討の結果として、2017年6月28日付で「監査報告書の透明化」について」という文書が公表され、企業会計審議会において検討すべきという方向性が示されました。
このような経緯を経て、2017年10月から企業会計審議会の監査部会か開かれ、監査上の主要な検討事項の導入の意義、実務上の課題、適用対象及び時期など様々な論点について検討されました。2017年11月の監査部会では、日本公認会計士協会により行われた試行結果が報告されました。審議の結果、5月8日に公開草案が公表され、1か月ほどのコメント募集を経て、7月5日付で企業会計審議会より改訂監査基準が公表されました。

2.海外における動向

現在の標準文言により定型化された監査報告書は、日本だけでなく、海外においても長年採用されてきたスタイルです。監査報告書は、監査の最終受益者である監査報告書の利用者に対して財務諸表が信頼できるか否かについて独立の立場から意見を述べる唯一の手段です。利用者は、現在の監査意見の表明方式は有益と捉えているものの、どの会社の監査報告書を見てもほとんど同じ文面が並んでいる監査報告書には見直しが必要という声が強く寄せられるようになりました。特に、2008年の金融危機を一つのきっかけとして、監査意見だけでなく、監査人の立場からの追加的な情報を記載することに賛同が寄せられるようになりました。
この背景には、監査に対する不信感と財務報告の高度化があります。無限定適正意見が表明されていたとしても事後的に重要な虚偽表示が発覚する事案がなくならないことや、同じ適正意見が付されている場合も監査の質(又は財務報告の質)に差異があるという見方が利用者にあることから、監査の過程で監査人が何に重点をおいたかに関する情報は、利用者が監査そのものや監査対象の財務諸表を理解する上で有益と考えられるようになりました。また、財務報告が近年において格段に難しくかつ複雑になり、財務諸表における会計上の見積りの重要性が増加していることも影響しています。利用者は、監査人が重点を置いた項目やそれへの対応状況を知ることにより当該事項をより深く理解することにつながり、財務諸表のより適切な理解に役立つと考えられるためです。
このような利用者の要請に対応した監査報告書の見直しは、英国においては2007年頃から始まり、ロンドン証券取引所のプレミアム・リスティングに上場する会社の2013年12月期の監査から適用が開始されました。英国での特徴は、上場企業のコーポレートガバナンスや開示制度全体の改革の一環として監査報告書の見直しが行われたことです。経営者による非財務情報を含めた開示の充実、監査委員会による経営者や監査人に対するモニタリングの状況に関する報告の導入などと並行して行われました。
同様の議論は、国際監査基準(ISA)を設定している国際監査・保証基準審議会(IAASB)においても2009年頃から開始され、2015年1月にKey Audit Matter(KAM)を扱う国際監査基準(ISA)701等が公表されました。ISA701は、上場会社の2016年12月期以降の監査から適用することとされており、国際監査基準を採用する国々では既に適用されています。
さらに、欧州連合(EU)においても、金融危機後の域内の法定監査に関する改革の一環として、上場会社を含む社会的影響度の高い事業体(PIE)の法定監査の監査報告書にKAMと同様の記載を求める規則が2014年6月に制定されました。これにより、EU加盟国のPIEの2017年6月期の監査からKAMとほぼ同様の記載が求められています。また、米国においても、上場会社の監査基準の設定主体であるPCAOBから、2017年6月にKAMと同様のCritical Audit Matter(CAM)の記載を求める監査基準が公表されました。監査報告書へのCAMの記載はPCAOBの監査基準が適用される会社のうち、大規模早期提出会社に対しては2019年6月期の監査から、それ以外の公開会社に対しては2020年12月期より段階的に適用されることになります。
このように、監査の透明性及び監査報告書の情報価値を高める動きは全世界に広がっており、企業活動や資本市場のボーダレス化が進行する中で日本も無縁ではいられません。会計や監査は、グローバルな社会インフラの様相をますます強める傾向にあります。

II.改訂の概要

1.監査上の主要な検討事項

(1)監査上の主要な検討事項の決定

監査上の主要な検討事項は、当期の財務諸表の監査において監査人が特に重要と判断した事項をいい、監査役等に伝達した事項の中から選択されます。監査において、監査上の重要な事項は現在も監査役等にコミュニケーションを行うことが求められていますが、この中から、以下の点などを考慮して特に監査人が注意を払った事項を決定し、さらに特に重要であると判断した事項を決定します。

  • 特別な検討を必要とするリスクが識別された事項、または重要な虚偽表示のリスクが高いと評価された事項
  • 見積りの不確実性が高いと識別された事項を含め、経営者の重要な判断を伴う事項に対する監査人の判断の程度
  • 当年度において発生した重要な事象または取引が監査に与える影響

図表2 決定プロセス

図表2 決定プロセス

図表2は監査上の主要な検討事項の決定における考え方のプロセスを示したものであり、監査上の主要な検討事項は、個々の会社の監査における相対的な重要度に応じて決定されます。すべての会社に共通する「監査上の主要な検討事項に該当する絶対的な水準」があるわけではありません。海外の先行事例を見ても、業界に共通すると思われる事項が各社の監査報告書において必ずKAMとして選定されているとは限らず、個々の監査における相対的な概念であることが伺えます。
監査上の主要な検討事項は、監査人が実施した監査に関する情報であるため、どの事項を監査上の主要な検討事項とするかは最終的に監査人が判断しますが、監査の過程において、監査役等及び経営者と監査上の主要な検討事項の候補になりそうな事項について、これまで以上に深度ある議論を前広に行う必要性が生じることが予想されます。監査上の主要な検討事項は、経営上の課題や事業上のリスクを伝達するものではないため、その数が多いことが経営上の脆弱さを表しているわけではありません。会社のビジネスの複雑性、グループ構造、経済や業界の動向などにより変動しうるものであり、監査上の主要な検討事項の数を会社間で比較する意味は乏しいと思われます。


(2)監査上の主要な検討事項の監査報告書における記載

監査上の主要な検討事項は、監査報告書において区分を設け、財務諸表に関連する開示(財務諸表本表及び注記事項)がある場合は参照を付したうえで、以下を記載することが求められます。

  • 監査上の主要な検討事項の内容
  • 監査人が監査上の主要な検討事項であると決定した理由
  • 監査における監査人の対応

監査上の主要な検討事項についての監査人としての結論は、財務諸表全体に対する意見の中に包含されているため、監査上の主要な検討事項について個別の意見は述べません。監査の結果として、財務諸表全体に対する監査意見を述べることは従来と全く同じです。
監査上の主要な検討事項の記載に当たっては、個々の会社の監査に固有の情報を記載することが想定されていることに留意が必要です。監査上の主要な事項は、標準文言による定型的な監査報告書から、個々の会社ごとにテーラーメードで作成する監査報告書への転換を図るものであることから、例えば、会計基準または監査基準等の一般的な表現を用いて監査上の主要な事項を記述することはその趣旨を没却することになります。監査部会においても、ボイラープレート(紋切型)の表現にならないようにするためには、監査人がその趣旨に沿った記述を心がけることはもちろんですが、会社側(経営者)及び監査役等の理解も不可欠であることが指摘されており、監査の過程において丁寧な議論が必要になると思われます。また、専門的な用語は基準等において明確に定義されており、誤解が生じないという利点はあるものの、過度に用いると専門家にしかわからないという状況も想定されることから、多用は控えるように留意が促されています。


(3)監査上の主要な検討事項と開示との関係

監査上の主要な検討事項の記述に当たっては、企業が外部に公表していない情報に触れる必要が生じることも想定されています。監査上の主要な検討事項の対象となる勘定や関連する注記自体は財務諸表に含まれますが、記述に当たっては、財務諸表以外のセクション、適時開示又はその他のIR活動などにより開示している説明情報を利用することもあります。そのほか、おそらく実務上困難なケースとしては、企業がいずれの方法によっても開示していない情報に触れる必要があると監査人が判断した場合です。その際、未公表の情報を不適切に提供することにならないよう、まずは図表3の対応が想定されています。

図表3 未公表の情報に触れる必要がある場合の対応

監査人の行動 経営者・監査役等への期待
経営者に追加の情報開示を促す。 企業の情報開示に責任を有する経営者には、監査人からの要請に積極的に対応することが期待される。
必要に応じて監査役等と協議を行う。 取締役の職務の執行を監査する責任を有する監査役等には、経営者に追加の開示を促す役割を果たすことが期待される。

出所:改訂監査基準前文二1(5)


多くの場合は、これらの協議により開示上の問題は解消すると思われますが、経営者及び監査役等との協議を踏まえても会社が追加的な情報を開示しないときの監査人がとるべき対応として、以下が示されています。

  • 監査上の主要な検討事項の記載により企業または社会にもたらされる不利益が、当該事項を記載することによりもたらされる公共の利益を上回ると合理的に見込まれない限り、監査上の主要な検討事項として記載することが適切である。
  • 財務諸表利用者に対して、監査の内容に関するより充実した情報が提供されることは、公共の利益に資するものと推定されることから、監査上の主要な検討事項と決定された事項について監査報告書に記載が行われない場合は極めて限定的であると考えられる。

このような場合の監査人の守秘義務との関係は、監査人が正当な注意を払って職業的専門家としての判断において監査上の主要な検討事項を監査報告書に含めることは、監査基準に照らして守秘義務が解除される正当な理由に該当すると整理されています。
もっとも、企業の未公表の情報はすべてセンシティブな情報とは限りません。日本公認会計士協会が2017年に行った試行の結果、監査上の主要な検討事項の記述に含まれる企業の未公表の情報には、業界知識としては公知であるものや会計処理の流れを表現しているだけの情報も含まれており、そのような情報については、あまり心配する必要はないと思われます。センシティブな情報に該当するものとしては、例えば訴訟案件の詳細や取引先との間で守秘義務を負っているような企業機密に属する情報などが挙げられますが、そのような本当にセンシティブな部分については、記述の詳細さのレベルや表現を調節することにより、固有情報を含めつつ監査上の主要な検討事項を記述することは十分可能であると考えられます。
試行において、監査上の主要な検討事項を導入する際の課題として認識されたのは、IFRSまたは米国会計基準に比べ、日本基準の財務諸表における注記が相対的に少ないため、監査上の主要な検討事項を記述する際に企業の未公表の情報に触れる可能性が高くなるのではないかという点です。会計基準による差は、監査上の主要な検討事項の記述レベルにも投影されることが想定され、監査部会においても、日本の開示の在り方についての議論をまずすべきという声も聞かれたところです。
日本基準においても、IFRS等と同様に、財務諸表等規則等の開示規則において、規則で特に定める注記のほかにも、利害関係者が適切に財務諸表を理解するうえで必要と認められる事項については注記しなければならないという、追加情報のバスケット条項が定められています。しかし、日本における開示慣行として、会計基準や規則で明示的に注記が求められている以上に開示することについては、一般に消極的であったように思われます。監査上の主要な検討事項により、利用者からのフィードバックを得る機会が促進され、従来の開示慣行の見直しが促される可能性があります。そのため、なるべく早い段階から、導入の議論を始めることが円滑かつ有意義な導入につながると考えられます。

2.その他の主な改訂点

監査報告書の記載に関するその他の主な改訂点は、以下のとおりです。

  • 監査報告書の記載の順序を見直し、利用者の最も関心の高い監査意見を冒頭に記載する。
  • 財務諸表に対する経営者の責任区分を経営者及び監査役等の責任区分とし、監査役等の財務報告に関する責任を記載する。
  • 継続企業の前提に重要な不確実性が認められ、財務諸表に適切に注記されている場合、利用者にとって重要な情報であるため、監査報告書において追記情報(強調事項)とは別に区分を設けて記載する。
  • 財務諸表に対する経営者の責任区分及び監査人の責任区分に、継続企業の前提に関する評価責任又は監査人の責任を追加する。

3.適用対象及び適用時期

改訂監査基準は、監査上の主要な検討事項とそれ以外に分けて適用対象及び適用時期が示されています。なお、監査上の主要な検討事項は年度の財務諸表の監査にのみ導入されますが、その他の改訂点については、四半期レビュー基準や中間監査基準にも同様の改訂が行われる予定です(図表4参照)。

図表4 適用対象と適用時期

区分 適用対象と適用時期
監査上の主要な検討事項 金融商品取引法の監査(非上場企業のうち資本金5億円未満又は売上高10億円未満かつ負債総額200億円未満の企業は除く。)に2021年3月期の監査より適用。早期適用可。
それ以外の改訂 すべての監査を対象に、2020年3月期の監査より適用。



監査上の主要な検討事項については、2018年4月の監査部会で以下の取扱いが示されています。

  • 会社法の監査報告書に任意で記載することも現行法上可能であるが、当面、金融商品取引法の監査報告書にのみ記載を求める。
  • 連結財務諸表を作成している場合、個別財務諸表の監査報告書にも記載が求められるが、連結財務諸表の監査報告書に同一の記載がある場合は、個別財務諸表の監査報告書上の記載を省略することができる。
  • 監査に関する情報提供の早期の充実や実務の積み上げによる円滑な導入を図る観点から、特に東証一部上場企業については、できるだけ2020年3月期の監査より早期適用することが期待されている。

III.終わりに

監査上の主要な検討事項の所期の目的と効果を実現させるためには、企業開示やコーポレートガバナンスの改革と併せて、監査人のみならず、企業の経営者、監査役等、利用者が今回の改訂の趣旨を十分に理解し、それぞれの役割を果たしていくことが重要です。また、相互に建設的なフィードバックを提供して影響しあうことにより、監査を含む財務報告制度全体に好循環の波が生まれることが期待されます。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
パートナー 住田 清芽

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