改訂コーポレートガバナンス・コードと経営課題への対応

本稿では、コーポレートガバナンス・コード改訂で経営に求められる進化の方向性と、日本企業が直面している様々な課題への対応との関連性について解説します。

本稿では、コーポレートガバナンス・コード改訂で経営に求められる進化の方向性と、日本企業が直面している様々な課題への対応との関連性について解説します。

コーポレートガバナンス・コードが2018年6月に改訂されました。適用開始からの3年間で各上場会社はコーポレートガバナンス・コードへの対応を進めてきましたが、今回の改訂を受けてより本質的な対応に踏み込むことを求められています。改訂されたコーポレートガバナンス・コードへの対応は、単にコンプライすることを目的とするのではなく、株主・投資家との間での経営課題に関する目線合わせやアカウンタビリティの向上に役立てるべきと考えます。

本稿は、コーポレートガバナンス・コード改訂で経営に求められる進化の方向性と、日本企業が直面している様々な課題への対応との関連性について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 今回のコーポレートガバナンス・コード改訂が求める方向性は、「株主・投資家との間での課題の共有」と「よりアカウンタビリティある経営の追究」である。
  • 改訂により求められる事項のうち、取締役会及び経営陣幹部の役割に大きく影響を与える項目として、資本コストを意識した経営を行うこと、CEOの選解任・報酬決定に関する手続を強化すること、取締役会の機能発揮と多様性の確保、 ESG情報の開示を行うことが挙げられる。
  • これらの事項は日本企業が直面する様々な経営課題への対応と密接な関係がある。単にコードへのコンプライを目的とするのではなく、これらの課題解決に生かすことで意味のある取組みとなる。

I.改訂されたコーポレートガバナンス・コードの読み方

1.改訂内容について

2018年6月1日に、改訂版のコーポレートガバナンス・コード(以下「改訂コード」という)と「投資家と企業の対話ガイドライン」(以下「対話ガイドライン」という)が適用開始されました。
改訂コードと対話ガイドラインのポイントは、以下の6点にまとめられます。
 

  1. ESG情報の開示(注)
  2. 資本コストを意識した経営
  3. CEOの選解任・報酬決定に関する手続の強化と独立した指名・報酬委員会の活用
  4. 取締役会メンバーの多様性確保等
  5. 政策保有株式の削減に向けた方針・考え方の開示
  6. 母体企業による企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮に向けた取組み


(注)
ESG情報とは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の諸問題に対する企業の取組みに関する情報をいう。改訂コードでは、ESG情報を含む非財務情報の開示について取締役会の積極的な関与を求めている。


これらの改訂内容についての詳しい解説は、KPMG Insight Vol.31 2018年7月号「コーポレートガバナンス・コードの改訂と「投資家と企業の対話ガイドライン」の策定」でも解説されているとおりです。本稿では改訂コードと対話ガイドラインが新たに求める事項のうち、取締役会及び経営陣幹部の役割に大きく影響する部分に焦点を当てて解説します。

2.改訂コードが経営に求める方向性

改訂コード及び対話ガイドラインにおいて一貫して求められている方向性は、「株主・投資家と企業との間での課題の共有」と、「よりアカウンタビリティある経営の追求」であると考えます。
 

  1. 株主・投資家と企業との間の課題の共有
    対話ガイドラインは、コーポレートガバナンス・コードの改訂ポイントをより詳しくガイドライン化したものであると同時に、コーポレートガバナンス改革をより実質的なものへと進化させていくため、機関投資家と企業との間で重点的に議論することが期待される事項についてまとめています。
    対話ガイドラインに沿って対話を実践することで、株主・投資家とのガバナンス上の課題共有・目線合わせが進み、より実質的なコーポレートガバナンス改革への進化が期待されます。

  2. よりアカウンタビリティある経営の追求
    改訂コードでは、自社の収益力や資本効率に関する方針や目標を示す上で、資本コスト(≒株主・投資家の期待する収益率)を把握することが前提とされています。資本コストという定量的な基準と収益目標との関係を説明可能にすることが求められていると考えられます。
    また改訂コードでは、CEOの選任だけでなく解任についても、「会社業績等の適切な評価を踏まえ」「客観性・適時性・透明性ある手続」に従って行うことが求められています。
    これらの改訂内容からは、企業に対し、よりアカウンタビリティある経営の実践を求められていることが分かります。単に説明可能な状態を求められているということだけでなく、資本コストや会社業績といった株主・投資家側との共通言語に基づき対話すべきであるとされていることが重要です。

3.取締役会等にとってより重要な論点

改訂コードと対話ガイドラインのポイントのうち、取締役会及び経営陣幹部の役割により大きな影響を与えるものは以下の4点と考えられます。
 

  1. 資本コストを意識した経営
  2. CEOの選解任・報酬決定に関する手続の強化
  3. 取締役会の機能発揮(多様性確保等)
  4. ESG情報の開示


次章では、日本企業が直面する様々な経営課題とこれらの論点との関係を整理し、コーポレートガバナンス改革と経営課題への対応とを関連付けた取組みについて解説します。

II.日本企業の経営課題と改訂コードとの関係

1.日本企業の直面する経営課題と改訂コードの論点とのマッピング

日本企業が現在直面している主な経営課題と、改訂コードの重要論点とをマッピングした結果は、図表1のようになります。

図表1 日本企業の経営課題と改訂コードの論点の関係

図表1 日本企業の経営課題と改訂コードの論点の関係

2.「攻め」の経営課題とガバナンスの関係

(1)海外M&A等の大型投資の意思決定

製薬会社による大型の買収が発表されるなど、2017年に続き2018年も日本企業による海外M&Aは活況を呈しています。また国内投資に目を向けると、製造業・非製造業のいずれにおいても設備投資が増加傾向にあります。
 

  1. 資本コスト経営との関係
    取締役会や経営陣幹部の立場としては、収益拡大を狙いながらも減損リスクを回避するような投資意思決定を行うことが課題となります。
    一方でこれらの大型投資について、改訂コードや対話ガイドラインでは資本コストを前提とした投資管理が求められており、個々の投資意思決定においても資本コストとの比較は必要となります。
    しかしながら実際には自社の資本コスト自体把握していないという企業がまだ半数以上を占めています(生保協会による平成29年度調査によると、回答企業の58.9%が「資本コストの詳細数値までは算出していない」と回答しています)。このことは、従来からリスク・リターンを意識した投資意思決定を目指しているものの、資本コストという明確な基準を活用した意思決定ができていない企業がまだ多く存在することを示しています。まずは自社の資本コストを把握した上で、それを活用した投資リスク管理の仕組みを確立することが期待されます。

  2. CEOの選解任手続強化・後継者計画との関係
    投資意思決定における「勝敗」とその意思決定過程における取締役及び経営陣幹部の役割遂行状況は、CEOをはじめとする取締役及び経営陣幹部の選解任に大きく影響を与えます。必ずしも「勝敗」だけで選解任は判断されるべきではありませんが、改訂コードが求める、より客観的な選解任手続の要素として、投資意思決定における役割遂行状況を考慮にいれることが考えられます。



(2)デジタルシフトへの対応

IoT、AIを中心としたデジタル技術の進展、クラウドなどのデジタル環境の大きな変化に伴い、いずれの産業・企業においても、多かれ少なかれデジタルシフトへの対応は急務となっています。デジタルシフトへの対応は、従来のようにIT部門の検討結果を経営陣が追認するような取組みではなく、取締役会が主導するアジェンダであると認識している企業も増えていると考えられます。
 

  1. 資本コスト経営との関係
    AIなどのデジタル対応の投資は、研究開発や、インフラ投資的な側面もあり必ずしも明確な収益と結びつくものばかりではありません。資本コスト経営との関係で考えると、このように確実なリターンを期待できない投資を実施せざるを得ない場合、資本効率の低下をカバーするため、他の投資案件についてより厳しくハードルを設定していくことが考えられます。個々の投資案件が資本コストを上回る収益力を確保できているだけではなく、ポートフォリオで考えたときに全体最適となっていることも、投資意思決定上必要な要素と考えられます。そのためには、予定されている投資案件の収益性やリスクの全体像をポートフォリオとして把握した上で、資本コストにさらにリスクプレミアムを乗せたハードルレートを設定すべきかを検討しておくことが考えられます。

  2. 取締役会の機能発揮・多様性確保との関係
    近年の米国企業の取締役会の重要アジェンダの1つとして、「ボードダイバーシティ(取締役会の多様性)」がよく取り上げられています。様々な意味での多様性が考えられますが、最も危機感をもって議論されているのが、「取締役会の中にデジタルの知見をもつメンバーをいかに確保するか」という論点です。
    日本企業においてもすでにこの議論は高まりつつありますが、取締役としての役割と知見の在り方を考える上で、「デジタル」の要素はより強調されてくると予想しています。

3.「守り」の経営課題とガバナンスの関係

(1)品質偽装等の不祥事防止

2017年以降、主に製造業において品質検査結果の偽装などの不祥事が相次いで発覚しました。企業の根幹をなす製品・サービスの品質を維持・保証できないことは、重大な企業リスクとして企業継続に影響する場合もあり、株主・投資家の関心も当然高くなっています。
これらの事案に共通する原因に着目し、予防を促すことを目的として、「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」が日本取引所自主規制法人から公表されています。その中では経営トップがリーダーシップを発揮すべきであること、経営陣はコンプライアンス違反を誘発させないよう事業実態に即した経営目標の設定や業務遂行を行うこと、監査機関・監督機関がそれぞれ牽制機能としての職責を全うすべきであること、現場と経営陣の双方向のコミュニケーションを充実させることなどが求められています。
 

  1. CEOの選解任手続強化・後継者計画との関係
    不祥事の発生は必ずしも発覚時の経営陣だけの責任ではないものの、その予防や発覚時の対応に関しリーダーシップを発揮しているか否かは、CEOをはじめとする取締役及び経営陣幹部の選解任を検討する上で評価項目とすべきと考えられます。また次世代経営陣の育成を検討する上でも、組織風土づくりや現場とのコミュニケーション充実のための経験を踏ませることを十分に考慮すべきです。

  2. 取締役会の機能発揮・多様性確保との関係
    「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」にも記載されている通り、不祥事への対応・予防にあたっては取締役会及び経営陣幹部のリーダーシップが非常に重要です。品質偽装等の重要リスクについて取締役会が議論・モニタリングしているかは、取締役会の実効性を評価するための重要な観点となり得ます。
    また不祥事発生時の対応は、必ずしも特定の専門家だけが必要な訳ではありません。品質偽装が発覚した場合の対応を例に挙げると、品質管理の専門家だけではなく、法務・コンプライアンス、顧客対応、商品開発、表示・広告など、幅広い知見が必要となります。取締役会メンバーとしてすべての領域の専門家をそろえておく必要はありませんが、少なくとも多様な経験を持つ取締役を複数選任しておくことは、不祥事に強い経営を行う上で望ましいといえます。

  3. ESG情報開示との関係
    品質検査結果や環境検査結果の偽装は、社会・環境に大きな影響を与える可能性があります。改訂コードでは、いわゆるESG要素などの非財務情報の積極的な開示が求められています。前述の「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」に対応した取組みを推進し、その対応状況を開示することなどが考えられます。



(2)サイバーセキュリティへの対応

企業のデジタル技術活用が進展するのに従い、サイバー攻撃にさらされるリスクも増大しています。またクラウド化の進展により「ITのサービス化」が進み、サイバー攻撃の戦線は拡大するとともにビジネスの最前線がセキュリティの最前線となってきています。防御のための投資意思決定を含め、取締役会及び経営陣幹部のリーダーシップが問われるテーマとなっています。
 

  1. 取締役会の機能発揮・多様性確保との関係
    経済産業省が公表している「産業サイバーセキュリティ強化へ向けたアクションプラン」には、4つの柱となる政策パッケージが記載されていますが、その1つに「サイバーセキュリティ経営強化パッケージ」があります。そこでは、サイバーセキュリティ経営を求める仕組みの構築として、サイバーセキュリティを考慮した取締役会の実効性評価の促進といった施策が盛り込まれています。企業の重要リスクであるサイバーセキュリティへの対応について、取締役会にて実効性ある議論が行われているか、取締役会の実効性評価の中で検証することも考えられます。

  2. ESG情報開示との関係
    企業の管理する施設等へのサイバーテロが発生した場合、社会的に大きな影響が発生する可能性があります。改訂コードでは、いわゆるESG要素に関する情報を含む非財務情報の積極的な開示が求められていますので、前述の「サイバーセキュリティ経営強化パッケージ」に対応した取組みを推進し、その状況を開示することなどが考えられます。

III.事業リスクへの対応と改訂コードの関係

Iで述べたとおり、改訂コードの求める方向性は、「株主・投資家と企業との間での課題の共有」と「よりアカウンタビリティある経営の追求」といえます。一方で株主・投資家の最大の関心事はリスク・リターンですから、改訂コードへの対応を進めながら、株主・投資家の目線を意識しつつ、事業リスクの把握と対応に繋がるように取り組むべきです。
改訂コードへの対応を進めながら事業リスクの把握と対応に取り組むイメージは以下のとおりです。


(1)資本コスト経営と事業リスク

資本コストには事業リスクによるリスクプレミアムが影響を与えます。資本コストを前提とした投資意思決定を行うためには、このリスクプレミアムがどの程度であるのかを把握しておくことが必要です。たとえば投資意思決定においては、投資案件におけるリスク把握の体系的な手法と、精度の高い情報収集・伝達の仕組みを確立するとともに、投資後のリスクコントロール状況もモニタリングすべきです。


(2)取締役会の機能発揮と事業リスク

デジタルシフトやサイバーセキュリティといった新しい事業リスクに対し、リーダーシップを発揮できる多様な人材を取締役や経営陣幹部として選任していけるような手続を整備し、説明可能にしておくべきです。
また取締役会は、事業リスクへの対応の基本方針を決定するとともに、事業リスクに対する企業としての考え方や文化(リスクカルチャー)を望ましい方向に向けていくことについても責任を有しています。品質偽装等の不祥事リスクに強い経営を確立するためには、取締役会および経営陣幹部の強いリーダーシップの下、経営陣と現場が一体となってリスクに強い組織、リスクカルチャーをつくっていく必要があります。このような取組みを取締役会の課題として捉え、取組みの進捗状況を取締役会実効性評価で評価することも考えられます。


(3)ESG情報の開示と事業リスク

株主・投資家にとって、ESG要素は企業継続にかかわる事業リスクとして捉えられます。ESG要素を積極的に開示するためには、ESGに関するリスク情報を、企業グループ全体で把握・分析する必要があります。
海外も含めたグループ全体でのリスク把握と分析を頻度高く行うために、たとえばテクノロジーを活用したリスク情報収集と傾向分析の仕組みを確立し、定期的に取締役会で報告・議論するなどの取組みが考えられます。

執筆者

KPMG ジャパン
コーポレートガバナンス センター・オブ・エクセレンス(CoE)
パートナー 林 拓矢

KPMGコンサルティング株式会社
リスクコンサルティング
シニアマネジャー 木村 みさ

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